決闘
「……行くぞ!!」
そう叫ぶと同時に、俺は後ろ腰から銃を抜き取った。それを見て取った修一も、瞬時に銃を構え直してトリガーを引いた。
『―――――――――ッ!!』
咄嗟に階段の踊り場へと身を隠す。
瞬間、先程まで自分が居た場所の後方が銃弾によって抉られる。
「やってくれるじゃねえか……!!」
お返しとばかりに、俺は壁に隠れながら修一が居るであろう場所に向けて撃つ。
「チクショウッ……!!」
記憶と予測の銃撃は成功したのか、焦ったような声を上げながら修一が近くの教室に飛び込む。それを音で理解した俺は、踊り場から勢い良く飛び出した。
「それだけじゃ不十分だぜ……!」
言うが早いか、俺はハンドガンを仕舞って小銃に持ち帰る。そして、マガジンをゴム弾から実弾に変えると、壁越しに全てを撃ち込んだ。
『―――――――――ッ!!』
掃射の要領で横薙ぎに撃ち込まれる銃弾。
姿こそ見えないものの、教室の中で修一が息を呑んだのは理解できた。
「どうした! 隠れてるだけじゃ勝てねえぞ!!」
発破を掛けながらマガジンを交換する。
途端、その音を聞きつけたのか、ドアを開けて修一が飛び出してきた。
「そんなの分かってるんだよ!!」
言葉の通り、撃たれることを恐れずに俺の真正面に陣取って銃を構える。タイミング的に不利だった俺は、修一の指に力が入る瞬間を見極め、廊下を右後ろに転がった。
『―――――――――ッ!!』
俺の居た空間を銃弾が抉っていく。
それを見ながら、俺は起き上がり様にハンドガンを構える。
響き渡る銃声。
遠慮のない銃撃に、修一が再度 焦ったように教室へと飛び込む。
俺も今度は見送らず、一緒に中へと駆け込んだ。
「引っ掛かったな!」
ドアを潜った先に居たのは、俺を待ち構えていた修一だった。
(変な知恵を働かせやがって……!!)
心の中で毒づきつつ、ハンドガンを撃ち込む暇がないことを悟り、手近にあった椅子を掴んで投げつけた。
『―――――――――ッ!!』
投げ付けた椅子に二発が被弾。
その後、後ろの棚に激突して大きな音を立てた。
(今だ……!!)
一連の流れで隙が出来たことを悟った俺は、目の前の机を台にして大きく飛び上がる。
翼を持たない人間は空中で無防備となる。
だが、同時に上空から狙われることに慣れていないため、咄嗟の反応を返すことが出来ないのだ。
「ゆっくり寝てな!!」
ガラ空きになっていた顔面を狙って蹴りを放つ。しかし、重ねてきた経験からなのか、修一は寸前で躱してみせた。
「甘いんだよ!!」
絶好の勝機。
だが、間合いが近過ぎたために銃が使えず、修一は懐から何かを取り出す。
バチバチと物騒な音が俺の足元から聞こえる。
それがスタンガンの発するものだと理解した俺は、体操選手よろしく、強引に反転して軌道を変え、着地点を修正した。
「危ねえモンを持ち歩くんじゃねえよ!!」
避けることで得た隙を見逃さず、修一の顔面にフックを叩き込む。
油断していたところの一撃だっただけに、修一は衝撃で吹き飛んだ。
「学校には不釣り合いだから没収しとくぜ」
言いながら、床に転がったスタンガンを拾い上げる。相手の攻撃手段を奪うのは、勝率を上げるためのセオリーだ。
「だったら、代わりにアンタの命を貰う!!」
目の前に突き付けられる銃口。
だが、ここで逃げるほど俺は甘い人間ではないのだ。
「……………………ッ!!」
刹那の攻防。
それに勝ったのは――俺だった。
放たれた銃弾が俺の頬を掠って通り過ぎていく。それを笑みと共に見送ると、手にしていたスタンガンを修一の肩口に押し付けた。
「―――――――――ッ!!」
強烈な衝撃に修一の顔が歪む。
それでも意地が勝ったのか、床を転がると俺から間合いを取った。
「……学校に不釣り合いなものを使うんじゃねえよ!!」
お返しとばかりに今度は修一が椅子を投げてきた。だが、スタンガンの衝撃が抜け切っていない身体では、俺に当てる事は出来なかった。
「クソッ……!!」
不利な形勢を変えたいのか、修一が教室から飛び出す。その背中を追おうとした俺だったが、すぐに思い止まり反対側のドアへと駆けた。
「……………………ッ!!」
読み通り、ドアの前で俺を待ち構えていた修一が驚きの表情を浮かべる。とは言え、銃を構えていたのは明らかなアドバンテージ。
修一は臆することなく改めて俺を狙った。
それを見た俺も、条件反射で銃を構える。
この一撃が勝負を決めると理解しながら。
そして、一瞬の後――
『―――――――――ッ!!』
銃声の残響が尾を引く廊下。
それが消え去った後に倒れたのは――
「クッ…………!!」
俺ではなく修一だった。
放たれた銃弾が、修一の肩口を貫いたのだ。
「さあ……どうする?」
眉間に銃口を突き付けながら問う。
そんな俺を前にして修一が浮かべたのは、諦観の表情だった。
「……好きにしてくれ」
「……………………」
「勝ったのはアンタだ……どうにでもしてくれ……」
どこか疲れ切ったような口調。
だが、そんな人間だからこそ立ち上がらせる必要があった。
「バ~カ、ガキが格好つけてんじゃねえよ」
