安住の地
~翌日~
「……………………」
ショッピングモールの入口前で、俺は一人 佇んでいた。
しかし、それも一瞬のこと。覚悟を決めるように一度だけ天井を仰ぎ見ると、手にしていた自動小銃を入り口のドアに向けて構えた。
『―――――――――ッ!!!』
派手な音を響かせてドアが粉々に砕け散る。
遮るものがなくなり、集まっていたゾンビ達が一斉にモール内に雪崩れ込んでくる。それを見て、俺は小銃を担ぎ直して走り出した、
店内を走り抜け、洒落た造りの渡り廊下へと辿り着く。その先に見えるのは、みんなの待つ立体駐車場だ。
(上手くいってればいいがな……)
正面入口を敢えて解放したのは、車で出る時の障害となるゾンビの数を減らすためだ。店内へと誘導することが出来れば、それだけ脱出が楽になるのだ。
まあ、今はアレコレと考えていても仕方ない。俺は駆ける足に力を込めると、すでにエンジンが掛けられた車目指して疾走した。
―――*―――*―――*―――
~2時間後~
「……凄えな」
春喜に貰った地図が示す場所へと辿り着いた俺は、思わず呟いていた。
「へっへ~、そうっしょ?」
自慢気に胸を張る春喜。悔しいが、それも納得の光景だった。
春喜の案内を受けて分かったことだが、ここは正に希望の抱ける所だった。
場所は郊外にある中学校。老朽化が進んでいるため使われてはいなかったようだが、珍しい木造建築ということで、歴史資料として残されていたらしい。
そのため周りの自然は手付かずで、それらを利用して春喜たちは数々の作物を耕していた。しかも、近くには綺麗な井戸水まであり、人間が生きていくのに必要な要素を揃えているのである。
住居は基本的に教室を使っているようだが、グラウンドにもプレハブ小屋が幾つか建てられている。しっかりとした造りを見るに、その道の職人を擁していると考えていいだろう。
つまり、ここは衣食住が完全な独立しているのだ。
(驚かされたな……)
純粋な感嘆――だが、同時に少しばかりの嫉妬心を抱いていた。
今まで、俺達は救いの光を求めて旅をしてきた。
戦い、傷付きながらも進んできた道は、その光に包まれるためのものだった。
しかし、春喜たちは違う。彼等は、自分達で《光》を作り出そうとしている。俺達のような余所者でさえも受け入れるような光を。
(負けたかな……)
そんなことを思いながら苦笑を浮かべていると、背後から何者かが近付いてきた。
「おや? 春喜君、その方達は もしや――」
後ろから姿を見せた男が、俺たちを見て嬉しそうに頬を緩める。
面長の顔と細い目。
髪は長く伸ばされているが、不思議と清潔感は失われていなかった。
だが、何よりも特徴的なのは服装だった。こんな世界だと言うのに、キッチリと和服を着込んでいるのだ。しかも、それが嫌味なく似合っている。そういう雰囲気を纏っているのだ。
「あっ、千葉さん。そうっすよ、前に話した人達っす」
その言葉を受けて、和装の男――千葉が俺達の前に移動する。そして、にこやかな笑みを浮かべると、丁寧に手を差し出してきた。
「ようこそ おいでくださいました。私の名前は《千葉 栄一》と言います。以後、お見知り置きを」
悪意も他意もない表情に、俺は思わず自然な動きで握手をしてしまった。そうなってしまった以上、こちらも自己紹介しなければならず、俺達は順に名乗っていった。
だが、そこへ――
「あ、あの……千葉 栄一さんって《あの空を夢見て》の作者の……?」
何やら沙苗が興奮気味に話し掛ける。
その瞳はキラキラと輝いており、まるで推しのアイドルにでも会ったかのようだ。
「おや、私の作品をご存知なのですか? これは嬉しいですね」
「えっ、じゃあ……本物?」
「ははは……本物と言うほど大したものではありませんがね」
「そんなことありませんッ! 私、先生の作品の大ファンなんですッ!! 特に〝あの空シリーズ〟なんて最高で、主人公が彼女のことを――」
何やら熱弁を繰り広げる沙苗。
その様子に圧倒されながらも、俺は隣にいた能美に話しかけた。
「……なあ、あの人って有名なのか?」
