それが望みだから
~20分後~
「やっと入り口か……飛び込めッ!!」
俺の言葉に、将吾が沙苗を庇いながら中へと入る。そして、ドアを開けながら待っていてくれた能美に対して頷くと、一緒にモールの中へと入った。
「動くなッ! 武器を捨てろッ!」
モール内に足を踏み入れた瞬間、突然の怒号が俺達に叩き付けられる。同時に、こちらへ向けて複数の男達が銃を構えた。
反射的に俺達も武器を構えてしまう。だが、数的な不利は明らかだった。
「どうした、聞こえないのかッ!? 武器を捨てるんだッ!」
「ど、どうする……?」
「構えは解くな。強奪上等な奴等だったら意味はない」
殺してから奪う――そんな やり方も厭わない連中だったら、武器を下げる意味はない。短絡的に行動すれば、あちらにも少なからず犠牲が出ると思わせておかないと、身の安全は確保できないのだ。
「お止めなさい! 救いを求めに来た人を苦しめて どうするのです!」
だが、そこへ張り詰めていく緊張感を打ち破るように、男の声が辺りに響き渡った。
決して大きいわけではないのに、何故か場を制するような存在感があった。
反射的に目を向ければ、そこに居たのは白髪を綺麗に後ろへと撫で付けた初老の男だった。ふくよかな体型をベージュのスーツで包んでいる姿は、どことなく暖かみを感じさせた。
「さあ、武器を降ろしなさい。無益な争いはするべきじゃありません」
至極 真っ当な正論――しかし、この狂った世界では甘い考え。とは言え、その考えを否定する気にもなれなかった俺は、目の前の男の出方を窺うことにした。
「ほら、早くしなさい」
「し、しかし、園長……」
「しかしも案山子もありません。相手に敵意を向けて円滑な話し合いなど出来るわけないでしょう。人間、大切なのは分かり合うことなのですから」
ここまで来ると場違いにさえ聞こえてくる持論。
だが、あちらさんは男の考えを受け入れているのか、多少の迷いは見せたものの大人しく銃口を下げた。
「ご覧の通り、私達に争う気はありません。よろしければ、そちらも構えを解いては頂けませんか?」
平和的な提案。
それを受けて俺は頭を働かせる。
(……ここは信じるか)
柔和な口調と笑み。そこに含まれている真意こそ読み取れなかったものの、邪な他意はないと判断した俺は、将吾と能美に目配せして構えを解かせた。
「ありがとう――おっと、自己紹介が遅れましたね。私の名前は間中 敏夫。〝元〟になってしまったが、保育園の園長をしていた者です」
「そうですか、俺達は――」
面倒だとは思ったが、このような空気の中で名乗らないわけにはいかない。俺達は順に自己紹介を終えた。
「いやぁ、嬉しいものですね。このような状況下で新しい仲間に出会えるのは。生きる希望が湧いてくるというものです」
勝手に仲間と認識されても困るのだが……まあ、悪い連中ではなさそうなので、協力関係を結べるなら文句はない。
「さあ、皆さんもお疲れでしょう。何か食べながらでも休んでください」
それは有り難い申し出だ。元々、食料が欲しくて来たのだから。
『……………………ッ』
そこへ、非常階段のドアが独特の軋む音を立てながら開かれる。そして、僅かに出来た隙間から線の細い一人の少女が入ってきた。
年の頃は16か17と言ったところか。
ショートボブに切り揃えられた綺麗な黒髪。
どこか冷めた色を宿した切れ長の瞳。
顔の造りだけで言えば間違いなく美少女だ。
だが、少しばかり細過ぎる体のラインと、発せられる突き放すような空気から、どうにも近付き難い雰囲気のある少女だった。
「おお、友恵。お疲れ様」
そんな少女を間中が迎え入れる。
その親しげな雰囲気から、二人が近しい関係であることが窺えた。
(それにしても、あのライフル……)
少女――《友恵》が手にしているライフルが俺の視線を奪う。
銃身にスコープが付いているところを見ると、恐らくは狙撃用の物だろう。
「屋上から狙撃していたのは彼女か……」
「……だな」
腕前は良いと断言できないが、彼女のお陰で助かったのも事実。
俺は礼を述べるために一歩 前へと出た。
「さっきはありがとう。助かったよ」
言いながら、何気なく手を差し出す。
しかし――
「……………………」
