一筋の光-3
ソーサーの国を守る結界をすり抜け、停泊場へ到着する。停泊場は慌ただしく人々が行ったり来たりしている。キシュ達が到着したすぐ後にも少し小型の飛空艇が空へと飛び立って行った。
飛空艇に繋げられた通路を歩き停泊場に足を踏み入れるとそこには眼鏡をかけたルラに似た種族・サーのイブニルが45度の深いお辞儀で迎えてくれた。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、イザナ様が広間でお待ちです。」
「わかった。この方々を今すぐバケモノを保管してるラボに案内できるか?」
「はい。ではこちらです。」
「すみませんが、彼らも同行できますか?」
イティラがイブリルに名前の書かれたリストを手渡す。
「これは?」
「救助できた研究員の中でも優秀な方達です。彼らの助けも必要なので。」
それなら問題ないとイトワがイブリルに彼らも連れて行くよう指示した。
イブリルがイトワの向かう方とは逆の方へ案内してくれたので、カール、イティラ、ミリョウはその後に続こうとした。
「ミリョウ殿は私どもと来ていただきたい。今回の話はあなたでないと説明がつけれない。」
今すぐにでも薬の制作に取り掛かりたかったミリョウは困った表情を見せたが、イトワの元へ戻って行った。
「ラボに必要なものがないかちゃんと見とくわ!ミリョウちゃんが来る頃にはすぐ作業できるようにしてるから安心して。」
「えぇよろしくね。」
カールとイティラの任せろと言わんばかりの笑顔にミリョウも笑顔で2人の背中を見送った。
イトワに連れられキシュ達は広間へ向かっていた。広間の扉を開くと沢山の視線がキシュ達を迎えた。見知った顔に見知らぬ顔。
ドラグーン国からは国王ウィードス・エレファ、ザルア連合国同盟からはポリアン帝国国王代理クュオ。ソリティア族長のモドガノフ。それに沢山の見知らぬルラ達。そして彼らを束ねるイザナとイコワ。
イコワが静かにコロッツィオのところへ歩み寄った。
「母上様おかえりなさいませ。」
差し伸べられた手にかけていたネックレスを取り外しコロッツィオはそっと置くと、どっと疲労感が襲いかかった。
「お疲れ様。ありがとうコロッツィオ。」
優しく微笑むイコワ。
「こちらこそ…ありがとうトゥルナさん。」
「では説明を頼みますよ。」
イザナに促され、イトワが船でのやり取りを簡潔に報告し、ミリョウが薬についての説明をした。どよめきは起こらず、皆が静かに聞いていた。初めに口を開けたのはドラグーン国王ウィードスだった。
「ミリョウ殿の実力はオーランソのものであれば誰もが知っている…が、流石にそれに全てを賭けるってのはリスクが高すぎるのではないか?それに針が刺さるかもわからんと?無謀にも程がある気がするが。」
「私も思いますわ。薬の投与に失敗する前提で行動するべきではありませんこと?結界魔法をかなり厳重に紡ぎ失敗に備えるのです。」
ウィードスの言葉にラファノ大陸・メアル皇国ヌールィが応じた。その言葉にミリョウも納得していた。
「しかし、もし投与に成功した場合結界魔法が無駄になってしまい、いざ本番の戦いの時に魔力が枯渇してしまいませんか?ソーサーやルラの方々がおられるといえ、かなりの結界を編まなければいけないと思います。魔力もそんな無尽蔵ではありません。」
モドガノフの言葉にみんなが同意せざるを得なかった。どうすればいいのか何が最善か…空気が澱んだ。
「心配ありません。イースの力…逆行で未来の結果を伝えてもらいます。」
イトワの突飛な発言に場はざわついた。
探索機の設計を頭に描いて、上の空で話を聞いていたエンテも流石に突飛な発言に引っかかった。
「は?逆行??あれは秘技中の秘技だろ?アイツらの中でも扱える奴は稀だったはずだぞ?」
「それが使えるのです。」
トゥルナの落ち着いた声がエンテをだまらせる。しかしグビドは不安そうな声をあげる。
「たしかにイースの逆行魔法はすごい。あれがなけりゃレルエナでの破壊工作は成功しなかった。けどそのせいでアイツが今ぶっ倒れてるの忘れてないかイトワ?」
レルエナでのエクソリクシ破壊工作・3体のドゥルガ体との戦い。グビド達が勝利できたのはイースの逆行のお陰だった。
イースは特殊な体質を持って生まれていた。彼は魔法を扱う種族ソーサーとして生まれたのに簡単な魔法しか扱うことができなかった。どれだけ努力しても威力を上げることは叶わなかった。努力しても報われない日々が続いたある日、異変が起きるのだ。時を戻すという魔法が無意識に発動する。時を戻す魔法はある。コロッツィオが発動した対象者の時を戻すものだ。
その魔法はレディレと言われていた。
