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急襲

 ~翌日・学校内~


「――じゃあ、洋子さんもウィルスの研究に?」

「ええ。短い時間だったけれどね」


 少しばかりの苦笑と共に、俺の言葉を認める洋子。


 昨日の洋子さんの仲間を救出してから1日、俺達は彼女から詳しい話を聞いていた。

 その結果として得られた情報は、少なからず俺達に衝撃を与えた。

 何と、彼女は俺達が大学や工場で目撃したウィルスの研究に関わっていたそうなのだ。


「それじゃ、洋子さんも化物の開発をしていたんですか?」

「いいえ、私は関与してないわ。と言うか、そういうことをしてるって知ったから、研究から離れることにしたの」


 つまりは、己の倫理観に従ったということか。

 自分を押し殺していれば、安全な場所にいられたというのに。


「でも、兄さんは……」

「兄さん?」

「ええ……私には兄が一人いるの。本業は医者なんだけど、どちらかと言うと研究科肌の人でね」


 身内のことを語るには、何やら辛そうな表情の洋子。だから、俺は黙って話を聞くことにした。


「とても優秀な人でね、研究でも次々に成果を収めるような人だった。それだけの熱意を持っていたの。でも……」

「でも……?」

「兄は、逆にウィルスの虜になってしまったの。何を見出したのか、何を考えているのか分からないけど、一心不乱に研究へと のめり込むようになったわ」

「説得は?」

「したわ。何度も何度も……でも、兄の考えを変えることは出来なかった。その上、私の隠れ家がゾンビに襲われてね、兄とも離れ離れになってしまったわ」

「そう……ですか」


 彼女は彼女なりに、ハードな日々を過ごしてきたということか。


「そんなわけで、今はタダの綺麗なお姉さんよ」

「……自分で言いますかね」


 場の空気を払拭するような洋子の冗談に、俺も乗っかる形で笑みを浮かべる。彼女が怪しい人物ではないと改めて認識できたのだから、いつまでも湿っぽくなっていても仕方ないのだ。


「まあ、一応だけど兄から医術の手解きは受けたから、その点では頼りにしてくれていいわよ」

「そいつは助かります」


 こんな状況だ。医術に明るい人間は何人でも欲しい。


「では、保健室にご案内します。自由に使って頂いて構いませんよ」

「ええ、ありがとう」


 俺の言葉に笑みを浮かべる陽子を伴い、職員室を出て保健室へと向かった――



 ―――*―――*―――*―――



  ~同時刻 別の場所では~



「……どうだった?」


 薄暗い高架下――無精髭の男がタバコの煙を吐き出しながら、乗ってきたトラックの荷台を見に行っていた別の男に問い掛ける。


「ああ、問題ない。先生の言ってた通りの状態だよ」

「そうか……じゃあ、行くか」


 言いながら吸いかけの煙草を地面で揉み消すと、男は乗ってきた配送トラックへと乗り込もうとした。


「なあ……本当に俺達は大丈夫なんだろうな?」


 それを、問い掛けで制される。

 〝学校〟を出てから幾度となく繰り返されてきたやり取りに、男は溜息混じりに振り返った。


「さっさとズラかれば問題ない。それに、特製のワクチンを打ってもらっただろ。余計な心配はすんなよ」


 半分は相手を納得させるため、半分は自分を安心させるための言葉。だが、そんなものを吐き出してないとやっていられなかった。それだけの積荷なのだ。


「さあ、行こう…………時間だ」


 これだけは、厳守しなければならない。

 そうでなければ、言い聞かせた言葉に何の意味もなくなってしまうからだ。


「ああ……そうだな」


 陰鬱とした表情と言葉で、2人は来た時と同じようにトラックへと乗り込む。自分たちに下された厳命を果たすために――



 ―――*―――*―――*―――



~その頃、雅也の拠点である基地では~



「はあ~……キュッキュッキュッと」


 基地に併設された武器庫の中で、一人の男が楽しげに銃の手入れをしていた。持っているのは狙撃銃であり、この混沌とした世界を共に乗り切ってきた相棒でもあった。


「あっ、《シトメ》。やっぱり此処に居たのか」

「ん? 何だ、お前かよ……って言うか、俺の名前は〝糸目〟だ。シトメじゃない。何度も言わすな」

「ハハハッ、いいじゃないか。嫌いでもないだろ?」

「んん~、まあな」


 言いながらシトメは軽く笑った。


 彼が何故 シトメと呼ばれるのか――その理由は二つある。

 一つは、狙撃手として優秀であり、どんな獲物でも確実に《仕留める》からと言うもの。

 そして、もう一つは……彼が《死と目》を交換したことからだった。


 実は彼、以前任務で向かったガソリンスタンドで大きな爆発に巻き込まれたことがあるのだ。その際、ほとんどの隊員が死亡したが、彼だけは破片に片目を抉られただけで済んだのである。

