幕引き-4
ゆっくりと立ち上がったかと思えば、想像もできないほどの俊敏さで落ちてしまった剣を手に取り、向かってくるグビドを吹き飛ばし、刃はミンキュに向け振り下ろされる。
素早く体をかわし、残り少ない体力で拳を振るう。
鈍い音と共によろけるダイアナの体。
間髪いれずに繰り出される小さな拳には肌の柔らかな感触は感じられなかった。ただ黒い何かに覆われていた。そう思った次の瞬間、激しい痛みが身体中を駆け巡る。
気がつけばミンキュの体は地面へと打ち付けられていた。
気を失いそうになる痛みに耐え、見上げるとダイアナが静かにミンキュを見下ろしていた。
その瞳は知っている。
それは化け物となった弥生や長月とは違う。
知っている。
それはヒトの強い意志が宿ったもの。
「お前は勘違いをしている。」
響く低い声。
予想だにしていなかった状況にミンキュは答えられない。ただ見上げるしかなかった。
「私は望んだのよ。この力を。」
振り下ろされる剣。
吐き捨てられる言葉。
分からなかった。
考えようとしても答えが出ず、ただただ目の前の映像と言葉が頭でループする。
「気をしっかり持て!!!!!!」
頬の痛みとグビドの怒声でようやくミンキュの視界がクリアになった。
気がつけばグビドに抱き抱えられ、ダイアナから距離を置いたところまで移動していた。駆けつけたイトワとミリョウが、魔法や薬を処方し傷を治療してくれている。
「感情的になるな!!!冷静になれ!!!」
唇を噛み締め、拳を握り締める。ミンキュの心を悔しさが埋め尽くす。感情的になり判断を鈍らせることがいけないとわかっているのにできない。
できないのだ。
注意されたのにできないのは、どうしても理解ができなかったからだ。
だから叫んだ。
だから引き戻そうとするグビドの手を振り解きダイアナへ向かった。
「あなたが求めた?!!!そんなことをしなければならないほど!!あなたは弱かったんですか?!」
単純な軌道と共に吐き出されるモヤと拳が、ダイアナの胸を目がけて繰り出される。響く音はなく。ミンキュのちっぽけな拳が握りつぶされる。
「そうだ…。私はこんなことをしなければいけないほどに弱い。」
言葉に涙が溢れる。
小さな子供のようにただ首を横に振り、違うとしか表現できないミンキュを見つめる視線はまるで何もかもを知っている大人のようだ。
「卯月。こうならなければ守るべき者が守れない時…君ならどうする?」
「え?」
「私はティアトル様を守るためならなんでもやる。この身がどうなろうとあの方を守れるのなら…」
「私は命じられたならなんだってやる…!あの方を守れるなら!」
拳を上に振り上げ、ミンキュの体が宙を浮き再び地面へと投げつけられる。イトワがかけてくれた防御壁が砕ける中、ミンキュの思考は困惑する。
−自分ならどうした?
−彼女と同じ立場なら?
−どうした?!!!!
ダイアナに同意するしかなかった。
この時ミンキュは初めて理解した。自分は化け物と戦っているのではない。自分と同じ覚悟を持ったヒトと戦っていると。そしてこの戦いに勝ち目がないと理解できた。
わかった瞬間に恐怖がミンキュを襲う。
足が手が震え、立ち上がることができない。
ゆっくりと近づくダイアナの足音。
伸びる手はミンキュの頭を掴み上げる。
「力無き正義などないのよ。」
吐き出される言葉は、死を招いている。
怖かった。
その瞬間2人の間を何かがすり抜け、ダイアナの左頬から一筋の血が流れた。
一時の静寂をミリョウの大きな声が響く。
「ふざけるな!!!!!」
震える手で必死に銃を握りしめ、震える足で無理やり立っている。横にいたグビドもイトワも突然の行為に唖然とミリョウの背中を見つめるしかなかった。
「嘘偽りを守ることが正義??!!!!」
ダイアナの動きがぴたりと止まった。
静かに向けられる殺意のこもった視線。
「なんと言った?」
「何度でも言ってあげる!!『嘘偽りを守ることがあんたの正義なの?!!』」
「嘘偽り?何のことを言っている?」
「それじゃあれは何?!!!なぜティアトル皇子は壊れてるの?!!!!!」
ダイアナの瞳孔が大きく開かれ体が揺れる。
「何が…わかるっていうの…
「わかるわよ!!!!嫌われたくないことくらい!!!けどダメなのよそれじゃ!!!結局あなたが守りたかったのはあなたなのよ!!!皇子を守り続けるあなたなのよ!!!」
ちがう
小さな音は次第に耳に聞こえるほどに大きく繰り返された。叫びは憎しみを生み、理性を殺した。行き場のない憎しみが溢れていき、力が暴走する。振り下ろされる剣からミリョウをイトワの防御壁とグビドの爪が守ってくれている。
けれども暴走するダイアナの力は想像を超えている。
けれどもミリョウは必死に叫んだ。
「あなたはできたはずよ!!!彼を正すことを!!違うと言うことが!!!」
「だまれ!だまれ!!!」
「あなたしかできなかったのよ!!!」
「だまれーーー!!!!!!!」
振り下ろされた剣は地面とその身を砕き、飛び散る破片と涙が散る。
力なくダイアナは崩れ、両の手で顔を覆った。
荒く吐き出される息と共に、過去の行いを肯定した。
「私は…間違ってない…。私は…私は…」
− 思い出される大切な瞬間。
− 優しく彼を包んだ。
− 彼のなすこと全てを肯定した。
− その時の彼の安心した笑顔
ダイアナの脳裏に浮かぶティアトルの姿はどれも幼い頃の姿。まだ王位継承権問題が騒がれる前の姿。ではその後の姿は?
