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触れられぬ再会

「はあっ……はあっ……!!」


 工場内を逃げ続け、何とか俺は奴等を振り切ることに成功した。結果として辿り着いたのは、朽ち果てたガレージだった。


「さて……ここから どうすっかな?」


 誰に聞かせるつもりもない言葉を呟く。

 と、そこへ――


「ほう……まさか、こんな所まで客が来るとはね」

「……………………ッ!!」


 突如として横合いから掛けられた声に、俺は自然と振り向いていた。

 そして、そこで信じられない人物を目の当たりにした。


「お前は……井川!?」

「おやおや……随分と懐かしい顔に会ったものだ」


 出会った時と変わらない、人を侮蔑するような笑み。それを見て、俺の中で怒りが爆発した。


「テメェッ……!!」


 感情のままに後ろ腰から銃を抜き放ち、井川の眉間に突きつける。

 冗談でも何でもなく、あと少しの切っ掛けがあれば、俺は躊躇いもなくトリガーを引ける状態だった。


「フフフ……止めておきなさい、無駄のことは。君に私は撃てないよ」

「なら、試してやるよッ!」


 その言葉と共に、トリガーに掛ける指へと力を込める。


『―――――――――ッ!!』


 だが、1発の銃声が響いた直後、俺の手からハンドガンが吹き飛んだ。

 撃ち落とされた――それを理解した俺は、もう一丁の銃をホルスターから抜き取ろうとする。


『―――――――――ッ!!』


 瞬間、今度は足元の地面が抉られた。

 何者かは分からないが、俺に反撃を許すつもりは無いらしい。


「だから言っただろう? 無理だとね」

「クッ…………」


 悔しさに表情を歪ませる俺。

 そんな姿に気を良くしたのか、井川の笑みが深まった。


「フフフ……悔しいかい? しかし、それも身から出た錆だよ。君が彼女を強くしたのだからね」

「彼女……?」


 誰のことかは分からない。

 しかし、俺の胸がドクリと一つ大きく跳ねた。


「そうだな……最近は感動的な場面とも縁遠い。ここは、君達に私の心を癒してもらおうじゃないか」

「一体、何を……」


 言っているんだ――そう続けようとした言葉は遮られた。

井川の後ろから姿を現した少女によって。


「……………………」

「華菜? 華菜なのか……?」


 見間違えるはずもない姿。

 しかし、俺は思わず問い掛けてしまった。


「兄……わ、私……」

「華菜! やっぱり生きてたんだな!!」


 憎しみを上回る喜び。

 俺は事の不自然さなど全てを忘れ、目の前の華菜へと駆け出した。


だが――


『―――――――――ッ!!』


 またも、足元の地面が抉られて動きを止められる。

 信じられない気持ちで視線を向けた俺の瞳には、硝煙の立ち上る銃を構えた華菜が立っていた。


「華菜……どうして……?」

「……………………」


 俺の言葉に何も答えない華菜。

 しかし、その小さな手に握られた銃だけが、俺に何かしらの答えを与えているようだった。


「ハハハ、どうしたんだい? 折角の再会なんだ。もっと嬉しそうな顔をしたら どうなのかね?」


 楽しげに笑う井川。

 その姿を見て、身の内を満たしていた喜びが再び憎しみに変わる。


「お前が華菜に……!?」

「おっと、勘違いしないでもらおうか。彼女は、自分の意思で私を守っているのだよ。そうだろ、華菜君?」

「……………………」


 何も答えない華菜。

 しかし、この場面での沈黙は肯定と同義だ。


「フフフ……さて、私も忙しいのでね。そろそろお暇させて頂くよ」


 そう言うと、井川は何の躊躇いもなく背中を向けた。その姿に思わず銃へと手が伸びたが、引き抜く前に華菜が井川と俺の間に立ちはだかった。


「ふむ……やはり危険分子は淘汰しておくべきか」


 反抗の意思を崩さない俺を見て、井川が一人で頷く。


「華菜君……その男を殺すんだ」


 そして、突然の命令。

