幕引き-2
砂煙が舞う中、一つの影が飛び出しできた。抱き抱えられていた葉月をゆっくり下ろすその姿を、ミンキュは見覚えがあった。
「グビドさん?!!!」
声を荒げて急ぎグビドの元へ向かった。
「ん?そのピンク頭はたしか…」
「ミンキュです!!」
「あぁ。ミンキュか。遅くなった。」
心配に見つめるミンキュの心を見透かすようにグビドは笑った。
「老いぼれが加勢したって足手まといってか?」
ミンキュは心の奥底で蓋をしていた想いを言い当てられ、ドキッとした。すぐに慌てて否定するもグビドは笑った。
「ま。残念ながらその通りなんだけどな」
申し訳なさそうに苦く笑うグビドの後ろから
2人の男性が息を切らしやってきた。
彼らの白い肌と濃い藍色の髪はイサラを思い出させた。2人のうち1人は息を切らしている。2人の姿を目にした神無月は思わず2人の名前を声に出して叫んでいた。
「イトワ様にイース様?!!なぜこちらに?!」
イトワとイースもまた自分達の名前を知る者が国外にいることに驚き、神無月から発せられるサーのオーラに困惑していた。イトワとイースが顔を見合わせ、導き出された答えを口にする間も無く、ジゼルの金切り声が響いた。
「どうゆうことよ!!!なんでコード5しかいないの?!!!!」
グビドがエクセリクシルに抱えられたジゼルに向かって答えた。
「他の2体は俺らが殺った。」
「は?嘘よ…。コード7と11よ?あんたら3人でどうこうできるはずないじゃない…」
「そりゃこっちも相当なリスクを負ったさ。でも事実だ。」
その言葉を信じられないジゼルは怒りをあらわにして暴言を叫び続けた。
「なんでよりにもよってこいつしかのこってないのよ?!使えないじゃない!!!」
「何と言った!!!」
「何って言った!!」
シュアトルとミンキュの声が重なり響き合うと、ジゼルの口とその場を一瞬にして黙らせた。沈黙に苛立つかのようにシュアトルの言葉が吐き出される。
「何と言ったんだと聞いている!!!」
怒りをあらわにした視線と大きな声に初めは驚いていたジゼルだったが、鼻で笑って得意げに答えた。
「使いもんにならないって言ったのよ!こいつはドゥルガータイプの中でも1番性能が低くて使いもんにならないのよ。まっ。ヒトの状態でもこいつが1番弱かったから仕方ないけど。」
「貴様が何を知っている?!!!」
「知ってるわよ!コイツが1番秀でたのは判断力!人より少し優れた戦闘力と合わさるとそれなりに使えるわ!!だからコイツは意識を残すことにしたの!!けど笑うわ!自分の新しい姿を目にしたらすぐ自害しようとするわけ!!本っ当!新しい自分が美しいとでも勘違してたのよ?わらっちゃう!こいつの対応大変だったのよ?エクソリクシルになった後の施術!!」
高らかに笑いながら話すジゼルの言葉が嘘ではないだろうとシュアトルやミンキュは思った。
皐月は…ヴィーディーはそういう女だった。
可愛いものが大好きで、美しい自分が大好きでいつも自分をより美しく可愛らしく見せるために着飾っていた。身だしなみに疎いメンバーをよく見下していた。戦闘能力は並より少し上なだけ。訓練でミンキュに戦いを挑んで来るも勝てた試しはない。けれども楽勝な相手でもなかった。力対決ならすぐに勝てるだろうが、ヴィーディーの繰り出す攻撃はこちらの隙をよくついていた。時には危うく負けそうになった時もあった。それだけよく状況を理解することに長けていたのだ。負けん気が強くナルシストだったヴィーディーのことだ。変わった後も美しいと思っていたのだろう。
