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武器調達

  ~1時間後~



「ここか……」


 春喜の運転で到着したのは、港に併設された倉庫だった。海路で運ばれた荷物を保管していたのか、それなりの大きさの倉庫が幾つも並んでいる。


「んん~、潮の香り~」

「ああ、久しぶりだな……最近は海にも行ってなかったっけ」

「むう……髪がキシキシする……」


 俺の横で緊張感のない会話をする春喜・将吾・友恵の3人。そんな彼等に俺は苦笑を浮かべながらも口を開いた。


「あの倉庫の一つが避難所になってるのか?」

「情報ではね。まだ中を確認してないから何とも言えないけど」


 頼りないことだ。まあ、他の情報を持ち合わせていない俺が言えた立場ではないが。


「どうする? 行くかい?」

「……まずは確認」


 将吾の言葉に首を振ると、友恵が双眼鏡を手渡してきた。それを受け取りつつ、華菜にする時の癖で頭を撫でてしまったが、友恵が嫌な顔をしていなかったので気にせず覗き込んだ。


「……ん? あれは?」


 拡大された世界の中で、俺は気になるものを見つけた。

 それは、一つの倉庫の出入口付近に止められたトラックだった。その荷台には結構な量の弾薬と銃が積まれていたのだ。


(手付かずだったのか……?)


 双眼鏡から目を離しつつ、そんなことを考える。

 しかし、どうにも怪しい空気を感じて仕方なかった。


「……少し様子を見よう」


 ここが目立つ場所じゃないのは確かだ。

 しかし、それにしても外に置いてある武器類が手付かずというのは不自然に過ぎる。気になる部分があるなら、警戒したほうがいいだろう。


 と、その時――


「おい、まだあるみたいだぞッ!」


 俺たちが来たのとは逆側から、二人の若い男が姿を現した。言葉の中身から推測するに、目的は俺達と同じのようだ。


 慌てて俺達は物陰に隠れる。

 それとは対照的に、男達は武器の積まれたトラックへと駆け寄った。


「ほっほ~、良いのが揃ってんじゃんか」

「ああッ、これで随分と楽になるぜ!」


 歓喜に声を張り上げる男達。

 その姿を見ながら、俺は判断を間違ったかと思い始めていた。


 だが、その時――


「あん、何だこれ?」

「ん? どうかしたか?」


 何かが男達の足元に転がっていく。

 俺が目で追うのと、男達がソレに気付いたのは同時だった。


『―――――――――ッ!!!』


 その直後ソレが派手に爆発した。

 同時に真っ白な煙幕が辺りを包み込み、離れていた俺達の視界すらも奪い去ってしまう。


「……あっ、あれ!」


 珍しく友恵が声を張り上げる。つられて視線を向けると、煙幕の中を男達へと歩み寄るガスマスク姿の人物が目に映った。


『―――――――――ッ!!』


 マスクマンが、持っていた鉄パイプで躊躇なく男達を打ち付ける。何の構えもしていなかった奴等は、その一撃だけで地面へと沈んだ。

 その直後、強目の潮風が吹いて辺りから煙を掻き消す。

 それを確認してか、男達を見下ろしていた謎の人物もマスクを取った。


「ふう……上手くいったか」


 満足気な口調。

 今し方、二人の人間を殴り倒したばかりだというのに、その表情には爽快感さえ浮かんでいた。それだけで、奴が普通の倫理観や思考を持っているわけではないことが伺える。


「さて、早く持って行ってやらないとな。あんまり待たせると、また機嫌を損ねるからね」


 楽しげに言うと、男は倒れた二人を引きずって近くの倉庫の中へと入っていく。俺達は その光景を眺めながらも、動くことが出来なかった。


「た、隊長……どうする?」


 惚けたように問いかけてくる春喜。

 しかし、その言葉で我に返った俺は、とりあえず男達が運ばれた倉庫へと視線を向けた。


(あれは……)


 俺の目に映ったのは、倉庫の上部に取り付けられた換気用の小窓だった。高い位置にあるため背伸びしようが肩車しようが届かないが、ハシゴか何かあれば――


「……あそこ」


 俺の意思を読んだのか、友恵が隣の倉庫に立てかけられていた折り畳み出来るハシゴを見付けた。そんな彼女の頭を柔らかく撫でると、俺は将吾の手を借りて小窓へとハシゴを立て掛けた。


