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希望と渇望

「――と、言うわけです」

「そうか……そんなことがな」


 雅也から、離れてしまっていた1ヶ月のことを聞き、俺は俯きながら頷いた。


 基地での出来事。

 1人になってからのこと。

 そして――華菜のことも。


「それにしても、貴方に会えたのは運が良かった。井川の所から適当なのを拘束して情報を聞き出した時は、逆襲に走るであろう連中の妨害をして痛手を負わせるという作戦しかありませんでしたが……まさか、貴方のグループも狙われていたとはね」


 偶然の一致――それによって叶った再会。

 しかし、結果は満足の出来るものではなかった。


「華菜……」


 思わず、名前を呟いてしまう。

 アイツが一人で背負ってるモノを思うと、近くに居られないことが辛く感じてしまうのだ。


「連れ戻したかったですか?」


 答えの分かりきった質問。

 だから、俺は迷うことなく頷いた。


「当たり前だろ……家族なんだからな」

「そうですか……でも、仕方ありませんよ。あの少年を救えない限り、華菜が戻る事は有り得ませんからね」


 それは理解している。

 そして、それを成すためには井川と正面から戦わなければならないことも。


「ともかく、今は無理にでも背筋を伸ばしてください。どうやら、ここでも貴方は皆の支えのようですからね」


 それだけを言うと、今の自分に出来ることは無いと思ったのか、雅也は踵を返して教室を出て行こうとした。


「……雅也」

「……………………?」


 そんな彼を俺は呼び止めた。

 昔からの癖か、無条件で足を止めて振り返った雅也を、俺は左腕で抱き寄せた。


「色々あって心の整理が追い付いてねえけど……お前が戻ってくれて最高に嬉しいよ、雅也」

「……………………ッ!!」


 俺の掛けた言葉に、雅也の身体が一瞬だけ強ばる。

 それが、心を強く揺り動かされた時の反応であることを、付き合いの長い俺は知っていた。


「……ええ、僕もですよ」


 言いながら、雅也も俺の身体を抱き締める。

 失われた身体の一部を取り戻したような安堵感が、俺の中に流れ込んできた。


 しかし、それでも右腕を雅也のために使う事はしなかった。

 こちら側は、もう1人の少女のためのものだから――



 ―――*―――*―――*―――



~~~場所は変わって、学校の図書室~~~



「これは……複雑なことになったものだね」


 片瀬の持ち込んだ映像ディスクを見て井川は呟いた。


 映し出されているのは、とある研究所の一室。

 そこにゾロゾロと入り込む男達。

 ソイツ等に囲まれているのは、1人の少女だった。


「……で、この少女が唯一の抗体の持ち主だと?」

「ええ。様々な情報を精査しましたが、もう彼女だけかと」


 話題の主は、もちろんイオナのこと。

 そして、映像の中で彼女を保護しているのは《彼等》だった。


 昨日、片瀬が向かいたいと言っていたのは、イオナが収容されていた研究所だった。端末から得た情報で、彼女のことを知ったからだ。


 しかし、辿り着いてみればソコは もぬけの殻だった。

 疑問に思った片瀬が稼働していた監視カメラの映像を確認してみたら、これが残っていたのである。


「まさか、互いに最も欲しいモノを持っているとはね……」


 井川は“彼”にとって大事な家族を。

 彼は井川の統治に必要な治療薬の重要素材を。


(いや、こちらの方が分は悪いか…………)


 もし彼等の仲間に新薬開発の技術を持つ者がいたら、先にワクチンを作られてしまうかもしれない。そうなったら、自らの抱く構想が根底から崩れてしまうのだ。


「そうなる前に、手に入れなければな…………」


 誰に言うでもなく呟くと、井川はディスプレイから視線を外した。

 そして、腰元から無線機を取り出すと通信ボタンを押す。


「私だ、修一を図書室に呼んでくれ」

『了解しました』


 短い命令にも動じることなく了承する相手。

 恐らく、こうした事には慣れているのだろう。


「あの少女、手に入れられますかな?」

「手に入れてみせるよ……いや、手に入れなければな」

「フフフ……それを聞いて安心しました。では、失礼します」


 井川の執念にブレがない事を確認できたからか、片瀬は静かに立ち去った。

 と、そこへ入れ違いで修一がやってきた。


「失礼します」

「ああ、修一君。すまないね、呼び出したりして」

「いえ、井川さんのお役に立てるなら問題ありません」

「ははは……そう言ってくれると、こちらも気が楽だよ」


 柔らかな仮面を被っての対応。

 本来、素の自分を見せている修一には必要のないことなのだが、井川の全てを肯定する事で逃げている彼には、こういう接し方が一番なのだ。


