戦いの準備–1
「ちょっと待て。」
皆々が休憩のため部屋を後にした時、チェズの後ろで声がした。振り向いた先にいたのは葉月。
「どうした?」
「あんたこの子の体まだ使う気?いい加減休ませなさいよ。あたしの体使っていいから。」
意外な言葉に一瞬驚き、目を見開いたチェズだったがすぐに普段通りの調子に戻って返事した。
「君からそう言ってもらえるなんて思ってもいなかったよ。どう言う風の吹き回しかな?」
「どういうって…常識的に考えてそうでしょう?」
不思議がる葉月の顔に昔、体を使われることを嫌がる葉月の幼い顔が思い浮かび笑みが溢れた。
「何よ?」
「嫌。何も。君の体はいつぶりだろうな。」
「さぁね。覚えてもいないわよ。」
そう言いながら葉月の右手が差し伸ばされたので、チェズはネックレスを外し彼女に渡した。
「チェズ様!!僕は大…
焦るフウゼツは、言葉を言い切る前に気を失ってしまった。倒れ込む体を優しく葉月の体が受け止める。
「お疲れ様。君はとにかく休んでくれ。」
慌ただしく動き回る医師たち。みんな忙しなくカルテを眺める。ここは城の西棟。西棟はさらに3棟あり、ここは1番東に位置する治療棟。
「どいつもこいつも無茶しすぎだよ。精神深部の疲労がひどすぎる…。ニコ!調合は終わってるかい?!」
ズリ落ちる眼鏡を指で押し上げ患者ごとの薬湯の調合を確認するのは治療棟を管理するサーのファルマ。なかなかのお年を召したおばあちゃんだが、ヨボヨボの姿に反してキビキビと部下たち適切な指示を送っている。
「は!はい!!全員分の調合終わってます!」
よろよろとカゴいっぱいの薬瓶を運ぶニコはファルマの近くにカゴを置き一息つく。ファルマは作られた薬瓶を一つ一つ確認するとニッコリ笑う。
「いい出来だ。さすがクロノアの薬師だね。」
「ありがとうございます!あ。こちらイース様の状態になります。」
ニコから差し出されたイースのカルテを眺める。状態は徐々に回復はしているがスピードが遅い。
「このペースは遅いね…もう少しあげれるかい?」
「…厳しいです。イース様のパナケアをキシュさんたちに配分してしまったので、今ある薬草だとこれが限界です…」
「仕方ないね…パナケアは元から量がなかったからねぇ…」
少しの沈黙に2人の視線が床へ移ったが、すぐにファルマが顔を振り上げた。
「しょうがない!はぁー。ニコありがとよ。この次はリエルギのとこかい?」
「はい。私なんかが入っていいものか…凄く恐縮ですが…」
「自信もちな。あたしが推薦したんだ。」
「は!はい!私の力が少しでも役に立つならなんだってやります!!」
ニコの太陽のように明るい笑顔に少し前の出来事が思い出される。
イトワ達がレルエナで解放したエクセリクシの検体として捕えられたクロノア人は一足早くここに送られた。皆怯え、心身共に弱り切っていた。そんな中ニコは幼馴染の青年と共にみんなを励まし、持っていた薬草を調合し弱った人々に与えていた。調合の腕、何より生きることを諦めない姿に心打たれ、手伝いをしてくれないか声をかけたのだ。
「今時珍しくいい心の持ち主だ。…ん?これは?」
カゴの底に見つけたのは、クロノアでしか手に入らない体力増加に効果のある薬草と、魔力増加に効果のある薬草。なかなかに珍しいものが3つづつも入っている。
「あ。これは…私のほんの気持ちなんです…。私はなにもできないから…薬湯に入れれば少しはお力になると思って。」
「こんなにありゃかなりの助けになるよ。何がなんでも勝ってもらわないとだからね。」
「はい!あ。では私はこれで!」
「あぁ。悪かったね引き止めて。」
「いえ!それじゃ!」
元気に部屋を後にするニコを優しい微笑みで送り出すと、ファルマは受け取った薬にラベルをつけ部下へ渡し、薬湯の準備を始める。
「薬湯に漬け込む準備はできたかい?」
「はい!全て完了してます!!」
「よし。患者のとこに頼むよ。」
ファルマの掛け声で準備された巨大な白いまん丸い陶磁器の壺が部屋から運び出されていった。
運び出されたまん丸い壺は個室へと運ばれてゆく。開かれた扉には静かに眠るキシュがいた。担当医はキシュの服を脱がし、白いワンピースの病衣を着せ杖を振るい口元にそっと当てる。これで水中でも息ができるようになるのだ。そして今度は大振りに杖を振るうとキシュの体はフワフワと宙に浮き、薬湯でいっぱいの壺の中に吸い込まれていった。
「ふ〜。終わった。」
担当医が壺の表面に手を当てると真っ白な壺に文字と数字が出てきて、手に持つカルテと見比べる。
「…これは…ヤバい」
何度も表示された数字とカルテの数字を見直す。
ところ変わって、西棟の1番西に位置する3棟。ここは国を襲った化け物を保管、研究する施設で、限られた者しか行き来することのない寂しい場所であった。
「ここで作業を頼む。」
「すごいわね…」
イトワに連れてこられたミリョウは研究棟の広さに驚きを隠せないでいた。見たこともない機材も多い。
「初めましてこの研究棟の責任者リエルギです。」
か細い声の主はイトワに連れてこられた眼鏡をかけたひょろひょろの見た目に気だるそうに垂れた瞳のボサボサ頭の青年だった。いかにもガリ勉タイプの見た目。差し出された手を握るミリョウ。
「初めまして。ミリョウです。」
「早速ですが、言われていた検体から抽出した幼若ホルモン液です。」
差し出された小さな試験管の三分の一にも満たない透明な液体。
「これで全てですか?」
