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新たな居場所

  ~30分後~



「――それじゃ、お二人は元同僚ということですか?」

「ああ、同期というやつだ」


 トニーの説明を受け、華菜と雅也は頷いた。


 何でもトニーと男―――〝韮澤〟は自衛隊時代の同僚らしい。気の合う仲間だったらしく、プライベートでも交流があったそうだ。


「それにしても、お前が生きていたとはな。連絡が途絶えたと聞いていたから、死んだものと思っていたぞ」

「すまない……あのまま本部と合流しても無駄死にさせられると思ってな」

「軍人としての使命より、部下の命を選択するかーーお前らしいな」

「結果として、その部下に裏切られたんだ……意味もないさ」

「そうでもないだろう。とりあえずは別れるまで無事だったんだからな」

「まあ、確かにな……」


 二人の間に流れる親密な空気。

 それを遮るようで恐縮したが、華菜は気になったことを聞いてみることにした。


「あ、あのさ……私達、どこに向かってるの?」

「うん? 私達の本部だよ」

「本部? 自衛隊は まだ機能してるんですか?」

「いや、公的な意味での本部じゃない。我々の――組織というかグループというか、そう言った集団のアジトさ。まあ、元自衛隊員が多いのも事実だがね」

「そんな方達が、あのアパートまで何をしに?」

「あそこが目的地だったわけじゃない。もちろん、トニーが目当てだったわけでもないよ」

「……………………」

「私達は、時間が空けば生存者の捜索を行っているんだ。人が増えれば、負担も大きくなるが出来ることも増えるからね。あそこに居たのも、その一環だよ」

「そうだったんですか……」

「うむ……それでだ、良ければ君達も参加してくれないか? トニーに聞く限りでは、中々に有用な人材だそうじゃないか?」


 思いも寄らなかった申し出。

 しかし――


「……ゴメン、私達 探さなきゃならない人がいるから」

「そうですね。他人の役に立っている場合ではありませんね」


 華菜にとっても雅也にとっても《彼》と合流する事こそが最も大事なことだ。ハッキリと言ってしまえば、その他のことは どうでもいいのだ。


「そうか……でも、そのためには車や武器が必要だろう? 我々に協力してくれるなら、どちらも用意することが出来るぞ?」

「……………………」


 目の前にブラ下げられる報酬。

 単純な《ニンジン作戦》ではあるが、そう言われてしまうと一考の余地があるのも事実と思えてしまう。


「……何をさせたいんですか?」


 雅也の質問に、そんなに大したことじゃない――と前置きしてから韮澤が説明を始めた。


「実は、近々 大規模な遠征を行おうかという話が出ているんだ。我々のアジト近くでは生存者も見つからないことだし、足を伸ばせば何処かに同じようなグループがあるんじゃないかとね」


