幕引き−3
「なぜ牢から逃げ出した?」
唐突な質問を投げられかけ、驚いたもののシュアトルの心は揺るがない。深い呼吸をして応えた。
「貴方達を止めるためですよ。」
「止める?」
「そうです。このような道から外れた行い…やっていいはずがない…」
「道を外れた?違うな。救っている。生まれた意味のない者達に意味を与えているのだ。」
「あに…」
「黙れ!!!!!!!!!」
シュアトルの声をかき消すティアトルの叫び。
ぶつかり合う視線。
先に口を開いたのはティアトルだった。
「…王に歯向かうのか?」
「私は全力で兄上と父上を止めます。」
ティアトルの高らかに笑う声が響き、混沌とした空気が流れる。シュアトルは息を呑み震える手を抑え口を開く。
「なにがおかしいのです?」
「もう父上はいない。私が殺した。王とは私だ」
ティアトルの言葉に心が乱れた。
信じることなどできなかった。
咄嗟に出てくる言葉を止めては別の言葉が出てきて止めて…繰り返される行動。
「私がそんな大それたことすると思っていなかったか?臆病者の私が。」
ゆっくりと忍び寄る足音。
近づくティアトルを凝視する。
鼓動が早まる。熱い。
強く持とうとしていた心が砕けそうになる。
強く冷たい眼差しを向けティアトルは続ける。
「私は間違ってなどいない。私の行い全てが正しいのだ…」
「…皆が私を否定しようとも私は正しい!!!」
言葉と同時に振り下ろされる剣。
「ご容赦!!!!」
体当たりをされ、シュアトルが床に倒れた。
ティアトルの剣を心許ないくない2本で受け止める葉月の姿に舌打ちするティアトル。
「邪魔をするな!!!!!」
ティアトルの左足が葉月の腹を蹴飛ばす。
小刻みに床に叩きつける足。
血走った目は細くなり、虫ケラを見るような眼差しを送っている。
「何もかも邪魔だ……。ダイアナ!!!!」
力強い足音。
ティアトルの声に従い、こちらに向かうエクソリクシ。変わり果てた幼馴染はシュアトルの視線を無視し葉月の方へと進んでいく。
葉月の方へ手を伸ばそうとすると何かに阻まれ、ダイアナの視線は神無月へと向けられる。
まるでコバエを払うかのように背負っていた大剣を神無月めがけ振るうと、巻き上がる風により吹き飛ばされる神無月は壁に勢いよく打ち付けられた。そして防御壁を素手で破り、軽々と抵抗する葉月をボールのように握りしめ、壁へと投げつけた。
ミリョウの足は衝動的に神無月と葉月の元へ動いていた。そこに恐怖という文字などない。微かに神無月の体が動いているのが見えたミリョウは葉月の元へ急いだ。
体を支える壁のかけらのおかげで状態がわかりやすい。首元に触れる指には小さいながらも鼓動を感じられた。しかし安心はできない。すぐにポケットから薬と注射を取り出し手早く処置をする。これでなんとか応急処置はできたがここから運び出し、より適切な処置をしなければいけない。しかし下手に体を動かして傷を深めるのも怖かった。そうなると頼みの綱となるのは神奈月しかいなかった。すぐに体力と魔力の回復薬を打つため、ミリョウは神無月の元へ振り向くと、変なものが視界に入った。
ギラギラと眩しいもの。
気づいた時にはもう遅かった。巨大な剣がミリョウめがけて振り下ろされている。あまりの恐怖で目を瞑ってしまった。
「?」
痛みも感じなかったし、先ほどまで見えていた剣もダイアナもいなかった。その代わりに見えるのは息を切らしたイトワだった。
「間に合ったな。」
「あ…ありが…
「どうすればいい?」
突然の言葉に追いつくことのできないミリョウに対して、イトワの眉間には深く皺がよる。
「あ…2人を安静にさせたいの。」
「わかった。」
イトワは持っていた杖を振ると葉月と神無月の体はふわふわと宙に浮きはじめた。そして杖をカール達の方へ勢いよく振ると同じ速度で2人は飛んでいき、杖の動きと同時に優しく床へ降ろされた。
「貴方もあっちへ…
「イトワ!!お前魔力回復したのか?!」
イトワが最後までセリフを言い切る前にグビドの声が遮った。見てみるとミンキュと一緒にこちらへ駆けつけてきてくれたようだ。物凄く驚いた声にイトワは平然としている。
「あそこにいる方からの薬で、まぁ全快とまでいきませんが。」
「?!な!お前!!」
「感動してる暇はありませんよ叔父上。来ます。」
「わかってる!!!!」
イトワの言葉と同時にグビドは身を屈め、襲いくる剣をイトワは分厚い防御壁で受け止めた。
ミンキュは勢いよく跳び上がり鎧で覆われた顔面めがけ右の拳を振り下ろすも、ダイアナは素早く剣をミンキュの方へと振り切ろうとする。
「させるか!!!」
鋭利なグビドの爪が鎧を突き破り、ダイアナの右腕を刺し、そのまま奥へ奥へ爪を捻り込ませる。ダイアナは動きを少し止め、視線だけをグビドへ移した。
グビドは笑って爪を抜き「馬鹿が」と呟くとダイアナの体に衝撃が走った。
ミンキュの拳が右顔面に直撃したのだ。
鎧を通し、骨を通し走る衝撃は凄まじく、大きな巨体を吹っ飛ばす。
大きく肩を揺らし、息を吸い込み涙と共に吐き出した。
「ダイアナ隊長…!なぜ!!!なぜ!!あなたがこんな目に?!!!!!!」
溢れる涙と共に吐き出される悲痛な叫び。
なぜ?
