希望への暗闇
~華菜side~
「コイツは……酷えな」
韮沢の司令を受け、生存者と物資の調査に来た駅地下。そこに広がっていた惨状に、行動を共にしている調査部隊の隊員が思わず呟く。その言葉に、華菜も迷わず頷いた。
床に倒れ伏す多数の遺体。
それらから流れ出す血で、辺り一面は正しく血の海だった。
「でも、弔ってもらったんだね……」
遺体の一人一人に掛けられたシーツ。ここで何があったのかは分からないが、それは故人を偲ぶが故の行為だろう。
しかし、その死因は容赦がなかった。何故なら、全員が射殺されていたからだ。
「物資の奪い合いか何かだろうな……酷いことしやがる」
弱肉強食――その言葉が秩序や常識に取って代わると、ここまで人間というのは残酷になれるのだろうか。まあ、《彼》を物事の中心に置く華菜に、とやかく言うつもりはなかったが。
「とりあえず、生存者がいないかだけ確認しよう……この状態じゃ、望みは薄いがな」
「分かった。何かあったら大声で叫びなね。助けてあげるからさ」
「へっ、お前さんもな」
憎まれ口を叩き合いながら、華菜は隊長と別れた。
そのまま地下通路を奥に進み、商店の並ぶ場所まで来た。
(うん? あそこは何だろう?)
見つけたのは空き店舗。ガラス窓から見える中は伽藍堂であり、特に気を向けるようなものは見当たらなかった。
「……………………」
しかし、どうしてか華菜は立ち去ることが出来なかった。理由は分からないが、意識を奪われて仕方ないのだ。
結果、華菜は鍵穴が壊れていたドアを開けて室内へと入った。
「……………………ッ!!」
瞬間、華菜の胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
しかし、それは嫌悪感を抱くものではなかった。例えるなら、強い片思いを募らせる時のような甘いものだった。
「…………兄?」
思わず、彼のことを呼んでしまう。
返答などあるはずないと分かっているのに、感じる切なさが呼び掛けることを強要しているようだった。
それもそのはず。ここは能美がグループの拠点にしていた場所であり、この空き店舗は《彼》が寝泊まりしていた場所だからだ。
「どうして、兄を感じるの……?」
呟きながら、華菜は床に寝転がる。
偶然か必然か、その格好も場所も、彼の寝姿と一致していた。
「兄……会いたいよ……」
誰に聞かせるつもりもない言葉。
その響きに包まれながら、華菜は静かに目を閉じた――
―――*―――*―――*―――
~その頃、モールの屋上では~
「……凄え数だな」
視界に収まる光景を見ながら、俺は自然と呟いていた。
俺たちが駆け込んだショッピングモールの正面入口に詰め寄るゾンビ――その圧倒的なまでの数に、恐怖を通り越して呆然としてしまったのだ。
「理由は分からないけど……一杯、集まってくる……」
狙撃銃を手にした友恵が隣で口を開く。
そんな彼女に頷きつつ、俺はモールまで辿り着けた自分達の幸運に感謝していた。
「車で突破……って、わけには行かねえよなぁ」
「うん……車 無いし」
「あっ、そうなの?」
「うん……全部、ガス欠……」
つまり、動かせる車はあるが燃料が無いというわけだ。
まあ、外に出る手段が無いのであれば《使えない》の一括りに収まってしまうが。
「とりあえず、戻るか。気分の良い景色でもねえしな」
そう言うと、俺は踵を返した。友恵も小さく頷くと、俺の後ろをトコトコと付いてきた。
「やあ、どうでしたかな、外の景色は?」
「気分が暗くなっただけっすね」
「ははは……まあ、そうでしょうな」
力の無い笑い声と共に、同調するような言葉を口にする間中。彼にしても、ここから出るすべが無いことぐらい、とっくに理解しているのだろう。
とは言え、現状を受け入れるだけではダメだ。何とかして此処から脱出し、新たな拠点となる場所を探さなくては。
(でも、どうすれば……)
頭を悩ませる俺。
と、そこへ――
「ご飯できた……みんな呼んでる……」
「えっ? あ、ああ、分かった。すぐに行くよ」
突然の呼び掛けに驚きはしたが、俺は笑顔と共に言葉を返した。それで納得したのか、友恵は頷いてからトコトコと立ち去った。
「ふふふ……あの子から声を掛けるとは、珍しいこともありますね」
嬉しそうに頬を緩めながら、間中が言う。
その言葉の真意が分からなかった俺は、彼に対して小首を傾げた。
「あの子も理解し、感謝しているのでしょう――貴方が断行してくれたからこそ、敏文は誰も傷付けることなく逝けたのだと」
「……だったら、良いんですけどね」
曖昧に言いながらも、俺は安堵に表情を緩めていた。
昨夜のことから、何となく認めてくれているとは思っていたが、身内である間中も同じように考えてくれているならば間違いないだろう。
「さて……では、朝食と洒落込みましょう。1日の活力は、まず朝食からですよ」
「ええ、そうですね」
笑顔で頷くと、俺は間中と共に歩き出した。
―――*―――*―――*―――
~1時間後~
「……で、どうする?」
能美の問い掛けに、集まっていた俺・将吾・沙苗は頭を捻っていた。
「車が無い上に、外はゾンビだらけ……キツイよな」
「ええ……八方ふさがりです」
