各所の思い
~翌日・軍事基地~
「華菜が居なくなっただと!?」
珍しく語気を荒らげるトニー。
だが、それも仕方が無い。報告の内容が内容だからだ。
「ちゃんと探したのかッ!?」
「当然です! 奴等が撤退した後、徹底的に探しましたよ!!」
今度は華菜の所属する部隊の隊長が怒鳴った。
彼にしても、今まで苦楽を共にした華菜がいなくなって平常心ではいられないのだろう。
「落ち着いてください、二人共。今 アナタ達が言い争ったところで自体は好転しません」
「雅也……」
「……………………」
誰よりも華菜に近しい存在だった雅也に諭され、二人揃って口を閉ざす。彼が冷静であるのに、自分たちが熱くなるわけにはいかないのだろう。
「とりあえず、モールは我々が押さえられたのです。人員の喪失は痛いですが、今は それに満足しなければなりません」
とは言え、多くの食料を持ち出されてしまっていたが。
どうやら、相手側は銃撃戦をしながらも物資を外へと運び出していたらしい。
「現状として、最大級の目的は達することが出来ました。ですが、すぐにでも次の任務が発生する事と思います。隊員の方たちは、それに備えて暫し休息の時間を取ってください」
それだけを言うと、雅也は踵を返して歩き去った。
下手に言葉を重ねれば、そこから再び口論になりかねないからだ。
そうして歩くこと数分。
雅也は気が付けば自分の居城である客船の前へと来ていた。打ち寄せる波の音が、ざわめいていた心の内を幾らか鎮めてくれた。
(華菜が居なくなった……か)
報告の内容を、もう一度だけ心の中で反芻する。
それでも、意外なほど雅也の心が揺れることはなかった。
別に、どうでもいいと思っているわけではない。
袂を分かったと思ってはいるものの、付き合いの長い相手だ。少しぐらいは情を向けている部分もある。
それに何より、この事を知った時の《彼》の心中を思うと穏やかではいられない。雅也にとっては、そちらのほうに大きな感情のウネリを抱いていた。
しかし、雅也の中に絶望感は無かった。
何故なら、華菜が死んだとは露ほどにも思っていないからだ。
確かに華菜には傲慢な――軽い言い方をすれば調子に乗りやすいところがある。しかし、与えられた才は本物だ。余程の油断がない限り殺られることなどないだろう。
しかし、華菜の生存を脅かす情報もあった。
それは、同時に耕太も消えているという事実である。
あの少年の性格から考えて、お遊び感覚で外を出歩く事はない。となると、考えられる可能性は華菜を追い掛けたというものだ。華菜を案ずる姿を部隊長が見ていたそうだし、その可能性が高い。
(モールで会い、耕太を守って二人とも……)
考えられることではある。
とは言え、その痕跡すら無かったのだから、可能性としては生存の方が高いだろう。
(でも、それなら戻ってこないのは何故……?)
華菜にしても、基地に居る方が耕太を守りやすいとは理解しているはず。つまり、意図的に姿を消したのなら、何かしらの理由があるというわけだ。
(まあ、今は考えても仕方ありませんね)
どんなに考えたところで真実は見えてこない。
雅也は気持ちを切り替えると、使い過ぎた頭を休ませるために自室へと向かった。
―――*―――*―――*―――
~その頃の学校では・井川side~
「――報告は以上です」
「そうか……分かった」
部下からの報告を受け、井川は目を向けていた文庫本から視線を外し、メガネを外して外を見た。遠くまで晴れ渡った空が、心地よく網膜を痺れさせた。
報告の内容は、モールから連れ去った数人の自衛隊員を絞り上げて得たものだった。お陰で、彼等の拠点の場所と大体の人数、武装の内容が把握できた。
「真正面から喧嘩を売る相手ではないな……」
そこから導き出した答えを、井川は誰に言うともなしに呟いた。
こちらのグループも相当に充実した状態だが、さすがに自衛隊員の集まりを相手にして勝てるとは思えない。
(何か別の手段を考えるべきだな……)
そう思ったところで、井川は別のことを思い出した。
「そう言えば……あの少女は何か喋ったのか?」
井川の言う《少女》とは、当然のことながら華菜の事である。
それが伝わった部下達は、一瞬だけ気まずそうに顔を見合わせると、苦々しい表情を浮かべながら首を横に振った。
