適者生存
「……………………」
「……………………」
辺りを支配する沈黙。
だが、その直後――
『―――――――――ッ!!』
銃声と衝撃音が同時に鳴り響く。
直後、華菜が俺の腕の中へと崩れ落ちた。
(上手く……いったか……)
安堵の溜め息を吐きながら、俺は心の中で呟いた。しかし、俺も無傷とは行かなかった。
華菜との早撃ち勝負――まともにやれば勝ち目はない。だから、俺は銃で撃つことを諦めた。
その代わり、華菜が銃へと手を伸ばした瞬間 一気に間合いを詰めたのだ。
狙いはスタンガンでの一撃。
まさか接近戦に持ち込むとは思っていなかった華菜は反応が遅れた。同時に、勝ちを確信していたために動きが緩慢になっていたのだ。
だが、何よりも勝利をもたらしたのは、華菜の俺に対する感情だろう。
俺を殺したくない――その一念が、最後まで動きを鈍らせていたのだ。
(何か、男として情ねえけどな……)
でも、仕方がないと言い訳させて欲しい。
そうでもしなければ、俺は今頃 生きてはいないのだから。
(十分、やられたしな……)
心の中で言いながら、俺は脇腹を押さえる。避けはしたものの、銃弾が掠った痕跡は思いの外 血を流させていた。
(ちょっと待っててくれな、華菜……まだ、やることがあるからよ)
言葉にはしないで詫びながら、ゆっくりと地面に華菜の身体を横たわらせる。
そして、目の前の男を睨みつけた。
「クッ……まさか、やられるとはな……」
苦々しく言い捨てる井川。
そんな奴に、俺は銃口を突き付けた。
「さあ、次はお前の番だぜ……井川」
迷いも恐れもない口調。
さすがの井川も表情を強張らせたが、すぐに いつもの余裕を取り戻した。
「フッ……少々 予定とは違ったが、こうすれば同じことだ」
そう言うと、井川が後方に指示を出す。
すると、奥から二人の男が銃を構えながら現れた。
「ここで死ぬ……それが君の運命なんだよ」
皮肉るような笑みと共に言い切る井川。
『―――――――――ッ!!』
だが、その直後に鳴り響く大口径特有の残響音。同時に、銃を構えていた男達が肩を押さえながら吹き飛んだ。
「その人は殺させない……」
ライフルを構えながら友恵が姿を現す。
「図に乗らぬことだな」
「アンタに彼は倒せないよ」
続けて校舎から出てくる能美と将吾と千夏。
二人とも銃撃を受けたのか、あちらこちらが血で濡れている。とは言え、千夏に支えられながらも、しっかりとした足取りだった。
「そう言うこと。ウチの隊長はメチャ強だかんね」
「お前如きに相手は務まらん」
購買部らしき部屋の勝手口から出てきた春喜とトニー。右足に被弾したトニーを春喜が支えているが、彼も右肩に銃創があった。
「クッ……まさか、全員がやられたのか!?」
信じられないと言った表情を浮かべる井川。
と、そこへ――
「いいえ……でも、もう貴方に与する人間は一人もいませんよ」
奴の背後から、そんな言葉が聞こえてきた。
聞き馴染みのある声に視線を向ければ、そこには予想通りの人物がいた。
「雅也……」
学校で待つように言い含めたはずの雅也が居た。
「フフフ……すみませんね。どうしても、ジッとしていられなくて」
悪びれもせずに言い切る。
恐らく、最初から そのつもりだったのだろう。
「……私に味方がいないというのは どういうことだッ?」
「そのままの意味ですよ。彼等が戦ってきた痕跡を見せたら、全員が我々の側に付くことを約束してくれました」
「なっ……!!」
「強引に過ぎたんですよ、貴方の手法は。だから、勝ち目の揺らぎと共に、信頼まで崩れ去ったんです」
操心術――それは、雅也が得意とする分野だった。恐怖に怯える人々の心は、雅也にとって最も動かしやすかったことだろう。
「クッ……生意気なことを……!!」
悔しさに表情を歪ませる井川。
そんな奴に構わず、俺は1歩ずつ近づいていった。
「チェックメイト……だな?」