俺の言葉にリアクションをすることもせず、友恵は立ち去ってしまった。
それが、あまりにも自然な動きだったので、俺は呼び止めることも怒りに身を震わせることも出来ずにいた。
「すみませんね。あの子は私の孫なんですが、どうにも人付き合いが苦手で……決して悪い子ではないのですが」
コミュニケーション能力の欠如というやつか、ただの人見知りか――まあ、それなら進んで絡まないだけだ。別段、害がないなら文句はない。
「はあっ、はあっ……ま、間中さん!」
そんなことを考えていると、奥の小型店舗のドアを開けて一人の男が焦った様子で駆け寄ってきた。
「間中さん! 敏文君の容態が……!」
「何ですって!!」
男の言葉を受け、間中が駆け出す。
同時に、友恵も男が出てきた店へと駆け込む。どうやら、二人にとって大事な人間がいるらしい。
「よお、何かあったのか?」
「あ、ああ……ゾンビに噛まれた人がいるんだけど、その人の容態が……」
なるほど、そういうことか。
しかし、そうなると してやれることは一つしかない。
「なあ、噛まれた人って……」
どれぐらい人間でいられるのか――そう聞きたかったのだろうが、今は言葉にするべきではないと思ったのか将吾は口を閉ざした。
「昭人……弟は3時間だった」
「俺も何人か見たけど、数時間が限度だったな」
そんな彼の心遣いを汲んで、能美と俺が小声で答える。
「治療は出来ないんですか?」
「ゾンビ化するウィルスの特効薬があれば可能だがな……」
現状では望めない。
つまり、楽にしてやるぐらいしか出来ないのだ。
「どうする? 行くか?」
手助けしてやるか、という意味だろう。
友恵の方は分からないが、間中の方は出来るかどうか怪しい感じだ。だったら、食事の代金として手伝ってやるのもいいかもしれない。
「……とりあえず、行ってみるか」
そう言うと、俺は二人が向かった店へと足を向けた。
「グッ……アアアァァッ……!」
店に入ると、胸元を押さえて蹲る男の姿があった。
その腕には包帯が巻かれており、血が滲んでいる。どうやら、あそこを噛まれたようだ。
「敏文、大丈夫か!?」
「兄さんッ……しっかり……!」
(なるほど……全員 身内か……)
それで、これだけ必死になっているというわけだ。
しかし、あの様子では――
「爺ちゃん……俺は もうダメだ……友恵を連れて離れてくれ……!」
俺の考えと同じことを悟っているのか、敏文は表情を歪ませながらも そんなことを口にする。まあ、当然ながら受け入れられるわけもないが。
「バカを言うな、敏文。お前を放ってなど――」
「頼むよ、爺ちゃん……さっきから、正気を保つので精一杯なんだ……みんなを傷つける前に、早く……」
「敏文……」
苦渋の選択――それでも、覚悟を決めなければならないと重ねた齢で理解したのか、間中は拳を握り締めながらも頷いた。
「すまない、敏文……」
「いいんだよ……さあ、友恵も……」
言いながら、敏文が友恵の肩を押しやる。
しかし、彼女は頑なに敏文の腕を掴んで離さず、決して動こうとはしなかった。
「傍に居る……」
「友恵……」
覚悟はしている。しかし、離れたくない――そう言うことなのだろう。
「……分かった。私も一緒にいよう」
そう言って、敏文の手を握る間中。
その一方で、空いた手にハンドガンを握る――情けないほど震えてしまっているが。
(危なっかしいな……)
そんなことを思いながら、俺は考える。
手を貸してやるべきか、家族のことに口を出すのは慎むべきか――
(……この二人には無理だな)
あの凛とした能美にでさえ無理だったのだ。見るからに人の良さそうな間中と、感情に流されている友恵には出来るはずもない。
「……俺がやるよ」
そう言って、後ろ腰からハンドガンを抜き取る。
驚いたように振り向いた間中だったが、すぐに自分では無理だと悟ったのか、俯きながらも頷いた。
「みんなは席を外してくれ。俺だけで大丈夫だ」
「……ああ、分かった」
「ゴメン、お願いするよ」
「よろしく……お願いします」
それぞれに思い思いの言葉を述べながら、店を後にする。みんなも理解しているのだ。こういった時は、出来る人間に任せるべきだと。
