途絶えた痕跡
「はあっ……はあっ……ここまで来れば大丈夫だろ」
ゾンビ達を引き離し、確認のために後ろを振り向けば誰の姿もなかった。とりあえずは、安全と思っていいだろう。
「ああ、少し休むとするか」
お互いに消費した体力は大きい。車を失った状態で一箇所に留まるのは危険だが、今は休むべきだろう。
だが、その瞬間――
「動くなッ! 武器を捨てて手を挙げろッ!」
意外な人物――将吾が小銃を手にして現れた。
その銃口は能美に向けられており、反抗すればトリガーを引きかねないほどに殺気立っている。
「フッ……誰かと思えば脱走兵か」
「誰が脱走兵だッ、無理矢理に連れ去ったのはお前らだろッ!」
一気に高まっていく剣呑な雰囲気。
さすがに、これはマズいと思い俺は間に入った。
「待て! 二人とも落ち着けよ!」
割り込みながら、銃口を下げさせる。
俺が能美を庇うような行動に出たことが意外なのか、将吾は逆らうことはしなかった。
「どうして、そんな奴を……」
「色々あってな……殺すような奴じゃないと分かっただけさ」
「……………………」
納得は出来ない――そんな顔をしているが、俺の意思を無視してまで事を荒立てようとは思っていないのか、将吾は大人しく銃を下ろした。
(ふう……何とか収まったか)
心の中で安堵の溜め息を吐きつつも、俺は気になった事を将吾に問う事とした。
「ところで、どうして将吾が こんな所にいるんだ?」
「どうしてって……君を助けようと思ってさ」
「それで一日中 張ってたのか?」
「ああ。本当は昨日のうちに乗り込みたかったけど、そんな事をしても殺られるだけだからね。チャンスを伺おうと駅の近くで張ってたら、君が車で出ていくのが見えたからさ」
確かに、この通りは駅へ向かうならば使う道だ。襲撃には適っているかもしれない。
「そうか……ありがとうな」
「礼なんていいさ、助けられたのは俺達なんだからね」
空気が柔らかさを取り戻す。
と、その時、能美が口を開いた。
「どうでもいいが、話すのなら何処かに入らないか……そちらのお嬢さんも一緒にな」
何のことだと思いながらも、能美の視線を追い掛ける。すると、曲がり角の影から、沙苗が心配そうに こちらを見ていた。
(無事だったか……)
安堵の気持ちを抱きつつ、俺は能美の言葉に頷いた。
とりあえず、俺達は落ち着いた内装の喫茶店に入った。
一触即発の空気は無くなったが、それでも警戒心は薄れないのか、将吾と沙苗は少しばかり離れた場所に座っている。
「ああ~、その なんだ……いきなり本題で悪いけど、これからどうするんだ?」
俺が無事だと分かった以上、将吾たちが留まる理由はなくなった。ある意味では自由行動になるわけだが、とにかく話題が欲しかった俺は、そう問い掛けてみた。
「俺達は隠れ場所に当てがあるから、そこに行くよ」
「ふうん……沙苗もか?」
今まで黙っていた沙苗に問い掛ける。
学校には戻らないのか――そう遠回しに聞いているのだ。
「……あの、そのことでお話があるんです」
質問には答えず、そう俺を見ながら切り出してきた。
その表情から何かあるのだと理解した俺は、将吾と能美に断りを入れて彼女とバックヤードへと向かった。
「ココなら大丈夫だろ」
二人には――能美には聞こえないし、何かあっても二人が知らせてくれるはずだ。
「それで……どうしたんだ?」
「はい、実は――」
俯き、張りのない表情のまま、沙苗は語り出した。
彼女の話を要約すると こうだ。
俺たちが出て行った後、あの元政治家とか言う井川は当たり障りのない対応で皆んなを纏めていたそうだ。
しかし、翌日、井川たちとトラブルになった連中がおり、ソイツ等が下手をすると学校に襲撃を仕掛けてくるかもしれないと言い出したと言う。
そこで、井川は先手必勝の奇襲を提案。豊富な武器と人員を活かして無血勝利を目指したいと全員を説いて回ったらしい。
結果、血が流れないならばと残った連中は了承。そのまま、ソイツ等の隠れ家であるという倉庫へと向かったらしい。