「やっぱり、外のゾンビをどうにかしないとダメか……」
そう呟きながら、俺は考えを巡らせた。
「そもそも、どうして奴等は此処に――人の居る所に群がるんだ?」
今までにも抱いてきた疑問。それを真剣に考えつつ皆んなに問い掛けてみる。
「ここに入るのを見たから……とか?」
「それだと、新しく来る連中の説明が付かん」
「コミュニケーション能力は無さそうですものね」
知らせることが出来ないとなれば、新参者が詰め掛けている時点で視覚の線は消えることになる。
「じゃあ、妥当な線で嗅覚かな?」
「うむ……可能性としては高いな」
「でも、壁に阻まれて距離もあるのに、匂いを感じることなんて出来るんでしょうか?」
「確かに壁も距離もあるが、完全に密封されているわけではない。隙間などから漏れる匂いを嗅ぎ付けている可能性は否定できんな」
「だとすると、奴等の嗅覚は相当に強化されてるってことだな」
それも半熟を見ていれば納得は出来る。
奴等は身体能力が大幅にアップするが、腐食が進んで肉体的な強化が不可能となると、嗅覚にシフトするのかもしれない。
「共食いをしないのも、腐臭を嗅ぎ分けてるからというのなら説明も付きますからね」
「まあ、単純に美味く無さそうって理由かもしれないけどな」
冗談交じりに言うと、辺りに笑いが起こった。
それを見て、俺は安堵した。このような状況下でも笑えらなら、全員に余力があると分かったからだ。
しかし、当たりが付いたからと言っても、それが解決策に結びつくとは限らない。生き物である以上、完全に臭いを消すことなど出来ないのだから。
「そう言えば、車があるって聞いたけど……」
近くに座っていた間中に問い掛ける。
すると、彼は苦笑を浮かべながら頷いた。
「うむ、私たちが使っていたものですけどね。生憎とガス欠ですが」
「それは、どこに?」
「モールの隣に併設されている立体駐車場です」
「もちろん、そことモールは繋がっているんですよね?」
「ええ。ゾンビに遭遇する心配もありません」
つまり、燃料さえ調達できれば車に乗り込むことも出すことも問題ないということだ。しかし、気になることもある。
「立体駐車場の出口は?」
「……モールの正面入口の近くです」
「そう……ですか」
結局のところ、燃料を手に入れたとしても外に出ることはままならないということか。根本的な解決策を何処かで手に入れなければならないわけだ。
(……やめやめ! 今は目の前のことだけ考えろ!)
差し当たっての問題は燃料の確保だ。
今は、そちらにだけ注力すべきだろう。
「ここら辺に、スタンドとかはありますか?」
「少し遠いけど……交差点の近くにある……」
間中に代わり友恵が答える。
そう言えば、ここに来る途中で見た記憶がある。
普通に歩いて行けるなら大した距離ではないが――
「結局のところ、同じ問題に突き当たるな」
「……だな」
出られないことに対するジレンマに、またも頭を悩ませる俺達。
「あ、あのぉ……」
そこへ、一人の男が声を掛けてきた。
「実は……このモールの地下には、駅ビルに続く通路があるんですよ」
「えっ……?」
「都市開発の一環で、利便性を高めるためにと進められた事業なんですけどね。まあ、完成しなければ意味もありませんけど」
「完成してない?」
「ええ。通路の基礎工事が終了間近というところで、この状況になってしまいましたから……」
なるほど、都市開発などと言っていられなくなったわけだ。
「どうして、そんな事を貴方が?」
「私、元は役所で都市開発関係の部署に就いていまして」
つまり、本職というわけだ。それなら納得である。
「その通路の安全性は?」
「何とも言えません。駅ビルまで開通はしているのですが、基礎工事も完了に近かったとは言え、途中は途中でしたから……」
保障はできないといったところか。
しかし、現状として他に手段がないのも事実。俺は様々な迷いを頭の中なら追い出すと、力強く頷いて男に向き直った。
「その地下通路は何処に?」
「中庭にあります。ご案内しますよ」
―――*―――*―――*―――
~20分後~
「うわ……予想以上に暗いな」
懐中電灯で先を照らしながら俺は呟いた。
男に案内してもらった通路は、本当に基礎工事の段階を思わせるところだった。コンクリート……というか岩壁が剥き出しで、洞窟のような印象を与えてくる。
その様な状態なので当然の如く明かりも設置されていなかったため、急遽、友恵たちに懐中電灯を用意してもらったのだ。
「まあ、地下の通路など こんなものだろう」
俺の隣で能美が言う。一緒に付いてきているのは彼だけだ。
理由は単純。この狭く密閉された空間では銃を使えないからだ。サプレッサーなどの消音・消炎装置が無い以上、暗い閉鎖空間で銃を撃てば、銃声とマズルフラッシュで身動きが取れなくなってしまう。そのため、近接戦闘に長けた能美に同行を願ったのである。
俺にしても、モールのスポーツショップからバットを持ってきていた。一応、間中達から銃と弾薬を借り受けはしたが、ここで使う機会はないと思っていいだろう。
「よし……それじゃ、行くか」
自分を鼓舞するように言うと、俺は能美と共に一歩を踏み出した――