「スマン、押さえててくれ」

「任せてくれ」

「助かる――春喜、お前は周りの見張りを頼む。友恵は春喜のサポートだ」

「りょ~かいッ」

「分かった」


 指示を受け入れてくれた二人に頷くと、俺は音を立てないように気を付けながらハシゴを登った。


 そして、小窓を除いた瞬間――


「グアアアアアァァァッ!!!」


 耳に届く悲鳴と共に、俺の視界の真ん中で血が吹き上がる。

 何事かと目を凝らせば、倉庫の中央で運ばれた若者たちがゾンビに襲われているのが分かった。


 夢中で若者に覆い被さるゾンビ。

 その隣には、手にしたガスマスクを放り投げながら満足気な笑みを浮かべる男がいた。

 何と、奴は若者をゾンビに食わせていたのだ。


 助けるか――一瞬、そんな考えが浮かんだが、すでに手遅れであることを直後に理解した。連れ込まれた二人とも、もう動きを止めてしまっていたからだ。


「はっはっは……そんなに焦って食べなくても大丈夫だよ。誰も取ったりしないからね」


 穏やかな口調と表情でゾンビに話しかける男。

 どうやら、近しい相手のようだ。


(なるほど……そういうことか)


 男の態度と行動に、俺は事の真相を理解した。


 若者を貪り食っているゾンビが女性であること。

 そして男の年齢が女性ゾンビと同じぐらいであることを考えると、恐らく二人は夫婦か恋人なのだろう。

 片割れがゾンビ化して理性を失う――それは、この世界では珍しいことでもない。実際、幾度か目の当たりにしたことがあった。


「隊長、どんな感じ?」


 春喜からの問いかけを受け、俺はハシゴから降りた。

 そして、自分が見たことを三人に伝える。


「うげっ……キッツイな~」

「確かに……相手にしたくはないね」


同感だ。しかし、だからと言って このまま立ち去ってしまうのは余りに惜しかった。何故なら、倉庫の中にある多量の武器・弾薬も見つけていたからだ。


(しかし、手に入れるのは相応の覚悟が必要だな……)


 相手は理性も常識も手放した狂人だ。

 その上、こちら以上の火力も持ち合わせている。人数的には有利だが、それだけで勝利を確信できる状況でもない。


 まず、何よりも厄介なのが、倉庫の中が開けていて、尚且つ 入口が一つしかないということである。つまり、男に知られることなく踏み込むのは不可能に近いのだ。


 攻城戦に於いて大事なのは、一にも二にも奇襲だ。

 相手のフィールドで戦わなければならない以上、どんな手を使ってでも主導権を握らなければ勝ち目など無いからだ。


(小窓から狙撃……は、無理があるか)


 先程 確かめたが、小窓には鍵が掛かっていた。つまり、叩き割りでもしない限り狙撃は不可能。そんな音を響かせれば、奴は俺達の視野外へと逃げてしまうだろう。


 しかし、現実問題として それぐらいしか案がない。

 だとすると、狙撃を有効にする必要がある。


(囮しかないか……)


 誰かが奴の気を引き、その間に小窓から片付ける――これしかない。


「ううん……おっかないけど、他に方法もないしね~」

「仕方ない……か」

「うん……」


 思い付いた案を説明すると、みんな賛同してくれた。

 あとは、誰が気を引いて 誰が狙撃するかだ。


「気を引くのは俺がやる。狙撃は……友恵、頼めるか?」


 この中で狙撃ライフルの扱いに長けているのは友恵だけだ。屋上からの援護は不完全だったとは言え、あの距離で頭を幾度も撃ち抜けていたのなら大丈夫だろう。


「……うん、分かった」

「別に殺す必要はない。手なり足なりを撃って動きを止めてくれ。後のことは俺がやる」


 俺の言葉に友恵が頷く。

 こんな世界ではあるが、容易く殺しを肯定させたくはなかった。


「俺らは?」

「将吾は俺のフォロー。春喜は車で待機。俺が失敗したら、二人を連れて逃げてくれ」

「穏やかじゃないねぇ」

「保険は必要さ。まあ、失敗なんてする気ないから安心しな」


 そう言うと、俺は将吾を伴って入口の方へと移動した。

 そして、ドアの取っ手に手を掛ける。


(ふう…………落ち着け)


 相手は狂人だ。下手に刺激するべきではない。

 そう判断した俺は、変に力まないよう一度だけ空を見上げて深呼吸した。

 すると――


(うん? あれは……)


 ふと、俺の視界に見慣れた物が映った。

 それは――どこにでもありそうな防犯カメラだった。


(何で、こんなところに……?)


