身中の虫
~翌日・学校~
「……気に食わねえ」
自分たちに割り当てられた教室内で、都築は憎々しげに呟いた。
「気に食わねえ……全くもって気に食わねえ!」
今度は、ハッキリと周りにも聞こえるほどの声で吐き捨てる。
「ど、どうしたんすか、都築さん?」
「何か苛立つことでも?」
その声に呼応して、二人の取り巻きが歩み寄る。
そんな彼等に対し、都築は感情を抑えることもせずに口を開いた。
「イラついてるに決まってんだろ! あんなガキ共に舐められたんだぞ!」
都築の脳裏に浮かぶのは、彼と春喜達のこと。
結局、彼は危機に陥っていた子供を助けたということで、またグループ内での株を上げる事となった。粗を植え付けてやろうと協力を拒否したわけだが、それが裏目に出たわけだ。
しかも、その結果として都築達は子供を見捨てたとして かなりの非難を浴びてしまった。仕方の無いことだが、自分の非を認めたがらない都築にとって、理不尽な苛立ちを彼等にブツけるのは当たり前のことだった。
「このままだと、奴等に追い出されるかもしれねえ」
それも日頃の行いのせいだが、その事実を受け止めるだけの器が都築にあるはずもなかった。
「そ、それはマズイっすよッ」
「どうするんですか、都築さん?」
「それを考えてんだろうが!」
とは言ったものの、都築に妙案があるわけではなかった。
そんなものがポンと出てくるほど都築の頭は高性能ではないし、彼と仲間達は単純ではないからだ。
(全く、ムカつく連中だ……)
そう心の中で呟きながらも、どこかに付け入る隙はないかと思案を巡らせる。
(正攻法で行っても意味はねえ……となると、搦手か)
外堀から埋めていく――それが一番のような気がする。しかし、先程も思ったことだが、彼の周りには有能な人間が多いのだ。
能美 吉継――都築と同じく、以前はグループを率いるリーダーだった男。それ故に統率力は高く、〝彼〟も全幅の信頼を寄せている。事実、最近になって結成された生存者の捜索隊の隊長に任命されている。
戦闘能力に関しても相当なもので、銃器の扱いは苦手なようだが、持ち込んだ刀の腕前は一振りでゾンビを切り伏せる程だ。並の人間より強いのは明らかである。
根岸 将吾――〝彼〟が率いる対外任務のグループの中でも、運動能力に定評のある男だ。ボクシングで培われた戦闘の勘も持ち合わせているため、陣頭に立って戦うことが多い。
そうした面を評価され、捜索隊の副隊長に任命された。ここに来た当時は、過去の経緯から能美とギクシャクしていたようだが、今では互いに信頼し合う仲間として認識しているため付け入ることは出来ない。
間中 友恵――この学校を守る要である監視 兼 狙撃班の班長だ。
細身の少女であるが故に戦闘そのものは苦手だが、監視任務を任されてきたことで危険に対しての察知能力が高くなった娘である。
それに加え、ライフルを用いた狙撃の腕はグループの中でもトップである。学校へと近付くゾンビの多くが、辿り着く前に彼女の弾丸で肉塊と化している。
相川 春喜――元から学校にいた男だ。
千葉の考えに賛同して尽力していたが、今では〝彼〟と行動を共にすることが多い。つまりは、それだけ能力的に戦闘向きというわけだ。
事実、彼等が来るまでは春喜が対外任務の一切を任されていた。少しばかりお調子者で感情に流されやすい部分はあるものの、しっかりとした客観性も持っているため隙にはならない。
音無 千夏――かつては都築達のグループに所属していた少女。しかし、そこに絆などはなかったと昨日の出来事で思い知らされた。まあ、元から都築達に迎合しているとは思えない態度だったが。
だが、彼女を失ったのは痛い。今までも彼女が対ゾンビの戦力の要だったからだ。ロクにゾンビと向き合うことも出来ない都築達にとって、千夏という戦力の離脱は まさに損失だった。
そして、何よりも気を付けなければならない男――そう《彼》である。
行動力、統率力、戦闘能力とムラなく有している男だ。それだけに突出した部分はないが、逆に弱点と呼べる箇所もない。
時折、何かを思っているのか内面的に不安定な場面が見られるが、それも付け入る隙にはなり得ない。全くもって、攻めるに難い男である。
(ふう……そうなると誰を狙えばいいのか)
そんなことを考えながら、何気なく廊下に目を向ける。
すると――
「ねえ、沙苗お姉ちゃん。今日は何のお勉強をするの?」
「うん? 今日は算数の お勉強よ」
「ええっ! ヤだよぉ!」
「算数 きら~い!」
「ふふふ……そんなこと言わないの。出来るようになれば、とっても楽しいんだから」
「ええ~、ホントかなぁ?」
「うん、ホントよ。今日、それが分かると思うわ」
「ううん……それじゃ、頑張る」
「ええ、一緒に頑張りましょ」
子供達の手を引いて、別の教室へと入っていく沙苗。
その後ろ姿を見て、都築は意地の悪い笑みを浮かべた。
萩田 沙苗――彼等と一緒に、この学校へとやってきた少女。
