はじめてのおつかい
~翌日~
8日目 華菜・雅也編
外から聞こえてくるゾンビの声。
しかし、やがて それは遠のいていき、数分後には聞こえなくなっていった。
「ふう……何とか やり過ごせたみたいですね」
「ドッキドキだったよ」
息を殺して潜んでいた雅也と華菜は、揃って溜め息を吐いた。
ここは とあるアパートの一室。Bポイントから逃げた後、隠れられる場所を探して彷徨っていたところ、鍵の開いていた この部屋を見つけたのだ。
しかし、ここの防衛機能が脆弱に過ぎた。壁は薄いし鍵は貧弱。なので、ゾンビが来る度に気配を殺さなければならなかった。
今までなら、ゾンビを壊滅させてでも良い部屋を手に入れることも出来た。しかし、今は それも叶わない。
何故なら――
「スマンな……二人とも……」
辛そうな表情と口調でトニーが詫びる。その顔は明らかに生彩を欠いており、スッキリとした頭と額には大粒の汗が浮かんでいた。
強引な手段に出れない理由――それが、これである。
トニーが体調を崩してしまい、戦力が大幅にダウンしてしまったのだ。
原因は、疲れが重なってしまったためだ。
銃弾が尽きたことで戦闘はトニーに任せきりになり、そこへ局地的に降った雨でズブ濡れになってしまったこともある。
そうした事と、今までの疲れも合わせて一気に噴き出してしまったのであろう。ここに辿り着いた直後、彼は高熱を出して倒れてしまったのだ。
「貴方が謝る必要はありませんよ。甘え続けだったのは僕達なんですから」
「そうそう。トニーは余計なこと考えないで、ゆっくり休んでよ」
「ああ……スマンな……」
もう一度 侘びの言葉を述べると、トニーは再び眠りに就いた。
その姿を見守りながら、寝息が一定のものに変わると、雅也が華菜に話しかける。
「……このままではいけませんね」
「うん……でも、どうしようか?」
必要なのは薬と食料――それは二人とも分かってる。しかし、ゾンビが闊歩する街中を突き進めるほどの強さが、華菜と雅也には欠けていた。
「せめて弾薬があればなぁ……」
すでに小銃の弾薬は切れている。ハンドガンの弾はあるにはあるが、弾倉一個分――9発しかない。とてもゾンビの群れを突破できる量ではないのだ。
それでも、行かなくてはならないのが現状なのだ。
トニーを守り続けられるほど強くはなく、彼の力がどうしても必要だからだ。
「……行きますか?」
「うん……行かなきゃね」
雅也の言葉に、華菜は頷いた。
本心を言えば、すぐにでも《彼》を探しに行きたい。
こんな不安な状況も、彼の腕の中にいれば全て消し飛ぶからだ。あの温もりを全身で感じて、囁きに身を任せていれば、何も恐れることなどないのだから。
(でも、今は踏ん張らないとッ……!)
