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小さなヒーローの救出

  ~~~その日の夜~~~



「ふう……とりあえず落ち着いたな」


 信楽達を千葉に引き合わせ、寝床を割り当てた俺は背伸びをしながら心の中で呟いた。後は、春喜達が帰ってくれば無事に1日が終わるというわけだ。


「……っと、まだ飯を食ってなかったな」


 ぐきゅ~っと、情けない音を立てた腹具合で、夕食を食べていないことに思い至る。基本は決まった時間に作ってもらえるのだが、俺のように帰りの時間が定まらない連中のために、作り置きが用意されているのだ。


「とりあえず、メシメシ」


 そう言いながら、調理場の方へと足を向ける。


「あっ、隊長さんっ!! ちょっと待っておくれっ!!」


 だが、その瞬間、不意に背後から掛声をけられる。

 振り返れば、そこには全身で焦りを表現している中年女性が立っていた。


「草加さん……どうかしたんですか?」


 敢えて、落ち着いた口調で問い掛ける。

 こういった場合、俺まで取り乱しては混乱するだけだからだ。


「ウチの子が……和道がいなくなっちまったんだよ!!」

「和道が……?」


 俺は眉根を寄せた。

 和道とは草加さんの一人息子だ。活発なところがあり、ここに避難している子供たちのリーダー的存在である。


「行き先に心当たりは?」


 それがあれば焦ったりはしていないと思いはしたが、何かしらの手がかりは得られないかと聞いてみる。


「それが、夕食を作っている時から見当たらなくて分からないんだよ。でも……」

「……………………?」

「夕食係が一緒の奥さんが言ってたんだけど、武器庫の近くでアノ子を見たらしいんだ」

「武器庫の近く……」


 その言葉に嫌な予感が過ぎる。

 俺は その確認のために移動体勢へと入った。


「とりあえず、草加さんは この事を千葉さんに伝えてください。人手を出して学校内を徹底的に探すんです」

「わ、分かったよ」

「俺の方でも探します。それじゃ」


 それだけを伝えると、俺は武器庫に向かって走った。


「はあっ……はあっ……!」


 息を切らせながら飛び込んだ先は校長室だった。

 ここには鍵の掛かる棚が多かったため、自然と武器庫になったのだ。


「クソッ……やっぱりか」


 その中でも、ハンドガンが収めている棚に目を向けながら俺は呟いた。中から小型のハンドガンが一つ無くなっていたのだ。

 以前から この棚は立付けが悪く、少しの衝撃を与えてやると鍵が開いてしまっていたのだ。千葉とも修理をするか新品を調達しなければと話していたのだが、目処が立たずに先延ばしとなっていたのだ。


「もっと早くにやっとくんだったぜ……!」


 誰に言うともなく毒づく。

 とにかく、これが和道の行動の結果である可能性は高い。もし、よからぬ事を考えている大人連中ならば、もっとたくさんの銃が無くなっているはずだからだ。


「でも、何のために……」


 過ぎる疑問。

 と、その時、昼間の都築とのやり取りを思い出す。


「まさか、あれを聞いていて?」


 可能性は高い。

 何より、和道は食事係の母親を持っているのだ。物資の少なさは彼女から聞いていたのかもしれない。


 子供ながらのヒロイック性――それを発揮しての行動か。


「だとすると、外に行った可能性があるな」


 学校内に物資がないことなど子供でも分かる。

 ならば、手に入れるため外へと出るのは必然だ。


「出るとするなら……裏山か?」


 学校の裏手に隣接している小高い山――そこは作物の栽培に使われており、学校からも行くことが出来る。

 当然ながら外にも繋がっているため、街へと出ることも可能だ。なので、勝手な外出を止めるため常に見張りは置いているのだが。


「隙を突かれたか……」


 夕食時の喧騒に紛れたら、子供の一人や二人は抜けられるかもしれない。情けないことではあるが。


「とりあえず、行くしかねえな」


 予測が当たっているなら早く見つけなければならないし、外れているなら それはそれで構わない。とにかく、今は行動する必要があるのだ。


「……ったく、世話の焼ける!」


 そう言いながらも、俺は全力疾走で校舎の外へと向かった。


「おや、隊長さんじゃないか?」


 そこへ、横合いから掛けられる不快な声。