言い放ちながら、井川の眉間に銃口を突き付ける。最早、俺の手には勝利しか存在していなかった。
「……出来るのか?」
「……どういう意味だ?」
「ここまで お前が誰も殺さずに来たのは、私との違いを明確にするためだろう? だが、ここで私を殺せば、お前も狂人して扱われるぞ?」
「世迷言を……!!」
トニーが怒りに声を震わせる。
「いや、真実だよ。彼等が私の死体を見れば、お前も感情で人を殺せる男だと思われるだろうな。それは、やがて崩壊のキッカケとなるぞ」
「……………………」
「……どうしますか?」
俺の側で雅也が問い掛ける。
「僕達は、貴方の判断に任せますよ。今までと同じように」
「……………………」
任され、無言のままに考える。
この指先で出すべき答えを。
「……………………失せな」
そう言うと、俺は銃を下ろしてホルスターに仕舞った。
「どういうつもりだ……?」
弁舌を尽くしてはいたが、俺が見逃すとは思っていなかったのか井川が問い掛けてくる。
「一人になったお前を殺ったところで何も変わらないし、失われたものは戻ってこない」
「……………………」
「何より、俺達の新しい一歩を お前の血で汚したくない」
人の目なんて関係ない。
ただ、ここで血を流すことに意味を見い出せなかったのだ。
「……後悔することになるぞッ?」
「出来るものなら、やってみればいいさ」
「クッ……その言葉、忘れるなよ!!」
お決まりの捨て台詞と共に、井川が走り去る。その後ろ姿を、俺は特別な感慨もなく見送った。
「……良かったんですか?」
「ああ、無意味な殺生はしたくない……って、気取り過ぎかな?」
苦笑と共に肩を竦ませて見せる。
すると、雅也は穏やかな笑みを浮かべた。
「それが貴方の決断なら、誰も反論しませんよ」
そんな雅也の言葉を証明するように、皆が一様に頷いた。
「…………ありがとう」
だから、俺も素直に礼を述べた。
と、その時――
「んっ……んんっ……」
スタンガンの衝撃で気を失っていた華菜が意識を取り戻した。それに気付いた俺は、すぐに華菜へと駆け寄った。
「華菜……華菜……」
強い刺激を与えないよう、静かに揺り動かす。
それで本格的に目覚めたのか、華菜は ゆっくりと目を開いた。
「んんっ……あ、兄……?」
俺の姿を認め、虚ろ気に呼び掛ける。
その言葉に笑みと共に頷いてやると、華菜は その大きな瞳からポロポロと涙を零し始めた。
「あ、兄……私……私……」
「ああ、分かってる……ちゃんと分かってるから……」
「ご、ゴメンね、兄……ホントに、私……」
「いいんだよ……もう、いいんだ……」
宥めるように言いながら、今度は強く抱き締めてやる。すると、俺の腕の中に在る安心感を思い出したのか、まるで幼子のように泣き始めた。
「一件落着……ですかね?」
「ああ、失われたものを思えばハッピーエンドとは言えんが、少なくとも、もう悲しむ人間はいなくなる」
「新たなる一歩……だね」
「ああ……行き先は分からんが、大きなものを乗り越えたのは確かだ」
「後は、ただ進むだけ」
「うん、みんなでね……」
「長かったなぁ……でも、何だか気分が良いや」
「ああ、そうだな……」
笑顔で言いながら、空を見上げる。
澄み渡る星空が、今度は透き通って見えた――
―――*―――*―――*―――
~~~30分後~~~
「はあっ…………はあっ…………」
息を切らせながら、井川は学校から程近い公園にやって来ていた。そして、目の前にポツンと建てられた小さな倉庫へと駆け込む。
「あんなガキ共に舐められたまま終われるかッ……!!」
言いながら、置かれた木箱を開ける。
そして、中に入っていた小瓶を取り出した。
「クククッ……この強化したウィルスを使えば、奴等を一網打尽に……」
暗い笑みと狂気を感じさせる口調。
今の井川には、彼等への復讐心しかなかった。
「おい、お前――」
だが、そこへ背後から何者かに声を掛けられる。