けれども現実は違った。
恐ろしく巨大な体の下半身は太く逞しく、黒い剛毛で覆われた毛むくじゃら。上半身に上がると体は貧相になり人の頃と変わらないほっそりした手に長い爪。毛も薄くなり皮膚がうっすら見えていた。顔は人の面影はなく、毛がまばらに生えた狼そのもので美しいとは到底言えないものだった。そしてジゼルの言葉の通り頭と顔にある大きな傷。
エクソリクシルとなった弥生にもあった傷。
ジゼルの言葉の通りだというのなら、弥生も理性がある状態で変えられたのだ…
「はぁ…どうでもいいわ。コード5。目の前にいるあたし以外の奴らを殺しなさい。」
ジゼルは抱えられた手から飛び降り、手を叩いた。その音にヴィーディーは天に向かい吠えた。勢いよく四足で床をかけ、振りかざされる鋭い爪。けれどもその爪は届くことはなかった。イトワが素早くかけた防御壁がその場にいる人々を守る。広範囲に素早く展開される魔法に流石のシュアトルも驚いた。イサラをはるかに超える魔力だった。
みんなが感激している中、イトワが防御壁の魔法展開を続けていることに神無月は気がついた。考えられない広さに展開された防御壁であっても本来のイトワの力であればすぐに終わるはずだ。理由は少し考えればすぐにわかる。
演唱を止めれば魔力の供給は終わる。練り込まれた力が尽きるまで効果が持続される。演唱を止めていないということは魔力を注ぎ続けているということ。
それはそうしなければ魔法がすぐに壊れてしまうということだ。
「みなさん!集まってください!!」
神無月の切羽詰まった言葉にみんな従い、神無月を中心にみんなが集まったことを確認し、すぐに神無月がイトワの防御壁の中に小規模な防御魔法を展開する。
イトワは安堵の息を漏らし、演唱を止めると防御壁は細かなヒビが入り瞬く間に砕け散った。
イトワの肩が大きく揺れる。
「すまない…。助かった。」
「…いえ…私がもっとはやく動けていたら…」
神無月の悔しそうな声にイトワの顔に笑みが浮かぶ。
「名は?」
「…チル・クーゼです。」
神無月の言葉に驚きを隠せなかった。
チルは遠い親戚であり、巫女の候補と言われていた娘の真名だ。
「…そうか君はイサラの…」
懐かしさと寂しさを含ませたなんとも言えない表情を浮かべるイトワはたくさんのことを神無月に聞きたかった。けれども今はその時ではないことくらいわかっていた。
「!」
ミンキュにミリョウにグビド。それにシュアトル、葉月、神無月にかけられた防御魔法。
「せっかく加勢に来たのに私もイースも力が残っていない…私にできることはこのくらいだ…」
「ありがとな。お前らは休んどけ。」
グビドの優しい声と共にイトワは沢山の視線を感じた。その場にいた全員が強い眼差しでイトワに感謝していた。
「よっしゃ!!行くぞ!!!」
グビドの気合の一声が響くと同時に防御壁からイトワとイースはヴィーディーに向かい飛び出すグビド達を見送った。
「あの…」
恐々とカールがイトワとイースに魔力回復剤が入った小瓶を渡そうとするが、イトワはただ一言「いらん。」とつっぱねる。
カールもイティラもその状況を理解でなかった。
「兄上は祖国以外のものは口にしない主義で…」
イースの言葉に流石の2人も呆れたと怒りが混じった声しか出なかった。
「そのような物口になどできん。」
「そのようなもんって…あなた!!この状況わかってんの?!」
「わかっている。」
「なら!!!