どれだけの涙がこの頬を伝ったのか…泣いても泣いても涙は枯れない。
たった一度だけの会話がミンキュの脳裏を駆け巡った。
それはなんの変哲もない夕暮れ時だった。
城の外れで、警護班も少なく、さぼるにはうってつけの場所。木々は少なくあたりは草原の波に白と黄色のしぶきのような小さな花が咲いている。
静かでミンキュのお気に入りの場所。たまに1人になりたい時にこっそりやってきていたのだ。
ある日そこに思わぬ先客がいたので、ミンキュは気づかれないようにその場こら立ち去ろうとした。
「なぜ立ち去る?」
その言葉にビクッと驚くもすぐに振り向き深々と礼をした。
「失礼いたしました!ダイアナ隊長!」
「そんな畏まらなくてもいいだろう?同じ無月ではないか?」
「へ?」
間の抜けた返事にダイアナは思わず声を出して笑っていた。
普段聞くことのない彼女の優しく笑う声に驚き、顔を上げたミンキュの目に入ってきたのは、優しく微笑むダイアナだった。
ダイアナ・グランディ
レルエナ帝国を支える騎士の中でも歴史の古いグランディ家の次女で、第一皇子護衛隊長。美しい黒髪は耳が隠れるくらいの長さで前髪は長く、センターに分け耳にかけられている。女性でありながらもその実力は唸るものがあった。おまけに整った顔。誰もが憧れる存在であるのに彼女を慕うものはあまりいなかった。それは愛想もなく口数も少なかったためだろう。鉄仮面というあだ名までついていた。
しかしミンキュの目の前にいるのは紛れもなく鉄仮面などではなかった。
「同じ…無月??貴方が?」
「あぁ。シュアトルは言っていないのか?コード師走は私だ。」
おどおどとしたミンキュの声にダイアナは笑いながら答えた。
「コード師走は…欠番とばかり思っていました…」
「無月は、私とシュアトル…コード師走と睦月から始まったんだよ。」
「そうだったのですね…」
まさかの自分の所属する組織の成り立ちを聞くとは思いもせず、ただただ呆然とするミンキュにダイアナは訪ねた。
「君は確か…」
ここにきてミンキュは自分が何者であるか伝えていなかったことに気が付き急いで自分がコード卯月であることを話した。
「卯月には守りたいものはあるか?」
「守りたいもの…もちろんあります。」
「即答か…。」
笑うダイアナにミンキュは同じ質問をしてみた。すると、ミンキュと同じ返答で2人顔を見合わせ笑った。
「私は守りたいものを何が何でも守るよ。それがどんな方法であれね。」
「同感です。」
ダイアナの真剣な眼差しに嘘偽りがないことくらいすぐに理解できる。周囲に蔓延る噂がいかに嘘で塗り固められたものかわかる。
夕日の眩しい光のようにダイアナが眩しく見えたのがとても印象的だった。
ダイアナの守りたいものはすぐに理解できたが、なぜ守りたいのかまで理解することはできなかった。ティアトルのことをミンキュは何も知らなかったから。ただただ、愚かで権力にすがる人としか理解できていなかったのだ。守る価値などどこにあるのだろうか?この時ミンキュはいずれ後継者争いでダイアナと対峙するのかもしれないとまで思った。
こんな形でダイアナと対峙するなど思いもしなかった。
荒く吐き出される息と共にしゃくれ上がる肩。うずくまる彼女がゆっくりと立ち上がる。
化け物と化したダイアナ。
しかし殴られた衝撃で吹き飛んだ兜の下には迷いのない瞳がはっきりと見えた。