自分で自分を鼓舞して、華菜は視線を上げる。俯くことも震えることも、今だけは忘れなければならない。
「では、階段を封鎖しましょう。さすがのゾンビも、バリケードと階段の二段構えなら侵入できないでしょう」
多少の不安は残るが、どちらか片方を残しておけるほど強くないので仕方ない。雅也の提案に頷くと、華菜は使えそうなものを見繕うために外へと出た。
―――*―――*―――*―――
~1時間後~
「ふう……何とか着きましたね」
「うん……疲れた~」
逃げては隠れ、隠れては逃げを繰り返し、何とか二人は駅ビルの中へと辿り着いた。それでも、ここまで戦闘を避けてこられたのは、僥倖と言わざるを得ないだろう。
「では、さっさと――」
そう雅也が言いかけた瞬間――
「あぁああぁぁ…………」
「えあぁあぁああ…………」
通路の奥からゾンビの声が響いてきた。
視線を向けてみれば、そこには数えるのも馬鹿らしくなるほどのゾンビで溢れていた。
「さすがに……あれは無理だよねぇ」
喧嘩を売って勝てる数じゃない。
別の手段を模索するべきだろう。
「――華菜、これを見てください」
そう言って、雅也が華菜を手招きする。何かと思って近くまで行ってみると、そこには構内の簡易地図も兼ねたモニュメントがあった。
「コレによると、薬局は通路の端――こちら側とは正反対にあります。なので、奴等を突っ切るという正攻法で向かうのは無理です」
「だよねぇ……何か、ドッカーンとなるような武器が欲しいよね」
そんな物を使ったら駅ごと吹き飛びそうだが。
「ですが、ここに地下通路への階段があります。ここを通れば、薬局の近くに出られます」
「じゃあ、そこに賭けるしかないか」
策が決まれば決断は早い。
迷ってる時間など、二人にはないのだ。
だが、そこは――
「うわっ……真っ暗」
「どうやら、原因は分かりませんが……電源が落ちてるようですね」
「どうするの?」
「ちょっと待っててください」
言うが早いか、雅也は駅員の詰め所へと走り込んだ。そして、戻ってきた彼の手には懐中電灯が握られていた。
「これで大丈夫でしょう」
「うん……じゃ、行ってくんね」
敢えて明るく言うと、華菜は懐中電灯を受け取って地下への階段に足を掛ける。鼓動が早くなるのを感じたが、無理矢理に抑え込んで足を進める。
「何かあったら、大声を上げてください。すぐに行きますよ」
「助けてくれんの?」
「無理ですよ。でも、お供は出来ます」
笑顔の中に隠された本気。故に、華菜は強く思った。絶対に目的を達して無事で帰ってくると。
一人暗闇の中を歩いていく華菜。
と、その時――
「ぐがぁぁああ…………」
「あぁああ…………」
またも、響いてきたゾンビの声。
どうやら、上に居た連中の何体かが こちらへと来ていたようだ。
(落ち着いて、冷静に……)
一度だけ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
大事なのは、懐中電灯の使用を最小限に抑えるということだ。
ずっと点けっぱなしにしていたり、何度も点灯させたりしたら奴等を引き寄せてしまう。だから、一瞬だけ点けて、奴等の位置関係を把握する必要がある。
重要なポイントは2つ。
一つは、ゾンビの位置だ。手薄になっている場所を見極め、そこにいるゾンビを倒していく。これが基本にして鉄則だ。
そして2つ目は、ゾンビとの距離である。
手薄になっている場所を狙うと言っても、近くまで迫っているゾンビを無視するわけにはいかない。そう言った距離にいるゾンビも、しっかりと見極める必要がある。
(大丈夫……私なら出来る……)
思うのは《彼》の顔。そして、頭を撫でてくれる時の感触。それだけで、華菜の心から緊張感と恐怖が引いていく。
(よし……行こう!)