言いながら、俺はハンドガンをヒップホルスターに仕舞う。
「そういう台詞はな、しっかりと責任を取ってから言いな」
「責任? 今更 どうやって……」
「道程は険しいが、方法は単純さ。この世界を元に戻せばいい」
「元に戻す……?」
「ああ……それは誰もが望んだことだろうからな」
恐らくは、井川の策略で消されていった人達も。
「……出来るのか、俺に?」
「さあな……でも、動かなけりゃそれまでだよ」
立ち止まり、蹲っていたら、先にある光には気づけない。
「まあ、強制はしないさ。自分で決めな」
そう言うと、俺は踵を返した。
後は、修一自身が答えを出すべきだからだ。
「……ちょっと待ってくれ」
だが、修一に呼び止められる。
振り返れば、若干の迷いを抱きつつも、何かを決めたような表情の彼が居た。
「……奴等を倒したいなら、2階から渡り廊下で教室棟に移った方がいい。あそこから非常階段を使えば背後から隙を突ける」
情報の教示――それは明らかな井川への背反。
つまり、修一の覚悟の表れということだ。
「ああ、分かった」
だから、俺も迷わず信じる。
決意ある男の言葉を疑うほど無粋じゃない。
「……負けるなよな?」
「任せとけっての。喧嘩じゃ絶対に負けねえよ」
ハッキリ言い切ると、俺は笑みを浮かべて見せた。そんな俺を見て、修一も しっかりと頷く。
「じゃあな、しっかりと養生しろよ」
「やったのはアンタだろ……」
軽く笑いながらの呟きに、俺も表情を緩めて踵を返す。まだ、倒さなければならない奴がいるのだ。止まってはいられない。
(次はお前だぜ……井川)
そう心の中で呟くと、俺は最後の戦いへ向けて駆け出した――
―――*―――*―――*―――
~~~その頃、保健室では~~~
「……………………」
一人、連れてこられた保健室の中で、洋子は困惑を深めていた。
「フフフ……どうしたのだ? 久しぶりの再会だというのに」
「兄さん……」
子供の頃から変わらない、余裕と傲慢さを覗かせる笑み。しかし、状況が状況だけに懐かしさを抱く事はなかった。
「兄さん、どうして あんな事を……」
銃を突き付け、泣くのも構わず強引に連れ去るなど……例え、イオナの中に存在する抗体が特別なものであったとしても、一人の少女に行うようなことではなかった。
「やったのは私ではないよ。まあ、求めたのは私だから同じことだがな」
「どうして……」
悪びれた様子のない兄に、再度 同じ質問をする。たった一人の肉親として、ちゃんと理由を聞きたかった。
「私はな、洋子……歴史に名を残したいんだよ」
「名を残す……?」
「ああ、そうだ。残念ながら、私は天才と呼ばれるほどの人間じゃない。どれだけ努力をしたとしても、後世にまで名を残すなど不可能だ」
「……………………」
「だが、この状況を利用すれば それが可能なんだよ。ウィルスを駆逐する治療薬を完成させれば、私の名は永遠に残るんだ」
熱を帯びていく片瀬の口調。
しかし、洋子の心は次第に冷めていった。
「そのために必要なことならば、私は どんなことでもする……例え、一人の少女の命を奪うことになろうともな」
「兄さん……」
迷いのない瞳。
変わりに染めているのは狂気なのだろうか……。
「そのためにも、お前の力が必要だ。お前には、私にはない発想力があるからな」
イオナだけではなく、自分の力も利用しようというのか。
(でも、それでいいのかもしれないわね……)
心の中で呟く洋子。
傍から聞いたら諦めたような言葉。しかし、洋子の目は未だ強い輝きを秘めていた。
「さあ、早速 実験に取り掛かるぞ。まずは――」
言いながら、片瀬が背を見せる。
その瞬間、洋子はポケットから1本の注射器を取り出した。そして、それを片瀬の二の腕に突き刺す。
「グッ……洋子、何を……!?」
「別に……ただ、兄さんの身体にウィルスを注入しただけ」
「なっ…………!?」
驚愕に目を見開く片瀬。
しかし、洋子は微笑みさえ浮かべると、護身用にと密かに持ってきていた二本目の注射器を取り出した。
「……………………ッ!!」
そして、不気味な薬液を躊躇いもなく自分の腕に流し込んだ。
「さあ、これで二人とも感染したわ。私達が自我を保っていられるのも、良くて数時間と言ったところね」
「洋子、どういうつもりで――」
片瀬の目が、初めて怯えで揺らめく。
その様子を どこか愉快な気分で眺めながら洋子は口を開いた。
「私は、ただ自分が正しいと思うことをしたいだけ。でも、それには時間も才能も足りないの……兄さんと同じでね」
「だから、こんな事をしたと言うのかッ?」
「そうよ。でも、文句なんか言わないわよね? やっている事は兄さんと何ら変わらないんだから」
「クッ…………」
人生で初めて妹にしてやられた片瀬が、苦々しい表情を浮かべる。妹の ここまで強い意思を見せつけられたことはなかったのだろう。
「さあ、兄さん。研究を始めましょう……私達が私達でいられる間に」
そう言うと、洋子は機材の前に陣取った。
その表情に恐怖はなく、どこか清々しささえ感じられた――