全員が外へ出てドアが閉められると、俺達四人だけの世界が形成される。そんな中で、俺はドアに背中を預けながら、なるべく友恵達の邪魔をしないように気配を消した。
「ハグッ……ううぅッ……」
響き渡る敏文の苦鳴。
それを受け止めつつ、二人は強く手を握る。そうすれば、彼を繋ぎ止められると信じているかのように。
だが、その時――
「ガハッ……!」
一際 大きな声で敏文が呻く。
同時にパタリと動かなくなり、全身から力が抜けた。
「兄さん……兄さんッ……!!」
「敏文ッ……!!」
二人の顔に浮かぶ強い悲しみ。
しかし、それに浸らせてやる余裕はなかった。
「……二人とも、離れろ」
言いながら、俺はハンドガンの安全装置を外した。
「ああ、敏文……」
涙を流し、よろけながらも何とか離れる間中。
しかし、友恵に動く気配は感じられなかった。
(こうなっちまうか……)
半ば、予想していたこと。
それでも、俺は頭を悩ませてしまった。
だが、すぐに悩んでいる暇はないと気持ちを切り替え、友恵の腕を強引に取った。
「離れろ……離れるんだッ!」
「イヤッ……!!」
全力で抗う友恵。
しかし、それで諦めてやることは出来ない。俺は強引だとは思いながらも、友恵を無理矢理に引き離す。
「やめてッ……兄さん……!!」
右手で銃を構え、左手で友恵を抱き締めるようにしながら動きを封じる。それでも何とか振り解こうと、友恵は俺の腕に爪を立てた。
感じる熱感にも似た痛み。何かが伝うように感じるのは、引っ掻き傷から血でも流れ落ちたのかもしれない。それでも、俺は腕に込める力を緩めはしなかった。
そして――
「…………えあぁあぁああ!!」
不気味な呻き声を上げながら、敏文が ゆっくりと起き上がる。そして辺りを見渡し、淀んだ瞳に俺達の姿を捉えた。
「……許せよ」
そう言うと同時に、俺はトリガーを引いた。
『―――――――――ッ!!!』
嫌な音が尾を引いて辺りに響き渡る。
そして、それが収まった後、本当の静寂が辺りを包んだ。
「……………………ッ!!」
声なき声を上げて友恵が飛び出す。
一瞬、声を掛けるか追い掛けるかと悩んだが、どちらも正しくないと思い視線を落とした。今はただ、全てが落ち着きを取り戻すまで待つべきなのだ。
―――*―――*―――*―――
~その日の夜~
何となく眠れなかった俺は、一人でエスカレーターの段差に腰掛けていた。ゾンビの声も此処までは届かず、静寂だけが俺を包み込んでいた。
(ふう……何か、不思議な感じだな)
色々と考えてしまうようで、何も考えられないような――何とも言えない感覚だ。まあ、不快ではないので嫌な感じではないが。
「あ、あの……」
そこへ、誰かが声を掛けてきた。
反射的に視線を向けると、そこには何やらモジモジとした様子の友恵が立っていた。
「よお、どうした?」
警戒も緊張もさせないよう、精一杯の笑みを浮かべて声を掛ける。それが功を奏したのか、彼女が一歩だけ俺の方へと近付いてきた。
「あの……腕、大丈夫……?」
言いながら、包帯の巻かれた俺の左腕を指差す。彼女に爪を立てられたことで出来た傷を覆ったものだ。
「ああ、問題ない。もう痛みもないしな」
実際、指摘されるまで忘れていたほどだ。血は出たが、それほど深くも酷くもない傷だったのだ。
「そう……それなら良かった……」
安堵したのか、少しだけ表情を緩める友恵。
しかし、それ以上の会話が続くことはなかった。
「あ、あのッ……」
だが、奮い立つように声を上げると、友恵が何かを差し出してきた。
「よかったら、これ飲んで……」
そう言いながら手渡してきたのはオレンジの缶ジュースだった。
「そ、それじゃ……」
「あっ……」
礼を言う間もなく友恵が走り去ってしまう。どうやら、彼女の性格では あそこまでが限界だったらしい。
「それにしても、このジュース……」
思わず、俺は笑みを浮かべてしまう。
何故なら、缶ジュースが常温以上に温くなっていたからだ。つまり、俺に声を掛けられず、相当な時間コイツを握りながら迷っていたということだ。
「まあ、悪い気はしねえな」
出過ぎたことだったかと思っていたが、彼女は理解を示してくれたようだ。それならば、全てに於いて甲斐があったことになる。
「ゆっくり眠れそうだな……」
そう呟きながら、俺は缶ジュースを開けた――




