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あの頃の自分

 ~翌日・華菜side~


「では、お一人ずつトラックの荷台に乗ってください。落ち着いて、ゆっくりとお願いしますね」


 隊員の指揮のもと、20人近くの人々がトラックの荷台に乗っていく。


 以前より計画されていた、遠征をしての生存者捜索――それが、昨日から実行に移されていた。そして、基地から車で数時間の道程を経て、華菜たちは生存者の一団を見つけたのだ。


 彼等が居たのは駅ビルの中。

 ゾンビの襲撃を逃れた面々が、自然と集まって出来たグループらしい。


(とりあえずの目的は達成……かな?)


 周辺を警戒しながら、少しばかりの充足感を抱く華菜。

 と、その時――


(うん? あの子は……)


 何気なく外した視線の先――植木の幹に寄り掛かる一人の少年。どことなく儚さと脆さを感じさせる小さな男の子は、ただ黙って地面を見つめていた。


(放っとくわけにもいかないか……)


 生存者は可能な限り連れ帰るのが任務だ。

 まあ、そんなことよりも子供を無視するわけにはいかないというのが理由だが。


「おおい、そこのチビっ子。早く来ないと置いてくぞッ」


 聞こえるように声を張り上げる。

 しかし、少年は聞こえているのか いないのか、何の反応も示さなかった。


(しょうがない……)


 小さく溜め息を吐くと、華菜は近くにいた隊員に席を外すと告げ、少年の座っている場所まで小走りで向かった。


「おいコラ、少年。ボケっとしてるとゾンビに食べられちゃうぞ?」


 初対面ということもあり、なるべく穏やかに話し掛ける。


「……………………」


 しかし、一度だけ華菜に視線を向けたものの、少年は何も言うことなく逃げるように立ち去ってしまった。


「あっ、ちょっと……!」


 慌てて追いかけようとする華菜。


「耕太ちゃん、早くおいでッ。置いていかれちゃうよ!」


 そこへ、先程の華菜と同じように声を張り上げる女性。しかし、これまた同じように少年は無視をした。


「まったく、あの子は……」


 疲れたような、呆れたような感じで溜め息を吐く女性。どうやら、あの少年とは知り合いらしい。


「オバさん、あの子のこと知ってんの?」

「えっ? ああ、マンションのお隣さんでね。ご両親が仕事人間だったもんだから、何回かウチで預かったことがあるんだよ」

「ふうん……そうなんだ」


 興味なさそうに相槌を打ちながらも、華菜は少年から目を離せなかった。

 両親が仕事人間――その環境は、痛いほどに理解できた。

 華菜自身、まったく同じだからだ。


 父親も母親も家庭を顧みず、華菜は いつも一人だった。

 家族からの愛情が受けられない――それ故、他者とのコミュニケーションが上手くできないのだ。触れ合いを学ぶべき相手がいないために。


(仕方ない、この華菜さんが教えてやるか)


 苦笑を浮かべながら、そんなことを思う。

 同族意識――それが少年を近しい存在として認識させたのかもしれない。

 だから。今度は声を掛けず、そのまま少年――耕太に歩み寄る。


「そこの少年、無視しないで話を聞けってのよ」


 努めて明るい口調で話し掛ける。

 しかし、耕太は華菜にチラリと視線を向けたものの、またもそっぽを向いてしまった。


(ふう……しょうのないヤツ)


 そんなことを思うが、決して怒っているわけではなかった。それどころか、より強い親近感を耕太に対して抱いていた。


 別に、耕太は華菜や先程の女性を拒絶しているわけではない。ただ、どう接したらいいのか分からないのだ。だからこそ、言葉もなく物理的に距離を取ろうとするのである。


 事実、幼少の頃の華菜が そうだった。

 両親が家を空けがちだったために、コミュニケーションによる意思の伝達が不得意になった。それを真っ先に教えてくれる存在がいなかったのだから仕方のないことだ。

 伝えたくても伝えられない――その結果として、孤独に対してだけ《慣れ》が加速していく。決して、一人でいることに《強い》わけではないのに。


 華菜の場合、そんな状況は早々に打破された。《彼》という存在が現れたからだ。

 自分の言葉を聞き、自分を見つめ、自分を気に掛けてくれる――そんな彼の存在が、華菜の心に暖かい火を灯したのだ。


 だから、華菜には分かる。

 目の前で俯く少年に、何をしてやればいいのか。

 少なくとも、あの時の自分が何を望んでいたのかだけは、ハッキリと覚えていた。


 だから――


「こ~ら、無視するなって言ってんだろ~ッ!」


 からかうような口調で声を掛けながら、華菜は耕太に抱きついた。

 さすがに予期していなかったのか、当の耕太は逃げるどころか驚きで身を固めてしまう。


「おお、子供の抱き心地ってのも悪くないなぁ」


 そんな感想を呟く華菜。

 そこで我を取り戻したのか、耕太が華菜の腕から逃れようとジタバタし始める。


「はっはっは~、無駄だよ~だ。この華菜様の腕から逃れる術はないッ」


 そう言いながら、抱きつく腕に力を込める。遂には動きさえ封じられてしまい、耕太は歯噛みしながらも抵抗を諦めた。


「そうそう、初めから素直に大人しくしてればいいの」

「……………………」

「んで? どうして みんなのとこに行かないの?」

「……………………」


 またも、無言を決め込もうとする耕太。

 しかし、そこは心得たもの。華菜は言うまで離さないとばかりに耕太の目を覗き込んだ。


「……………………」

「……………………」

「…………お父さん」

「ん?」

「お父さんとお母さん……待ちたいから……」

「……そっか」


 耕太の言葉に、華菜は小さく頷いた。

 ハッキリ言って、この状況下で待っていたとしても来ることはないだろう。ここに隠れていることも知らないだろうし、仕事先から駆け付けるという可能性も低い。


 しかし、それを言葉にするのは気が引けた。

 耕太にとっては、その希望を抱くことこそが現状に対する恐怖を忘れさせる唯一の方法であり、両親しか頼るべき存在がいないからだ。


(私には、兄がいたから……)


 頑なになりすぎる前に、籠る殻が硬くなりすぎる前に、彼が手を差し伸べてくれた。外の世界へ飛び出すのに必要な強さを与えてくれた。


(だったら――)


 華菜がやるべきことは、一つなのかもしれない。

 この過去の自分と重なる少年にしてあげられることは。

 そのための方法を、華菜は彼に教わったのだから。


「耕太、あのさ――」


 自分の思いを伝えようと口を開く。

 だが、その瞬間――


「奴等だ! 奴等が現れたぞ!!」


 張り上げられた声に、華菜は反射的に立ち上がった。

 そして、後ろ腰から銃を抜き取ると、耕太を庇いながらトラックへと走る。


「おう、華菜。戻ったか」

「奴等は?」

「通りの向こうだ。まだ距離はあるけど、さっさとズラかったほうがいい」

「だね、行こう」


 隊員の言葉に頷くと、華菜は耕太を荷台へと抱え上げる。


「ま、待って、僕は――!!」

「ゴメンね、耕太。でも、今は我慢して」


 降りようとする耕太を荷台に押し込むと、華菜はトラックのルーフを叩いて発進の合図を送った。


『―――――――――ッ!!』


 軍用トラックが馬力に任せて発進する。

 その荷台の中、華菜は思いつめたような表情をしている耕太のことを気にしていた――

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