 倉庫のことなど詳しくないが、一個一個の入り口に取り付ける物だろうか。仮に そうだとしても、このような状況になった後も《稼働》しているものなのだろうか。


(……つまり、見られてるってことだな)


 恐らく、間違いない。

 元からあったのか、後から取り付けたのか分からないが、あの男が利用しているのは間違いないだろう。


「…………将吾」

「ん? どうかしたかい?」

「お前は友恵と一緒に車に戻っててくれ。それで、銃声が聞こえたら みんなで逃げるんだ」

「おいおい、一体 何を――」


 全てを言わせる前に、俺は頭上を指差した。

 つられて視線を移した将吾も気付いたのか、困惑顔で俺に目を向けた。


「入れば殺られるかもしれない。でも、豊富な武器を前に逃げるわけにもいかない……だったら、交渉しかないだろ?」

「でも、相手は明らかにイカれてる……」

「だな……でも、化け物でもない限り言葉は通じる。何とかやってみるさ」


 そう言うと、俺は改めてドアの取っ手に指を掛けた。

 そして、ゆっくりと開けていく。

 次第にハッキリと見えてくる倉庫の内部。

 だだっ広い空間の真ん中に、未だ若者を貪っているゾンビと、それを守るように立つ男が居た。


「おやおや、今日はお客さんの多い日だな。まあ、退屈しなくていいけどね」


 俺の姿を認めながらも、大して警戒心を感じさせない口調で男が言う。恐らく、予想通りに防犯カメラを通じて様子を見ていたのだろう。


「お友達を帰して良かったのかい? 先程のことも見ていたのだろう?」

「ああ……だから一人で来た」

「どういう意味かな?」

「最悪、犠牲になるのは一人でいいってことさ。ここでアンタと本気の喧嘩をしても、勝てる見込みは薄いからな」


 男が手にしているアサルトライフル――あの一挺だけでも、俺達を皆殺しに出来る火力だ。隙を突けないと理解した現状では、こうして話し合うしかない。


「フフフ……面白いね。こんな世界になってからは初めてだよ、理知的な会話を楽しめたのはね」


 つまり、奴は自分の中に理知的な部分が残っていると思っているわけだ。まあ、実際のところ俺にも そんな感じがしているが。


「それは仕方ないさ。こんな状況じゃ、誰もが本能的になるからな」

「ああ、その通りだね……本当に、その通りだ」


 俺の言葉に頷く男。

 と、その時――


「えあぁあぁああ…………」


 若者を喰らい終えたゾンビが立ち上がった。

 その腹部は不自然なほどに膨らんでおり、あの二人を堪能したことが伺える。


「こらこら、今日は十分に食べただろ? 食べ過ぎは体に良くないぞ」


 そう言ってゾンビの頬を撫でる。深い思いやりを感じさせる口調だが《彼女》は そんな男の手にさえ食らいつこうとしていた。


「ふう……こうなると本当にダメだね。私のことさえ認識してくれない」

「それが分かってるなら、してやるべきことがあるんじゃないか?」


 賭けにも似た言葉を突き付ける。

 だが、男は俺の緊張感とは対照的に苦笑を浮かべた。


「それは分かってるんだけどね、どうにも出来ないんだ。恥ずかしながら、この歳になっても まだ惚れ込んでいるもんでね」

「……………………」

「だから、決めたんだよ。楽にしてあげられる強さがないなら、どんな些細な苦しみも与えないようにしようってね」

「だから…………食事を?」

「ああ……でも、そろそろ限界なのかもしれないな」

「限界……?」

「うむ、ここのところ武器を目当てに訪れてくる人間も少なくなった。だからと言って、彼女を守りながら移動するだけの自信もない。それに何より――」

「……………………?」

「私にも良心というものが残っている――いや、ただ〝人間〟でいたいだけかもしれないが」


 自分の中でも考えが纏まっていないのか、男の言葉が不整理なものへと変わっていく。それを自覚したのか、苦笑を浮かべながら首を振ると、男は俺に向き直った。


「君の目的は武器だろう? ここにある物なら好きに持って行って構わないから、私の願いを聞いてくれないか?」

「……どんな願いだ?」


 受け入れるのは気が引けたが、当初の目的である《交渉》らしくなってきたので、俺は敢えて乗ることにした。まあ、内容次第で撃ち合いにもなり兼ねないが。


「なに、大したことじゃない。娘の遺品を持って来てくれればいいだけさ」

「娘さんの……?」

「ああ……娘も奴等に食われてね。その時は妻を守るのに必死で連れ出すことが出来なかった……今 思えば、あの時に私も食われていれば良かったのかもしれないな」

「……………………」

「今更になって言っても詮無いことだな……とにかく、私が納得できる物を持って来てくれたら、君が望むだけの武器を渡すよ」


 そう言われ、俺は考える。

 条件としては悪くない。奴が どれだけ本気かは分からないが、額面通りに受け取れるなら真正面から打ち合うよりも楽な依頼だ。まあ、それも遺品のある場所次第だが。


「……どこにある?」

「そんなには遠くない。車で10分ぐらいさ」


 ならば、危険性も少ない。

 ここは引き受けるべきだろう。


「分かった……約束は守れよ?」

「もちろんだ。男に二言はないさ」


 そう言いながら笑う男。その表情に信用を感じた俺は、覚悟を決めて倉庫の外へと出た――

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