一筋の光-2
グビド達の乗る飛空艇がキシュ達の元へ駆けつけたのは管制室の言った通り10分後だった。それまでに何度も大きな津波が船を襲い、幾重に重ねられた障壁魔法も残りわずかというギリギリのところだった。
キシュ達は飛空艇から伸びる光の魔法陣へ進められるまま足を運ぶ。その光の強さに耐えれず瞳を瞑ると、懐かしい2つの声が聞こえた。
「キシュ!!」
目をゆっくりと開けるとそこには心配そうにこちらに駆け寄るミンキュとその後ろを歩くグビド。
「無事でよかったです。」
「そっちこそ。」
疲れはてボロボロの2人の笑顔が交差する。
ミンキュの後ろにはイースにイトワ。それに見たことのない顔と、新聞でしか見たことのないビッグな顔にみんなが度肝を抜かれていた。
「シュアトル皇子???」
ミンキュがどうやって説明をしようか笑っていると、シュアトルがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「君たちとまさか共に戦うとは思っていなかった。よろしくレルエナ帝国第二皇子シュアトルだ。」
差し伸べられた手にキシュはおどろおどろ手を伸ばした。シュアトル皇子と言えばシャザンヌの味方だったのでは??たくさんの疑問がキシュの頭によぎった。
「混乱するのも無理はないな。今まで君たちを追っていたのは私の指示だったからな。」
「あなたが…」
「我が帝国に仇なす可能性があるのなら早くに対処しなければいけないからな。しかし…帝国に仇なすのは君たちではなかった…。今までの無礼申し訳なかった。そしてミンキュを助けてくれた事。感謝している。ありがとう。」
深々と下げられた頭。
みんなが慌てふためき、急いで顔を上げるよう求めた。それからレルエナで起こった出来事をミンキュが教えてくれた。
胸が締め付けられる。
なぜこんなことが…キシュは行き場のない思いをただただ自分の胸に収めるしかできなかった。キシュだけではない。他の面々も静かにただ話を聞いていた。
そんな静寂を切ったのはグビドだ。
「で。そっちで何があった?」
グビドの鋭い視線がフウゼツ、トゥルナの方へ向けられると柔らかな声が響いた。
「予想してなかったことが起きたんだよ。」
声はチェズとトゥルナの後ろから。
皆が視線を向けた先にいたのはジョージの肩を借りて立つビッツ。
「予想だに?お前何もんだ?」
「エンテだ。」
ざわめく中キシュ達の視線はビッツではなくジョージへ移っていた。そこにいたのは頭を抑え、ため息を吐くジョージ。
「ジョージ!!!!!!!」
キシュもサマーティーもマリーも瞳を潤ませ、ジョージの元へ駆け寄った。その場の空気を無視してキシュ達の声が響く。たくさんの質問が投げかけられる中ジョージが笑った。
「俺は大丈夫だ…それより騙すようなことして悪かった。」
「騙す…?」
「あぁ…。」
ジョージの鋭い視線にエンテはわかったわかったと言わんばかりのめんどくさそうな視線を返した。
「お前らの計画が馬鹿げてたから俺の計画に塗り替えるのを手伝ってもらったんだよ。」
その言葉にトゥルナの声が荒ぶる。
「お前ら2人しかいなかったから、あぁせざるを得ないのはわかる。だが犠牲がでかすぎる。わかるか?俺なら犠牲を減らせる方法があったんだよ。」
エンテの言葉はまさに火に油。
トゥルナの怒りは頂点へ達する。久方ぶりに抱いた感情を処理する方法などとうの昔に忘れてしまっていたのだ。
「あなたはアベドの側にいたじゃない!どう信じろって言うの?!」
「仕方ないだろ?アイツが俺を起こしたんだ。それにわかるか?起きたてでここどこ状態だぞ?俺一人の自由が効く時間なんてほぼ無かった。」
「…そうだけど…」
「だから今回のマクリア・メソンへの同行だけがチャンスだったんだ。」
「そんなこと言ってますが。貴方。度を越して派手に動き回ってましたね。」
チェズの言葉に苦虫を噛んだような表情のエンテ曰く、久しぶりの体にテンションが上がってついついやっちゃったようだ。その返答にチェズもジョージも呆れてため息をこぼす。
「で。貴方の計画って何だったのよ?」
トゥルナの尖った言葉が気の緩んだ場をもとの緊張感に戻した。
「あちらとの通信は全て切れてることくらい分かりきってるだろ?それなのにわざわざ通信制御を破壊してアベドの怒りを買う必要なんてあるか?答えはノーだ。アベドに適当な嘘ついて大人しくさせりゃ済むからな。やる気の失せたアイツなら俺ら3人で何とかやれる。わかるか?俺はアベドに味方だと思わせる必要があったんだ。だからお前らとやり合ったわけ。」