「……それで?」

「しかし、その作戦が煮詰まっていない上に、準備に追われて もう一つの作戦が滞っている。その双方を どうにかする必要があるんだ」

「それで、雅也と華菜に?」

「ああ、お前の話によると、雅也君は相当に頭が切れるらしいし、華菜君は銃の扱いに才能があるらしい。頼もしい限りじゃないか?」

「しかし、彼等はまだ……」

「子供だ大人だ、男だ女だ――そんなことが、この世界で重要か? 生き残るに相応しい力と気概を持つ者が、他の者を導き守る――それが今の正道だと思うがな」

「……………………」


 韮澤の言葉に、トニーが黙る。

 トニーにしても、自分より年下である《彼》に何かを感じて傘下に入ることを決めたのだ。反論が出てこないのだろう。


「――と、着いたようだな。まあ、答えは後でいい。今は休んで体力の回復に努めてくれ」


 言いながら韮澤が車を停める。

 華菜と雅也は一旦 思考を中断することにして車を降りた。


 地面に足を着けた時、目に映ったのは軍事基地を思わせる施設だった。物々しい雰囲気を感じたのは、その威圧感からだろうか。


「ここは無事だったんだな……」

「ああ、なんとか死守したよ」


 二人にとっては馴染みの場所なのか、どこか感慨深そうな表情をしている。しかし、それも一瞬のこと。すぐに顔を引き締めると、韮澤は踵を返した。


「あれ? あそこに行くんじゃないの?」

「あっちは軍事目的の施設だ。宿泊や医療は、あっちでやってる」


 言いながら韮澤が指差す。

 そちらへと視線を向けると――


「うはぁ~」


 豪華客船――そう呼ぶに相応しい一隻の船が停まっていた。


「他の港にあったんだがな、色々と使えそうだから持ってきたんだ」


 確かに、色々と使えそうだ。何より、海に浮かんでいるという時点でゾンビの襲撃を恐れなくていい。休むにはうってつけだ。


「トニー、とりあえずお前は医務室で治療を受けて休め。彼等の世話は私がやっておく」

「しかし……」

「韮澤さんの言う通りです。トニーは休んで下さい」

「そうそう。病人は大人しくしてなさい」

「……フッ、そうだな。そうさせてもらおう」


 華菜たちの言葉に頷くと、トニーは韮澤の呼び掛けで現れた兵士に連れられて客船の中へと入っていった。


「では、君達には部屋を用意しよう。付いてきてくれ」


 スタスタと歩いていく韮澤。ボーッと突っ立っていても仕方ないので、二人も彼の後に続いた。

 そうして歩くこと五分ほど。華菜たちは無駄に豪華な客室の中にいた。


「ココを使ってくれ。一部屋しか用意できないが、そこは我慢してほしい」

「構いませんよ。ありがとうございます」

「うむ……では、しばらくは休んでいてくれ。用が出来たら呼びにくる」


 部屋を出ていく韮澤。

 そんな彼の後ろ姿を見送った後、華菜はベッドに腰掛けた。


「へっへ~、フカフカ~」


 はしゃいだような口調。しかし、その表情は晴れていなかった。


「……ねえ、どうする?」

「とりあえず、言うことを聞くしかないでしょうね。トニーも休ませなければなりませんし、何より物資が不足してます」

「だよねぇ……」

「先程の話を鵜呑みにするわけではありませんが、可能性があるなら協力するしかないでしょう」

「うん……はあ、早く兄に会いたいなぁ」

「そのための努力と我慢ですよ。頑張りましょう」

「はぁ~い」


 そう返事をすると、華菜はベッドに寝転がった。

 これから疲れることになるのだから、今だけは余計なことを考えず休みたかった。



 ―――*―――*―――*―――



  ~2時間後~



 夕焼けが辺りを染める頃、華菜は基地の広場へと来ていた。韮澤に頼まれ、捜索任務に加わる事となったのだ。ちなみに、雅也は遠征の作戦を練る会議に参加している。


「へえ~、姉ちゃんが韮澤隊長の言ってた子かい?」


 野戦服に身を包んだ男が、興味深げな視線を華菜に向ける。しかし、そこに好色の意味合いは含まれておらず、純粋な好奇心のものだった。


「多分ね」

「ふうん……凄腕だって聞いてるけど、そうは見えないな」


 見下す――というよりも、からかうような口調。

 それは、華菜の一番 嫌う態度だった。


「……だったら、見せてあげるよ」


 言うが早いか、華菜は隊員のホルスターから銃を抜き取ると、練習用と思われる木製の的に向かって連射した。


『―――――――――ッ!!』


 全弾を撃ち、その全てが的の中心を貫く。

 所謂〝ワンホール・ショット〟。

 自分たちでは決して真似できない妙技に、居合わせた隊員たちは一様に言葉を失った。


「私が行く事に反対する人は?」


 軽く睨み付けながら問い掛ける。

 すると、全員が手を挙げて軽く首を振った。


「よろしい……じゃあ、行くよッ」

『イエス マム!!』


 悠々と先頭を歩く華菜。その後ろを、屈強な自衛隊員たちが続いた。



 ―――*―――*―――*―――



  ~1時間後~



 思っていたよりも遠くだった目的地に到着すると、辺りは夜の帳が下りていた。どうやら、今日は よくよく暗闇に縁がある日のようだ。


「それで、どこに行くの?」

「あそこの雑居ビルさ」


 言われて振り向くと、そこには確かに雑居ビルがあった。

 しかし、普段から見ていたものとは少しばかり様子が違った。


「ねえ……あの垂れ幕、何て書いてあるの?」


 雑居ビルの2階――その窓から垂れ下げられているシーツのような布。何かが書かれているのは分かるのだが、暗闇の中では読むことが出来なかった。