「さて、本題なのだが……1つ質問をいいかな?」

「はい、俺に答えられることでしたら」

「うむ……実は、彼のことを聞きたくてね」


 言いながら、先程の映像を修一に見せる。


「……コイツはッ!!」

「そう、君の《元リーダー》だよ」

「やめてください! 俺は奴をリーダーと思った事は1度もありません!」


 吐き捨てるように言い切る修一。

 元から嫉妬心からくる嫌悪感を抱き続けていた相手だ。そうなるのも仕方ないのかもしれない。


「これは失礼。しかし、彼は私達にとって重要な物を持っていてね。どうしても居場所を知りたいのだよ」

「奴の居場所……?」

「うむ、どこか心当たりはないかね?」


 捜索隊として外に出掛けることも多い修一ならば、何かを知っているのではないかと読んだのだ。事実、何かを思い出したのか、少し悩んだ後 彼は顔を上げた。


「少し前に仲間から報告がありました。郊外の方にある古い木造校舎で、多くの生存者がコミュニティを作ってるって」

「ほう……具体的な場所は分かるかね?」

「あっ、はい」


 返事をしながら、ズボンの後ろポケットに手を伸ばして地図を取り出す。捜索隊に加わる者は、ここら一帯の地図のコピーを持ち歩くようにしているらしい。


「ええっと……ここです」

「ううむ……車で2時間と言ったところか」


 もちろん、ゾンビ対策を含めた時間だ。

 しかし、それならば無理な時間ではない。


「修一君、すまないが今から向かってもらえるかね?」

「えっ、俺がですか?」

「ああ、彼の顔を詳しく知っているのは君だけだ。これは君にしか頼めないのだよ」

「俺にしか出来ない……」


 口の中で言葉を反芻する修一。

 井川を肯定する心理もあるが、同時に頼られることにも弱いのが修一のウィークポイントだった。


 《彼》のグループにいた時は、まともに戦闘すら出来なかったのがコンプレックスになっているのだろう。信頼して任せられると、滅多な事では首を横に振ることは無かった。


「分かりました! 奴のグループを探ってきます!」

「うむ。グループの規模に関しては大体でいい。しかし、この少女の存在だけは見逃さないようにな」


 言いながら再度、ディスプレイを修一に見せる。

 画面の中では、イオナがトニーに抱き上げられるところだった。


「了解です! では、一緒に行くメンバーを人選をした後、出発します!

「ああ、頼んだよ」


 その言葉を受けて、修一が図書室から勢い良く出ていく。

 誰も居なくなった図書室で、井川は一人 笑みを浮かべていた――



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~その頃、彼等は~~~



「ふえ~ん、トニパパ~」

「ハハハ……よく頑張ったな」


 泣きつくイオナと、宥めるトニー。

 その姿は、本当の親子のようだった。


「注射1本で、あそこまで騒ぐことですかね?」

「子供が黙って我慢したんだ。それほどの事なんじゃねえの?」


 子供のいない身としては、そこまで実感は無いが。


「ふむふむ……なるほどねぇ」


 そこへ、イオナの血中に含まれる抗体を採取し、実験していた洋子さんが入ってきた。


「どうでした、実験の方は?」

「何て言うか……凄いわね」

「凄いって……どのようにですか?」

「試しに手持ちのウィルスを駆逐させてみたら、僅か数秒で死滅させてしまったわ」

「おお、スゲェ……じゃあ、もうワクチンは完成?」

「いいえ、まだよ。この抗体を培養して、薬液として安定させるのには時間が掛かるわ」


 さすがに、そこまで安易な話ではないらしい。


「でも、あの抗体のお陰で研究が飛躍的に進むのは間違いないわね。ワクチンの完成も、そう遠い話でもないのは確かよ」

「そいつは朗報だ。でも、無理しないようにね」

「ええ、大丈夫よ。これでもタフですからね」


 本当に無理をしている様子のない笑みを浮かべる洋子。

 そんな彼女に、俺も頷きを返した。

 と、そこへ、イオナが俺の服の袖を引っ張ってきた。


「ねえねえ……兄ちゃん」

「ん? どうした?」

「チョコ、ちょうだい♪」


 言いながら手を差し出してくるイオナ。

 どうやら、文句も言わずに注射されてやったのだからチョコを寄越せということらしい。


「はいはい、ご用意してございますよ」


 上着のポケットからチョコを取り出し、イオナに手渡す。

 トニーに持たせているとオネダリに負けて渡してしまうので、俺がチョコ係になったのだ。


「チョコ~、ん~まい!」


 満足気な歌を唄うイオナ。

 そんな彼女に、その場に居た全員が笑みを浮かべた――

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