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長い夜

「はあっ……はあっ……」


 森の中を駆け、友恵が彼等の到着予想地点に着いた頃には、辺りは暗くなっていた。この状況での狙撃は難しいが、何とか成功させるしかない。


『―――――――――ッ!!』


 銃声が迫ってくる。

 それを聞いて、友恵は肩からライフルを下ろして構えた。


『いいぞ、友恵! やってくれ!!』


 雅也から言われていたトニーの指示。

 友恵は見えないと分かっていながら頷くと、片膝を落としてスナイピングの体勢に入る。


 しかし、すぐには撃たない。

 まだ確認しなければならないことがあるからだ。


 それは、風向きだった。

 ハンドガンなどの射程距離ならば あまり気にすることもないが、狙撃クラスの距離ともなると風の影響は無視できないものとなる。


 事実、狙撃の際には本来 観測手と呼ばれる狙撃手とは別に風向きなどを計測するパートナーが付くことも多い。それだけ、銃弾の威力以外の要因が影響するのだ。


(風向きから、撃つ場所を正確に読み取る……)


 今まで学んできた中で、単純にして最大の留意点。それを心の中で繰り返し、友恵は改めて銃を構えた。


(心を落ち着けて、しっかり狙う……それだけを考えて……)


 自分で自分に言い聞かせると、友恵は指先を湿らせて風向きを確かめた。

 当然、ここでの風向きと着弾予定地の風向きが異なっている場合もある。それでも、こうして流れを読むことは大事なことなのだ。


「うん……行ける……」


 敢えて言葉にすると、友恵はライフルを構えてスコープを覗き込む。拡大された小さな世界の中に、倒すべき敵である半熟の姿を捉えた。


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 同時に脈拍を制御して、出来る限り照準のブレを抑えていく。


『―――――――――ッ!!』


 直後に鳴り響く重々しい銃声。

 射撃の反動で、一瞬 スコープの世界から視界が外れる。だが、すぐに持ち直すと改めてレンズからの光景を確かめた。


「……………………」


 丸い枠に収まる世界に、半熟の姿はなかった。離れていても感じる勝利の手応えに、友恵は僅かな笑みを浮かべた。


(でも、まだ気を抜いちゃダメ……)


 自分で自分に言い聞かせると、友恵は改めて銃を構えた――



 ―――*―――*―――*―――



「もう大丈夫……だよね?」


 30分ほど狙撃を続けた後、友恵は呟いた。

 離れた仲間には聞こえるはずもない問い掛け。

 だと思ったのだが――


『友恵、オッケーだ! 引き返そう!!』


 トニーが無線機越しに返事をしてくれた。

 またまた見えるはずもないのに頷くと、友恵は来た道を引き返して学校へと戻った――



 ―――*―――*―――*―――



「楽勝だったね!」

「よく言うぜ、半熟に飛び付かれて焦ってたくせに」

「はははッ……あの時の春喜の顔は見物だったな」


 敵を撃退できた気軽さからか、俺達は雑談をしながら戻ってきた。

 しかし、学校まで戻ってきた俺達を待っていたのは、常とはガラリと変わった非日常的な光景だった。


「これは……どういうことだ?」


 外観に変化はない。

 だが、そこに居るべき《人々》が誰一人として居なかった。


「まさかッ……!!」


 何かを思ったのか、トニーが校舎内に飛び込んでいく。その姿を見て、もしやイオナまでと俺も思い至る。そして、程なくしてトニーが校舎から出てきた。


「ボス!! イオナが居ない!!」

「チッ……それが狙いだったか!?」


 悔しさに俯く。

 と、その時――


「クッ……トニー」


 そこへ、雅也が現れた。

 何かあったのか、その足取りはフラついていた。


「雅也、大丈夫か!?」

「ええ、問題ありません。でも、考えが甘かったですね……」

「一体、何があったんだ?」

「別働隊ですよ。半熟を囮にして、こちらに襲撃を仕掛けてきたんです」

「狙いはイオナか!?」

「それと住人ですね。全員、連れていかれました。僕は逆らったんで、スタンガンで眠らされましたよ」


 銃声で俺達が戻ってくることを危惧した上での処置か。


「イオナだけでも何とかと思ったんですが……すみません、トニー」

「……いや、そういう事情ならば仕方ない」

「ああ……それに、イオナは奴等にとっても代わりのない重要な存在だ。手荒な真似はしないさ」


 論理的思考と希望的観測が入り交じった言葉。

 しかし、今は それを信じるしかない。


「とにかく、今は中に入ろう。武器だけでも確認しておかないと」


 言いながら、俺は校舎へと足を向けた。

 しかし、その時――


「ハッハッハ、死にやがれ!!!」

「――――――――ッ!!」


 校舎の影から現れる一人の男。

 その手には銃が握られており、銃口は俺の方に向いていた。


「ボスッ……!!」


 それに気付いたトニーが肩に提げていた小銃を構える。俺も、反射的に後ろ腰の銃へと手を伸ばした。


 しかし、相手は既に射撃態勢。

 俺達の動作が間に合うはずもなかった。


(クソッ……ここまでか……!!)