「それじゃ何でジョージの体に移ったのよ?!」
睨みつけるキシュ。
「それは俺が頼んだ…」
ジョージの言葉に皆驚きを隠せなかった。
「もうこれ以上、ビッツの体に負荷をかけたくなかったんだ。こいつの話だとお前らは殺さないと言っていたから俺は信じて体を譲ったんだ。だが辛い思いさせることになって…すまなかった。お前らの声…ちゃんと届いてた…それなのに応えれなくて…悪かった」
ジョージが深々と頭を下げた。
「…なんだ…。」
キシュのこぼれた言葉がジョージの頭を撫でる。
「脅されたとかそんなんじゃなかったんだ…ジョージが決めたことなら…文句はないわ。」
キシュだけじゃない。マリーもコロッツィオもサマーティーもみんな優しい笑顔だった。
ジョージから感謝の気持ちが溢れた。
こほんと咳払いをしグビドがエンテを睨みつける。
「なんかよく分からんが、あんたのその計画は想定外の事態でおじゃんになったのか?」
「正解。」
「それで海が荒れ狂い大陸が燃え、沢山の命が消えたってことか?」
「まぁ。そうなる。」
他人事のようなエンテの言葉はその場にいた全員を不快にするのに十分だった。
『あんたのやったことでしょ?!何でそんな言い方なの?!!!どうするのよ?!責任とんなさいよ?!』
そう言えればスッキリするのだろう。
けれど誰も感情を言葉にすることはなかった。もうわかっていた。感情をぶつけることの無意味さを。
違う選択肢を取れば良かったのか?きっとどんな選択をしていても結果は同じだっただろう。
「姉さんはどうなってるの?」
キシュの声にエンテが答えた。
「姉さん?」
「あんた達のいう依代…アベドの依代よ!!」
「あぁ…。あれお前の姉ちゃんだったのか…。」
エンテが少し黙り込む。
「どうしたの?」
「いや…なんもない。それよりお前の姉ちゃんの話だよな?」
「そうよ!」
「あれは俺たちの知る現象と同じことが起きてるなら、レナトゥスに生まれ変わるための準備をしているんだと思う。」
「生まれ…変わる??え?」
聞きなれない言葉に困惑する。知識豊かなイトワやグビドを見てもわかっていなさそうだった。
「それってエクソリクシになるってこと?」
ミリョウのまっすぐな声が動揺を切る。エンテの首は横に揺れた。
「違うな。あれはレナトゥスの模倣。昔俺とアベドが遊びで作ってたやつだ。こちらが意図して起こさない限り起こらない現象だ。レナトゥスはあんなオモチャとは比べ物にならねぇよ。それに… レナトゥスはこの体では起きえない現象だ。」
「…変よ…」
エンテとミリョウの会話にトゥルナの困惑した声が入ってくる。その言葉にチェズも同意していた。ミリョウがすかさずトゥルナにどう言うことか説明を促す。
「もし仮にレナトゥス化が起きていたとしても、放出されてる魔力量が少なすぎるわ…。アベドの持つ魔力量なら今放出されているのより倍あってもおかしくないわ。」
トゥルナの言葉からして、彼女達にもわからない状態が起きてることを理解したミリョウは初歩的な質問を口にする。
「…そもそもなぜ魔力が放出されてるの?」
エンテがその疑問に答えてくれた。
「レナトゥスになるにはエクソリクシ同様、一度体を作り変える期間がある。それはお前らも見たならわかるだろ?」
「えぇ。虫のように繭を作り体を作り替えていたけど、魔力の放出なんてしてなかったわよ?」
「…違いますよミリョウさん。エクソリクシを製造する際、魔力液に浸していたって説明したの覚えてますか?」
会話を遮るイティラの言葉はミリョウを納得させるには充分だった。
「あぁ…そういうこと…。私たちの体には放出する魔力がないから外から補わないといけなかったってこと…」
「正解。」
エンテが満足そうに答えた。
しかし今回の現象を引き起こしたのは神の体ではない。ヒトの体だ。誰もが疑問した。それはトゥルナたちも例外ではなかった。
「けど…あなたたちの体でレナトゥスへの誘発はありえないのよ…ありえちゃダメなのよ…」
「認めたくないのはわかるが、見ての通り今起こっている現象はどう見ても生まれ変わりのプロセスだ。」
困惑するトゥルナに言い聞かすようにエンテははなした。そしてすかさずミリョウへと視線を向ける。
「さっき『なんで魔力が放出されるのか?』って聞いたよな?あれは外敵から身を守るためだ。魔力のない個体はそれができないから現象が発生しない。」
「魔力の強い個体ほど生まれ変わって生き残る可能性が高いのね」
