渡り歩く絆
~数時間後~
「……………………」
「……………………」
繁華街の一角――そこで雅也と将吾は視線を鋭くしていた。
そうして睨み付けている相手は突如として現れた男達。それぞれが武器を手にしており、一触即発の空気が流れている。
このような状況になったキッカケは、雅也たちにはない。将吾が戻るべき場所へと向かうために車と物資を探していたところ、いきなり襲撃されたのだ。それからの数分間、こうして睨み合いが続いている。
「何度も言わせるなよ。車と荷物を置いていけ。そうすれば、命だけは助けてやる」
低く、冷然とした口調。
普通の人間なら恐れて言う通りにするかもしれないが、こうした高圧的な取引を嫌う雅也は、従う気など微塵もなかった。
(とは言え、物理的に争うのは愚の骨頂ですね)
明らかに人数で負けているのだ。如何に将吾が戦闘慣れしていようとも、身体能力に自信のない雅也は、そういった面では力になれないと理解している。それだけに、雅也の中に銃を抜くという選択肢はなかった。
だからこそ、必要なのは話術。
雅也が実力を証明できるジャンルである。
(さて……どんな風に口説き落としてやりますかね?)
半分は自分を落ち着かせるため、半分は自分を鼓舞するために、そんな呟きを心の中に落とす。ここで、言葉の選択を誤るわけにはいかないのだ。
「これで最後だ。車と物資を置いていけ。じゃねえと、この場で撃ち合いになるぞ?」
あくまで強硬な姿勢を崩さない男。
そんな相手に雅也は――
「やれるものならやってみなさい。タダで済むと思えるならね」
「何だと……?」
臆することなく言い切る雅也に、場の空気が凍り付く。しかし、それでも焦ることなく言葉を続けた。
「人間は意外に頑丈だってことです。例え蜂の巣にされようと、息絶えるまでに数人は道連れにしてやりますよ」
言いながら、微かに笑みを浮かべる雅也。
その狂気性さえ感じさせる言動に、その場にいた全員の動きが止まった。
「……………………」
「……………………」
またも、静寂が辺りを包み込みそうになる。
だが、その時――
「えあああぁああ……」
「あぁああぁぁ……」
奴等の声が響いてきた。
これだけの人数で一箇所に留まっていたのだから、当然のことなのかもしれない。
(ふう……相変わらず空気を読めない連中ですね)
そんなことを思いながらも、雅也は次の一手を考える。
「……フフフ、これは好都合ですね」
場に漂い始めた緊張感とは対局に、雅也は楽しげな笑みを浮かべた。
「……何を言ってやがる?」
「奴等に貴方達が殺られれば、こちらも楽になりますからね」
見下すような、嘲るような口調に、男の表情が怒りに染まっていく。
「おい! 奴等を殺れ!!」
怒気を多量に含んだ男の指示。
それを受けて、周りに控えていた連中が慌てて動き出す。
『―――――――――ッ!!』
響き渡る銃声。
その直後、辺りに奴等の気配はなくなっていた。
「お疲れ様。感謝しますよ、こちらの銃弾を節約できた」
しれっと言い放つ雅也。
それで自分達が利用されたと理解したのか、男は悔しげに舌打ちをした。だが、すぐに表情を引き締めると、再び口を開いた。
「どうする? これで俺達の強さが分かっただろ? 逆らわずに渡す物を渡した方がいいんじゃねえか?」
最終通告ーー言外に、そう男の瞳が語っていた。
つまり、ここで奴等を引き下がらせることが出来なければ、雅也たちの身の安全は確保できないということだ。
(さてさて、どうしますかね……)
心の中で呟きながら、雅也は最後の一手を考えた。
「ハッキリ言って、意味が無いですね。バカバカしいですよ」
「……お前、自分が何を言ってるか分かってるのか?」
男から発せられる怒気が殺気に変わる。
それでも、雅也は怯まなかった。
「こんな下らない追い剥ぎの真似事ばかりしてるから、いつまで経っても満たされないんですよ。少しは大きく動いたらどうなんです?」
「……………………」
「少なくとも、情を捨てきれない貴方達には似つかわしくないんですよ」