だが、現場で井川が取った行動は、交渉による降伏勧告などではなく、いきなりの銃撃による殺戮だったそうだ。
突然の出来事に誰もが反応できなかったらしい。それでも、我を取り戻した幾人かが制止しようとしたのだが、その人達まで殺られてしまった。
そうしておきながら、井川と手下達は倉庫から物資を奪取。しかも、よくよく見てみたら、相手は武装などしていなかったらしい。つまり、ただ物資を調達するために殺したのである。
そして、本性を表した井川は全員を恐怖で支配。たったの1日で状況は一変してしまったらしい。
「そんなことがね……」
「はい……」
「それで、君は どうして出てきたんだ?」
「私、あんなことになって どうしたらいいか分からなくて……だから、将吾クンに助けて欲しくて」
「助けって……会える保証もなかっただろ?」
「いえ……実は、アナタ達が来る前日に将吾クンが物資調達で出掛けたんです。でも、なかなか帰ってこなくて……」
恐らく、その調達の際 能美たちのグループに拉致されてしまったのだろう。
「それで、緊急時に待ち合わせ場所にしていた、私と将吾クンしか知らない秘密基地に向かったんです。もしかしたら、そこに居るかもって」
「なるほどねぇ」
まあ、結局のところはドラマチックな再会になったわけだが。望んだ形かどうかは別として。
「それに、助けも呼びたかったんです。今のままだと、あの人には誰も逆らえないから……」
それは、その通りだ。物事を変えるには新しい風が必要なのだから。ある意味では、井川も《風》であったわけだが……まあ、聞いた話では〝暴風〟と言った感じだが。
「とりあえず、事情は分かったよ。でも、今は将吾と安全な場所を見つけることに集中しな。井川のことは、落ち着いて余裕が出来てからでもいいだろ」
焦った挙句、助かった命を散らしても意味はない。それが一番に無駄なことだ。
「はい、そうします」
「うん……じゃあ、二人のところへ戻ろう」
そう言うと、俺は沙苗を伴って店内へと戻った。
「……話は終わったか?」
早苗と二人で店内の方へと戻ると、僅かにピリついた空気を漂わせながら能美が問い掛けてきた。どうやら、まだ将吾と彼の間にある〝わだかまり〟は消えないみたいだ。
「ああ。悪いな、待たせちまって」
「構わん……で、どうするんだ?」
「とりあえず、みんなで駅に向かう。そこで能美には約束を果たしてもらう。その後は……解散ってとこだな」
「お、おい、あそこに戻るなんて……」
俺の提案に将吾が焦ったように声を上げる。
だが、俺は微笑んで首を振って見せた。
「大丈夫さ……そうだろ、能美?」
「恩を仇で返す趣味はない」
「――というわけさ」
何のことだか分からないと言うような表情を浮かべる将吾だが、俺がリラックスしていることから、とりあえず信用することにしたようだ。
「よし……じゃあ、行こう。俺が先頭で行くから、将吾は後ろを頼む。沙苗は将吾から離れるなよ」
そう指示を出すと、俺は店を出た。
―――*―――*―――*―――
~~~1時間後~~~
目的地である駅に着いた俺たち――しかし、全員の目に映ったのは、予想もしていないような光景だった。
「こ、これは……」
俺の口から驚愕の呟きが漏れる。
しかし、それも仕方がないと言わせてほしい。
俺たちの目の前に広がっていたのは――死体の山だった。
撃たれ、刺され、絶命している者達が、あちらこちらに倒れているのだ。
「これは……どうなっているんだッ!!」
珍しく、能美が感情を露わにした声を上げる。
これだけの光景を見せられたら、それも当然だが。
だが、その時――
「う、うう……能美、さん……」
倒れていた一人が意識を取り戻したのか、俺達の姿を認めて声を上げる。しかし、その声色に力はなく、すぐにでも燃え尽きそうだった。
「篠崎ッ……大丈夫か、しっかりしろッ!」
「無事だったんですね……良かったです……」
「ああ、俺は大丈夫だ。でも、一体 何が……」
「昼前に……気取った男に率いられた奴等が……助けを求めに来たんです……」
(気取った男……?)
