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味方?

 ~翌日・学校~


「お姉ちゃ~ん、持ってきたよぉ~」

「は~い。落とさないように気をつけてね」


 大量のベッドシーツを抱えた安里が、ヨロヨロとした足取りで近付いてくる。あそこまで山盛りだと、前が見えているかどうかも怪しい。


(少しずつ持ってくればいいのに……)


 横着した妹の姿を見て、小百合は苦笑を浮かべる。だが、そんな姿にも愛おしさを感じてしまうのは、世に言う〝姉バカ〟だからだろうか。


「ふい~、疲れたよぉ」

「フフッ、お疲れ様」


 言いながら、カゴの中に入っていたシーツを、一番上の物から取り出してシワを伸ばしてから干していく。瞬間、風に靡いて爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。


(何か、嘘みたい……)


 それは、この状況に対しての思い。


 未だ、世界は混迷を極めている。

 ゾンビという冗談みたいな存在が日々の生存さえ脅かし、人々は互いに助け合うこともなく その日の命にしがみ付いている。

 なのに、今の小百合は危険とは程遠い場所で、物干し竿にシーツを掛けているのだ。夢でも見ている感覚さえ抱いてしまう。


 しかし、それを小百合は幸せと思ってはいなかった。

 その理由は――


(あの人は、信用できない……)


 小百合の脳裏に浮かんだのは、井川だった。

 元政治家で、この学校を拠点とするグループのリーダーで……そして、狂っている男。小百合にとって、井川の全ては その一言で片付いていた。


 略奪、殺人、粛清――その全てを躊躇いもなく行う。それも、自らの欲のためにだ。最早、彼の中に他者へ向ける情などは存在していないのだろう。


(〝彼〟なら、あんなことはしないのに……)


 次に浮かんできたのは《前リーダー》の顔だった。


 とは言え、小百合は彼のことを ほとんど知らない。

 付き合いのあった期間は3日にも満たないのだ。その間に知れるほど、人間というのは浅くない。


 しかし、それでもと小百合は思う。

 彼ならば、井川のような暴挙には出ないと言い切る自身があった。それだけは、確たる思いとして自身の中に存在していた。


 その理由として、彼が無益な殺生を認めていないというのがある。

 小百合たちが所属していたグループに対しても、物資や武器は奪いこそすれ、命を奪ったりはしなかった。


 襲撃のグループも、工場に残っていたグループも、最終的には開放していたのだ。その事実からも、彼が本当に敵対する者でない限り血を流すつもりはないことが伺える。


 それに、何よりも――



『気にしないで残れよ。お前は、安里の無事だけ考えてればいい』



 どれだけ頭が良くても、どれだけ自分を飾ることに長けていても、心の冷たい人間に あんな台詞は思い付かないはずだ。


(やっぱり、私も付いて行けばよかったかな?)


 彼が去る時、一瞬だけ過ぎった考え。

 それを実行できなかったのは、彼との道先に安全がなかったからだ。やはり、安里のことを考えれば、一緒に行くことは出来なかった。


(……や~めた。何も考えずにシーツ干そう)


 余計な考えは煩わしさに繋がる。そんなものに振り回されるぐらいなら、何も考えずに洗濯物と格闘していた方が気が楽だ。


 それに、ここも決して最悪と断言するほどの場所ではない。

 指揮している人物は最悪だが、彼が掲げる理念は一種の平穏を生み出しているからだ。


 と言うのも、井川は この崩壊した日本を再生させるつもりでいるのだ。もちろん、トップに立つのは自分という大前提があっての信念だが。


 しかし、それ故に彼は秩序を尊ぶ。数多くの男がいるのに、自分達に未だ何の被害もないのが証拠の一つだ。欲望に任せて行動することを、井川は認めていない。


 まあ、それも自分に従う者達の間だけだ。

 つまり、後の《井川政権下》で生きることを望む者のみ、その庇護に預かれるのである。


(私は、それを望んでるのかな……?)


