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サスペンス劇場

 ~翌日・旧校舎~


「んっ……もう朝か……」


 鼓膜を心地よく揺さぶる鳥の囀りに、能美はゆっくりと目を開いた。窓から差し込む朝日に、今日も澄んだ青空が広がっていることを教えられる。


「ふうっ……起きるか」


 しかし、そんな晴れ渡る天気とは裏腹に、能美の気分は晴れなかった。どれだけ心地よい日和だろうと、蓄積された疲れが取れるわけではないからだ。


(こんな事を毎日のようにやっていたとはな……)


 そんなことを心の中で呟きながら思うのは、《彼》の姿だった。


 彼が失踪してから数日――何とか落ち着きを取り戻してきてはいるが、未だに動揺は拭い切れていなかった。

 その最たる原因は、対外任務の遅延にある。

 彼の代わりに能美が指揮する事となったのだが、部隊との連携が上手く取れず、思ったように仕事をこなす事が出来ずにいるのだ。

 ゾンビとの戦闘が日常茶飯事の対外任務は、部隊内での信頼関係が物を言う。互いに信じ合い、通じ合っていればこそ、幾多の危険を乗り越えることが可能だからだ。

 今は春喜のサポートで何とか形にはなっているが、それも長くは続かないかもしれない。部隊が……いや、グループそのものが崩壊する前に、能美自身が皆の信頼を勝ち取るしかないだろう。


「まあ、それが出来れば苦労はないがな……」


 自嘲気味に呟くと、能美は自然と重くなっていた腰を無理矢理に起こし、まずは顔を洗うべく手洗い場へと向かった。


 だが、次の瞬間――


「きゃぁぁぁッ……!!」


 突然、廊下に女性の悲鳴が響き渡った。


「何だ……?」


 戸惑ったような呟きを漏らしながらも、能美は既に悲鳴の発生源を特定していた。明らかに上階から聞こえてきたソレを追うように、能美は2階へと駆け出した。



 ―――*―――*―――*―――



 階段を駆け上がり、廊下を進むこと1分弱。

 能美は校長室の前に来ていた。


「これは……」


 そこで見た光景に、能美が言葉を失う。

 廊下に広がる血溜まり。

 その中心に倒れ伏す一人の男。


 ゾンビにやられたのか――そんな考えが頭を過るが、そうでないことは すぐに分かった。男の頭と胸元に生々しい銃創があったからだ。

 つまり、撃たれて死んだのは火を見るより明らかなのだ。


(誰かに殺されたということか……)


 無残な死体を前に、そんなことを考えた。



 ―――*―――*―――*―――



「ふう……何とか人払いしたよ」

「ご苦労さまです、将吾君。しかし……」

「ああ……まさか、殺人事件とはな」


 溜め息を吐きながら呟く。

 さすがの能美も、この展開には動揺を隠せなかった。


「でも、何で殺したりなんか……」

「ざっと部屋を調べてもらったところ、銃が何丁か消えているそうです。まあ、少量なので問題はありませんが……」

「銃が? でも、松尾さんは銃器の管理はしてないですよね?」


 将吾が首を傾げながら言う。

 ちなみに、松尾とは殺された人物の名前だが、彼が担当しているのは農作業の方で、銃器に携わった事は1度もない。

 つまり、彼が盗んだわけでも、奪うために彼が殺された訳でもないということだ。


「うむ……そこが分からないんですよね」

「とりあえず、そこも含めて調べるしかないだろう」

「……出来るのかい?」

「やらなくてはな。一応の解決を示さないと、今以上の動揺を与えてしまう」


 平然と人殺しが行われると思われては、本当にグループの崩壊に繋がりかねない。それを阻止するためにも、この件は早急に解決する必要がある。


「とにかく、調べてみるか……」


 そう呟くと、能美は倒れている男へと視線を向けた。


(まずは手から見てみるか……)


 そう心の中で呟きつつ、能美は腕の方へと視線を向けた。

 特に、これと言って目立つ部分はない。

 手に何かを握っている訳でもなければ、爪の間に何かが挟まっているという感じもなかった。


(争った形跡はないということか……?)


 確たる証拠にはならないが、少なくとも取っ組み合いになった末の殺害ではないのかもしれない。


(もう得られる情報はなさそうだな……)


 そう判断すると、能美は手元から目線を外した。


(次は足かな……)


 肩膝を着いて足へと視線を向ける。

 履いているのは、どこにでもあるような長靴。

 しかし、靴底には泥が付着していた。


(落とさなかったのか?)