「その通りだ。魔力を放出して作り出された結界は己を中心に円状に作られる。その大きさと強度はその者自体の魔力量に左右される。そしてレナトゥスとして生まれ変わりが近づくにつれ徐々に弱まり誕生する…」
エンテの言葉は悲壮感にみちている。よくわからないキシュですらその危険度合が理解できるほどだった。
トゥルナたちの感じた違和感というのはシャザンヌを依代としても本来の力を持ち合わせていたアベドであれば今以上の魔力が放出されていたということだ。ミリョウは少し目線を足元へ逸らし考えた。
「この現象の前プロセス…。レナトゥスへの準備に入る兆候ってあったりするかしら?」
「えぇ。もちろん。激しい眠気と空腹に襲われてしまうの。とにかく食べて寝るしかしなくなるわ。」
トゥルナの返答にエンテとシュアトルが首を傾げた。
「あいつ常に起きてたぞ…それにあんまり食ってる印象無かったな…」
「私も彼女が大食いと言う報告は受けていない。そうだな葉月?」
シュアトルの言葉に葉月も肯定した。
彼らの言葉を聞きミリョウの視線は再び足元へ移され、そしてぶつぶつと考えを整理するように言葉が無意識に吐き出される。
「そもそもこの現象は虫の変態行動とほぼ同じ…。けど兆候すら起きてない…そう考えると本来この現象は起きるはずがない。…でも起きてる…。しかも想定される魔力量よりも少ない…それじゃかなり未熟状態で誕生になるんじゃ…」
その言葉にキシュが食いついた。
ミリョウの肩を掴み、すがるように確認する。
「それ本当?!」
「え?…えぇ。話を聞く限り高確率で…」
「あなたの見解は正しいと思います。そうであれば私たちの力でアベドを処分することができるかもしれない。」
「処分?!ちょっと待って!!」
チェズの言葉に驚きを隠せないキシュの声が響く。
「処分…ってどう言う…こと?」
心臓が爆破しそうなほど激しく鼓動するのに対し、チェズの声は静かだった。
「もちろん言葉の意味通り殺すんです。レナトゥスとなってしまえば言葉も想いも何も伝わらない。レナトゥスは本能のまま目の前の物を破壊するだけの存在です。殺さなければ殺されます。我々は常にそうしてきました。」
「そんな…それじゃ姉さんは…」
できる限りの救いを求めるように、キシュは訴え続ける。
「あの時姉さんは『逃げて』って言ってくれたの…姉さんはまだ生きてる…。…そうだ!!姉さんから宝珠を切り離せば…違う…壊せばアベドから解放されるよね…?!ね?!」
すがる視線にエンテやトゥルナ、チェズの顔は曇る。
「確かに、宝珠を壊せば…アベドと依代の繋がりが消えれば解放されるかもしれません。けどレナトゥスとなった場合、話は変わってきます。そもそもレナトゥスに人格があるのかすらわかりません。それに生まれ変わるのだからアベドと依代が融合してる可能性だってあります。そもそも宝珠を壊したところで貴方の姉が元の状態に戻るとは僕は思えません。」
「俺もチェズと同じ意見だ。そうなるとやる意味ってのは残された者…お前の気持ちの問題だけだ。わかってると思うが、処分は単純に殺すだけだが、お前のやろうとしてることは…殺す前にアベドとお前の姉ちゃんとの繋がりを断ち切るってことになる。それがどんだけリスク高いかはわかってんだろ?」
溜息混じりのエンテの言葉と哀れみのチェズの視線が重くキシュにのしかかる。どれほどリスクがあるのかくらいわかっている。確証のない自己満足だけを満たす行為であることも。
だからこそ何も言い返せない。行き場のないモヤモヤした気持ちが胸を掻きむしる。
「リスク高くてもやってみる価値はあるだろ。俺はキシュの気持ちを汲むべきだと思う。」
重厚なサマーティーの声が重たい空気を切る。みんなは驚いていたが、共に旅してきたマリー、ジョージはその言葉にうなづいた。エンテが渋い表情を見せ、口を開こうとした時、意外な声が響いた。
シュアトルだ。
「彼女の気持ちを汲まずして、アレを止めても彼女…いや我々も前には進めない。大きな後悔を背負うだけだろう。やれることはやるべきだ。」
まっすぐキシュを見つめ、堂々とした姿に、彼が人の上に立つべき者であることはすぐに理解できた。
「そんな気持ちの問題じゃないんだ…
「いえ。彼女の気持ちは汲むべきよ。」
静かなトゥルナの声にエンテとチェズが驚いた。
「この戦いは私達が生み出してしまった物。その後始末を彼女に背負わせるのだから彼女の意思は尊重すべきよ。…けどね…。無理だとわかった瞬間、手は引いてちょうだい。私はこの世界を…この子達を失いたくないの…」
