隊長帰還
~場所は変わって川岸~
「盲点……ってのは、この事だな」
「ハハッ……そうだな」
俺の何気ない呟きに、トニーが笑みを返す。
学校までのルートを探していた俺達だったが、どこもゾンビの群れが進路を塞いでおり、戦闘は避けられないかと思っていた。
しかし、地図を見ていた一人の隊員が、川を渡ればゾンビを回避できるのではと進言してきたのだ。
それを受けて作戦を急変。
アウトドアショップなどを巡り、全員が乗れるだけのボートを掻き集めた。結果、俺達は無傷で危険地帯を超えることが出来たのである。
そして、今は上陸して今後の道程を検討中というわけだ。
「それで……現在地は何処だ?」
「今は、この辺だな。学校までは徒歩だと半日は掛かるな」
「思ったより遠いな……」
「仕方あるまい。この先は川が合流するから、流れに沿って下ると目的地から遠ざかってしまうからな」
確かに、その通りだ。
事実、この川岸を目指していたのではなく、本流へと重なる前に降りるべきだと結論が出たため、こうして上陸したのだから。
「ともかく、そうなると車が必要だな」
「ああ、どこかで調達しなければな」
「よし……それじゃ、街の方へ行くか」
努めて明るく言い切ると、俺は率先して歩き出した。
―――*―――*―――*―――
「ここは……自然公園か」
歩くこと十数分。俺達が下ってきた川の水を利用しているのか、巨大な池が特徴的な自然公園に出た。
「ふわああぁぁ……」
離れたところに見えるアスレチックを目にして、少女――『イオナ』が目を輝かせる。ちなみに、名前は昨日の夜に何とか聞き出した。
「……トニパパ!」
トニーの上着を握りながら、イオナが期待に満ちた視線を彼に向ける。
「む……ううむ、すまんがイオナ、その余裕はないんだよ」
「ええぇぇぇ~~」
何とも不服そうな声を上げるイオナ。
ああいう姿を見せられると、どうにも良心が疼かされる。
「いいぜ、トニー。イオナと遊んでこいよ。車は俺達で調達するからさ」
「えっ、いや……しかし……」
「ゾロゾロと連れ歩いたって効率は変わらねえし、凹んだイオナを連れてくほうが時間を食いそうだからな」
半分は事実、半分は気遣い。
それらを受けて首を横に振れるほど、トニーはイオナに厳しくなかった。
「……分かった。少し遊んだら、すぐに合流する」
「おう、了解」
短く返事をすると、俺は武装した隊員を引き連れて公園から出た。
―――*―――*―――*―――
街の方へと出て歩くこと十数分――俺達は路上に止められている車を片っ端から調べていたが、どうにも使い物になりそうがなかった。
(ううん、こんな状況になって半年以上……さすがに難しいか)
ほとんどの車が生存者たちにパーツ取りとして使われたのか、タイヤが無かったり給油口がこじ開けられていたりで、エンジンを掛ける必要もない有様だ。
「ボス、あれを……!」
だが、その時、一人の隊員が調べていたのとは反対側の道路を指さす。目線を向けると、そこには観光用の物だろうか、大型のバスが駐車されていた。
「どうしますか?」
「……動けば かなりの掘り出し物だ。見るだけ見てみよう」
そう判断すると、俺は散らばっていた隊員たちを集め、観光バスへと集合を掛けた。
―――*―――*―――*―――
「……………………」
銃を構えつつ、全員で辺りを取り囲む。
こちらは全員が武装しているのだ。例え中に人が居て、そいつらに敵意があったとしても負ける事はないだろう。
「よし……中を確認するぞ」
言いながら、俺は窓の近くへと歩み寄った。
すると――
「うけけけ~!! 肉肉ニク~ッ!!」
窓ガラスに張り付く半熟。
その濁った目にも見えているのか、こちらの事を凝視している。
しかも、一体だけではなかった。
よくよく中を見てみれば、他にも数体の半熟が確認できた。
「ボ、ボス! この車は止めておきましょう!」
「そうですね。無理して奴等を相手にすることもない」
「動く保証もねえしな」
そう言って、車から距離を取ろうとする隊員たち。しかし、俺は動く気にはなれなかった。
理由は簡単。この車が使えると確信できたからだ。
半熟は人間がゾンビ化を開始して数時間だけ その姿を保っていられる……つまり、中に居る半熟たちは数時間前まで人間だったということだ。
幾人かの人間が乗り込んでいた車、止められている場所、車体の状態から見ても、コイツが《動く》のは間違いないだろう。
「ボス……まさか?」
「ああ……やるぞ」
マジかよ――そんな呟きが聞こえてきそうな表情を浮かべる隊員たち。しかし、こうなった俺の考えを変えられないとも理解しているのか、誰も反論はしなかった。