 この校舎は各々の寝床にもなっているので、清掃は心掛けるようにしている。中でも畑仕事をした後の泥は掃除が面倒なため、玄関先で落とすようにと全員に言い含めてあるのだ。


(しかし、ここに来るまで、校舎内に目立った靴跡は無かったが……)


 腑に落ちない状況に、能美は僅かに眉を寄せた。


(ふむ……これぐらいか)


 一人、納得したように頷くと、能美は足元から離れた。


(頭も見ておくべきだな……)


 屈み込みながら、男の頭部を観察する。

 明らかに銃で眉間を撃ち抜かれている。

 銃創から口径は9mmと推測された。


(これなら、ゾンビ化の心配はないな……)


 調べている最中に襲われるなど洒落にならない。

 しかし、それがないなら じっくりと調査できる……まあ、状況的に落ち着いてはいられないが。


(それにしても、見事な腕だな……)


 綺麗に眉と眉の間を撃ち抜いている。

 これだけの技量を持った射手は、グループ内で言えば友恵ぐらいしか思い当たらないのだが。


(彼女が殺しなどするはずもなし……では、誰が?)


 疑問に思いながらも、これ以上の収穫はないと判断して能美は腰を伸ばした。


(最後は……胸の辺りか……)


 軽く屈んで、胸元の貫通銃創へと視線を向ける。


(この感じだと、恐らく9mmだな……)


 素人目だが、大口径の銃で撃ち抜かれたような派手さがない。それに、9mmの銃は能美も使うため、何となく感覚で分かった。


(胸を撃ち、頭も撃つか……)


 確実に殺したかったのか、それほどの恨みでもあったのか――死人に口なし、犯人にも聞けないとなれば、そこは憶測するしかない。


(こんなものか……)


 得られる情報は全て見たとして、能美は身体を伸ばした。


(まあ、情報収集は こんなものか……)


 二人からの視線を受けながら、能美は天井を眺めつつ一つだけ息を吐いた。


「どうですか、能美君?」

「ふむ……何となくだが理解できた。後は、まとめるだけだ」

「そうか……頼むよ、能美」


 将吾の言葉に頷くと、能美は目を閉じて推理を開始した。


 さて、まずは得られた情報を整理しよう。

 そこから答えを一つずつ導き出していくのだ。


(とりあえず、殺された時の様子は分かるな)


 能美の中に浮かび上がる映像。

 その中で犯人は、明らかに焦って銃を撃っていた。


 その答えに行き着いた理由は銃創だ。

 何故、そこに着目したかと言うと、場所……そこに重要な意味があった。


(計画的な犯行であるなら、無駄に撃ったりはしない。一撃で仕留めれば、音により気付かれる危険性も、反撃されるリスクも回避できるのだからな)


 つまり、犯人は松尾に殺意などは無く、突発的に殺す必要に迫られたのだろう。その結果として焦りが生じ、胸への余計な一撃を要してしまったのだ。


(恐らく、最初に胸を撃った後 ゾンビ化を阻止するために頭を撃ち抜いたのだろうな)


 だから、眉間への一撃が正確に過ぎたのだ。

 倒れて動かない相手なら、銃が苦手な能美でも出来る。


(これで殺害状況は整理できた。次は現場か)


 松尾が殺された場所――それを推理する必要がある。

 得られた情報から推理すると、山の中で間違いないはずだ。


 その理由は、靴に付着している泥を見れば一目瞭然だ。

 ここら辺に泥が付く場所など山の中しかない。恐らく、山で殺害した後にビニールシートか何かに包んで運んだのだろう。だから、靴が汚れているのに足跡が無かったのだ。


(これで状況と現場は推測できたな……)


 あと残っているのは、犯人の目的だ。

 手持ちの情報として保管庫から銃が消えてるが……これは恐らく偽装だろう。


 もし、持ち出しが目的なら もっと多量の銃が失われているはず……と言うか、狙いと殺害現場に何の関係もないのだ。偽装目的と読むのが妥当だろう。


 では、狙っていなかったとは言え、人を殺してまで達したかった犯人の目的とは何なのか――それは、現場に足を運んで確かめるしかない。


(その前に、説明しないとな……)


 そう思いながら、能美は将吾と千葉に向き直った――

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