レディレの対象を自分として発動したのかと思ったが明らかにおかしな点があった。普通レディレを受けると記憶も戻り、先に起こったことは失せる。しかししっかりと持っていたのだ。そして普通レディレを発動するにはそこそこの魔力を必要とするが全く消費していない。
一族に相談したところ事例のない魔法でソーサー族の中で初の魔法であった。当時族長であったイザナはこの魔法にレディアグレードと名前をつけた。
レディアグレードの消費魔力は逆行する時間に比例して増える。丸一日を逆行するのに高度魔法を扱う量と同じだった。そのため数時間を戻すのは簡易魔法を扱うのと同じレベルだった。
このことからレルエナでの戦いでイースが疲労したことは壮絶な戦いをイースが何度も経験したと言える。それに加えて彼は何度も何度も仲間の危機に遭遇し絶望を繰り返した。
「えぇ。だから今イースには特別治療を施しています。作戦までにはなんとかなるはずです。」
「投薬結果を事前にわかれば動きやすいですわね。イース様のご容態はどうなっているのですか?」
「魔力の枯渇と精神深部の疲労が酷いため、今は集中治療を施しています。回復には早くて3日かかるとの見込みです。」
「そうなると、魔力の回復は…」
「あまり見込めません。できて数時間前に戻るくらいしかできないでしょう。一時間もあれば結界は編めるから問題はないはずです。」
イトワの涼しい表情に実際に結界を張るだろうモドガノフ達魔導士は気を引き締めた。
「…わかりました。彼にはポイントを決め、その段階で戻っていれば失敗と判断。投薬は中止し戦いに突入としましょう。その場合…」
チェズは言葉を止めチラリとキシュを見た。
「アベドとの繋がりを断つ作戦は中止し早々に処分作戦に入ります。これは異論ありませんね?」
「大丈夫」
キシュの強い言葉にチェズはありがとうと答えた。
「ではこれから細かいことを決めていきましょう。指揮は私・チェズが取ろうと思いますが問題はないかい?」
「いや?待て待てまだ重要なことが決まってないぞ。」
ウィードスの声が響く。
「誰がこの薬を打つんだ?さっきの話じゃ結界に守られてんだろ?結界を突破して薬打ち込めんのか?」
「もちろん打つのは私です。」
ミリョウの声が響いた。
「私が言い出したことだし、注射の打ち込む位置も私じゃなきゃできないわ。」
みんなの動揺が隠せないでいた。
「私が彼女を援護するから問題はない。」
イトワの淡々とした声がざわめきを切り、みんなが納得したようだった。
エンテの気の抜けた手が上がる。
「俺はとにかく探索機作るのに集中したいから部屋に篭らせてもらうぞ。」
「えぇ。もちろん。」
「ソーサー。作業できる部屋あるか?」
「はい。すぐに手配します。それまではお待ちください。」
「わかった。ならなんか書くもんくれ。まとめたい。」
「承知しました。」
イトワが杖を一振りすると紙とペンがエンテの前に現れた。
「書き続けると紙が自動的に大きくなるようになっています。」
「いいね〜。ありがとよ。あ。シュアトルお前は俺と一緒に作業しろ。」
突然の横柄な態度に葉月やミンキュが怒りをあらわになるが、シュアトルがすぐにわかった。と平然と答えた。どことなくシュアトルの右目が輝いているようにミンキュには見えた。
「それと、こいつらの武器と防具なんとかしてやれ。ボロボロにも程がある。」
「防具と魔道具でしたら私たちにお任せください。どういう強化が必要か教えていただければすぐに作業させていただきます。」
にっこりと微笑むヌールィとそのほかのルラ達。
「炎の耐性を強く、軽いのに防御に優れた防具。武器は特殊効果を付与だろうな。」
「わかりましたわ。今すぐに作業に取り掛かります。」
「魔道具は…」
ヌールィはコロッツィオとマリーの方へ目を向け、向かってくる。
「この方々の武器ですわね。ちょっとお預かりしますわよ。」
そう言って2人のロッドを受け取りマジマジと見つめる。
「かなり使い込まれてますわね…想いが強いとなると…」
ぶつぶつと独り言を呟くヌールィに2人は冷や汗が流れる。
「あ…の〜」
コロッツィオが声をかけると、ヌールィは我に帰りにっこり微笑んだ。
「ふふ。すみませんつい癖で…ではすぐにお渡しできるようにしますわね。」
そうしてヌールィは2人からロッドを受け取る。
「魔道具以外の武器は誰がやってくれる?」
エンテの声にウィードスが応えた。
「武器強化といえば、シュアトル皇子の専門分野では?」
「そうなのか?」
「まぁ。」
「マジか…お前には俺の作業手伝ってもらいたかったのによー」
「掛け持ってもいいが…」
「やーーーー。ダメダメ。あいつらの武器強化の方が大事だ。最悪こっちは俺1人でもなんとかいける!」