反射的に振り向いた井川だが、その瞬間――
「……………………ッ!!」
足に衝撃が走った。
鳴り響いた音から撃たれたのだと理解したが、混乱している井川には僅かな時間が必要だった。
「……………………」
倉庫へと入ってくる男達。
その出で立ちはトニーの部下達と同じ野戦服だったが、身に纏う雰囲気が明らかに異なっていた。
「隊長、如何いたしましょう?」
「薬液は回収。ソイツは……始末しろ」
「よろしいのですか? 介入はするなとの事ですが……」
「黙ってれば分かるまい。こんな下らんことは、早く終わらせたいんだよ」
「了解しました。では、後は自分が……」
「ああ、頼む……」
それだけを言うと、隊長と呼ばれた男は去っていった。その背中を見送ると、今度は もう一人の男が井川の前に立った。
「さて、悪いが眠ってもらうぞ……永遠にな」
「お、お前等は一体……」
「お前が知る必要は無いことだよ」
そう言い捨てると、男は井川の眉間にライフルの銃口を突き付ける。
「ま、待って――」
「じゃあな」
大きく響く銃声。
それが井川の最後の記憶だった――
―――*―――*―――*―――
再び平和な時間を取り戻し、
安寧の日々の中、多くの時間を過ごした
そして、気が付けば1ヶ月もの時間が流れていた
~~~1ヶ月後 学校のグラウンド~~~
「隊長~、これって持ってく?」
車の荷台に武器・弾薬を積んでる俺に、春喜が話し掛けてきた。何気なく手元に視線を向けてみれば、そこにあったのはグレネードランチャーだった。
「そんな物騒な物 使わねえよ……って言うか、どこにあったんだ?」
「さあ? 武器庫にあったけど」
ここは日本じゃないのか。
まあ、持ってて困るものでもない……とは思うが。
「それにしても、やっとこさ出発だねぇ」
「ああ、そうだな……」
春喜の言葉に、俺は感慨深くなって頷いた。
井川との決闘から1ヶ月――その間、俺達は自身の怪我を癒しつつ、新天地の調査に向けて着々と準備を進めていた。
物資や武器等の調達には苦労したが、何とか適量を集めることが出来たので、今日 いよいよの出発となったのである。
「お姉ちゃん、気を付けてね」
「うん、耕太も良い子にしてんのよ?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんとは違うもん」
「おっ、言ったな コイツ~」
中睦まじくジャレ合う華菜と耕太。
治療薬の完成によりスッカリ元気になった耕太の姿に、自然と笑みが零れていた。
「お疲れ様です。能美さん達は もう乗り込みましたよ」
「後は我々だけだ、ボス」
「了解! 雅也、運転は頼むな」
「ええ、地図も覚えておきましたから、任せてください」
俺の言葉に、素直に頷く雅也。
今回は新天地での対人交渉が予想されるため、彼にも来てもらうことにしたのだ。
「よし……じゃあ、出発するぞ!!」
声を張り上げての宣言。
それを受けて、多くの人が見送りに出てきてくれた。
「頑張ってきてくださいね。それと、お気をつけて」
「ええ、千葉さんも留守を頼みます」
「任せておいてください。安心して頂いて大丈夫ですよ」
俺の言葉に笑顔で頷く千葉に対し、俺も笑みを返す。
「兄~、早く行こうよ~!」
横合いから飛んでくる華菜の催促。
絶妙のタイミングに思わず笑いながらも、俺は車のドアに手を掛けた。
「……………………」
ふと、思い至って空を見上げる。
どこまでも続いていそうな青空に浮かぶ雲が、何だか自分と重なって見えた。
思えば、色々とあったものだ。
それでも、こうして新たな目標を見出して前を向いていられるのだから、今の俺は満たされているのかもしれない。
もちろん、それが正道を歩んできた結果だなんて思ってはいない。何が間違いで、何が正解だったかなんて、誰にも決められることではないからだ。
そんな中でも、俺達は必死に生き抜こうと努力してきた。それだけは、決して諦めたりはしなかった。
