失われる温もり
~~~華菜side~~~
「……フンっ、退屈だね」
二階の映画館前、そこで華菜はゾンビの掃討に当たっていた。
人間相手の銃撃戦はさせたくない――隊長の考えによる命令だった。
余計な世話だと思うところではあるが、そうする事で彼の心の負担が軽くなるなら従わざるを得ない。今の華菜は彼の部下なのだから。
「それにしても……結構な数が入り込んだねぇ」
話に聞く限りでは午前中からドンパチをやっていたようだし、これほどの数が集まってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「弾……足りるかな?」
適当にマガジンをポケットに突っ込んできただけだが、少しばかり心許なくなってきた。まあ、いざとなればトラックに戻れば幾らでも弾はある。そこは心配しなくてもいいだろう。
「さて、お掃除 お掃除♪」
気楽な感じで歩を進める華菜。
と、そこへ――
「お姉ちゃん……」
華菜の鼓膜を震わす聞きなれた声。
しかし、ここでは決して聞いてはいけない響き。
それを受けて、華菜は弾けたように振り返る。
すると そこには、現実感さえ失う相手――耕太が立っていた。
「耕太ッ!! アンタ、どうして……」
「あの、僕……どうしてもお姉ちゃんが心配で……」
それで付いてきたというのだろうか。
しかし、どうやってここまで――
『あれ? 積んできた弾薬箱、これだけだったか?』
『俺が知るわけないだろ、担当じゃないんだから』
そう考えた時、華菜の脳裏に隊員たちのやり取りがリフレインされる。弾薬箱の数が少なかったのは、そこに耕太が隠れていたからだ。
「馬鹿だな、ホントに。アンタが来る方が――」
よっぽど危ない――そう苦笑と共に言おうとしたが、それが言葉になることはなかった。
「くけけけ~ッ!! 肉肉ニクニク~ッ!!」
視界を掠める醜悪な化け物。
ソイツが耕太を勢いのままに押し倒した。
そしてーー
『―――――――――ッ!!』
耕太の白く細い腕に噛み付いたのだ。
「耕太ッ……!!!」
狙いも定めず、身に付いた技能と本能のままに半熟の頭を撃ち抜く。耕太に当たるかもしれないなどという考えにすら至らないほど我を失っていた。
「耕太……耕太ッ……!!」
覆い被さる半熟を蹴り飛ばし、耕太を抱き上げる。そして真っ先に腕を確認すると、肉を食い千切られてはいないものの、明らかに噛まれた痕があった。
「そんな……嘘だよ、こんなのって……」
守ると決めたのに……。
傍で支えると決めたのに……。
それが、こんな形で終わるなんて……。
「……ダメ!! こんな所で死なせない!!」
そう叫ぶと、華菜はグッタリとしている耕太を背負った。
何が出来るか分からない。でも、こんな場所で、こんな形で耕太の一生を終わらせるわけにはいかない。
「絶対に助けてあげるから……!!」
聞こえているか定かではないが、しっかりと耕太に言い聞かせる。
「えあぁあぁああ…………!!」
「あぁああぁぁ…………!!」
だが、華菜の眼前をゾンビが埋め尽くす。
恐らくは、先程からの銃声を聞き付けたのだろう。
「邪魔すんな!!」
『―――――――――ッ!!』
連続で放たれる銃弾。
生まれ持った才覚を発揮し、一気にゾンビを片付ける。
「ぐがぁぁああ…………!!」
「あぁああ…………!!」
しかし、それも束の間、またもゾンビが行き道を塞ぐ。こんな事をしている時間など、一分一秒もないというのに。
「このッ……!!」
狙ってさえいない銃撃。それでもゾンビは頭を吹き飛ばし倒れる。
『……………………ッ』
直後、虚しく空を切るトリガー。
それは、弾切れを伝えるものだった。
「こんな時に……!」
耕太を背負いつつ、何とかポケットに手を伸ばす華菜。しかし、それより早く何者かの足音が近付いてきた。
「……………………ッ!!」
反射的に銃口を向ける。
とは言え、スライド部分が後退したまま止まっているのだ。分かる人間が見れば弾切れだと悟られてしまうだろう。
「ふふふ……意味の無いことはしないものだよ」
事実、迫り来ていた人物には見破られてしまった。
「……っと、これはこれは懐かしい顔に会ったものだね」
複雑な焦燥感に俯いてい華菜に、そんな言葉が掛けられる。疑問に思って顔を上げれば、そこには予想外の人間が立っていた。
「井川……?」
「久しぶりだね。華菜君……だったかな?」
「ど、どうして、アンタが……」
〝彼〟を蹴落とした事に対する怒り――それよりも先に驚きが立ってしまう。だが、そんな華菜とは対照的に、井川は余裕の態度を崩さなかった。
「なに、ちょっとしたショッピングさ」
変わらない気取った口調。
それが沈静化していた華菜の怒りに火をつける。
「……殺してやる!!」
現状への焦りと過去の怒りとが綯い交ぜになり、華菜は即座に弾倉を交換するとスライドストップを解除する。そして、そのまま銃口を井川に向けた。
しかし、その時ーー
「華菜ちゃん、待って!!」
どことなく聞き覚えのある声が華菜を制する。反射的に視線を向けると、そこには見覚えのある姿があった。
「小百合……?」
「撃っちゃダメ! この人だったら、その子を救えるかもしれないから」
言いながら、華菜の背でグッタリとしている耕太に目を向ける小百合。その言葉に疑問を抱いた華菜は、銃を構えつつも小首を傾げた。
「井川……さんが雇ってる お医者さんが、ゾンビ病のワクチンを作ってるの。まだ完成はしてないけど、ゾンビ化だけは食い止められるわ」
「えっ……?」
「だから、この人を撃っちゃダメ」
華菜の目を真っ直ぐに見つめながら言う小百合。
その様子に、嘘を吐いている様子はなかった。
「ふむ……私を放って話を進めないでほしいがね」
「大丈夫よ。アナタにも益のある話だから」
「……と、言うと?」
「彼女は銃撃の天才よ。味方に引き入れれば相当な戦力になるわ」
「なるほどな……」
小百合の言葉に頷きつつも、何かを考えるような表情で華菜を見遣る井川。そして、次に出てきた言葉は華菜の予想にはなかったものだった。
「……彼は、まだ生きてるのかい?」
「えっ……?」
「君が兄と慕っていた青年さ。彼は生きてるのか?」
質問の真意は計れない。
だからこそ、華菜は思ったことを口にした。
「……当たり前じゃない。兄が簡単に死ぬわけない」
それは、一貫して信じてきた思い。
華菜の中で、決して揺らぐことのなかったものだ。
「ふむ……ならば使えるか……」
思わず口にした言葉――そんな感じの呟きを漏らしつつ、井川は華菜に視線を戻した。
「よし、我々の元へ来たまえ。君が忠誠を誓う限り、その子の無事は保証しよう」
望んでいた言葉……。
しかし、望んでいなかった相手……。
それでも、今の華菜には頷く以外の道はなかった。
「…………分かった」
「結構。では、先に引き上げるとしようか」
その言葉と共に井川が踵を返す。
華菜は歯を食いしばりながらも、大人しく後に従った。
そんな華菜達を照らすように、ゆっくりと月が上り始めていた――




