決意
「……………………」
耳に届く心地よい鳥の囀りに、俺は ゆっくりと目を覚ました。
「……あのまま寝ちまったのか」
誰に言うともなく呟きながら身体を伸ばす。すると、肩に掛けられていた毛布がハラリと落ちた。
「……トニーかな?」
間違いないだろう。
後で礼を言っておかなくては。
「とりあえず、顔でも洗ってくるか……」
そう言いながら、俺は立ち上がって校舎の方へと振り返る。
「……………………」
途端、目の前に予想外の人物が現れた。
あまりにも考えていなかったことなので、思わず棒立ちになってしまう。
「おはようございます。外で寝てたんですか?」
常と変わらない、冷静で落ち着いた口調。
ただ、それを耳にしただけなのに、俺は自分の中の憂い事が吹き飛んだ気がした。
「ちょっと頭を冷やしたかったんだよ……」
「そうですか……でも、そんな事してると身体を壊しますよ?」
「お前に言われたくねえよ……バ~カ」
言いながら、雅也の頭をグシャグシャと撫でる。そんな俺の行為を、雅也は苦笑を浮かべながらも受け入れた。
「……もう、大丈夫なんだな?」
「さすがに本調子ではいられませんけどね……貴方の前から消えることはありませんよ」
「そうか……それなら良い」
最低限の言葉。
そんなものしか向けることが出来ない。
でも、それは勘弁して欲しかった。
下手に口を開いたら、感情が爆ぜて泣いてしまいそうだったから。
「とりあえず戻ろうぜ。お前は まだ休んでた方がいい」
「もう大丈夫ですけどねぇ……まあ、言う通りにしますよ」
多少の不満を覗かせながらも、雅也は素直に頷いた。そんな彼に笑みを向けつつ、俺は校舎の中へと戻った――
―――*―――*―――*―――
~~~数時間後 昼過ぎ~~~
「さて……とりあえず現状を確認しようか」
食事と休息を取り、俺達は職員室に集まっていた。もちろん、今後の方針を話し合うためだ。
「は~い、武器も食料も人手も全部 持っていかれました~」
教師の質問に答える小学生のように、春喜が手を挙げながら説明する。改めて現状を振り返ってみると、かなり情けないものがあった。
「……で、そんな状況の俺達は これからどうする?」
核心を突く能美の問い。
これには、さすがに誰も答えることが出来なかった。
しかし、俺の中では もう答えは決まっていた。いや、他に選択肢が無くなったと言う方が正確かもしれない。
「……もう俺達に後はない。なら、やる事は一つだろ」
そう言って、俺は全員の顔を見渡す。
目に映る皆の顔は、すでに覚悟が決まっている表情だった。
「ついに決着をつける時が来たか」
「いい加減、沙苗を迎えに行かなくちゃと思っていたところだよ」
「彼等のやり方は、認められない……」
「鬱憤も溜まってますからね……ツケを払って頂きましょう」
「我々のことも忘れてもらっては困るぞ!」
「そうでござる。力を貸すでござるよ!」
「(´ー`*)ウンウン」
「奴等を倒さなければ、皆に顔向け出来ないからな……手加減なしで行かせてもらおう」
「お爺ちゃん助けて、アイツ倒す……」
「好き勝手に人の家を荒らしていっちゃってさ……もう ぶっ飛ばしちゃうよ、俺!」
全員の意見が固まる。
これなら、迷うこともない。
「よし…………やるぞ」
俺の言葉に、全員が頷く。
ここに来て逃げ出す者などいるはずもなかった。
「しかし、どう攻めるかを考えなければなりませんね」
「ああ、そうだな。まさか皆殺しにすることも出来んからな」
そんな事をしてしまったら、戦闘に関わらなかった人達とまで敵対することになる。そうなったら、勝ったとしても生き抜くことは出来ない。
「無血は無理でも、無死を目指すべきか……」
「ええ、そこが最低ラインになるでしょうね」
「うっわ~、厳しい条件」
「だが、それを成せれば全員に対して強い求心力を得ることになる」
「ええ、そこを目指さなければなりません」
誰もが争い合うことには疲れ切っている。
だからこそ、無死終戦を成すことが出来れば、井川との違いを明確に出来るし、命を尊ぶ姿勢の元に人が集まり一つになることが出来るのだ。
「そうなると、アレが役立つか」
「ん? ゴム弾か?」
「ああ、持っていかれてないか?」
「大丈夫だ、丸々 残っていたよ」
非致死性の弾薬――これ以上、今の俺達に似合った物はない。
「しかし、そうなると練習が必要かな?」
「だねぇ……感触とか違うっぽいしさ」
「うむ、ゴム弾は空気抵抗に弱くて射程が短い。弾薬はタップリあるから、感覚は掴んでおいた方がいいな」
「そうか……じゃあ、今日は訓練に当てよう。それに、車の強化も必要だしな」
言いながら、三井の方を見る。
敵陣に乗り込むのだ。並の車で行ったら辿り着く前に炎上させられてしまう。
「任せるでござるよ! 超進化させてみせるでござる!」
「うむ、私も手伝うぞ!」
「°˖✧⁽⁽◝(⁰▿⁰)◜◝(⁰▿⁰)◟₎₎✧˖°」
やる気を漲らせる3人組。
そんな彼等に笑みを向けてから、俺は皆に向き直った。
「よし……それじゃ、訓練を開始しよう。とは言え、見張りを立てないわけにも行かない。それぞれ、別の場所で訓練してくれ」
そう言うと、俺は見張り場所の指定をした。
敢えて、全員を離れた場所へと――
―――*―――*―――*―――
~~~その日の夕方~~~
学校を取り巻くように、各所から銃声が聞こえてくる。俺は それを聞きながら静かに時を過ごしていた。
「随分とノンビリしていますね。練習しなくていいんですか?」
「ああ……俺が行ったら意味ないからな」
何気ない口調の返答。
なのに、それを聞いて雅也は溜め息を吐いた。
「はあ……やはり、時間を与えたつもりだったんですね」
雅也の言葉に、俺は頷いた。
彼等に《逃げる時間》を与えたのは事実だからだ。
もちろん、先程の覚悟が偽物だと思っているわけではない。それでも、明日の決戦は本当の命懸けになる。そこを ちゃんと考えて欲しかったのだ。
「今回の戦いに、正義感とか倫理観とか……ヒロイックな気分が混ざるような感情は必要ないんだ」
それよりも大事なのは、もっと本能に根ざした部分……自分が生きるべき場所を守りたいという強い意志なのだ。
「だから、一旦 冷静になって欲しかったんだよ。本当に俺達の掲げた《生き方》が、自分の目指すべき道と重なってるのかを考えるためにな」
「なるほどね……」
納得したように雅也が頷く。
まあ、コイツのことだから俺の考えなど予想できていただろうが。
「でも、その結果 誰一人としていなくなったら どうします?」
洒落にならない質問。
それでも、俺は笑いながら答えた。
「それなら それで構わないさ。俺1人でも戦う覚悟は決まってる」
もう逃げることも惑うこともしない。
決着をつけない限り、進むことなど出来ないのだから。
「それなら、安心ですね……」
柔らかに微笑む雅也。
そんな相棒と夕闇に見守られながら、俺は静かに時を過ごした――