 視線を向けると、そこには煙草を手にした都築と、奴の部下である取り巻き連中がいた。


「珍しいじゃないか、そんなに焦ってるなんてよ」


 楽しげな口調。

 恐らく、俺の常ならざる様子に何かを嗅ぎとったのかもしれない。


 無視するか――一瞬、そんな考えが頭に過ぎる。

 しかし、今は非常事態だ。出せる人手を個人的感情で選んでいる場合ではない。


(仕方ない……)


 俺は腹を決めると、都築に向き直って事情を説明した。


「……へえ、子供がねえ」

「ああ、だから人手が必要なんだ。アンタ等も手伝ってくれないか?」

「ふむ……だったら、動かなきゃならないよな」

「じゃあ――」

「まあ、それも仕事終わりでなければの話だがな」


 俺の言葉を切るように言って、都築が不敵な笑みを浮かべる。その表情から、手伝う気がないことを悟った。


「そんなことを言ってる場合じゃないだろッ。子供が危険な目に遭ってるかも知れないんだぞ!」

「それは お前さんの落ち度だろ。俺達は関係ない」


 関係あるなしの話じゃない――そう言おうと思ったが止めた。この どうしようもなく捻くれた男には何を言っても無駄だろう。このような状況下で利害しか考えられないのだから。


「だったら、そこで一生 休んでろ! クズが!!」


 怒りに任せて吐き捨てると、俺は踵を返した。


「待って」


 だが、何者かが俺の歩みを止めた。

 視線を向けた先には、一人の少女が凛とした表情を浮かべて立っていた。


 首の後ろで一束に纏められた長い黒髪。

 弥生顔……と言うのだろうか、アッサリした面立ちは和の印象を与える。

 一見すると〝お淑やかな女の子〟なのだが、手にした本物の日本刀だけが異彩を放っていた。


 彼女の名前は《音無 千夏》。

 都築達のグループに所属している。とは言え、共に行動することは滅多になく、1人でいることの方が多い子だ。


「私も行く。連れてって」


 言いながら、彼女は得意とする武器である刀を手に前へと出た。彼女は能美と並ぶ使い手であり、まさに女剣豪と言った感じなのだ。


「おい、千夏……どういうつもりだ?」


 怒りを抑えているかのような都築の声。実際、俺の粗を作り出せるチャンスなのだ。身内から俺の協力者が出るなど許せないのだろう。


「別に。当然と思うことをしたいだけ」


 それだけを言うと、千夏は俺よりも先に裏山に向かって歩き出してしまった。その背中を憎々しげに都築が睨んでいたが、相手にしている時間もないので、俺は千夏の隣に並んだ。


「千夏」


 小走りで併走しながら、隣の彼女に話しかける。


「なに?」

「ありがとう」

「……私の意思よ。貴方に礼を言われることじゃない」


 素っ気なく、同じ台詞で切り返される。

 しかし、その頬が少しだけ赤いように見えたのは気のせいじゃないはずだ。

 そんな彼女と肩を並べながら、俺は目的地である裏山へと向かった。


 数分の道程を経て、俺と千夏は裏山に辿り着く。

 日中は農作業で賑わう場所だが、夜ともなると人気は無くなる。場所的に外部と切り離せないため、迷い込んでくるゾンビを警戒して耕作が出来ないためだ。


(実際、何度か入られてるしな……)


 この裏山から侵入したゾンビのせいで、何度か大騒ぎになったことがある。なので、今も奴等の脅威があると思って進んだ方がいいだろう。


(まあ、ビビってても仕方ない……行くか)


 心の中で気合いを入れると、俺は足を踏み出した。



 ―――*―――*―――*―――



  ~1時間後~


 迷い込んだゾンビとの戦闘を幾度か挟みつつ森の中を進むこと1時間弱、不意に目の前が開ける。

 それと同時に、俺と千夏の視界に古めかしい山小屋が映し出された。


「山の中に こんなのあったんだな……」


 俺にしても千葉にしても、確認しているのは農場とした場所の付近だけだ。ここまでは来たことがなかったため、初めて知ることだった。


「あの中に……?」


 ここまで姿が見えなかった以上、その可能性が高い。これ以上の移動は子供には無理だからだ。


「よし……行こう」


 そう言うと、俺は緊張に乾く唇を湿らせてから足を踏み出した。そして、山小屋のドアに張り付くと、ゆっくりノブを回した。


『……………………ッ』


 錆び付いた蝶番の立てる音を聞きながら、俺はドアの隙間に身を滑らせる。


