命懸けのコミュニケーション
~翌日・将吾side~
「うっ……ううん……」
地面に突っ伏した状態で、将吾は目を覚ました。
「んんっ……イツッ……」
首筋に走る痛みで、徐々に意識が覚醒していく。しかし、長い時間を寝ていたためか、未だ視界がボヤけてハッキリとはしなかった。
「イッテテテテ……」
それでも何とか身体を起こしてみる。
その動きで舞い上がったのか、埃臭い空気が将吾を包み込んだ。
「痛ってぇ……って、どこだ此処?」
クリアになってきた視界で辺りを見渡してみれば、何やら見慣れた物が雑多に押し込められていた。それらを見て最初に浮かんだのは――
「体育倉庫……?」
積み上げられたマットにロイター板。
バスケット用の採点ボードに室内競技用のボール。
そして、中央奥に鎮座する跳び箱――それ以外に説明が付かない光景だ。
「何だって、こんな所に……」
疑問を口にはするが、答えは決まっていた。
昨日、襲われた後に連れてこられたと言うわけだ。
「クソッ……夕飯だって食べてないのに」
そんな事をボヤきながら、出入口に近付く。
そして、窪んだ形の取っ手に指を掛けると、思いっ切り横へと引っ張った。しかし、戸は当然と言わんばかりに鍵が掛けられていた。
「はあ……ま、そりゃそうか……」
脱力しながら呟く。
と、その時――
『ガララララ…………ッ』
あれほど力を入れても開かなかった戸が、いきなり勝手に開いたのだ。自動ドアかと間の抜けた思考が一瞬だけ過ぎったが、当然 そんな事はなく、何者かが開けたのだ。
「おや、やっとお目覚めか? 埃臭い場所は快適だったか?」
嫌味ったらしい言葉と口調を向けてくる男。
当然ながら見覚えはないが、自身を此処へと連れ去った連中の一人であることは想像に難くなかった。
だから、将吾も視線を鋭くしながら言葉を返す。
「ああ、アンタの面を見てるよりは快適だな」
吐き捨てるように言い放つ。
しかし、男は顔色を変えるどころか勝ち誇ったような表情を変えることはなかった。
「ソイツは悪かったな。でも、それなら もう少し寝てれば良かったのによ。そうすれば、気付かないうちにイケたのにな」
「……どういう意味だい?」
「さあな……ただ俺に言えるのは、お前みたいに連れてこられた奴は、1人として生きて帰らなかったってことだけさ」
「なんだと……」
思わず、語気を鋭くして問い返す。
だが、男は何も答えずに不敵な笑みを浮かべただけだった。
「まあ、お迎えが来るまで休んでな。ゆっくりとな……」
それだけを言うと、男は戸を閉じて行ってしまった。慌てて後を追おうとしたが、それも無駄な努力に終わった。
「マジかよ……」
どうやら、何としてでも脱出しなければならない状況らしい。
「こんな訳の分からない所でイクなんてゴメンだぜ」
とは言え、ここは体育倉庫。出入口は一つしかなく、他には外へと繋がっているような部分はない。まあ、通気口ぐらいはあるだろうが、到底 大人が通れるようなサイズではないはずだ。
「どうするかな……」
手近の跳び箱に腰掛けながら、これからのことを思案する。
『ガララララ…………ッ』
その時、またもドアが引き開けられる。
あの男かと思いながら顔を上げると、そこには予想外の姿があった。
「……………………」
初めて見る少女。
ネコ科を思わせる切れ長で大きな瞳。
対照的に小振りで可愛らしい鼻と唇。
短めのポニーテールに結われた綺麗な髪と、間違いなく美少女なのだが、精彩を欠いた落ち込んだ表情が それらを曇らせてしまっている。
「おい、華菜! 勝手に開けるな!」
先程の男が目の前の少女に文句を言う。
しかし、それでも手を出さず近付いてすら来ないところを見ると、この〝華菜〟と呼ばれる少女に絡みたくない理由があるようだ。
「……………………」
「何か用かい?」
何も言おうとはしない少女に、将吾は自分から声を掛けた。すると、彼女は何やらポケットを探り出した。
「これ……食べて」
そう言うと、少女――華菜は将吾の足元に乾パンとソーセージの缶詰、そしてペットボトルの水を放り投げた。まさかの行動に、それらへと手を伸ばす前に華菜の表情を伺ってしまう将吾。
「それじゃ……」
そんな彼には構わず、華菜は踵を返してしまう。思わず見送りそうになった将吾だが、ここがチャンスと気付き、慌てて彼女を呼び止めた。
「ち、ちょっと待ってくれ……!」
「…………?」
「あっと……ええっと……」
呼び止めはしたものの、相手は初対面の女の子。そうポンポンと会話の種が飛び出てくることはなかった。
(考えろ……考えるんだ……!!)