トゥルナの慈愛に満ちた言葉にチェズも同意した。そしてエンテの背中を押した。ため息と苦し紛れの笑みが溢れる。
「しゃーねーな。トゥルナの言うことも一理あるか…。こういう面倒事は好きじゃねーけど…やるか。」
その場のみんなが命を賭して己の想いのため戦うことは顔を見ればすぐに理解できた。そんな思いを拒むなんて思い違いだろう。
「ありがとう。」
キシュの振り絞った言葉をみんなが受け取った。
「しかしこの調子じゃ間に合わねーか…」
「??何が間に合わないの?」
キシュはエンテのぼやきを拾い上げる。
「いやー。もし仮にアベドとお前の姉ちゃんが融合せず存在してるなら、魔力の違いがあるはずだから、探知機作れば楽になると思っだけどさー。5日じゃちょい足りないなって。」
エンテの軽い言葉はその場をどよめかせた。
それもそうだ最終決戦までの猶予が短すぎる。
「は?!あと5日しかないの?!」
「あぁ。本来なら1週間だが、どうも進行スピードが早いっぽいんだわ。この調子でいけば早くて5日後だ。あと1日あれば確実につくれんだけどな…」
「1日でいいの?」
ミリョウの言葉にエンテが驚く
「延ばせるのか?」
「私の仮説が正しければね。まぁほぼ間違いないけど。1日は猶予が作れるはずよ。」
「どうやって?」
「エクソリクシを誘発したホルモン剤。あれを誕生直前に打つのよ」
突拍子の無い言葉に一同唖然とした。処分の依頼をしたカールと処分をしたイティラは特にだ。カールに関しては顔面から血の気が引いて真っ青になっている。
「え?…ミリョウちゃん?!アレは処分しないとダメだった…よね??」
「そうだ。アレは私がすべて処分した。まさか…持っているのか?」
「んなわけないじゃない。作るのよ。」
笑いながら答えるミリョウにイティラとカールの口は塞がらず大きく開いたまま。それもそうだ。作り方を知っているのはアベドだけなのだから。
「作るってミリョウちゃん正気?!」
「正気よ。ここにはイティラもカールもいるんだから作れるわ。」
「ミリョウさん…買い被りすぎだ。確かにエクジソンはすぐに手に入るけど肝心の合わせる要素がわからないじゃないですか…。」
「唾液だ」
エンテの言葉が響くとミリョウはエンテが答えてくれるのを分かっていたかのように得意気ににっこり笑った。そしてキシュの方へと視線を移す。
「あの女固有のものだと思ってたわ。予想的中ね。あの女の唾液に近いもの。あるでしょ?」
その言葉に全員の視線が一気にキシュへと注がれる。まさかの事態にキシュはついていけない。
「わ…私??」
確かにシャザンヌと姉妹のキシュならば作れるのかもしれない。一筋の光が広がりそうな感覚がキシュを包むのをイティラが水を差す。
「材料があったとして配合が分からなければ作れませんよ!!」
「エクソリクシの死体があれば可能よ。」
「今から取りに行くのか?」
シュアトルの言葉にミリョウが首を縦に振る。
少し言葉を詰まらせたシュアトルは覚悟した。
「わかった…。彼らならまだ…
「化け物なら我らが保管している。」
シュアトルの言葉をイトワの声が覆い被さる。
「我らが保管している化け物は瀕死状態で死んでない。そっちの方が都合が良いのではないか?」
「ほんと?!好都合よ」
「待て待て待て!」
サマーティーの声が場の空気を斬る。
みんなの視線がサマーティーに集まった。
「簡単に言ってるけど、誕生前に薬を打つ???んなことできんのか?結界で守られてんだろ??それに注射器の針が通るのかよ?」
「そういえば…蛹の大きさってどのくらいかわかるかしら?」
ミリョウの質問にイティラが答えてくれた。
「あの結界の大きさからして我らの4倍くらいには成長している可能性はありますね…」
「4倍…特注の注射器が必要なのは確実だわ…」
「結界に関しては、だいぶと弱くなってるはずだからなんとかなると思うが…そうか…針が通るかまではわからんな…」
エンテの言葉にチェズもトゥルナも同意した。
美しい希望のガラスにヒビが入るような音がした。
「注射器なら私が何とかする。」
その声はまさかのシュアトル。シュアトルはオーランソでも武器の開発に定評があった。
「貴方が作ってくれるなら安心だわ。」
「期待に応えれるようにする。」
「っし。これで問題はかなり減ったな!まぁ何とかなるだろ!」
豪快なエンテの笑い声はみんなの不安を吹き飛ばすようだった。