 頭の中を過ぎる覚悟。

 それでも、最後まで諦めたくなくて俺はトリガーに指を掛けた。


『―――――――――ッ!!』


 マズルフラッシュに網膜が焼かれる。

 しかし、一瞬の閃光で視界が白く染まる直前、よく知った影が俺の前に立ったのが分かった。

 そして、その直後、雅也が俺を貫くはずだった銃弾に倒れる。


「フザけた真似をッ……!!」


 狙い澄ましたトニーの射撃により、男の手から銃が弾き飛ぶ。しかし、今の俺には そんな事どうでもよかった。


「雅也……雅也!!」


 俺に身体を預ける形でグッタリとしている雅也。支える俺の手には血がベットリと付いていた。


「チッ……!!」


 仕留め損なったことに舌打ちをしながらも、男が逃走する。だが、その背を追うという選択肢すら、俺の頭には浮かばなかった。


「むむっ、これは一体…………」

「ま、マスター、イージスの調整中に とんでもない事が起きたようでござるな…………」

「(・゜д゜`≡・゜д゜`)!?」


 奥から現れる3人組。

 しかし、そこにすら目を向ける気になれなかった。


「雅也、しっかりしろ!! 雅也!!」


 激しく揺り動かす。

 それを見たトニーが慌てて止めに入った。


「落ち着け、ボス!! 雅也なら大丈夫だ、大事ない!!」

「えっ……?」

「撃たれたのは肩だ。それに銃弾も貫通してる。今はショック症状で気を失ってるが、治療をしてやれば問題ない」

「ほ、本当か……?」

「ああ、だから早く保健室に運ぶぞ!」


 そう言うと、トニーは雅也を担いで走り出した。何とか我を取り戻した俺も、その後に続いて駆け出した――



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~2時間後~~~



「……………………」


 校舎の昇降口付近――そこで、トニーは玄関の方へと視線を向けていた。

 そこに居るのは、落ち込んだ表情で花壇の淵に腰掛ける《彼》。

 肩に小銃を立て掛けて見張りの体は成しているが、彼が周りに気を配っていないことなど誰が見ても明らかだった。


 一応、雅也の容態は安定している。

 しかし、それが彼の気持ちを持ち直す理由には至っていないのだろう。


「隊長……大丈夫かな?」


 いつの間にか隣に来ていた春喜が、小声で問い掛けてくる。付き合いこそ自分たちより短いが、共に死線をくぐり抜けてきた仲間であることには変わらない。それ故に、気に掛かるのだろう。


「何とも言えん……こんな状況になってから戦い続けてきたが、身内が傷付けられたのは初めてだからな」


 雅也も華菜も、彼は決して実戦に参加させようとはしなかった。そうさせるぐらいなら自らが前線に立つ――それが彼の流儀だったからだ。

 なのに、今回は目の前で雅也が撃たれた。しかも、自分を守るために。その事実は、彼に相当なダメージを与えたのは間違いない。


「だが、いつまでも腑抜けられては困る。状況は何一つ安定していないのだからな」


 廊下の奥から現れる能美。

 気が付けば、無事だったメンバーが集まっていた。


「ああ、それは分かっている……分かっているよ……」


 実際、いつ襲撃が行われるか分からない状況である。

 それに、将吾からしたら沙苗が、友恵からしたら祖父が連れ去られているのだ。それぞれに苦しみを抱える中、彼だけを特別扱いするわけには行かない。


 だが、それでも――


「すまん、みんな。今日だけ……今夜だけ待ってやってくれないか? 明日になったら無理矢理にでも元に戻す。だから……」


 言いながら頭を下げる。

 トニーにしてもイオナを連れ去られているが、それと同時に彼と雅也も家族同然なのである。案じずにはいられないのだ。


「ああ、構わないさ。彼は今まで戦い続けだったんだ。こんな時ぐらい休ませてあげよう」

「見張りなら、私がやる……」


 同じ苦しみを抱える将吾と友恵がフォローに入る。そうされたら、反論できる者などいるはずもなかった。


「いいか、能美?」

「……お前達が構わんのならな」


 そう言うと、能美は立ち去っていった。

 遠ざかる背中に、将吾は苦笑を浮かべる。


「素直じゃないな、アイツも……」


 能美とて、彼に無理をさせようなどと思ってはいない。将吾と友恵に気を使った結果、ああ言う物言いになってしまっただけだ。ここに来てから共に戦うことの多かった将吾には分かっていた。


「みんな、ありがとう……」

「お礼なんていい……」

「そうですよ。それより、トニーさんも休んでください。ロクに寝てないでしょう?」


 逆に気を遣われてしまう。

 どうやら、思っているよりも疲れが顔に出ているらしい。


「ありがとう。もう少し様子を見てから眠るとするよ」

「……分かりました。それじゃ、先に休ませてもらいますね」

「代わる時は起こしてね……」


 そう言うと、二人は静かに立ち去っていった。

 彼等の背中を見送りながら、良き仲間に巡り会えたことをトニーは喜ばしく思っていた。


 そんな彼等を優しく照らすように

 夜空には淡く輝く月が浮かんでいた――

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