エンテの残念がる声にグビドが何かを思い出す。
「あんたの作業は機械いじりか?」
「ん?そうだが?」
「なら、クロノア難民の中にエンジニア混ざってるかも知れない。ちょっと待っとけ確認してもらう。」
「クロノア??なんだ?そいつら使えんのか??」
エンテの不審そうな声にシュアトルが颯爽と返事をする。
「クロノアのエンジニアは俺よりも腕がいい。作業の精密さと速さは俺とは桁違いだ。」
「ほほー。お前がいうなら確かだな。」
「決まりですね。」
チェズがニコリと笑った。
「それでは今後のことは私達が引き受けるので、キシュさん達はゆっくり体を休め戦いの準備をしておいてください。」
「え?私たちは話し合いに出なくていいの?!」
「えぇ。それよりもあなた達はやるべきことがありますから。」
「でも…
「あなた方が今こうやって立っているのが私には不思議なくらいです。もう限界まで来てるのに…。ここで無理をすれば元も子もないんですよ。」
キシュがわかったともどかしく応えたのを聞いてチェズはにっこり笑う。
「では残りのメンバーは一時間後ここにまた集まってください。では。」
チェズの言葉に合わせ扉が開かれた。場にいた重鎮たちはゾロゾロと部屋を後にする。
「キシュ達に、ミンキュさんとグビドはここで待っていなさい。すぐに救護班が迎えに来ますから。」
イザナはそう言うと杖を一振り。すると周りの空気がキシュ達を包んだ。ぷるんぷるんな空気はまるで風船のようで、立ちっぱなしだったキシュ達の体を癒してくれた。
「ミリョウ殿。ラボに案内します。」
「ありがとう。」
イトワはすぐに振り向きラボへと向かおうとした。
「ちょっと待って。ラボに行く前に個室を用意してもらえるかしら?キシュさんの唾液を採取したいの。キシュさん疲れてるところ悪いけどいいかしら?」
「もちろんです!」
ミリョウの申し出にキシュは大きな声で返事をした。イトワもすぐに部屋を用意してくれた。
そこは個室と言っても広々とした部屋だった。白い机と白いフワフワのソファーが真ん中にちょこんと用意されていた。ミリョウがソファーに座りキシュもその横に座った。ミリョウはカバンの中から試験管と小さな小瓶を置いた。
ガサガサと用意をし始めるミリョウを見てキシュは不思議に思っていたことを聞いてみた。
「ミリョウさんはなんでここまでやってくれるの?」
突然のキシュの問いかけにミリョウは笑った。
「なんでかしらね?関係ないっちゃないんだけどね…。私の力で何か変えれるなら変えたいじゃない。」
「命がかかってるのに?」
「私にとっては後悔を背負う方が辛いわ。それが身に染みてわかったの。」
「?」
「エクソリクシ…あの化け物の可能性を見つけちゃったの私なの。」
「え。」
キシュの反応を見ないようにミリョウは器具を組み立てながら話した。
「私たちヒトと魔物は全く違う種なのに、構成する遺伝子の共通点があまりに多かった…もしかしたら私たちヒトは魔物から進化した存在かもしれない。って論文を出したわ。もちろん通説からかなりズレてたから笑い者になったのは悔しかったけど承知してたの。その後も研究は重ねたわ。そして確信もした。そんな時シュナがエクセリクシの計画を持ち出したのよ…。出来っこないはずだったからアタシもその時は感情的になって協力を拒んだ結果が悲劇をたくさん産んだ…。」
「ま!あたしが見つけてなくてもあの女が実行してたでしょうけどね!」
笑うミリョウに何も声がかけれなかった。
「ってか、ただのあたしのわがままよ。何事も最後までやらないと気が済まないの。」
「でも!あたしがワガママ言わなかったらミリョウさんを巻き込まなかったのに…」
我慢していた涙が溢れ落ちた。
ミリョウを見ることができなかった。
ふわりと柔らかな手がキシュの頭を優しく撫でてくれた。
「一緒よ。あたしもあなたと一緒。あたしもわがまま言ったからイトワさんを巻き込んでるわ。」
「それは!」
大きな声を発しようとしたキシュの口をミリョウの人差し指がおさえる。潤む瞳には笑うミリョウ。
「一緒よ。みんなワガママ言って生きてる。みんなと違うワガママだけが言っちゃダメなんて変でしょ?ワガママは言っていいのよ。」
優しいミリョウの言葉にキシュは少しの気持ちが軽くなった。
「あとさ。ワガママ言うけど、あなたが良ければあたしのことはミリョウって呼んでほしいかな。」
思いもよらないミリョウの言葉に驚いてしまった。
「それじゃあたしのことはキシュって呼んでくれる?」
2人は顔を見合わせ笑った。
「それじゃ用意もできたから取らせてもらうわよ。いいキシュ?」
「もちろん!ミリョウ。」