背後で繰り広げられるシュアトルとティアトルの戦いを急いで見つめるダイアナの瞳にはミリョウの言う壊れたティアトルが、自分の知らないティアトルが映っていた。
「そんな……違う…あたしは…」
その刹那、炎と風がその場を襲う。
誰も予想できなかった。風は勢いよく建物を砕き巻き上げ、炎は燃やせるものを手当たり次第燃やす。
ミンキュやミリョウ、グビドたちはイトワの防御壁で何とか大事には至らなかった。巻き上がる砂埃で前が見えない。
「シュアトルさま…は?」
ミンキュは細い声で、力無い手を伸ばしシュアトルを探す。指を伸ばそうとするけれども見えない守りの壁が邪魔をする。次第に視界が晴れてゆく。
絶望がミンキュを襲う。
あたりは炎と瓦礫の山。
「出して!!!」
ミンキュが叫び、限界に近い足に鞭を打ち無理やり動かす。イトワは無言で魔法を解き、個々を守る防御壁をかけてくれた。
「無理をするな」
グビドがミンキュをおぶり、軽やかに瓦礫を飛び越える。その背中をミリョウ達が追う。
瓦礫を登り登り、目下に見える光景は変わらず赤に包まれた瓦礫の山。2人の姿はない。
急ぎ2人がいたであろう場所まで急ぐ。
「シュアトル様!!!」
確認できたシュアトルの後ろ姿。
喜びと安堵で心がゆるみ向かう。
しかし安堵と喜びはすぐに消え去る。シュアトルの背の向こうには瓦礫に押しつぶされているダイアナ。そして呆然とダイアナの頬の毛を両手で掴み、力無く揺さぶるティアトルだった。
「起きろ…おい。起きろ…起きろ…」
繰り返される言葉は次第に大きく、次第に震える。揺れは激しくなる。けれども何も返ってくることはなかった。
ティアトルの言葉は消え、大きな叫びだけが響く。
「…兄上…」
ティアトルの肩にシュアトルの手が近づく。
「やめろ!!…もう…やめてくれ…もう…」
「ダイアナだけだったんだ…私が持つことができたのは…私を受け止めてくれるのは…」
シュアトルはこれ以上、手を伸ばすことはできなかった。いつも気丈に、強い彼の初めての姿。
小さな子供のようにただただ涙を流す彼に。
シュアトルの伸びた手は力無く垂れる。
「…消えてくれ」
「けど!!ここはき…
「お願いだ!!!!」
ティアトルの声が響き、あたりが静寂に包まれた。少ししてティアトルがゆっくりと振り向いた。その姿はとても懐かしく、シュアトルがずっと求めていたものだった。
涙を浮かべる瞳から覗く強い意志。
「お願いだ…。私の最初で最後の願い…叶えてくれないか?」
少し困った微笑みにシュアトルの言葉は止まる。伸ばしてた手を止め拳を力強く握った。兄に背を向けミンキュ達の元へ向かう。
「今すぐここから出る。」
「しかし…。ティアトル様は…」
「今すぐここから出るんだ!!!」
シュアトルの決断を理解し誰も何も言わなかった。静寂をかき消すようにポッカリと開いた上空から2隻の見慣れないソーサーの飛空艇。
イースが呼びつけたようだった。
急ぎミンキュ達が飛空艇から放たれた魔法陣へ向かい船へ乗り込む。そして最後に残ったシュアトルが魔法陣へ向かう時、後ろからティアトルの声が聞こえた。
「すまなかった。シュアトル。ありがとう。」