 以来、本名の糸目を文字ってシトメと呼ばれるようになったのである。


「あっ、そんなことより韮澤隊長が呼んでたぜ。何か新しい任務のために小隊を編成するんだと」

「へぇ、それで俺に?」

「みたいだな……俺には声が掛からなかったけどね!」


 少しばかり拗ねたような口調でボヤく。

 そんな彼に苦笑を浮かべると、シトメは手入れしていた狙撃銃を肩に提げつつ立ち上がった。


「そういう事なら行かないとな。はっは~、エリートは辛いねぇ」

「ケッ、言ってろ」


 わざとらしい悪態を取る隊員と笑い合うと、シトメは彼と一緒に倉庫の外へと足を向ける。軍人として、招集に遅れるわけにはいかないのだ。


 だが、その時――


『―――――――――ッ!!!』


 外から車が急停止したようなスキール音が聞こえてきた。その響きに ただならぬ空気を感じた2人は、反射的に外へと駆け出していた。


 勢い良くドアを開けて外に出る。

 その際、まず目に映ったのは基地の入口近くに停められた配送トラックだった。スピンターンでも決めたのか、地面にはタイヤ痕がハッキリと刻まれていた。


 だが、それらは すぐに気にならなくなった。

 何故なら――


「うけけけけ~!! 腹ハラ減った~!!」

「肉肉ニク~!! 食べ食べるる~!!」


 半熟が2体、車の近くに立っていたからだ。

 配送トラックの荷台の戸が開いているところを見ると、あそこに入っていたのだろう。


「チッ……半熟を通販で買った覚えはねえぞ!」


 そんなことを呟きながらも、シトメは銃を構える。その流れるような動きは、自らをエリートと呼ぶに相応しいものだった。


『―――――――――ッ!!!』


 放たれる一発の銃弾。

 それは空間を切り裂くように飛んでいき――


「ぐげえああぁぁ……ッ!!」


――半熟の頭を見事に貫いた。


「次は お前だよ……」


 そう呟きながら、スコープ越しの照準をズラしていく。


「ぐげっ……ぐげげ……げああぁッ……!!」


だが、次の瞬間、頭を撃ち抜かれ倒れていた半熟が、突然 身を起こして叫び声を上げ始める。驚きに動きを止めていると、次の瞬間、半熟の身体が“膨張”し始めた。


『……………………ッ!!!』


 水っぽい破裂音を響かせ、半熟が爆ぜる。

 まるで大きな水風船を破裂させたぐらいに血が飛び散り、辺りで警戒態勢を取っていた隊員達にまで飛散した。


「グッ……アアアァァッ……!!」

「な、何だよ、コレはァァッ……!!」


 瞬間、血を浴びた隊員たちが苦しみ出す。

 反射的にスコープを使って様子を見ると、まるで強烈な酸でも浴びたかのように血の付着した部分が溶け出していた。


「ガアアアアアァァァッ…………!!!」


 響き渡る隊員たちの絶叫。

 そして――


「ぐがぁぁああ……ぐげげえぇ……ッ!!」


 有り得ない速さで半熟と化してしまった。

 通常では考えられない事態に、思わず その場に居合わせた全員の動きが止まった。


 だが、それがいけなかった……。


「くけけけえぇ…………ッ!!」


 半熟が独特の機敏な動きで、周囲を取り囲んでいた隊員たちに飛び掛かる。その光景に我を取り戻した隊員たちだが、それでも恐怖には打ち勝てなかった。


「う、うわああああっ!!」


 焦りから銃を乱発する隊員。

 偶然か、それとも訓練の賜物か、そのうちの1発が半熟の頭を吹き飛ばす。

 だが、そうなれば当然――


『……………………ッ!!』


 辺りに恐ろしき血を撒き散らすことになる。

 そして、それを浴びた隊員が、同じく半熟と化してしまった。


「クソッ……どうしろってんだ!?」


 スコープから視線を外し、苦々しく吐き捨てる。


「退避!! 全員、退避して下さい!!」


 その時、良く通る声がシトメの鼓膜を震わせた。

 反射的に視線を向ければ、そこには若くして参謀的な地位に就いている雅也の姿があった。


「頭を外して牽制射撃しながら下がってください!! 代わりに狙撃手の方たちは こちらで準備を!!」

「なるほど……そういう事か」


 どれだけ派手に血を巻き散らそうと、狙撃手の間合いまでは届くはずがない。まさに、シトメの本領を発揮すべき状況だ。


「シトメ、行け! お前の出番だろ!」


 言いながら、牽制射撃の銃弾をバラ巻く。

 そんな彼に力強く頷くと、シトメは指示された持ち場へと走った。


「お集まり頂けましたね。本来なら作戦を簡潔にお伝えすべきですが、そんなものはありません。とにかく、奴等が遠くにいるうちに倒して下さい」


 シンプル・イズ・ベスト――と言うのだろうか。

 何にしろ、それ以外に方法がないのは事実だ。グダグダと考えるべきじゃない。


「では、頼みましたよ!」


 そう言うと、雅也は去っていった。

 これ以上の長居は邪魔にしかならないと悟っているのだろう。


「よし……やるぞ、野郎ども!!」

「おお!!!」


 発破を掛けて、自分も気合いを入れる。

 ここから先に必要なのは、今まで磨き上げてきた技術なのだ。


「まずは……お前からだ!」


 スコープを覗き込み、隊員たちから離れている半熟に狙いを定める。呼吸と脈拍で乱れていた照準が、意識を集中した途端にピタリと止まった。


『―――――――――ッ!!』


 直後、大口径特有の重々しい銃声が響き渡る。

 同時に、スコープの中で半熟が派手に頭を吹き飛ばした。


「クソッ……離しやがれ!」


 耳に届く焦ったような声。

 反射的にスコープを向ければ、そこでは一人の隊員が半熟に掴み掛かられているところだった。


「世話が焼けるぜ……」


 そう呟きながら、ゆっくりと息を吐く。

 そして、レティクルが半熟の右肩を捉えた瞬間、シトメはトリガーを引いた。


『―――――――――ッ!!』


 衝撃と轟音。

 放たれた弾丸は狙い違わず半熟の肩を撃ち抜き、掴まれていた隊員を救った。


「やっぱ、俺ってエリートだわ」


 戯けたように呟くと、シトメはスコープ越しに笑みを添えた――

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