あと一歩
駅の裏側――陽の光も届きにくい一角のラブホテルに雅也は入った。
男女が愛を営むための場所であることは、そういった事と縁遠かった雅也にも理解できていた。
(場所は選んで欲しいですね……)
そんなことを考えながら室内に足を踏み入れる。すると、公平の仲間に囲まれた一人の女性が目に映った。
「……………………」
所在無げに、心細い表情で佇む小百合。
そんな彼女の前に、雅也は自ら進み出た。
「これは……思いも寄らない再会ですね」
思わず、そんな言葉が唇から漏れる。
さすがの雅也も予測できることではなかった。
「あ、アナタは……!!」
雅也の姿を認め、小百合も驚きの表情を浮かべる。その姿が、逆に雅也の心を落ち着かせた。
「何だよ、知り合いか?」
「知り合いというほど親しくはありませんがね。まあ、顔見知りではありますよ」
隠すことなく教える。
変に隠し立てて、痛くない腹を探られるのは気に食わないからだ。
「しかし、アナタが相手だったとはね……と言うことは、命じたのは井川ですね?」
「……………………」
雅也の問いかけに黙り込む小百合。
だが、その沈黙が何よりの肯定だった。
「まさかとは思いますが、基地への襲撃もアナタ方が?」
「……………………」
またしても沈黙。
それが肯定と同義であるのも変わらないだろう。
「あんな狂った真似を認めるとはね……」
「私は あんなこと……!!」
激昂したように声を荒げる小百合。
しかし、それも一瞬のこと。看過した時点で同じ事と思ったのか、悲しげに目を伏せた。
「まあ、それをどうこう言う気はありませんよ。安心してください」
元から韮澤たちに対する仲間意識など希薄だった雅也だ。井川たちの取った手段を非難する気などなかった。
「なあ……いい加減に説明してくれねえか?」
話が見えないために苛立ったのか、公平が説明を求めてくる。そんな彼に対し、手短に井川の組織の事と基地でのことを話した。
「マジかよ……イカれた連中だな」
「ええ……しかも、そんな連中が結構な規模になったみたいですね」
「何で、そんなことが分かる?」
「彼等が拠点にしていた学校は、ここから それなりの距離があります。なのに、私達のところまで偵察に来たということは、近くに敵がいないということになりますからね」
攻撃部隊を派遣すれば、それだけ自陣の防御が手薄になる。それを恐れないということは、あの学校から此処までの間に敵と言える存在がいないことを示唆しているのだ。
「そんな奴等に狙われてるとはな……場所を移した方がいいか」
「……意外ですね。弱気になりましたか?」
「そうじゃねえ。面倒なことはしたくねえだけだ。それに、そろそろ大きく移動するって話にはなってたからな」
「そうなんですか?」
「ああ……もう、ここら辺には物資もねえしな。拠点を変える頃合だ」
「なるほど……まあ、道理ですね」
「そうと決まれば、その姉ちゃんにも用はねえ。さっさとズラかるか」
決めれば行動は早い。
《彼》とは違うリーダーシップに、雅也は自然と笑みを浮かべていた。
「雅也、お前はどうする?」
「この街を離れるというなら、僕は抜けさせて頂きますよ。《探し物》が見つかっていないですからね」
「……そうか。んじゃ、達者でな」
「ええ、そちらもね」
あまりにアッサリとした別れ。
だが、それでいい。惜しむような間柄など、この世界では手に余るものなのだから。
「じゃあな、死ぬんじゃねえぞ!」
その言葉を最後に、公平と仲間達は去っていった。
自然、部屋の中には雅也と小百合だけが残された。
「さて……アナタも自由にしていいですよ。僕も行きますから」
そう言うと、雅也は何の感慨もなく部屋を後にしようとした。
「ち、ちょっと待って……!!」
焦ったように呼び止める小百合。
そんな彼女に、雅也は顔だけを向けた。
「華菜が……華菜が私達と一緒にいるの。ちょっとした理由があって、井川の言いなりにさせられてるのよッ」
「ちょっとした理由?」
訝しげな表情を浮かべた雅也に、小百合は耕太のことを説明した。
「なるほど……あの少年がね」
これで基地に帰還しなかった理由に合点がいった。まあ、今更 雅也には関係の無いことだが。
(でも、探っておく必要はありそうですね……)
まだ《彼》が街にいるとした場合、井川のグループは最大の敵になる。その中に華菜までが取り込まれたとなれば尚更だ。
「どうやら、《探し物》は後回しになりそうですね……」
「えっ、それって――」
「では、これで失礼しますよ。アナタの武器はカウンターに置いてありますから、ご安心ください」
小百合の言葉を遮るように声を張ると、雅也は振り返ることなく部屋を後にした。もう、彼女にも此処にも用はなかった――
―――*―――*―――*―――
「……………………」
「……………………」
「んまんま~」
「……………………」
「……………………」
「チョコ~、ン~マイ!」
手渡したチョコを嬉しそうに、そして美味しそうに頬張る少女。
その姿は何処にでも居そうな感じだが、彼女が普通の少女ではないことを俺達は知っていた。
「107……間違いないんだよな?」
「ああ……多分な」
少女の服――その胸元に取り付けられたプレート。
そこには、間違いなく107と書かれていた。つまり、あの日記に書かれていた《抗体》の持ち主が彼女なのだ。
もちろん、プレートの番号だけを便りに確信しているのではない。それ以外の理由もあるのだ。
と言うのも、俺達が少女を発見した時、部屋には彼女しかいなかった。誰かに面倒を見てもらっていたのかと思ったが、部屋の端末を調べてみると、一週間も前から人気がなかったことが確認できたのだ。
人の出入りもない、食料の備蓄もない――そんな状況下で、彼女は大して衰弱することもなく生き延びていたのである。
(これも、抗体の効力なのか?)
