戦いの準備-2
重たいため息が漏れる。
扉を開けると変わらぬ黄昏色の空。ジャッケットの右ポケットから懐中時計取り出し時刻を確認すると、時計の針は驚くほどに進んでいた。
「セト。我々の任務は中々に危険を伴うな。」
「えぇ。」
ドラグーン国防長官セトはウィードスの肩が震えているのを見過ごさなかった。
「ウィードス様。感情が漏れてらっしゃいます。」
「すまんすまん。しかし…素晴らしい采配だと思わんか?あのチェズという男。我らのことをよくわかっている。危険ほど我らドラグーンが好むものはないと」
「全くです。こんなやり甲斐のある仕事を任されるなんて嬉しい限りです。」
一刻の休憩の後に行われた作戦会議で語られた大海中心に突如現れた十字架の詳細。ソーサー観察隊の報告では、高さは3500mで3000m地点で半径20000km…要はこの星全体を包み込む形で海底にあった鉱石が溶け噴き上がりできた物らしい。現在半径4000kmの地点まで結界は時速35kmの速さで収縮している。
最悪なことに結界が消えた場所からは複数の魔力反応があった。それが魔物なのかどうかは遠隔からでは把握できないが、動いていることから魔物だろうことは皆が理解できた。
ドラグーン部隊の仕事は現場調査と通路確保のための魔導部隊の護衛となる。
「現場はかなり気温が暑いらしいので装備も調整が必要になります。基本的に現場任務になるので野営準備も必要ですね。」
「そうなると明日の昼に出立だな。魔導部隊にも連絡を入れておいてくれるか?」
「承知いたしました。」
「恐れ入ります!!!」
ウィードスとセトの背後から突然声がしたので2人が振り向くも誰もいない。
「もう少し視線を落としていただいてもよろしいですか?」
その声の言われるまま視線を下すと、くすんだピンク色のふわふわした髪の毛の女の子が立っていた。もちろんミンキュだ。
「君はたしか…」
「レルエナ帝国 暗部・無月。コード卯月ミンキュ・ラドルフです。」
「レルエナの暗部がなんのようだ?」
セトの冷たい声がミンキュに刺さる。
「セトやめろ。この子はあの件は知らんはずだ。」
「あの件…?」
何もわかっていなそうなミンキュを見て大きなため息をついたセトが全てを教えてくれた。
クロノアを陥落させたことをいいことに、レルエナは同盟国関係なくオーランソ大陸の国々に無茶な要件を突きつけ、飲めなければ軍事侵攻すると脅してきたのだ。
「寛大なあの王が…?」
「寛大?」
ウィードスは鼻で笑った。
「あいつは執念深く欲深いそして頭の切れる奴だよ。油断していいような奴じゃない。嬢ちゃんが騙されるのも仕方ないさ。」
「そんな…」
自分が王の心を見抜けなかったことに心が痛むミンキュにウィードスが尋ねた。
「で。嬢ちゃんはなんでここにいるんだ?確か処置室行きじゃなかったか?」
「あ。私は体のダメージだけで、すぐに終わったんです。今回の作戦のことを聞いて…それで私も同行させてもらえないかと…」
「貴方を連れて行く?なんでわざわざ…そんなことをしても我々のメリットに…
「いいぞ。」
セトの言葉を遮るウィードスの野太い声。
セトはまたため息を漏らす。
− またこの人は…
「じっとしてられないんだろ?」
「はい!」
「ただし何が起こるかわからない。自分の身は自分で守れよ?」
「もちろんです!!」
「よし!なら嬢ちゃんは今日から俺ら預かりだな。セトお前の目の届くとこに置いておけ。」
「はぁ…承知しましたよ。」
渋々返事をするセトにミンキュは深々とお辞儀をした。
ところ変わってここは城の東塔。
ソーサーが用意してくれた部屋は中々に快適であった。机いっぱいに広げられた紙は不思議な文字や数式、図で埋め尽くされていた。全てを書き上げ、両手を空目掛けぐんと伸ばすと同時に部屋にノックの音が響いた。
「入っていいぞ。」