 誰に聞かせるつもりもない呟きを心の中にだけ響かせる。何気なく見上げた空は、その答えが掴めそうなほどに青く透き通っていた――



 ―――*―――*―――*―――



  ~その頃、別の場所では~



『―――――――――ッ!!』


 派手なスキール音が響き渡る。

 その直後、俺たちを乗せた車がスリップして凄まじい衝撃を伝えてきた。


「イテテ……ああ、びっくりした」


 僅かに歪んだドアを蹴り開けながら、揃って外へと出る。そして、運転手を務めていた能美に向き直った。


「どうしたんだ、能美? 何があった?」

「分からん、急にハンドルを取られた」


 その言葉に、俺は疑問に思って車体へと視線を向ける。すると、タイヤ周りに《ゾンビだったもの》が絡み付いていた。


「コイツが原因か……」


 俺は一人 納得して頷く。

 まあ、納得できたからと言って状況が好転するわけではないが。


「原因究明の最中に悪いけど、こっちにも手を貸してくれないかッ?」


 小銃を撃ち鳴らしながら、将吾が焦ったように言う。

 その言葉に周りを見れば、かなりの数のゾンビに取り囲まれていた。先程の衝突音を聞いてゾンビが集まってきたらしい。

 目の前に見えるショッピングモールで物資を調達しようと車を走らせてきたのだが、どうやら入口前の広場はゾンビの溜まり場になっていたようだ。


「さて……どうする?」


 目の前のゾンビを斬り捨てながら、能美が問い掛けてくる。その言葉を受けて、俺はハンドガンの安全装置を外しながら考えた。


 現状、俺たちに武器の余裕はない。

 能美の拠点で補充できなかったため、手持ちの弾薬は心許ないこと この上ない。これだけの数を相手に戦いを挑むのは、少しばかりリスキーな選択だ。


 とは言え、物資の補給は俺たちにとって急務だ。特に食品関係は底をついて久しい。そろそろ手に入れないと腹の虫が反乱を起こす勢いだ。ここは、多少の無茶は通すべきだろう。


 それに何より、足が無くなってしまったのが痛い。このままモールに背を向けたところで逃げ切れる保証がないのだ。それならば、多少の荒事は覚悟でモールに飛び込むべきだろう。


「モールまで走るぞ。ここまで来て手ブラで帰るのもバカらしいからな」

「まあ、そうだな」

「能美と俺で先行する。将吾は後ろを警戒しながら沙苗を守ってくれッ」

「承知した」

「了解ッ」


 頷く二人を見ながら、俺はハンドガンを構える。もう換えのマガジンもない。装填されている分で済ますしかないのだ。


「よし……行くぞッ!!」


 目の前に現れるゾンビ。

 俺は能美と視線を合わせると、トリガーに指を掛けた。


『―――――――――ッ!!!』


 銃撃音と斬撃音が辺りに響く。その音色は確実に群れていたゾンビの数を減らしていった。

 だが、ノンビリとはしていられない。すべてのゾンビを倒して行けるほどの余裕はないのだから。


「道が開いたら走るぞッ!」


 言いながら、目の前に迫ったゾンビの眉間に照準を合わせる。

 と、その時――


『―――――――――ッ!!!』


 聞き慣れない銃声と共に、襲いかかって来ていたゾンビの頭が吹き飛ぶ。

 しかし、俺はトリガーを引いてはいなかった。つまり、何処かから弾丸が飛んできたというわけだ。


 反射的に後ろを振り向くが、将吾は背後から迫ってくるゾンビの対処に追われていた。あの状態から……というか、そもそも真後ろにいる彼がゾンビの頭を《上から》撃ち抜くことなど出来るはずがない。


「一体、どこから……」


 俺と同じ疑問を抱いた能美が辺りを見渡す。

 そうしていると、また――


『―――――――――ッ!!!』


 俺たちの目の前で崩れ落ちるゾンビ。

 間違いない、誰かが狙撃しているようだ。


「……モールの屋上からだな」


 能美が言いながら屋上を指差す。

 そこへ視線を向けてみると、確かにスコープと思われるものが陽光を反射して輝いていた。


「味方って考えていいと思うか?」

「さあな……だが、少なくとも殺す気は――」

「えあぁあぁああ…………!!」


 言いかけたところへ、ゾンビが姿を現す。

 直後――


『―――――――――ッ!!!』


 鳴り響く銃声。

 だが、今度は銃弾がゾンビではなく俺の足元を抉る。


「……本当に殺す気ないか?」

「多分な……だが、腕前に期待はしないほうがよさそうだ」

「だな」


 能美の言葉に頷くと、俺は自分の銃で目の前のゾンビを撃ち倒す。そして、辺りと一応は頭上に注意を払いながらモールに向かって移動を開始した。

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