俺の中に一人の男の姿が浮かび上がる。
「怪しい感じがしたから……追い返そうと思ったら……奴等、いきなり撃ってきやがって……」
「そんなことが……」
「あの連中、イカれてるとしか思えない……殺されるの分かってて突っ込んでくるなんて……グフッ!」
腹部を貫いた銃弾の影響か、篠崎がドス黒い血を吐き出す。
「篠崎ッ! しっかりしろッ!」
「の、能美さん……俺が死んだら、始末を……誰かを食っちまう前に……」
「情けないことを言うな! 気を しっかり持て!」
「頼みます……たの……み、ます……」
その言葉を最後に、篠崎の身体から力が抜ける。最後の力を振り絞って、事の顛末を教えてくれてのだろう。
「クッ……すまん、篠崎」
詫びながら、丁寧に遺体を横たえる能美。
そんな彼を見ながら、俺は一つの確信を得ていた。
「井川の奴だな……」
「えっ……?」
「あの人……俺のグループに居た人だ。家族と一緒に参加してな、子煩悩な普通の父親だったよ」
言いながら指し示した場所には、頭を撃ち抜かれて倒れる男性が居た。その顔には見覚えがあり、自分の言葉が間違いではないことを証明していた。
「まさか……利用された?」
「多分な……家族の安全と引き換えに強要されたのかもしれない」
少なくとも、こんな襲撃ができる人物でなかったのは確かだ。
「なんて卑怯なことを……」
将吾が怒りの呟きを漏らす。
しかし、ブツける相手のいないソレは、力なく霧散していった。
「……能美、大丈夫か?」
辛そうに顔を伏せている能美に声を掛ける。
「……ああ、大丈夫だ」
そう言うと、能美は顔を上げて踵を返した。そして、構内を奥へと進んでいく。
「どこに行くんだ?」
後を追いつつ問い掛ける。
「何か覆えるものを探してくる。野晒しでは あんまりだからな」
「そうか……じゃあ、手伝うぜ」
「すまんな……」
「構わねえよ。俺の顔見知りもいるしな」
敢えて明るめに答えると、俺は能美と共にシーツやカーテンを求めて構内を進んだ。
―――*―――*―――*―――
~2時間後~
構内にいた人々を《眠りに就かせた》後で、俺達は車に乗って先程の通りに戻ってきた。本来なら、この車に武器や物資を満載していたはずだが、ほとんどが奪われてしまっていたのだ。
「さて……これからどうする?」
気を取り直すように、珍しく能美の方から問い掛けてきた。そんな彼に対し、俺は少し考えてから口を開いた。
「……俺は、ハグれた仲間と合流するよ。みんなは?」
「どうしようか迷ってる。沙苗と一緒に子供の頃からの落ち合い場所に行こうかと思ってたけど……あんなことをする連中がいたんじゃ、落ち着いて休めないからね」
「そうか……能美は?」
「同じようなものだ。今となっては自宅にも戻れんしな」
未だにゾンビで溢れ返っているかもしれないのだ。当然の判断だろう。
「じゃあ、しばらくは俺に付き合わないか? お互い、その方が安全だろ?」
全員で行動した方が良いのは明らかだし、この中で確固たる目的があるのは俺だけだ。だったら、付き合ってもらうという選択肢が最もベタである。
「ああ、俺は構わん」
「そう……だね。そうさせてもらおうか」
「ええ、お願いします」
全員が納得してくれたようだ。
俺は皆んなに頷き返すと、車に乗って雅也の言っていたデパートへと向かった。
―――*―――*―――*―――
~~~1時間後~~~
しかし、そこには またしても予想外の光景が広がっていた――
「これは……」
床に倒れ伏す多数のゾンビ。考えるまでもなく、ここが襲われたことは明白だった。
「なあ、あれ……」
将吾が何かに気付いて棚のあたりを指差す。
そこには――
《兄へ
Bで待ってる》
棚に張り付けられた画用紙。殴り書きに近い筆跡から、切迫した状況であることが読み取れる。
「Bというのは? 分かるか?」
「ああ、ここから少し離れたところにある駅前広場だ」
今となっては懐かしい場所だ。
しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。俺は踵を返すと車へと向かった。
しかし、またしても――
「ここもか……」
地面に倒れるゾンビ。先程と変わっているところがあるとすれば、殺られているゾンビの多くが殴り倒されているということか。
「弾薬も尽きたか……」
そうなると、頼りになるのはトニーだけだ。雅也も華菜も、接近戦は得意じゃない。
「早く見つけないといけませんね……」
「ああ、そうだな」
沙苗の言葉に頷きながらも、俺は頭を悩ませていた。
何故なら、今度は何処にもメッセージが残されていなかったからだ。つまり、足取りが完全に途絶えたのである。
(華菜、雅也、トニー……無事でいてくれ)
そう心の中で呟きながら、俺は固く拳を握った。
決して心が折れないように――