「情だと……?」
「そうです。車から降りてきた僕達を殺せなかった時点で、貴方達に強奪は無理なんですよ。文字通り、奪うことが出来なかったんですからね」
「……………………」
ジェットコースターのように上下する、侮蔑と友好の言葉。それに翻弄されたのか、男は完全に雅也の話術から抜け出せなくなっていた。
「見直すべきですよ。やり方も生き方も。こんなの、貴方達の本当の姿ではない」
それだけを言い切ると、雅也は口を閉ざした。
ひ後は、男が判断を下すだけだ。
「……………………」
「……………………」
再び、睨み合う男と雅也。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに男は破顔した。
「クククッ……面白いじゃないか、お前」
「それは どうも」
「こんな状況下で物怖じもしないで交渉に持っていく……普通のヤツには出来ねえ芸当だ」
こんな状況下だからこそ交渉に持っていったのだが……そこら辺は彼等と考え方が違うというところか。
「……よし、決めた! お前、俺達と一緒に来い!」
そう言いながら、男は雅也の肩に手を置いた。
その突飛もない言動に、思わず動きを止めてしまう。
「実は、ウチのリーダーから言われてんのよ。頭の切れる奴がいたらスカウトしてこいってな」
「スカウト……?」
「ああ。俺等のグループは喧嘩慣れしてる奴は多いが、その分 知恵のある奴がいなくてよ。行き当たりばったりばかりで、行き詰まってるところだったんだわ」
それで、参謀役を求めていたということだろうか。
まあ、それも納得なほど雑な誘い方だが。
「もちろん、タダとは言わねえ。お前が俺達の元に来てくれるなら、この場は穏便に収めてやるよ」
「……と言うと?」
「車も物資も奪わない。そっちの男にも危害は加えない――どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「……………………」
男の言葉を受け、雅也は考えた。
ハッキリ言って、これは相手側から得られる最大限の譲歩だ。雅也の話術によって争うことへの躊躇が植え付けられたとは言え、彼等の勝ちが揺らいだわけじゃない。
それに、雅也と将吾が同道の仲間ではないと悟られていない今だからこそ、この提案を受けられているのも事実。示された譲歩の最大の要因が、2人を引き裂くことにあるのだから。
(ならば、迷うこともありませんね)
誰も傷付かず、何かを失うこともない。
わざわざ、その流れを塞き止めてまで別の道を探す必要もないのだ。
それに、今の雅也には明確な目的地も存在しない。帰るべき場所がある将吾を自由に出来るのなら、それ以上の選択肢はないであろう。
「……分かりました。そういう事なら、お受けしましょう」
「お、おいッ……!」
思わず呼び止めようとする将吾。
しかし、そんな彼を視線だけで制すると、雅也は男達の方へと歩み寄った。
「ハハハッ、よろしく頼むぜ!」
笑みを浮かべながら、肩をバンバンと叩く男。
そんな彼に冷めた心を悟られないようにしながら、雅也は男達の車に乗り込んだ――
―――*―――*―――*―――
「な、何だよ、アイツ……どうして……」
男達と共に雅也が走り去った後、将吾は誰に言うともなく呟いた。手の中に感じる車のキーだけが、やけに非現実的だった。
「ああ もうッ! 考えるのは止めだ!」
雅也の真意も目的も分からない将吾が あれこれと思い悩んでも解決策は見つからないだろう。それならば、今は気持ちを切り替えて学校へと戻るべきなのだ。
「悪いけど、車は借りてくぜ」
言いながら、運転席に乗り込む。
そのままキーを差し込もうとした将吾だったが、サンバイザーに貼り付けられた写真が目に入った。
何気なく手に取り視線を向ける将吾。
しかし、その瞬間に衝撃が身体を突き抜けた。
「う、嘘だろ……どういうことだよ!?」
そこに映し出されていたのは、仲睦まじく並び立つ3人。