(暗いな……)


 視界を覆う暗闇、聴覚を支配する静寂――そのどちらもが、俺に言い様のない不安を与えてくる。


「だ、だれ……?」


 そこへ聞えてきた囁くように細い声。

 聞き覚えのあった俺は、急いで懐中電灯を暗闇の奥へと向けた。

 すると、小さなシルエットが光の中に浮かび上がる。それが探し求めていた人物と一致したことに、俺は自然と深い安堵の溜め息を漏らしていた。


「和道……無事だったか」

「お、お兄ちゃん……」


 和道も入ってきたのが俺達だと理解したらしく、一目散に駆け寄ってきた。夜中の……それも山中での行軍は、幼い和道には相当に堪えたのだろう。


「大丈夫……もう大丈夫だよ」


 俺の腰元に抱き着いて泣いている和道に、何も心配はないと伝えるように頭を撫でる。そんな俺達の姿を見て、千夏の表情にも柔らかな感情が宿っていた。


『―――――――――ッ!!!』


 だが、次の瞬間、激しくドアを叩く音が響き渡る。

 和道を千夏に任せて窓から外を覗くと、山小屋がゾンビによって包囲されていた。


「クソッ……どんだけ迷い込んできてんだよ!」


 毒づきながらも、俺は胸中に焦りが広がっていくのを感じていた。


(こうなったら、仕方ねえか……)


 考えている暇はない。

 2人を安全に逃がすためには、こうする以外にないのだ。


「千夏、俺が飛び出して奴等の気を引く。その隙に お前と和道は窓から逃げろッ」

「えっ……」


 案の定、千夏は驚いたように目を見開く。あれだけの群れの中に身を踊らせれば、助かる見込みはないことを理解しているのだろう。

 しかし、だからと言って反論させるつもりはなかった。今、この状況において最も守らなければならないのは和道の命だからだ。


「上手くやってくれよ」


 そう言って無理矢理に笑みを浮かべると、俺は正面のドアから外へと身を踊らせた。


「えあぁあぁああ…………ッ!!」


 瞬間、一体のゾンビが襲い掛かってくる。

 俺は、ソイツの胸倉を掴んで動きを止めると、上向きに顎へと銃口を突き付けてトリガーを引いた。


『―――――――――ッ!!』


 派手に脳髄を撒き散らしてゾンビが後ろ向きに倒れる。


「ぐがぁぁああ…………ッ!!」


 だが、すぐに新手のゾンビが周りを取り囲む。

 逃げ場も足の踏み場もない――それほど群がっているのだ。


「上等だってんだよ!!」


 自分を鼓舞するように叫ぶと、目の前に迫っていた一体のゾンビに前蹴りを食らわす。

 吹き飛ばされ、山道を転げ落ちるゾンビ。

 だが、無理な体勢からの蹴りだったため、俺もバランスを崩して転んでしまう。


「クッソ……!!」


 慌てて立ち上がる。

 だが、そこへ多数のゾンビが掴みかかってきた。


(ここまでか……!!)


 焦燥と恐怖……だが、時間を稼ぎ注意を引けたということに対する充足と安堵も抱く。俺は自然と浮かび上がる笑みを隠すことなく目を閉じた。


 だが、その瞬間ーー


「隊長、伏せろッ!!!」


 抱いた諦観を打ち消すような大声。

 その言葉に導かれたのか、俺の身体は咄嗟に地面へと伏せていた。


『―――――――――ッ!!!』


 響き渡る銃声。

 銃弾により瓦解していくゾンビ。

 それを横目で見ながら、俺は自分が助かったことを実感していた。

 そして、残響の尾が微かになった頃、俺は立ち上がって辺りを見渡した。


「よっ、隊長。無事っぽい感じ?」


 笑みを浮かべて話し掛けてくる春喜。

 助けに来てくれたのは、物資調達を終わらせた彼等だったようだ。


「……ああ、何とかな」


 膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、俺は春喜に対して答えてみせる。それでも抱いた安堵感は見透かされたのか、春喜は一瞬だけ意地の悪い笑みを浮かべた。


「和道と千夏は?」

「あっち」


 言いながら自身の後方を指す春喜。

 その動きに視線を向ければ、彼等に連れてきてもらったのか、草加さんに抱き着いて泣く和道の姿と、それを見守る千夏の姿があった。


(目標達成……だな)


 そう心の中で呟きながら、俺は地面に落ちていた銃をホルスターに戻した――

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