「そうか……敵地に来て、未だ心を折らないか」
どうやら、思っていたよりも相当にタフな少女のようだ。それだけ、大きな《支え》が彼女の中にはあるということだろう。
しかし、それが あの耕太という少年のことではないと井川は理解していた。
あの子供の生殺与奪を握っているのは井川なのだから、耕太に依存していると言うのならば、ここへ来て反抗の意思を無くさないことに説明がつかない。
(ならば、やはり……)
井川の脳裏に浮かぶ一人の青年の姿――相対したのは僅かな時間であるが、あの強い意志を宿した眼光は、今でも記憶に深く残っている。
(追い出したのは正解だったな……)
初めて この学校に辿り着いた時、井川は真っ先に情報を集めた。もちろん、どのように乗っ取るかを考えるためにだ。
その時、井川はリーダーである《彼》の情報を聞くに至った。そして、思ったのである――早急に消すべきだと。
あの時点で、多くのメンバーが彼に少なからず恐怖心を抱いていたのは確かだ。しかし、それは成すべきことすら理解していない甘い連中の戯言に過ぎなかった。
略奪、強奪、襲撃――普通の人間ならば嫌悪する行動。
しかし、この世界では断行しなければならないこと。それを しっかりと理解して実行に移せている彼を、井川は危険分子と判断したのである。
(出来れば本当の意味で消したかったが……)
襲撃に失敗したのは井川も知っている。
華菜が生きている時点で、それは尚更ハッキリとした。
(まあ、今 考えるべきことではないな)
そう考えを改め、部下の方へと視線を移す。
と、その時――
「失礼します」
短い断りの言葉と共に、白衣姿の男――片瀬が室内へと入ってきた。彼が保健室から出てきたということは、何かしらの報告があるということだろう。
「どうかしたかね、ドクター・片瀬?」
「是非とも井川総理に聞いて頂きたい話がありまして」
「ほう……良い話なのだろうね?」
「考えようによっては、それなりに」
持って回った言い方。これは、出会った頃から変わらない。
「ふむ、話してみたまえ」
「はい……実は、研究所から持ち帰った情報を解読したところ、面白い研究成果が記されていましてな。これが、なかなかに使えそうなのです」
「使えそうとは、具体的には どのように?」
「あの研究所ではモンスター製造だけでなく、ウィルス自体の研究にも着手していたようでしてな、これが面白いものだったのです」
「……………………」
「研究内容は至って簡単で、ウィルスの毒性を強めるものでした」
「毒性を……?」
「ええ、それこそ空気感染が可能な程に」
「……危険なのではないかね?」
「毒性の強さだけで言えば、相当に危険ですな。しかし、強化したことで外部からの刺激に敏感な性質を持つようになってしまうのですよ」
「それは使えると言えるのか?」
「確かに、外気に触れれば数秒と保てないウィルスでは、兵器として話になりません。しかし、その問題はクリアされています。まあ、ホスト――《宿主》がいればの話ですがね」
「ふむ……宿主か」
その言葉を受けて、井川の中に一つの作戦が思い浮かんだ。
「ならば、協力できそうだな」
そう言うと、井川は傍らに控えていた部下に片瀬を体育倉庫へ連れていくよう命じた。そこに《宿主》が居ると言って――
―――*―――*―――*―――
~その頃、旧校舎では~
(ここにいたか……)
探していた背中を見つけて、俺は心の中で呟いた。
その人物とは――千夏だった。
一人で裏山に入っていったと報告を受け探していたのだ。
「……………………?」
草を踏み分ける足音で気付いたのか、千夏が振り返る。しかし、足音の正体が俺だと分かると、また視線を前方へと戻してしまった。
「よお、何やってんだ?」
軽く声を掛ける。
しかし、千夏は答える気が無いのか、答える言葉が見つからないのか、視線を伏したまま動かなかった。
だから、俺は彼女の隣に並んだ。
すると、足元に何かがあるのに気付いた。
別段、目立つ訳ではない。
ただ、太目の枝が地面に立てられてるだけだ。普段ならば気にも留めないものだ……綺麗な花が添えられていなければ。
「……墓かい?」
「うん……」
誰の……とは聞かない。