 その口調にも表情にも冗談の色は含まれておらず、奴が本気で言っていることが分かった。


「そ、そんなのッ……!!」

「無理かな? だが、拒めば大事な少年が醜い姿になるのだよ?」

「―――――――――ッ!?」

「確実に息の根を止めたまえ。あの少年を生かしたいならね……」


 何のことかは分からないが、そんなことを呟いて井川は歩き去っていった。すぐにでも追いかけたかったが、華菜という存在を無視することなど出来るはずもなかった。


「そんな……私、どうすれば……」


 怯えるように肩を震わせる華菜。

 そんな彼女の肩を1度だけ叩くと、井川は俺に一瞥もくれることなく立ち去っていった。華菜を前にしては、その背中を追う事は出来なかった。


「華菜……」


 二人だけの空間で、穏やかに名前を呼びながら一歩だけ近付く。


「……………………ッ!!」


 だが、その直後、俺の顔に銃口が突き付けられる。その信じ難い光景に、俺は動きを止めてしまった。


「ゴメン……ゴメンね、兄……私、もう どうしたらいいのか分からない……」

「華菜……」

「でも、やらないと……あの子が、耕太が……」


 うわ言のように呟きながらも、華菜の指に力が込められていく。

このままだと撃たれる――それを理解していた俺だったが、その場を動く気にはなれなかった。


 何が理由かは分からないが、華菜が苦しんでいる。

 その苦しみから救われるのに俺の命が必要なら、差し出すことに恐怖はないからだ。



でも、願わくば――



(全部が終わったら、笑えよ…………)


 その姿が見られないことに一抹の後悔を抱きながらも、俺は静かに目を閉じた。



『―――――――――ッ!!』



 響き渡る銃声。

 しかし、俺の身体には痛みも衝撃もなかった。


「うっ……くうっ……!!」


 代わりに聞こえてきたのは、華菜の絞り出すような呻き声。

 反射的に目を開ければ、そこには肩口を押さえ、蹲る華菜がいた。よくよく見れば、指の隙間から血が溢れ出ていた。


「ふう……上手く行きましたね」


 安堵したような呟き。

 疑問に思って目を向ければ、そこには懐かしい顔があった。


「雅也……?」

「お久しぶりですね。感動の再会といかなかったのが悔やまれますが」


 常と変わらぬ、人を食ったような態度。

 しかし、今は それを喜んでいられる場面ではなかった。


「雅也……お前がやったのか?」

「ええ、そうですよ」

「どうしてッ……!?」

「意味が無いからですよ。華菜が貴方を殺すことにも、貴方が華菜に殺されることにもね」


 キッパリと言い切る雅也。

 滅多なことでは感情的にならない彼の様は苛立たしくもあるが、それ故に正当性を感じさせるのも変わらなかった。


「それに何より、貴方に死んで欲しくなんかないんですよ」

「雅也……」


 飾り気のない真摯な口調。

 そんなものを向けられては、さすがに黙らざるを得なかった。


「おい、こっちだ!! こっちから銃声が聞こえたぞ!!」


 そこへ、俺達の感情を遮るように怒声が聞こえてきた。

 それを受けて、俺は華菜へと手を伸ばした。


「今は無理です! 諦めてください!!」

「そんなことッ……!!」


 出来るはずがない――そう言おうとした俺を制したのは、他でもない華菜自身だった。


「……行って、兄」

「えっ……?」

「私は大丈夫だから……お願い……」

「華菜、お前……」


 俯き、俺を見ることなく言う華菜。

 その姿を前に、俺は強引な行動に出ることが出来なかった。


「さあ、行きましょう……」


 穏やかに促す雅也。

 その声と手を、今度は振り払うことが出来なかった。


「クッ……行くぞ!」


 すべての想いを振り切るように短く言うと、俺は雅也を伴って走り出した。

 いつか必ず、あの不安げに俯く少女を迎えに行くと誓いながら――

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