「本好きの人間にはな。大きな賞こそ受けていないが、出す作品は それなりの売り上げを見せている。あと、熱狂的なファンが多いことで有名だな」
「ふうん……」
はっきり言って、興味のない情報だった。
まあ、仲間のテンションが上がるのなら、それも悪くないが。
「……ところで、春喜」
「はいは~い、呼んだ?」
「ここには、どれぐらいの人間がいるんだ?」
「ううん……全部で30人ぐらいかな? 増えたり減ったりするから、正確な数を把握してないんだよね~」
「増えたり減ったり?」
「隊長たちみたいに勧誘したりして増える。落ち着いたと思ったら出てく人がいて減るってこと」
なるほど。やはり、人は安定を手にすると別の道を見出すことがあるらしい。まだグループを形成していた時も、同じようなことがあったものだ。
「出て行ったりしないで居ればいいのにな。良いところなんだからさ」
「ハハハ……そう言ってくれるのは有り難いんだけどさ、そこまで満たされてる場所でもないんだよね」
「……どういう意味だ?」
何か含みのありそうな言葉に、俺は問い返した。
「お恥ずかしい話たけど、作物の育成に熱中しすぎてさ、他の物資が乏しいんだよね。特に武器なんかは少な過ぎて笑えてくるよ」
「そうなのか? でも、スタンドじゃ――」
「なけなしの武器と弾薬っす」
「あっ、そう……」
キッパリと言い切られ、俺は思わず頷いてしまった。どうやら、春樹の言う通り思っていたよりも満たされてはいないらしい。
「まあ、それを解消するために燃料を手に入れたんだけどね」
「……ってことは、何か当てがあるのかい?」
「まあねん。近くに避難所だったところがあってさ、そこなら武器の一つや二つはあるんじゃないかってね」
一つや二つじゃ足りないだろ――と思ったが、それ以上に気になったのは、すでに持ち去られてしまっているんではないかということだった。
避難所とは生存者を自衛隊などの組織が守るための場所だ。そのため、そこに武器があることなど誰もが知っている。俺達も、前はトニーの情報を元に避難所から調達していたのだから。
「言いたいことは分かるけどさ、そこしか当てがないんだよね」
俺の心情を読み取ったのか、春喜が苦笑を浮かべなから言う。
「情報を集める暇もありませんでしたからね。他にも問題はありますし」
沙苗の相手が終わったのか、頃合いを見計らっていたかのように千葉が言葉を発した。その内容が気になった俺は、彼の方へと視線を向けた。
「この学校、歴史的資料の意味合いが強いからか、通電設備が整っていませんでね。機械的動力を得られていないんですよ」
「そうそう。発電機なんか使ったらゾンビだらけになっちゃうしね」
「ええ。ですから、代替の動力確保が必要なんです」
発電機を用いない動力の確保――
「太陽光発電……か?」
「その通りです。近く……ではありませんが、ソーラーパネルの工場がありましてね。そこならば、入手も可能と思われます」
「持ってきたとして、取り付けは出来るのか?」
「ええ、技師の方がおられますか」
ならば、問題はないか――いや、基本的な部分に問題は山積みだが。
「それで? 誰が調達に行くんだ?」
「へっへ~、それはもちろん――」
言いながら、春喜が俺達を見る。
「おいおい……まさか、最初から そのつもりだったのか?」
「そこまで無計画じゃないさ。でも、来てくれたんなら頼りにしたいじゃん?」
「都合のいいことを……」
そう言う能美だが、本気の怒気は含まれていない。
俺にしても文句はなかった。滞在に適していると判じた場所なのだ。一員になるための労働を断るほど怠けちゃいない。
「……で、どっちから行って欲しいんだ?」
「おっ、さっすが隊長。カッコイイ英断ッ」
「茶化すな。真面目に答えろ」
「はっはは~、ゴメンゴメン。まあ、最初は武器かな。これが無いと工場まで行くに行けないからね」
妥当な判断だ。間中達から供給を受けられたとは言え、俺達の手持ちも乏しいことに変わりはない。それに、頑強とは言い難い旧校舎を守るためには、それなりの武装が必要だろう。
「じゃあ、行くメンバーを決めるか」
言いながら、俺は周りに集まっていた仲間の顔を見渡した――




