スカウト
そして、15分後――
「あぁああぁぁ…………!!」
「えあぁあぁああ…………!!」
ガソリンスタンドから誘き寄せたゾンビ達が、路上に溢れ返る。とは言え、ここでも銃器は使えない。まだまだスタンドには近いため、流れ弾が当たりでもしたら俺達も無事ではいられないからだ。
「はっは~、おっかない光景だよねぇ」
怯えているとも思えない口調。
しかし、それは現実を直視できていない青臭さの残るものではなかった。逆に、現実を茶化すだけのタフさを感じさせるものだった。
「奴等を殴るのには慣れてる?」
「……銃を手にするまでは、必死に殴り倒してきたからな」
バイオハザード発生当時の記憶――出来れば思い出したくないほど過酷なものだった。まあ、そのお陰で今の気骨が作られたのだから、全否定するつもりもないが。
「そっちは どうなんだ?」
「右に同じ。必死に戦ってきたさ」
「だったら、問題ねえな」
そう言うと、俺はバットを握り直した。
今 考えるべきは、無事に燃料を手に入れることだけなのだ。
「よし、それじゃ――」
言葉を切ると、一度だけ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「…………行くぞッ!!」
気合を入れて地を蹴る。
そして、目の前に迫ったゾンビにフルスイングの一撃を放った。
『―――――――――ッ!!』
嫌な音と感触。
一発で地面に倒れ伏すゾンビ。
だが――
「ぐがぁぁああ…………!!」
すぐに新たなゾンビが間を埋める。
幾度となく直面してきた状況だが、どうにも力が抜けるのを抑えられなかった。
「はっは~! ほらほら、こっちだよッ!」
春喜のバールがゾンビの眉間を貫く。
間合いの取り方、倒した直後に距離を取る戦法、確かに戦闘慣れしている様子があった。
しかし、感じる頼もしさとは対極に、ゾンビが数を減らすことはなかった。春喜以外のメンバーも善戦はしているが、数的不利は如何ともし難かった。
(何か策を練らないとな……)
このままではジリ貧になる可能性がある。
そうなる前に、奴等を纏めて片付ける策が必要だ。
(やっぱり肉弾戦が主体じゃ限度があるか……)
そこそこの数なら相手に出来るが、これは許容量を超えている。
やはり、ここは銃器に頼るべきだろう。
「おい、春喜ッ!」
「はいは~い。呼んだかい、隊長?」
「誰が隊長だ……」
「ええ~、だってさ そんな感じじゃん?」
勘弁してほしい。隊長だとかリーダーだとか、そんな肩書きは もう要らない。
「いや……そんなことは どうでもいいんだ。ちょっと作戦を変えたいんだよ」
「ふ~ん、どんな感じのに?」
目の前に迫っていたゾンビを殴り倒しながら、春喜が問いかけてくる。
「奴等を別の場所まで誘き寄せて、銃で一気に肩を付ける」
「うわぁ……ストロング・スタイル」
「このままチマチマとやってるより確実だ」
「……んま、そうだね」
「それは了承したと取っていいのか?」
「もち。隊長の命令には絶対でありますッ」
相変わらずフザけた奴だ。まあ、反論がないのは助かるが。
「よし……じゃあ、俺とお前で行くぞ」
「オッケー。これでもチャカの扱いは得意なんだ」
「チャカって……筋者か、お前は」
そんなツッコミを入れながら、俺は準備を始めた。
―――*―――*―――*―――
~10分後~
派手な音を立てながら後退し、近付かれたら倒すということを繰り返すこと10分ほど――何とかスタンドから離れた場所まで連れてくることが出来た。
「ううん……そろそろかな?」
「ああ、ほとんど連れてくることが出来たからな」
残りの連中は他の仲間達が片付けてくれるだろう。
俺は春喜に視線を送ると、後ろ腰から銃を抜き取った。
「命中率の低かったほうが、高かったほうの命令に従うってのは どう?」
「何をバカな…………」
「それぐらいの緊張感がないと楽しくないじゃん?」
群れるゾンビを目の前にする――これだけでも中々の緊張感だと思うが。
「……まあ、それで上手く行くなら構わないさ」
「へっへ~……よぉし、燃えてきたぞ!」
隣で本当に楽しそうな笑みを浮かべる春喜を見てから、俺は苦笑を浮かべて照準を合わせた。
『―――――――――ッ!!』
今までの鬱憤を晴らすかのように、俺達は銃弾をバラ撒く。
そして、硝煙の匂いが辺りを覆い尽くす頃――ゾンビの姿は視界から消えていた。
「ああ……撃ち切っちゃったよ」
「つまり、俺の勝ちだな」
使用した弾薬から考えて、俺のほうが命中率は良かったことが分かる。トニーにみっちりと稽古を付けてもらったのだ。どれだけ自信があろうとも、華菜ほどの才能がない相手ならば負ける気はしない。
「ちぇ……仕方ねーかぁ。それで、どんな命令?」
「……まだいい。ここぞって時に使わせてもらうさ」
「うわ、メッチャ怖いんですけど」
そんなことを言う春喜に不敵な笑みを向けると、俺はマガジンを交換してから銃を後ろ腰に戻して歩き出した。
―――*―――*―――*―――