「それで、どうやって奴等を始末しますか?」
そう、問題はソコにある。
倒すだけなら難しくはないのだ。車体越しに銃弾を撃ち込めばいいだけなのだから。
しかし、俺達の目的は車自体にある。安易に撃つのは頂けない。銃弾がエンジン貫けば、この掘り出し物は一瞬にして鉄の塊に変わってしまうのだから。
「奴等がゾンビになるのを待つのは?」
「それが楽なんだけど……ぶっ壊されても困るしな」
今も外に出ようと暴れ回っているのだ。
早々に始末しないと中からボロボロにされてしまう。
「中から一体ずつ出すぞ。出てきたところを狙い撃てば、襲われる心配もない」
出入口は一つだけ。幅も高さもないのだから、出てきた瞬間なら無防備だ。如何に半熟と言えど、その隙を狙われたら反撃の余地もないだろう。
「でも、この車は中が……」
そうなのだ。少しばかり高級志向なのか何なのか、普通の観光バスと違い窓が少ないのである。故に、出入口付近の確認が出来ないのだ。
(どうすっかなぁ……)
思案する俺。
と、その時――
『―――――――――ッ!!』
中から半熟がドアを叩いてきた。
威嚇にも思えたソレだが、俺には閃きの材料となった。
(これで行くか……)
そう心の中で呟きながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
―――*―――*―――*―――
「――と言うわけだ」
作戦の概要を説明し終え、俺は一つだけ息を吐いた。
「つまり、音を頼りに奴等を引きずり出すと?」
「ああ、ドアを叩く音が一つなら開けて、重なっていたら待機――簡単だろ?」
「まあ、言葉だけなら……」
確かに、相手が半熟ともなれば そう簡単に頷けないだろう。しかし、やらなければならないのだ。
「さあ……行くぞ」
ヒップホルスターから銃を抜き取り構える。
そんな俺の姿に覚悟を決めたのか、隊員たちはドアの取っ手に手を掛けた。
『―――――――――ッ!!』
瞬間、かなりの衝撃がドアから伝わってきた。
(いや、まだだ……今じゃない)
そう判断した俺は、隊員たちに向かって首を振った。
『……………………ッ!!』
耳に届くドアを叩く音。
それを聞いて俺は――
「今だ、開けてくれ!!」
俺の指示に、隊員たちが若干の緊張感を抱きながらもドアを開ける。
その瞬間――
「うけけけ~ッ!!」
僅かな隙間を押し開けるようにして半熟が飛び出してくる。
「甘いんだよ!!」
しかし、それを見越していた俺は、冷静にサイドステップで半熟の攻撃を躱し、その横面に拳を叩き込んだ。
いきなりの衝撃に、さすがの半熟も地面を転がる。
その隙を逃さず、俺は手にした銃で半熟の頭を撃ち抜いた。
「ふう……これで一体か」
なかなかの疲労感。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「よし、次に行くぞ!」
そう言うと、俺は手にしたハンドガンを構え直した――
―――*―――*―――*―――
~~~数時間後 学校~~~
朝の騒動から半日弱――能美たちは職員室に集まっていた。
あれから山の中を念入りに調査した結果、松尾が誰の目にも触れず山へと向かった理由が分かった。
彼は、山の地中に酒を隠していたのだ。
恐らくは、今回だけではなく、時折 人知れず山に入っては晩酌を楽しんでいたのだろう。
しかし、昨日だけは違った。
予期せぬ客が現れてしまったのだ。
実際、酒が隠されていた場所の近くに薬莢が二つ落ちていた。
そして、その客とは――
「松尾さんを殺したのはアナタだな……塚田さん」
言いながら、能美は目の前で目を泳がせる塚田を見詰める。対して塚田は否定することもなく細かく震えていた。言外に肯定するかのように。
彼を犯人と特定できた理由は簡単。
夜の山へと入っていく塚田を複数の人間が目撃していたからだ。松尾の殺し方といい、その時の塚田には余裕がなかったようだ。
「答えてくれ。納得できる理由が示されなければ、アナタを追放しなければならなくなる」
仲間を平然と殺せる人間と、同じ屋根の下で眠れるはずがない。
「……………………」
「塚田さん!!」
隣にいた春喜が声を荒らげる。
すると――
「……同じだよ」
「えっ……?」
「ここに残ろうが追い出されようが、俺の運命は変わらない……」
「何を言って――」
「奴等に殺されるってことさ!!」
「――――――ッ!?」
「数日前、俺は妙な連中に拉致された。連れていかれたのは工場の一角だ。そこで……そこで奴等は……」