左側に立っているのは、見間違えようもない、先程まで一緒にいた雅也だった。将吾と一緒にいる時には見せなかった、とてもリラックスした表情をしている。
右側に立っているのは一人の少女――学校で将吾に助言をくれた華菜という彼女だった。あの時とは打って変わった満面の笑みで写真に写っている。
そして、中央に立つ人物――両脇の2人の肩を抱きながら笑うのは、間違いなく《彼》だった。
「みんな、仲間だったのか……」
この写真を見れば、それ以外の答えには行き着かない。つまり、将吾は知らないうちに この3人の絆を渡り歩いていたのだ。
「クソッ……もう少し早く知ってれば……」
今となっては遅い思い。
しかし、全てが手遅れというわけでもない。学校に戻れば彼に会えるのだから。
「待っててくれよ……!」
そう呟くと、将吾は今度こそ車のエンジンに火を灯した――
―――*―――*―――*―――
~その日の夜~
「……………………」
「……………………」
夜の図書室を不気味な沈黙が包み込む。
それも仕方が無い。中央に立つ男達が、これから処断されるのだから。
「さてさて……どうしようか? こういうのは、いつも迷うものだね」
勿体ぶるような口調。
恐らく井川の中で結果は出ているのだろうが、こうした過程を楽しんでいる辺りが、彼の歪んだ一面を表している。
「監視を命じられていながら、酒を飲んで実験体を取り逃したのだからね……少しは厳しく行くべきかな?」
その言葉を受けて、二人の男が肩を震わせる。それを見て、華菜は溜め息を吐きながらも一歩だけ前に出た。
「ねえ……迷ってるならさ、私に使わせてくれない?」
突然の割り込みに、井川が珍しく意表を突かれたような表情を浮かべた。しかし、相手が華菜だと分かると、逆に興味深そうに向き直ってきた。
「君が そんなことを言うとはね……それで、何に使いたいんだい?」
「少し離れたところにゾンビだらけのスーパーがあるから、そこに連れてく。盾代わりにはなるでしょ?」
「ああ……あそこか。確かに、そろそろ物資も乏しくなってきたな」
華菜の言葉を受け、井川が今度は真面目な顔で考える。しかし、それも一瞬のことで、すぐに顔を上げた。
「まあ、いいだろう。使命も果たせぬ役立たずには丁度いい任務だ」
気に食わない辛辣な言葉。
とは言え、それを態度に表すことはしない。それぐらいの分別は華菜の中にも芽生えていた。
「じゃあ、連れてくから」
それだけを言うと、華菜は先に図書室を出た。いきなりの展開に戸惑っていた男2人だったが、井川に睨まれ仕方なく華菜の後を追った。
―――*―――*―――*―――
~三十分後~
夜のアーケード商店街に華菜達は車を停めた。ここを抜ければ、目的のスーパーまで目と鼻の先だ。
「か、考え直したほうがいいぞ。あそこはホントにゾンビ共の巣窟なんだからな」
「な、なあ……ホントに行くのか?」
「行くよ……私だけね」
「えっ……?」
間の抜けた声を上げる二人。
そんな彼等には構わず、華菜はダッシュボードから取り出したハンドガンを2人に手渡した。
「ここからは好きにしなよ。私はスーパーに行くからさ」
それだけを言うと、華菜は踵を返そうとした。
だが、それを男の言葉が制する。
「い、いいのか……?」
「……正直な話、アンタ等が どうなろうと知ったことじゃないよ。でも、アイツの気分で殺されるのを見たくないの」
以前からの反抗心――華菜自身は そう思っている。
しかし、実際のところは違う。耕太と繋がる中で、彼女の中に他の感情が芽生えているのだ。
「いいから、早く行きなよ。私の気が変わらないうちにさ」
それだけを言うと、今度こそ踵を返した。
何だか、今の自分を人に見られたくなかった。
「……死ぬなよ」
そんな華菜に向けられた一言。
ここで礼の言葉を素直に吐き出せるほど、彼等も真っ直ぐな性格はしていないらしい。
そして、遠ざかっていく足音。
それに、どことなく満足感を抱きながら、華菜は僅かに軽くなった足取りでスーパーへと向かった――