開かれた扉からは2名の成人男性に一名の女性と少し幼さが残る青年の計4名が入ってきた。
「お前らがクロノアの技師達だな?」
凄みのある言葉であったがビッツの優しい声に優しい見た目だったエンテを見て緊張しきっていた4人は少しほっとした様子だった。
「はい。私はマーク・ゲルニカと申します。サーチャープロジェクトの統括マネージャーをしておりました。それ以前にも飛空艇の製造なども行っていました。」
マークはマキナが多いクロノアでは珍しい、パソナの血が強いフィルディアだった。優しそうな丸い瞳に長方形フレームの眼鏡。少し大きな丸い鼻に柔らかな白髪混じりの茶色の髪を七三に分けた初老の紳士だった。
次に名乗ったのはマークの横にいたマキナの男性。マークよりも一回り若いくらいだろう。マキナ特有の長身でスラリとした容姿で坊主頭に顎鬚を生やしていた。見た目に反して太く柔らかな声で挨拶をする。
「ゲルグ・ファン・ディエゴです。サーチャープロジェクトのテックリードしてました。」
「はいはーい!デイジー・ボアルネっす。私もゲルグと一緒にテックリードしてましたー!」
ゲルグの後ろから勢いよく挨拶するデイジーはゲルグよりも若くマキナらしい三白眼の青い瞳に、金髪にところどころピンクのメッシュを入れた長い髪を二つに束ね、耳の辺りでお団子にしている。前髪はポンパドール。長い両耳はピアスだらけで右耳には向こうまで見えるくらいの大きなピアスホールが空いている。ついつい、エンテもピアスを開けたくなるも、ビッツにやめてくださいと怒られてしまった。
サーチャーはエンテもシュアトルから教えてもらったのである程度の性能は知っている。そのメンバーが助けてくれるとなると心強く感じられた。
「ネモス・セトです。」
あっさりした自己紹介をしたのは、薄いグレーのショートヘアーにマキナ特有の三白眼。デイジーとは違い感情を全く出さない青年だった。人一倍苦労しているのは誰が見てもわかる。
「ネモスはなんか作品あるのか?」
優しくエンテが聞き返すと、ネモスは腰につけていた真っ赤な宝石が埋め込まれたコロンとした丸く白い半球にグリップがついている機械を差し出した。
「これは?」
「魔力増強銃です。使い手の魔力と空気中に漂う微力な魔力を集めて細いレーザー光を打つ仕様になってます。この魔鉱石で魔力を集めます。」
エンテはそれを受け取りマジマジと見つめる。
「いいアイディアだ…これお前1人で作ったのか?」
驚いて質問するとネモスははいと答えた。
「この石そんな使い方もできるのか…面白いな…」
ぶつぶつとつぶやくエンテの脳裏にビッツがエンテを呼ぶ声が響いた。
「悪い悪い!つい面白くてみいっちまった。やるじゃねーか。」
ネモスはぶっきらぼうに小さな声でありがとうございますと返した。
「ですよねですよね!私達もクロノアでネモスが化け物相手に戦ってるの見てチョー驚きましたもん!」
デイジーも興奮気味でエンテに返すが、マークに怒られてしまった。
「早速ですが、今回我々はどういったことをお手伝いすれば良いでしょうか?」
「今設計図ができたとこだ。」
得意げなエンテのことばに全員が瞳を輝かせ設計図を覗き込むも、次第に眉間の皺が深くなっていく。
殴り書きの文字が見たことのないというのもあるが、あまりにも汚かったのだ。
「あの…エンテ様?これはなんと書かれているのでしょうか?我々では理解が…」
「?!しまった!!!文字が違うんだったな…」
「あ。異なる文字なのですか?それを除いてもちょっと…読めないですね。そうですね…設計図がわかれば、役割分担などしやすいので、エンテ様は早急に設計図の清書をお願いいたします。その間我々はできる範囲で作業いたしますので、口頭で指示お願いします。」
「わ…わかった!」
臆さないマークの言葉と卓越したリーダーシップの元探査機の開発が開始されたのだった。