「何をしていた?」
「思い出したくもない!! でも、奴等は言ったんだ! 自分たちの言いなりにならないと、お前も同じ目に遭わせてやるって!!」
「だから、松尾さんを殺したのか?」
「違う、狙いは松尾の命じゃない。奴等が俺にさせたかったのは――」
言いながら、顔を上げる塚田。
しかし、その時――
『―――――――――ッ!!』
突如、グラウンドに響き渡るスキール音。
何事かと思って窓から外を見れば、どこから入り込んだのか四駆の車が数台 乗り込んできていた。
「なっ……! どこから来やがったんだ!?」
困惑の声を上げる春喜。
しかし、能美は答えを得ていた。俯きながら震える塚田の姿を見て。
(バリケードの一部を外したか……)
その最中に松尾と鉢合わせたのだろう。
だが、今は そんな事など気にして当たる場合ではない。奴等の正体と目的を探らなくては。
「ハハハッ、人間狩りだ!! ここの奴等 全員を狩り出せ!!」
銃を乱射しながら降りてくる男達。
その動きに躊躇いも迷いもないことから、奴等にとって、この行為が日常茶飯事であることが伺えた。
一瞬、塚田に事の真相を聞こうかとも思った。しかし、今は他にやるべき事があると思い直し、春樹に向かって口を開いた。
「春喜! すぐに放送室に向かってくれ!」
短い指示。それでも理解してくれたのか、春喜一つだけ頷くと職員室から走り去った。
(俺は時間稼ぎだな……)
そう呟くと、能美は武器を揃えるために校長室へと走った――
―――*―――*―――*―――
『―――――――――ッ!!!』
グラウンドに響き渡る銃声。
それを聞きながら、春樹は校舎入口の死守に専念していた。
放送で外に出ていた仲間を校舎内に退避させ、防衛戦を始めて十数分。戦況は明らかに不利な方へと傾きつつあった。防衛戦で奇襲をされたのだから無理もないが。
それでも何とか持ち堪えられているのは、能美の的確な指示によるものだった。すぐに戦闘員を集めて防御に徹したことで、いきなりの敗北とはなっていないのだ。
(でも、いつまで持つか……)
初手は上出来かもしれないが、劣勢を覆せるほどの戦力がないのも事実。このまま戦い続ければジリ貧になるのは分かりきっていた。
「クソッ……どうするかな?」
迷いの呟きを漏らす春喜。
しかし、そうしている間にも連中の攻撃は熾烈を極めていく。
「ハハハッ! どうした、もっと来いよ!!」
放たれた銃弾が、春喜の隠れる壁を削っていく。このままでは、あと数分も持たないかもしれない。
「チクショウ……だったら、いっそのこと……!!」
決死の特攻を覚悟する春喜。
しかし、その時――
「みんな、耳と目を塞いで伏せろ!!」
銃声を払い除けるように響き渡る凛とした声。
それが誰のものなのか、どういう意味を持つ指示なのかを考える前に、その場に居た全員が声の言う通りにしていた。
『―――――――――ッ!!!』
その直後、破裂音と共に辺りを包み込む閃光と煙。
突然のことに理解が追いついていないのか、襲撃してきた連中は戸惑いの怒号を上げるだけだった。
「今だ、掛かれ!!」
野太くも通る声が別の指示を出す。
直後、複数の足音が今だ立ち上る煙の中へと駆け込んでいった。
「な、なんだテメェ等…………ゲハッ!!」
「何をしやが……ぐはっ!!」
「ま、待ってく…………うあっ!!」
次々と打ち倒されていく男達。
音でしか聞こえないが、かなり手馴れているのが伺い知れた。
「隊長、制圧完了しました!」
誰かが報告の声を上げる。
それと煙が拡散するのは、ほとんど同時だった。
取り戻された視界。
そこに映し出されたのは、昏倒した上にロープで手足を縛られた男達の姿だった。
「こちらに負傷者は無し! 完遂であります!」
「うむ、ご苦労」
満足気な笑みを浮かべながら、報告を受ける男。
周りの敬うような態度と、それに慣れた感じの対応から、あの褐色の男がリーダーかと思われた。
「ボスッ! 上手くいったぞ!」
しかし、その男が別の人物を『ボス』と呼んだ。
さらに上の立場の人間がいるのかと、春樹は少しだけ首を傾げた。
「おう、お疲れ様……なあ、やっぱりリーダー変わらねえか?」
あれだけ派手な戦闘の後だというのに、どこか戯けた感じのある口調。それに聞き覚えのあった春樹は、弾けたように視線を向けた。
そして、予想通りの人物を目にして、自然と声を張り上げていた。
「…………隊長!!」
そんな春樹の声を受け《彼》が振り向く。
そして、何とも言えない気持ちのいい笑みを浮かべて見せた――