「私が出るまでもない。」
イトワの言葉に半信半疑だったがその場にいた全員、戦いを見守るしかなかった。
するどい爪が振りかざされ床を砕くと同時に突風が発生し石飛礫が襲いかかる。
鋭い爪はもはや鋭利な鎌。襲いかかる10本の鎌を避けながら攻撃を仕掛けるのはなかなか至難の業だ。
これでは手出しできない。
ミンキュやグビドは接近戦を得意とする。
突如ヴィーディーの動きが鈍った。
両腕にまとわりつく黒いモヤ。重力魔法だった。今のイトワではできないはずだった。
「あまり長くは持たない!!早く攻撃を!!!」
後ろを振り向いた先にいたのは息を切らす神無月。後方に小規模な防御魔法を展開しているにもかかわらず、重力魔法を展開する姿にグビドは驚いたが、グビド以外は違った。それもそうだろう仲間なのだから。この隙をつきシュアトル率いる無月はヴィーディーへと向かった。
爪の攻撃が封じられた今がチャンスだった。
ミンキュは拳を振り上げ。
葉月はミリョウに言われたポイントに向けくないを放ち、シュアトルはレーザソードを振り下ろした。
その全ての攻撃がヴィーディーの体を襲う。
− 違う…皐月はこんなんじゃなかった…
重力の楔を受けた手を引きずり、ただただ理性もなく叫ぶその獣が仲間だと信じることができなかった。次の手を打ち込めるのに迷いが生じる。
「馬鹿野郎!!!!来るぞ!!!」
グビドの声が響いた瞬間、ヴィーディーは両腕を震えながら持ち上げ勢いよく振り下ろした。重力による重みのせいでその威力は凄まじく、衝撃波がミンキュ達を襲った。
それと同時にヴィーディーが叫ぶ。衝撃が耐えられなかったのだ。
ミンキュの頬を涙が流れていた。
− 違う…こんなの皐月じゃない…
憎たらしくて、嫌味で大っ嫌いだった。
けれども違う。
こんな皐月を観たくはなかった。
神無月の魔法が消え、自由が戻ったことに気がついたヴィーディーは考えなしにこちらに迫ってくる。
「もうやめてぇぇぇぇ!!!!!!」
無意識に声が出ていた。
接近戦は不利だとわかっていたのに、体も心も何もかもがそれを跳ね除け、ただただ拳を振り上げて向かっていた。
飛び散る石飛礫が肌にぶつかっても、切り裂かれてもどうでもよかった。
四足で構えるヴィーディーの左頬を目がけ、駆け込むミンキュ。
振り上げられる鋭い爪などどうでもよかった。
無理をすれば致命傷は避けることができるはずだ。
響くヴィーディーの声。
振り下ろされるはずの爪にはレーザーソードが刺さっている。
「ミンキュ!!!!!!行けぇぇ!!!!!」
シュアトルが出せる限りの声で叫ぶ。
ジタバタと動く左手に今度は皐月の巨大八方手裏剣とグビドの爪が抑え込む。
ミンキュは大きく踏み込み飛び上がった。勢いよく振り下ろされる拳がヴィーディーの薄い左の頬に減り込み、突き抜ける前に拳を引き抜き左手で薄い皮膚をつかむ。その勢いで顔を思いきり蹴り上げた。
ヴィーディーの口から吐き出される大粒の血が着地したミンキュに降りかかる。
しかしミンキュは避けようとはしなかった。全身でヴィーディーの血を受け止める。
倒れ込むヴィーディーの息はまだつづいている。
顔はめちゃめちゃで血にまみれ、その瞳には大粒の涙が溜まっていた。
荒い息の中なにか聞こえた気がして、ミンキュは集中して音を聞き取ろうとした。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
こちらの戦いなど何も知らない騒がしいパーティ会場を背に、静かな廊下をジゼルのヒールの音と荒い吐息が響く。とにかくこの場から離れようと必死だった。
しかし二つの影がゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。隠れようと当たりを見回していた時声が響いた。
「シュアトルはどこにいる?」
ゆっくりと落ち着いた声にジゼルは息をのみ、すぐさま膝をつき頭を下げて応えたが何も返事はなかった。恐る恐る視線を上げると目の前に声の主はおらず、ジゼルの言葉通りシュアトルの方へと向かっていた。
ミンキュが必死に聞き取ろうとヴィーディーに近づこうとしてもなかなか聞き取れない。もっと近づこうとしたとき、体は勝手に後ろへ動いた。それは常日頃の成果なのだろう。危険を察知した当然の反応であった。疾風がヴィーディーの首を削ぎ落とし、噴水のように勢いよく噴き出す真っ赤な血がミンキュに降り注ぐ。
目の前で何が起こったのか全く理解できないまま呆然とするしかなかった。
血の勢いが止まり、ようやく当たりを見ることができたが、ミンキュにはその光景も理解できなかった。
シュアトルの声が響く。
「兄上?」
視線の先に居たのは、大きな甲冑を身につけているがその大きな体全てを覆うことができないようで所々真っ黒で硬い毛がはみ出しているエクソリクシル。
そして
純白のスーツを血で汚したティアトルが立っていた。