「うちにある他の検体2体から同量取れたと報告が先ほどあがりましたから、この3倍が全てと言えます。」
「思っていた以上に抽出できてますね。成分分析は終わってます?」
「まだですね。」
「それではここからは私達に任せていただけるかしら?」
「もちろんです。全ての指揮系統をお渡しいたします。私達も微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「感謝します。イティラー!シャルー!!」
ミリョウの呼び声にすぐに威勢のいい返事が返ってきた。
「機材のほうはどう?使えそう??」
「えぇバッチリよ!ラファノ留学生の研究員の子がいて、機材の使い方知ってたからだいぶいけそうよ!」
「ならよかった。早速分析お願いね」
「はい。」「オッケーよ〜!」
2人にホルモン液を渡すとすぐさま作業に取り掛かった。そんな姿を見てホッとするミリョウにリエルギが館内の案内をしてくれた。
「しかし驚きました…。検体にアラタ体と同じような器官があるなんて。」
「信じられませんよね…。私も半信半疑で依頼しましたし…」
2人は巨大なエクセリクシを眺め深々と話した。アラタ体は昆虫特有の器官だ。まったく異なるヒトに存在しているなどあり得ることなどなかった。念のためミリョウが前もって調査するようにイトワにお願いしていたのだ。リエルギは興味深そうにエクソリクシを眺めながらミリョウに今後のことについて尋ねた。
「分析にはどれほどの時間がかかりますかね?」
「2人なら1日もあれば終わらせ、配合表を作れると思います。」
「なるほど。調合で言えば、最近救出されたクロノア難民に良い腕をもった薬師がいるようで後ほどこちらに来る手筈になってます。」
「それは大変助かりますね。クロノアの薬師はオーランソ大陸でも飛び抜けてますから。」
「ん…噂をすれば…」
開かれた扉から駆け寄る小さな影。ミリョウは目を丸くする。まさか薬師がこのように幼い少女だったなんて全く想像していなかった。
「ニコさんですね?」
「はい!遅くなってしまって申し訳ありません。」
「いえ。こちら今回のプロジェクトをまとめるミリョウさんです。」
「ドクターミリョウ?!あなたが?!あ!は…初めましてニコです。」
「初めましてニコ。ミリョウです。私のこと…」
「もちろんです!!あなたの名前を知らない人なんてオーランソにはいません!!お会いできて光栄です。」
大興奮のニコに少し照れるミリョウ。
興奮状態に気がついたニコは慌てて謝りながら急ぎ報告を始める。
「あ。そうでした!キシュさん達の状況ですが、傷が深く精神疲労も溜まっているようで、全快するのに5日はかかりそうで…」
「5日?!」
精神疲労と体の全快に5日
ミリョウの知る限りではありえないほど早かったがそれでは戦いに間に合わない。
「ところでイースさんの方は?」
「イース様ですか?精神深部の疲労がひどく今のペースで行くと全快に4日はかかりそうです。」
「イースさんもキシュも今回の作戦の要…。もう少し回復を早めたいわね…」
「ここにある薬草では限界で…イース様に処方しているパナケアをみなさんにも分けてしまってもう残りがない状態で…」
「パナケア?あの伝説の薬草があるの?」
ミリョウが驚くのも無理なかった。パナケアは存在そのものが伝説だ。葉は乾燥させ粉末状にすれば体の疲れを癒し、花びらは精神に安定をもたらす効果がある。実を煎じて飲めばどんな毒でも回復すると言われる。そんな夢のような植物が有ると言われているが誰も信じてはいなかった。
「パナケアなら氷結の神殿裏にあるコロニスの森にある。私が取ってこよう。」
イトワの軽い発言にミリョウとニコが驚き、今まで静かにしていたイブニルは目を見開き口をパクパクした。
「イトワ様!!そんな簡単に仰いますが精霊様がお許しになるか…」
「説き伏せる。」
「そんな無茶な!イザナ様に相談もなしにできませんよ!」
「母上にはお前から説明すれば問題ない。一刻を争うのだぞ。」
「ちょ!そんな!お一人で行かれるのは!って!!待ってください!!!」
部屋から颯爽と立ち去るイトワの後を急ぎ追いかけるイブニル。2人が立ち去った後はまるで嵐が過ぎ去ったかのようだった。
「そ…そんなに大変なの?」
「パナケアは年に一度だけ精霊様に分けてもらえる貴重も貴重なものです。あぁも軽くとってくることは普通できないかと…」
あまり表情を出さないリエルギも驚きながら答えてくれた。
「なるほど…無茶しなければいいのだけど…」
「まったく…イトワ様らしくない…。あ。話を戻しますが、分析の間時間が空きますがその間は?」
「ベース液の原料となる昆虫目のモンスター。しかも幼体と蛹体を集めないといけないわ。」
「ふむ。それでは収集依頼をしないといけませんな。」
「えぇ。頼めますか?」
「もちろんです。で、あなたはいかがいたしますか?」
「エクソリクシのことを調べたいのだけどいいかしら?」
「もちろんです。僕もやりたかったので。」
ニヤリと微笑むリエルギを見て根っからの研究者なのだとついミリョウの顔もニヤリ。
こんな危機的状況なのにニタニタ笑い合う2人を不思議そうに見るニコが戸惑いながらも声をかける。
「あの私はどうすればいいですか??」
「ニコには分析結果後の薬の調合を任せたいので、今すぐの作業はありません。連絡を入れるまでは今まで通り治療棟で作業をお願いできますか?」
「はい!」
ぺこりとお辞儀をしてニコは部屋を後にした。




