支え
~数時間後~
「くあぁ~、終わったぁ」
やっと自由の時間を手にしたことで、華菜は大きく伸びをした。
あれから帰還した華菜たちは、遠征で使用した弾薬や物資の報告をした。本来ならそれだけで済むはずなのだが、その直後にゾンビの襲撃が起こった。当然ながら華菜も対処に当たる事となり、全てが片付いた時には日が暮れていた。
「もうシャワー浴びて寝たい……」
切実な願い。
だが、華菜にはやらなければならない事が残っていた。
「さぁて、寂しがり屋さんのところへ行くとしますか」
華菜の頭に過るのは耕太の顔。
出来るだけ早く、彼の心の不安を取り除いてあげたかった。
「あっ、ちょっとアンタ!!」
だが、いきなり横合いから声を掛けられる。
反射的に振り向くと、そこには先程の女性が焦りの表情を浮かべて立っていた。
「お、オバさん、どうしたの?」
「耕太ちゃんが……耕太ちゃんがいなくなっちゃったんだよ!」
「えっ……!?」
「移住登録だの何だのとやってたら、いつの間にか側にいなくて……」
「…………ッ!!」
女性の話を最後まで聞かず、華菜は基地の外に向かって走り出した。両親の迎えを望んでいた耕太が向かうとすれば外しかないからだ。
「はあっ……はあっ……!」
人気のない道路を疾走する。
(ゾンビは全部 倒したけど、残ってたら……)
自身の中に湧き上がる不安を押し殺しながら、トラックが辿った道を走り続ける。華菜の考えが間違いでなければ、どこかで追いつけるはずだ。
「うわああああぁぁぁっ!!」
その時、路地に響き渡る幼い悲鳴。
それが誰のものであるか理解した華菜は、聴力を頼りに駆ける足へと力を込めた。
すると、ゾンビに囲まれる耕太が視界に映る。
撃つしかない――そう判断した華菜は、反射的に後ろ腰の銃へと手を伸ばした。
『―――――――――ッ!!!』
生まれ持った才能と、鍛え抜かれた技能――そして、守らなければという使命感が、放たれた弾丸をゾンビの眉間へと導く。
(ふう……良かった)
安堵の溜息と共に、華菜は微笑みを浮かべる。
しかし、落ち着いている場合ではないと思い直し、すぐに耕太の元へと駆け出した。
「あぁああぁぁッ……!!」
だが、路地の脇から突如として飛び出してきたゾンビが、華菜の進路を塞ぐ。
しかし、そこは運動能力に定評のある華菜。ヒラリと横っ飛びで避けると、自然な動きで狙いを定める。
『―――――――――ッ!!』
頭を撃ち抜かれ、そのまま崩れ落ちるゾンビ。
だが、華菜は見届けることもせず、耕太の方へと視線を向けた。
「……………………」
無言のままに華菜を見上げる耕太。
そんな彼に対し、華菜は言葉を掛けることが出来ないでいた。
無理矢理に連れ出した自分が怒るのは筋違いだ。
両親が現れることの可能性を論じるのも違う。
だとすれば――
「……………………ッ!!」
無言のままに抱き締める。
語るべき言葉がない、でも伝えたい思いはある――そんな時には、こうする以外に方法はない。
「あっ……うっ……」
温もりを通して伝わる思い。
だが、それは同時に残酷な事実さえも伝えてしまう。
「あうっ……ううっ……!」
華菜に縋り付き、押し殺せない嗚咽を漏らす耕太。
そんな彼を、華菜は強く強く抱き締める。少しでも、耕太を蝕む苦しみを和らげるために。
(私がいるよ……どんな事があっても、私がいるから……)
いつか《彼》に貰った言葉。
それが耕太をも救ってくれると信じ、華菜は何度も心の中で繰り返した――
―――*―――*―――*―――
~その数時間前
井川が拠点とする学校~
「グガッ……ゲハアアアアッ!!」
激しい苦鳴を上げ、ベッドに縛り付けられた男が血を吐いて絶命する。
「ふむ……これもダメか」
目の前の惨状に大した気も払わず、白衣を着込んだ男は感情の篭っていない声色で呟いた。そして、手元の用紙に何かを書き込むと、ペンを胸ポケットに戻して一つだけ溜め息を吐いた。
ゾンビ化ウィルスの研究に必要な被験者を提供してくれるという話に乗って井川のグループに所属した白衣の男だが、ここの所の成果には満足できていなかった。
「失礼するよ、ドクター・片瀬」
そう言いながらも、大して気を使う風でもなく井川が部屋の中へと入ってくる。その表情は常と変わらないように見えるが、発せられる雰囲気からは僅かな怒気が感じられた。