ここで華菜を逃してしまえば、本当に生存の可能性がなくなってしまう。何としても、会話を続けて情報を引き出さなければならないのだ。
だから、将吾は必死に頭を働かせた。
すると、将吾の目に投げ渡された食事が目に留まった。
「あっ、その……ありがとな、食事を持ってきてくれて」
「別に……」
「まさか出るとは思ってなかったからさ、マジで嬉しいよ」
「はあ……アイツ等が食べ物なんて用意するわけないじゃん」
「えっ、それじゃ……」
どうして此処にあるのか――そんな疑問が一瞬だけ浮かんだが、その答えは すぐに自分で得ることが出来た。
「もしかして……君の分なのか?」
もしかしなくても そうだろう。
無理矢理に連れ去るような連中が食事を用意するはずがない。それでも目の前にあるということは、持ってきた人物の物と考えるのが自然だ。
「食欲がないの。それでも食べないと小百合がウルサイから……」
小百合というのが誰かは分からない。
しかし、こんな人を無理矢理に連れ去るような輩の中にも、他者を思いやれる人間が少なくとも二人はいるようだ。
「食欲がないって……風邪か何かかい?」
「違うよ。ただ食べたくないだけ……」
ただ、と言うには暗すぎる顔が気に掛かる。
とは言え、そこを突っ込むわけにもいかないので、将吾は別の切り返しをすることにした。
「でも食べないと」
「うん……だよね」
届いているのかいないのか……でも、返事が貰えたことは、ある意味での進歩と言えるかもしれない。
「全く、小百合もさ……自分の事ぐらい、自分で分かるってのに……」
僅かに唇を尖らせながら呟く華菜。
しかし、そこに嫌悪感は感じられず、世話焼きな家族に対する愚痴のようにしか聞こえなかった。
「いや、意外に自分では分からないものさ」
事実、自分のことは分かっていると言うものの、その顔色は明らかに良くない。その小百合という人物が世話を焼きたがるのも頷ける話だ。
「まあ、いいけどね……しつこくしてこないし」
やはり、彼女にしても悪い気はしていないようだ。2人の関係性は分からないが、互いに憎からず思っていることだけは間違いないだろう。
「えあぁあぁああ……」
「あぁああぁぁ……」
そんなことを考えていると、ゾンビの呻き声が重なって聞こえてきた。
「はあ……こんな所まで聞こえてくるなんてね」
うんざり――その言葉がピッタリと当てはまる言い方。それは、将吾にしても同じ気持ちだった。
「奴等がいなけりゃ、兄と買い物でもしてたのに……」
「ん? お兄さん?」
「……………………」
何気なくした質問。
しかし、それが華菜の深い部分に触れたらしい。彼女は今までで一番に暗い表情を浮かべた。
「ま、まあ、俺もだな。奴等がいなければ、どこかに遊びに行ってるよ」
慌てながらも言葉を繋げる。ここで彼女に立ち去られてしまっては何にもならない。
「……アンタは、誰と行くの?」
「えっ……俺は、そうだなぁ」
問われた瞬間、頭に浮かんだのは一人の幼馴染み。
「……やっぱり、大切な人と一緒にいたいかなぁ」
「ふうん……そうなんだ」
一見、関心がなさそうな口調。
しかし、僅かだが声に色が戻っていることを将吾は理解していた。
「ふう……兄とデートしたいなぁ……」
「お兄さんと仲が良いんだね」
「当たり前じゃん、いつも一緒にいたもん」
「へえ……でも、珍しいね。君ぐらいの年頃だと兄妹関係って冷めてそうだけど」
「私達は そこらの兄妹とは違うの……まあ、たまには友達と遊べとかって言われたけどさ」
思い出して不服に思ったのか、華菜が唇を尖らせる。
将吾にしても同級生との繋がりは大事だと思いつつ、ここで彼女を否定しても益がないと判断して、同調するような言葉を選んだ。
「でも、そう言いながら懐いてくれるのが嬉しいのは間違いないと思うけどね」
「……やっぱり、そうだよね?」
「そうさ。もしかしたら、お兄さんの方が妹離れ出来てないのかもね」
「フフッ……だね」
将吾の言葉を受けて、華菜が初めての笑みを浮かべる。それが心からのものではないと分かってはいたが、それでも将吾の中には喜びが浮かんでいた。
「……兄、大丈夫かなぁ?」
だが、その表情も再び陰り始める。
「そこは……君が一番に信じてあげなきゃ」
それに対して、将吾は何より大事なことを教える。想い人が相手の無事を信じられないことほど悲しいことはない。
「うん……そうだよね」
納得したのか、させたのか。
どちらにしろ、華菜から暗い色味は確実に消えていた。
(ここしかない……)
だから、そう思った。
今の華菜以上に、将吾の頼みを聞いてくれる可能性を持った存在はいないからだ。
「あ、あのさ……1つ頼みがあるんだけど」
「……なに?」
「俺を……ここから出してくれないか?」
「……………………」
予想外の言葉だったのか、華菜が驚きの表情を浮かべる。だが、それも一瞬のことだった。
「無理だよ、そんなの……」
首を振りながら華菜が言う。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「頼む! こんな所で終わるわけにはいかないんだ!」
真剣な思いで頼み込む。
その言葉に、偽りは一片も含まれてはいなかった。
「……………………」
(ダメか……?)
「……私、戻るね」
それだけを言うと、華菜は踵を返してしまった。その後ろ姿に、将吾は諦めの気持ちと共に跳び箱へと腰掛ける。
「……逃げるつもりなら、今夜がチャンスだよ」
去り際に足を止めて、小さく呟く。
「えっ……?」
「警備の奴等、上等な酒を手に入れたって盛り上がってた。あの様子じゃ、夜ぐらいには酒盛りが始まってるよ」
伝えるべきことは済んだのか、今度こそは立ち止まることなく立ち去っていった。しかし、先程とは違って、将吾の中に諦めの気持ちはなかった。
「……ありがとう」
届きはしない言葉――それでも、何故か伝わると思えた。
「よし、決戦は……今夜だ」
誰に言うともなしに呟くと、将吾は身体を休めるためにマットの上で横になった。全身の力を抜きつつも、心の内で熱いものを抱きながら――