彼女が1人で、ひっそりと作る相手は限られるからだ。
「俺のこと……恨んでるか?」
「……どうして?」
「それは……」
俺がいなければ、都築たちが死ぬことは無かったかもしれない――そう言おうとして口を閉ざした。言ったところで意味は無いし、今更 変えられる現実でもないからだ。
「私は、貴方が正しかったと思ってる。だから、あの時 貴方に協力しようと決めたの」
「……………………」
「彼等は間違えてしまった……ただ、それだけ」
でも、それだけの理由で自分から切り離せるほど、浅い感情で付き合っていたわけではないのだろう。そうでなければ、こうして墓を作ってまで弔おうとはしないはずなのだから。
だとするなら、俺も俯いているわけにはいかない。
決して間違ってはいなかった――そう胸を張るぐらいしか、千夏にも彼等にも出来ることはないのだから。
「上手くいかねえよな……色々と」
「うん……そうだね」
ままならない。
生と欲が絡み合うだけで、こうも極端な答えしか得られないものなのだろうか。あまりに難しい世界だ。
と、そんな風に感傷を抱いていると――
『……………………ッ』
またもや、草を踏み分ける音。
しかし、当然ながら今回は俺じゃない。
なので、俺と千夏は警戒しながら振り返った。
「あっ…………」
視線の先に居たのは、一人の妙齢の女性だった。
ショートボブに切り揃えられた髪。
理知的な印象を深める黒縁で細身のメガネ。
全体的にキリッとした面立ちが、彼女の大人びた雰囲気を深めている。
だが、何よりも特徴的なのは着ている白衣だろうか。女医という言葉がピッタリと当てはまる出で立ちが、この自然豊かな場所にはミスマッチだった。
「アンタ、何者だ?」
ヒップホルスターに収まっている銃を握りながら問い掛ける。すると、彼女は未だに緊張した面持ちながらも、しっかりとした口調で答えた。
「ただの遭難者です。ゾンビ達から逃げて森に入ったのだけれど、仲間とはぐれてしまって……」
嘘を言っている様子はない。
それに、懐かしい話だが小百合の時のような不自然さが彼女からは感じられなかった。
「あの、厚かましいとは思いますけど、探すのを手伝って頂けませんか?」
半ば予想していた言葉。
しかし、それが俺には好感が持てた。
理由は単純。仲間の捜索を先に頼んできたからだ。
これで、アジトの場所を聞いてきたりしていたら、俺は冷然と突き放していただろう。
「……分かった。手伝いますよ」
「本当ですかッ!?」
「ええ。でも、アナタは俺達のアジトに向かってください。仲間もいて安全ですから」
「えっ、でも…………」
「正直、この森に詳しくないアナタが来ても足でまといです。だから、後のことは俺達に任せてください」
敢えて無遠慮な言葉をブツけたことで、女性は納得してくれたようだ。少しばかりの不安を表情に残してはいるものの、最後には頷いてくれた。
「分かりました……お願いします」
そう言って頭を下げる女性。
そんな彼女に、俺は聞くべきことを尋ねるために口を開いた。
「すみませんが、お名前と職業を教えて頂けますか?」
「あっ、はい。名前は片瀬 洋子。職業は研究員です」
「研究員?」
「ええ、薬学を専門としたね」
つまり括りとしては学者ということか。
何となく、それっぽい服装と雰囲気ではあったが。
「分かりました。では、片瀬さんはアジトになってる学校へと向かってください。この道を行けば見えてきますから」
学校への行き方と、俺の名前を伝えておく。これで、無事に辿り着けば中へと入れてもらえるはずだ。
「では、お気を付けて」
「ええ、アナタ達も」
その言葉を最後に、洋子は教えた通りの道を歩き出した。彼女の背中を見送った後、俺は彼女の仲間を救出するため、山道へと視線を向けた。
「長い一日になりそうだな……」
誰に言うともなく呟くと、俺は一歩を踏み出した――
―――*―――*―――*―――
~その日の夜~
人の気配どころか、ゾンビの姿もない道路を1台の配送トラックが走っていく。
「あっ……ああッ……」
「クッ……ガハッ……」
荷台から漏れ聞こえてくる苦鳴。
しかし、それにより止まることも、速度が落ちることもなかった。
不気味な空気を纏いながら、車は淀みなく走り続けた――