「これはこれは、井川総理。わざわざ お越し下さるとは、どうなさいましたかな?」
慇懃無礼――それを体現するかのような言動に、井川の眉尻が微かに上がる。しかし、湧き上がった怒りは処理できる程度のものだったのか、冷静な表情を崩さぬまま口を開いた。
「成果の程を聞きに来たのだが……無意味だったようだな」
口と胸の周りを自らの血で濡らした男の姿を認め、井川は首を横に振った。とは言え、そこに落胆の様子がないところを見ると、予想の範囲内ではあったらしい。
「ドクター、私達も暇ではない。貴方の遊びに付き合ってはいられないのだよ」
「手厳しいことを仰いますな。私とて、遊びでやっているつもりはありませんよ」
「ならば、結果を出して頂きたい。実験用の薬品や機材、それに《人間》を用意するのは楽ではないのだからね」
「重々 承知しておりますよ。その証拠に、今日は目に見える成果を お示し致しましょう」
言いながら、片瀬はカーテンで区切られていたベッドへと近付く。
そして、井川の視線が向けられたことを確認すると、そのカーテンを一気に開けて見せた。
「……この少女は?」
井川の視界の中に現れたのは、一人の少女だった。
静かに寝息を立てる姿は、この世界の惨状など何一つ知らないのではと思わせるほどに穏やかだった。
「総理が用意して下さった《モルモット》の一人ですよ。彼女には、私が開発した薬を投与してあります」
「ふむ……それで? その薬の効能は?」
「その娘の右腕を見て頂ければ分かりますよ」
言われ、井川は少女の体に掛けられた毛布に手を伸ばす。そして、右腕の部分だけを露出させた。
「……ッ! これは!」
少女の右腕――そこには、明らかに噛まれた傷跡があった。
「彼女がゾンビに噛まれたのが2日前。薬を投与したのも ほぼ同時期です。それから今まで、彼女にゾンビ化の兆候は見られません」
「何と……ワクチンは完成していたのかッ!?」
珍しく、興奮した様子で詰め寄る井川。
しかし、そんな彼を片瀬は苦笑で押し留めた。
「残念ながら、これはワクチンと呼べるような代物では御座いません。ただ、ゾンビ化を食い止めているに過ぎないのです」
「……どういうことだね?」
「専門的なことを説明するのも面倒なので、簡単にお話しさせて頂きます」
そう前置きをすると、片瀬はカーテンを閉めてから口を開いた。
「我々を苦しめているゾンビ病ですが、論理的には難しいものではありません。体内へ侵入すると同時に爆発的に増殖を開始するのです」
「ふむ……」
「その増殖能力は凄まじいものがありましてね。人間が持つ免疫力では、到底、抑えられるものではないのです」
「……………………」
「彼女に投与した薬は、その増殖力を抑えるものでしかないのです」
「抑えられるのならば問題ないのでは?」
「そうでもありません。増殖を抑えることに身体が体力を使い果たしてしまうので、彼女のように目覚めることが出来なくなるのです」
焼け石に水――それを延々に繰り返しているというわけか。
「しかし、それも現段階での話です。もし、今よりも強力な薬を作り出せれば、体内でのウィルスと薬効のパワーバランスを崩すことが出来るのです」
「そうなれば、ウィルスだけを駆逐することも……?」
「論理的には可能です」
ハッキリとした断言。それを受けて、井川は何事かを考え込んだ。
ゾンビ病を根絶するワクチン――それは井川にとって手に入れなければならないものだった。
しかし、当然ながら人助けのためではない。
いずれ、自分が日本を統治する際に必要となるアイテムだからだ。
このような状況になり、誰もが力強い指導者を求めている。何も考えず、ただ付いていくだけで幸せの光に包み込んでくれるようなリーダーを。
そうした存在になるためには、恐怖や不安の元を滅せなければならない。
それを達せる英雄にこそ、人々は全てを委ねるからだ。
故に井川はワクチンを手に入れたいのだ。
自身による完全なる統治を成し遂げるために。
「……分かったよ、ドクター。これからも、貴方の研究に必要な物は出来るだけ用意しよう。その代わり、早急な完成を頼むよ?」
「お任せ下さい。この片瀬、井川総理のご期待に必ずや応えてみせますよ」
「うむ……頼んだよ、ドクター」
片瀬に対して頷いて見せると、井川は保健室を後にした。
その後ろ姿を見送る片瀬の目は、どことなく冷めたものだった――