右手にハンドガン、左手に懐中電灯を持ち、華菜は通路を進んだ。
「……………………」
気取られぬように、無言を貫き歩いていく。
だが、その直後、前方で何かの動く気配を感じる。それがゾンビのものであると直感した華菜は、懐中電灯のスイッチに指を掛けた。
『――――――――――――ッ』
暗闇の中に浮び上がる奴等の姿。
それは一瞬の残像。
だが、華菜にはそれで十分だった。
手にしていた銃を即座に構えると、マズルフラッシュで視界を奪われないように、目を閉じてトリガーに指を掛ける。
『―――――――――ッ!!』
瞼を貫く閃光。
鼓膜を震わす轟音。
それらが過ぎ去った後、後に残ったのは暗闇と静寂だった。
「……案外、楽勝かもね」
消え去ったゾンビの気配に、華菜は一人で笑みを浮かべた――
―――*―――*―――*―――
~30分後~
「眩しいッ……!」
自分を包み込む明かりに、思わず華菜は目を瞑る。しかし、それは次第に収まっていき、辺りの景色を華菜の瞳に映し出した。
「ここは……」
華菜の目の前には、目指していた薬局があった。どうやら、上手いこと目的地に着けたらしい。
「へへへぇ、やったねッ」
笑みを浮かべる華菜。
だが、ゆっくりもしてられない。先程の戦闘で弾は尽きてしまった。ゾンビを敵に回すわけにはいかないのだ。
「待っててよ、トニー」
誰に言うともなしに喜びの言葉を口にすると、華菜は薬局の中へと駆け込んだ。
―――*―――*―――*―――
~1時間後~
再び、隠れては逃げ、逃げては隠れを繰り返して戻ってきた二人。その手には、食料と薬の入った袋が握られていた。
「へへへぇ、私達だけでも出来るもんだね」
「フフ……そうですね」
「兄に会ったら褒めてもらお~」
一人、スキップでもしそうな感じの華菜。
そんな彼女を暖かく見詰める雅也。
今の世界には不釣り合いな二人。だが、誰にも邪魔させないような《光》に満ちていた。
だが、その時――二人の視界に予期せぬ光景が飛び込んできた。
「華菜、隠れてッ……」
雅也の言葉に、華菜は近くの電信柱の陰に駆け込んだ。そして、少しだけ顔を出してアパートへと視線を向ける。
そこに居たのは野戦服に身を包んだ武装した集団だった。かつてのトニーの部下たちが身に付けていた物と同じ野戦服だが、視力の良い華菜の目を凝らしてみても、見知った顔はいなかった。どうやら、あの連中とは違うらしい。
「雅也、どうする?」
「奴等の目的がトニーでなければいいんですが……そう上手くはいかないでしょうね」
そう言う雅也の視線を追ってみれば、地面に倒れ伏すゾンビの群れがあった。トニーの気配を感じ取ったのか、階段を上ろうとしたのだろう。バリケードは壊れてないので大丈夫だったようだが……。
「まさか、ゾンビが餌になって あんな奴等を引き寄せるとはね……」
華菜にしても予想外だ。
しかし、今は驚いたり戸惑ったりしている場合では無い。奴等がトニーに手を出そうとするならば、どうにかするしかないのだ。
(お願いだから、早く消えてよッ……)
心の中で呟く華菜。
しかし――
「……………………」
「……………………」
多くの自衛隊員が警護する中、一人の大柄な男に連れられてトニーが姿を現した。少し休んで気力が戻ったのか、その足取りは思ったよりも しっかりとしている。だが、やはり顔には生気がなかった。
「ど、どうしよう……」
「……仕方ありませんね」
そう言うと、いきなり雅也は華菜のハンドガンを奪った。そして、そのまま飛び出すと銃口をトニーの隣にいる男に向ける。
「動くなッ!!」
滅多に聞くことのない雅也の怒声。それだけに、独特の迫力を持っていたのか、その場にいた全員の動きが止まった。
しかし、それも一瞬のこと。すぐに気を取り直すと、隊員たちは一斉に銃口を雅也へと向けた。
「待っ――」
「待ってくれ、韮澤ッ! 彼は私の仲間だ!」
華菜の言葉を打ち消すように、トニーの大声が響き渡る。
その大きさと内容に面食らっている間に、男が軽く手を挙げるだけで隊員たちの銃口を降ろさせた。
「雅也、君も銃を下ろせ」
戸惑う雅也。
しかし、助けに向かったトニー自身に言われては従うしかなかった。
その姿を見て、華菜も物陰から飛び出した。
そんな彼女を認め、トニーが大きく安堵の溜め息を吐く。
「トニー、どういうことです?」
「それは――」
「説明は道すがらにしよう。まずは、車に乗りたまえ」
ハッキリとした、腹に響くような太い声。そこには、何処となく他者に命ずることへの慣れが含まれていた。恐らく、それなりの地位にいるのだろう。
「行こう、二人とも。彼は信頼に足る人物だから、大丈夫だ」
他ならぬトニーの言葉。
それに、拒否できる状況でもないため、華菜と雅也は大人しく近くに停められていた車に乗り込んだ――