「HELP――って、書かれてるのさ」

「えっ……?」

「今日の昼頃に仲間が見つけてきてな。その時は弾薬が不足してたから戻ってきたんだけど、生存者がいるなら放っておけないってなったんだ」


 それで、即席のチームを作って派遣することになったというわけか。遠征の準備で人手不足だとは韮澤の弁だが、思っていたよりも足りていないらしい。


「ふうん……じゃ、行ってあげないとね」

「ああ……でも、気を付けろ。罠の可能性があるからな」

「どういうこと?」

「助けを求める振りして、誘き寄せてくる輩もいるのさ」

「ああ、なるほどね……」


 そう言えば、まだ大人数で移動していた時も、そんな連中に出会ったことがある。まあ、その時は《彼》の機転とトニーの行動力で返り討ちにしてやったが。


「とにかく、油断しないで行こうや」


 隊員の言葉に華菜は頷いた。その道のプロに口答えするのは、大概が時間のロスにしかならない――そう《彼》と雅也に言われたことがあるからだ。


「行くぞ……準備はいいか?」


 ドアの前に立ち、隊員が声を掛けてくる。

 それに対し、華菜は迷わず頷いた。


「モチロン、任せなさいっての」

「ははっ、頼もしいね。じゃあ、3秒後だ」


 そう言うと、男は表情を引き締めた。

 華菜もそれに倣い、気を張り詰めさせる。


「1……2……3ッ!」


 合図と共に勢い良くドアを開ける。

 その瞬間、一体のゾンビが飛び出してきた。

 反射的に銃へと手を伸ばす華菜。しかし、射角に一人の隊員が入り込み、上手く狙いを定められない。でも、撃たなければ危険なことになるかもしれない。


(ううん、ここは……)


 結果、華菜はホルスターに伸びかけていた手を引っ込め、横っ飛びで場を開ける。

 すると――


「舐めるなよッ!」


 一人の隊員が咄嗟にゾンビの懐へ潜り込むと、払い腰の要領で投げ飛ばす。

 そこへ、傍にいた別の隊員が小銃で頭を撃ち抜いた。

 その連携プレーは、さすが本業と言ったところか。


(ふう……余計なことしないで良かった)


 下手に撃っていたら邪魔をしてしまったかもしれない。華菜は安堵の溜息を吐きながらも、次は即座に反応できるよう銃をホルスターから抜き取った。


「危なかったな……みんな、気を引き締めて行くぞ」


 隊員の言葉に頷き、華菜たちは雑居ビルの中へと足を踏み入れた。そして、まずは資料室と思われる部屋へと入る。


「ここには居ないみたいだな……」


 そう結論付け、部屋を出ようとする隊員。

 しかし――


「えあぁあぁああ…………!!」


 突然、資料の収められた棚の影からゾンビが飛び出してきた。


「クソッ……!」


 反射的に銃を構えようとする隊員。


『―――――――――ッ!!!』


 だが、隊員の銃よりも、華菜のハンドガンが先に火を噴く。放たれた弾丸は狙い違わずゾンビの頭を撃ち抜き、一撃で沈めてみせた。


「ふうッ……助かったよ」

「へっへ~、任せなって」


 軽く笑い合い、華菜たちは揃って廊下へと出る。

 しかし、他の部屋は完全に無人であり、あの垂れ幕を用意するような状況は見当たらなかった。


「後は此処だけだな……」


 そう言う隊員の前には、一枚のドアがあった。

 何の部屋なのか分からないが、あと調べていないのは この部屋だけだった。


「じゃあ、開けるぞ」


 確認の言葉に頷く。

 それに合わせ、隊員がドアを開けた。


「……………………ッ」


 ゆっくりとではあるがドアに隙間が出来た瞬間、華菜たちの鼻を異臭が突き抜けた。何とも言えない臭いに、その場に居た全員が口元を覆う。


「明りを頼む……」


 その言葉に、他の隊員が懐中電灯を点ける。

 瞬間――部屋の色が赤に染まった。

 室内に飛散した大量の血のせいだ。

 目を背けたくなる光景だが、何とか堪えて室内を見渡す。すると、幾人もの亡骸が部屋の奥で眠りに就いていた。

 ゾンビ化した者、していない者――様子は様々だが、共通しているのは全員が頭を撃ち抜かれているということだ。


「仲間か他人かは知らんが……始末はしたようだな」


 どうやら、そのようだ。当時の状況までは理解しようがないが。


「行こう……もう、ここに用はない」


 隊員の言葉に頷くと、華菜たちは揃って部屋を出る。やるせない思いを抱きながら。



 ―――*―――*―――*―――



  ~1時間後~



 途中、食料などを調達していたら少しばかり遅くなってしまった。しかし、全員が無事で戻ってこれたことは喜ぶべきだろう。


「お疲れさん、今日は助かったよ」

「ううん……あんまり役に立てなかったけど」

「そうでもない。俺の命を救ってくれたんだからな」


 そう言えば、そんなこともあった。一瞬の出来事というのは、どうにも記憶に残りにくい。


「とりあえず、これで今日は解散だ。時間も時間だから、報酬については夜が明けてから韮澤隊長に聞いてくれ」

「……ん、分かった」

「じゃあ、またな」


 手を振りながら、隊員たちが去っていく。

 その後ろ姿を見送った後、華菜は夜空を見上げた。


「兄……もう少しだけ待っててね」


 届くことはない呟き。

 それでも、華菜は《彼》への想いを強く胸に抱く。そうすることで、二人の間にある絆を守れると信じているように――


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