~20分後~
「終わったのか?」
俺の姿を視界に収めた能美が、刀を鞘に仕舞いながら問い掛けてくる。
「ああ、付いてきた連中は片付けたぜ」
「そうか。こちらも残党は片付けた。燃料も手に入れてある」
「OK……お疲れさん」
多少の笑みと共に言うと、能美は素直に頷いた。
そんな彼の隣に並ぶと、俺はスタンドのほうへと目を向ける。
「後は、あの中の生存者だけだねぇ」
「ああ、そうだな……」
頷きつつ、俺達は揃って休憩所の中へと入った。
だが、そこに生存者はいなかった。
恐らくはゾンビに噛まれたのであろう傷口を押さえながら、二人の男が絶命していた。
「仕方ない……な」
「ああ……仕方ない」
俺たちは頷き合うと、倒れ伏していた二人が《起き上がる》前に対処策を施した。後味の悪さを感じながらも休憩所を出ると、無言のままにガソリンを入手する。
「さて……これで目的は達成できたな」
十二分とまではいかないが、次の補給場所を見つけるのには過不足ない燃料は手に入れた。後はモールまで戻れば任務完了だ。
「ところで、お前たちは どうするんだ?」
燃料タンクを手にしながら春喜に問う。
「うん? 俺達も拠点に戻るよ。燃料待ちの人たちがいるからね」
「そうか……世話になったな」
「どういたしまして……って言うか、まだ互いに世話をし合いたいなとか思ってるんだけど」
「…………? どういう意味だ?」
「俺達の拠点に来て欲しいってこと。有能な人材は幾らでも欲しいからね」
「随分と いきなりな話だな」
「そうでもないさ。俺達は いつでもウェルカムだからね」
「そんなに切羽詰まってんのか?」
「違う違う。本当に ただ有用な人材が欲しいだけさ。ウチのリーダーが掲げる理念のためにね」
「理念……?」
「そう、社会性の復元――そのための自給自足ってね」
「大層な事だな」
「ハハハ……言葉だけ聞くとね。実のところは、自分たちだけで生きていけるようになろうってだけさ」
「ふうん?」
「簡単に説明するとさ、このまま既存の食料に頼っていても、いつかは底を突くじゃない? だから、そうなる前に自給自足が出来るまでになろうって頑張ってるのさ」
「……………………」
「もちろん、食料だけじゃなくて武力も伴ってなくちゃならない。そのためにも、仲間になれそうな人達には声を掛けてるんだよ」
そこで、俺たちに目をつけたという事か。
まあ、悪い気分ではないが、かと言って諸手を挙げて賛同できるわけでもないというのが事実だ。
「一応、地図を渡しておくからさ。気が向いたら寄ってよ。百聞は一見に如かずってやつ? 見てもらったほうが早いからさ」
「……気が向いたらな」
言いながらも、俺は しっかりと胸ポケットに地図を仕舞い込んだ。無意識のうちに、彼の話に何かを見出しているのかもしれない。
「じゃあ、俺等は行くよ。気を付けて帰りなよ」
「お前達こそな。それと、約束を忘れんなよ」
「ありゃりゃ、誤魔化そうと思ってたのに」
戯けたように肩を竦める春喜。そんな彼に苦笑を向けると、俺は《じゃあな》と声を掛けてから踵を返した。
―――*―――*―――*―――
~数時間後・ショッピングモール~
「そうですか……そんな人達がね」
今日の出来事を伝えると、間中は興味深そうに頷いた。人の良い彼からすると、春喜達の掲げていた理念とやらは好ましく思えるのかもしれない。
「それで、どうするつもりですか?」
「……何のことです?」
「これからの道行ですよ。その人達の所へ行くのか、独自の道を歩むのか――貴方の考えを教えてください」
「聞く必要はないでしょう。グループのリーダーは貴方なんだから」
冷めたような、突き放すような口調で言い放つ。
正直、誰かの前に立って何かを決めるのには疲れていた。どれほどの裁量が与えられようと、その先にある重責を思うと人を率いる肩書きが欲しいとは思えなかった。
「いけませんねぇ。貴方のような若者が、そんな冷めたことでは」
「えっ……?」
「このような世界になったことで、今まで以上に若い力が必要なんです。特に、人々を導ける若者がね」
「……………………」
「新しい世界には、新しい指導者が必要です。私達のような、固定概念に縛られた老兵では務まりません。生き残ることさえ難しいなら尚更です」
「間中さん……」
「その点、貴方なら申し分ありません。決断力も行動力もあり、他者に対する思いやりもある――リーダーの資質を十分に満たしています」
「……過大評価ですよ」
苦笑を浮かべながら呟く。
彼の言う通りの男ならば、ここで こうしているはずはない。
「そんなことはありませんよ。少なくとも、私は そう思っています」
「……………………」
「まあ、身の振り方を口出しする気はありませんからね。あまり悩まず、貴方は貴方の思う通りに行動してください」
そう言うと、間中は俺の肩を一つ叩いて立ち去った。
そんな彼の足音を聞きながら、俺は床に視線を落とす。しかし、そこに答えがあるはずもなく、俺は ゆっくりと目を閉じた――