無頼漢が多い〝彼〟のグループでは珍しく学力が高いために、子供達の先生役を務めている。教え方が上手いこともあり、親からは信頼されているようだ。
しかし、戦闘に関しては非力だ。それは自分でも認めているのか、ここに来てからの1ヶ月、1度として戦闘任務に付き添ってはいない。
「コイツは使えるかもな……」
都築はポツリと呟くと、傍らに控えていた部下達に命令を下した。
―――*―――*―――*―――
~~~数時間後~~
「くううぅぅ……はあっ……」
食後の休憩を終え、俺は人知れず伸びをして身体を解す。ダレているつもりなどは無かったが、平和な雰囲気に自然と気持ちが緩んでいたのかもしれない。
(まあ、たまには良いよな)
心の中で呟きながら、近くの縁石に腰掛ける。
ここのところ騒がしかったので、こうした時間を満喫することに決めたのだ。
だが、そこへ――
「はあっ……はあっ……!!」
校舎の中から将吾が険しい表情を浮かべて飛び出してきた。その様子から、ただならぬものを感じた俺は、とりあえず声を掛けることにした。
「おい、将吾。どうした?」
「ああ、いい所に……実は、沙苗が見当たらないんだ」
「沙苗がいない……?」
「午前中の授業が終わってから姿が見えないんだ。読書に夢中になると昼飯も忘れるから気にしてなかったけど、午後の授業にも顔を出してないって聞いて……」
さすがに おかしいと思って探しているというわけか。
「思い当たる場所は?」
「全部探した。というか、学校の敷地内は探し尽くしたよ」
「じゃあ……まさか、外へ?」
考えにくいことだ。
沙苗は自身が戦闘に向いていないことを理解している。そのため、決して一人で外を出歩く事は無い。行かざるを得ない時は、将吾に付き添ってもらうのが常だ。
(でも、学校にいない以上……)
その可能性は否定できない――そう思おうとした瞬間、横合いから春喜が声を掛けてきた。
「あっ、隊長。都築のオッサン達 見なかった? 探してるのにいないんだけど」
「えっ……?」
俺と将吾の声が重なる。
そして浮かんだ考えも。
「まさか、アイツ等が……」
考えられない話じゃない。
昨日のことで評価を下げ切った都築達が、強引な手段に出るのは有り得ることだからだ。
「クソッ……!!」
憎々しげに呟くと、将吾は外に向かって走り出してしまった。
「将吾、待てッ!!」
慌てて追いかけようとする。
だが、その動きは春喜によって遮られた。
「将吾は俺が追いかける。隊長は準備と人手を整えてくれ」
それだけを言うと、春喜も駆け出してしまった。
取り残された形になった俺だが、春喜の言う通りだと気を取り直し、準備を整えるために校舎へと足を向けた。
だが、その瞬間ーー
『……………………ッ』
俺が常時 持ち歩いている無線機が誰かからの着信を告げる。
ある種の予感――それを感じた俺は、無線機を手に取った。
「……誰だ?」
「俺だよ、隊長さん。都築だよ」
やはりかと思いながらも、俺は言葉を続けることにした。
「何か用か? こっちは忙しいんだがな」
「忙しいねぇ……それは、コイツが見当たらねえからか?」
小馬鹿にするような言葉尻と共に、何やら騒がしくなる。
「来ないでください!! 此処は危険――」
「余計なこと言うんじゃねえよ!!」
怒号に続く、風船が破裂したような乾いた音。
頬を張ったのは想像に難くなかった。
「テメェ! 何してやがる!!」
「ハッ、吠えるんじゃねえよ ガキが! そこからじゃ何も出来ねえくせによ!」
「クッ……」
言葉に詰まる。事実、現状として何も出来ないのは確かだからだ。
「そんな事をして、何が目的だ?」
「目的? そんなの決まってんだろ。テメェをぶっ殺すためだよ!」
「……俺一人を始末したとして、どうするつもりだ?」
「別に、お前1人とは言ってねえぜ。後から全員、送ってやるよ」
「それで、ここの主にでもなるつもりか?」
「その通りよ。俺が纏めた方が住みやすくなるってもんさ」
馬鹿なことを――そうは思ったが口には出さなかった。
言葉に出来る状況でもないし、したところで意味がないからだ。
「……それで、どうやって俺を始末するつもりだ?」
「これから、俺が言う場所に一人で来い。大人しく言うことを聞けば、女の無事は保証してやるよ」
拒否権はない。まあ、元からするつもりもないが。
「どこに行けばいい?」
「そこから西へ1時間ほど行ったところにある工場だ。詳しい場所は玄関口に隠した地図に書いてある。いいか、絶対に一人で来るんだぞ?」
その言葉を最後に無線は途切れた。
俺は溜め息を一つだけ吐くと、これからのことを考えた。
これは、完全に罠だ。
本来なら、わざわざ飛び込むような馬鹿な真似はしない。しかし、今回は事情が事情だ。行かないことには始まらない。
「……行くか」
誰に言うともなく呟くと、おれは地図を手に入れるべく玄関口に向かった――