だとするなら、相当に強力である。
逆を言えば、そうしなければならないほど、ウィルスが強毒性だということでもあるが。
「んまんま~」
「……………………」
「……………………ッ」
「……………………?」
「チョコ…………なくなっちゃった……」
「……………………ほれ」
「……………………ッ」
「……………………」
「チョコ~、ン~マイ!」
「……………………」
「……フフッ、さすがのボスも形無しだな」
「小さい子の相手なんて、ガキの頃の華菜ぐらいだからな……もう覚えてねえよ」
「ハハハ、そうだったのか」
戸惑う俺の姿に笑みを深めるトニー。
そんな彼に、俺は憮然とした表情を浮かべるしかなかった。
と、そこへ――
「……………………」
チョコを食べ終えたのか、いつの間にか女の子がトニーの傍らに立っていた。
「ん、どうした? まだ欲しいのか?」
(プルプル……)
トニーの言葉に首を横に振る女の子。
そのまま、何も言わずにトニーを見詰める。
「……ああ、そういう事か」
何かを納得したように頷くトニー。
そして、次の瞬間、彼は女の子を抱き上げた。
「ちゃんと掴まってるんだぞ」
「……んッ」
言いながら少女を抱えるトニーの姿は、何故か堂に入っていた。
「……慣れてるんだな?」
「ん? ああ……これでも結婚していてな。同じ年頃の娘がいたんだ」
「へえ、そうだったのか」
自分で聞いておきながら、無難な返事で済ませる。
すべてを過去形で語る人物を前に、余計な言葉を掛ける気にはならなかったからだ。
「んじゃ、その子の相手はトニーで決まりな。俺はルート開拓の話し合いをしてくるからさ」
「おいおい……」
「反論は禁止……って言うか、それじゃ無理だろ」
笑みを浮かべながら、トニーに抱き着く女のコを指さす。華菜じゃないが、離してなるものかという意志が感じられた。
「むう……仕方ないか」
「おう、頼んだぜ」
手を振りながら言うと、俺は作戦を練るために別の場所へと向かった――
―――*―――*―――*―――
「……………………」
4WDの車が山道を力強く進んでいく。
それでも殺し切れない凹凸の振動に身を揺らしながら、公平は何気なく窓の外へと視線を向けていた。
(次の拠点か……)
果たして、そこに安寧はあるのだろうか?
そもそも、この日本は どうなっているのか?
埒もない考えが浮かんでは消えていく。
しかし、それは突然 止むことになった。
『―――――――――ッ!!!』
車の急停止による衝撃で。
「何だッ! どうした!?」
「いや、前の車が急に止まったからよ……」
言いながら運転していた男が前方を指さす。
見てみれば、確かに前を走っていた車が若干 斜めになって止まっていた。
「チッ……」
舌打ちをしながら車を降りる。
そして、小走りで運転席に駆け寄った。
「おい、何をして――ッ!!」
説教口調で声を荒げた公平だったが、その言葉は途中で飲み飲まれた。
何故なら、運転していた仲間が頭を撃ち抜かれて絶命していたからだ。
「……どういうことだ?」
辺りを見渡しながら呟く。
その瞬間――
『―――――――――ッ!!!』
いきなり響き渡った銃声。
同時に、集まっていた仲間達が次々と倒れていく。
公平も例外ではなく、足を撃ち抜かれて膝を着いた。
「……………………」
すると、次の瞬間 木々の間から野戦服に身を包んだ男達が姿を現した。手にしたライフルの銃口からは硝煙が立ち上っている。
「おい、まだ生きてるのがいるぞ」
言いながら1人の男が公平に駆け寄る。
そして、何の感慨もなさそうに銃口を眉間に突きつけてきた。
「クッ……テメェ等、何者だ? 何で、こんな事を……」
「……この先に行かせられないだけだ」
それだけを言うと、男はトリガーに指を掛ける。瞬間、男の背中越しに次の街へと続く道が見えた。
(あと少しじゃねえかよ……)
そんなことを心の中で呟きながら、公平は ゆっくりと目を閉じた――