適者生存――もしかしたら、そうして諦めずに突き進もうという思いを抱き続ける事こそが、この世界で生きるに相応しいと認めてもらえる唯一の方法なのかもしれない。
(旅の果に何があるか分からない。でも、諦めなければ きっと……)
そんな事を心の中で呟きながら、もう一度 空を見上げる。澄み渡るような透明な青が、俺の気持ちを表しているかのようだった。
「旅立ちには、良い日和だな……」
誰に言うともなく呟くと、俺は1度だけ深呼吸をした。透き通る空と同じ澄んだ心持ちで視線を戻すと、俺は車のドアを開けた。
それが、新たなる明日の扉になると信じて――。
―――*―――*―――*―――
~~~同時刻・どこかの地下施設~~~
「主任! エリアBにてワクチンの完成を確認。同時に、唯一のコミュニティも長期維持可能であると判断されました」
「そうか……発生から一年未満、意外に早かったな」
言いながら、主任と呼ばれた男は日本地図へと目を向ける。どこでも見ることの出来るソレは、しかし、一部分が赤く染まっていた。
「そう言えば、情報操作の方は どうなっている?」
「今のところ問題はありません。幾度かエリア内に入ろうとした者、外に出ようとした者を始末しましたが、ほとんどの国民が我々の流している情報を鵜呑みにしています」
「フッ……《一部地域で発生した局所的なパンデミック》――そんなデタラメを信じるとはな」
言いながら、男が手近のテーブルに新聞を放り投げる。その紙面には『新型の強毒性インフルエンザ・ウィルス、未だ一部地域で猛威を振るう!!』と書かれていた。
「ただのゴシップ記事とは違いますからね。国まで動いているんですから、誰だって信じてしまいますよ」
「まあ、そうだな。国が総力を挙げて情報操作に乗り出せば、これぐらいの事は容易いか」
「はい。でも……これで我々の研究は認められるんですかね?」
「認めざるを得ないだろう。十分な結果を示したのだからな」
「ゾンビ化ウィルスによる街の崩壊……確かに、十分な成果ですね」
「ああ。混乱の期間は我々の想定より短かったが、感染者の数やスピードは予想を上回った。そこは評価してもらわなくてはな」
そう言うと、主任は密かに笑みを浮かべた。
その表情には、自らが作り出したウィルスへの自信が見て取れた。
「しかし、政府も思い切ったことをしますね。一部地域に限定したとは言え、自国でゾンビ化ウィルスの実地試験と、情報収集からの更なる開発行うなんて」
「そうだな……だが、他国が既にウィルスを完成させているなどという情報を掴めば、なりふり構っていられないのも事実だ。〝抑止力〟とは事が起こる前に得るべきだからな」
「ですよね……さて、この後は どうしましょう?」
「ん? 結果は出たんだ。後は掃除をするだけだ」
「掃除って……えっ? そ、それじゃ“滅菌作戦”の決議が?」
「ああ、今朝方な。こちらの任意で始めて構わんそうだ」
「そうですか……では、すぐにでも?」
「うむ、指示を出してくれ……明朝までに、エリアBを地図上から消せとな」
「はい、 了解しました!」
指示を受け、駆け去っていく助手。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、主任は一仕事終えた気分で大きく息を吐いた。
「ふう……これで、我が国は再び他国と肩を並べることになる。いや、あれだけの有用性を秘めたウィルスであれば、一歩先んじたと言っても過言ではあるまい」
どことなく狂気を感じさせる口調。
それが、彼一人の感情なのか、もっと大きな存在の意志なのか、それを知る術はなかった――
これにて本編完結となります!
この作品で少しでも皆様の時間を楽しく彩られたのなら、何よりの喜びです!
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!




