幕引き−1
=3時間前 レルエナ帝国=
部屋中に響く銃声は全てを終わらせた合図。
息を殺し部屋の外の壁で待機していたイティラとカール。イティラが恐る恐る部屋の中を覗くと、血溜まりの中に倒れる化け物と部屋の片隅に倒れているシュナとジゼルの姿。そしてシュアトル皇子がラボから出てくる姿が見えた。
「どう?!終わった?!!みんなは無事そう?!」
カールの小さな叫びがイティラを急かすので、返事をしようとカールの方へ顔を向けるとカールの固まった顔が目に飛び込んできた。
「イティラ博士。カール博士。皇子がお呼びだ。」
2人は突然の呼びかけに驚いて腰を抜かしてしまった。そんな2人を見て声をかけたシュネは呆れた表情で冷たくシュアトルを待たせるなと釘を刺す。2人は急いで部屋に入りシュアトルの元へ急ぐ。
シュアトルはドゥルガ達の死体から少し入り口よりにいた。そしてそのそばには神無月の治癒魔法を受ける意識の無いミンキュとミリョウ。
「ミンキュちゃん!!ミリョウちゃん!!!」
「ちょっ!!ばかっ!」
カールの声が響く。イティラが止めようとするも、その手は届かずカールは皇子そっちのけで2人の元へ向かう。急ぎ呼吸の有無と脈をはかり、命があることに安堵した。その途端2人の意識が戻り、泣きながら2人を抱きしめた。
突然のことにミンキュもミリョウも困惑し、神無月は治癒の邪魔はするなとカールは叱りつけ、ようやく自分が無礼なことをしたことに気がつき、大きな声で謝った。優しい笑い声が静かな部屋に響いた。
「約束は守ったぞ。」
優しく微笑むボロボロになったシュアトルをみてカールもイティラも涙が溢れ、感謝の言葉を何度も繰り返した。
「シュアトル様!!そのお怪我は!!!?」
シュアトルが言葉を発する前にミンキュは駆け出し、シュアトルの元へ駆け寄っていた。変わり果てた姿にミンキュは震えた。
「私が…私が不甲斐ないせいで…シュアトル様が…」
ボロボロと溢れる涙にシュアトルは申し訳なさそうな笑顔を返した。
「泣くなミンキュ。ひさしぶりの再会なのに。」
その言葉に自分が裏切り者として組織を去ったことをミンキュは思い出した。しかし葉月も神無月もシュアトルもそんなことを気にはしていなかった。グッと堪えていた何かがぷつんと切れてミンキュは声を出して泣いた。
無月の中でも冷静なミンキュの変わりように葉月も神無月も驚いている中、シュアトルはミンキュの体を抱き寄せ、背中を優しくさすった。
だんだんと落ち着いてくると今度は恥ずかしさがどっと襲ってくる。ミンキュはオドオドとシュアトルから体を離した。
「そ…それにしてもシュアトル様…左目どうなされたのですか?」
「色々あってな…」
「応急処置は私の魔法で終えていますので問題は…
「眼球の処置は遅れてしまうと義眼挿入にも影響が出ますよ。」
神無月の言葉を遮ぎるミリョウの言葉に神無月と葉月に不安が襲いかかった。失われた左目がこれからどうなるのか?どうすればいいのかまで頭が回らなかったのだ。2人の反応を見て溜息を漏らすミリョウはシュアトルに左目を覆っている布を解くように丁寧にお願いし、シュアトルもそれに従った。
手術室でもないのにミリョウは慣れた手つきで処置を施す。血で固まった瞳を開かせ、丁寧に使い物にならない眼球を切除し手早く処置を施していった。
「それにしても皇子は空中牢獄にいたんじゃ…」
不思議がるミリョウに神無月の静かな声が答えてくれた。
監獄に捕らえられたシュアトルを助けに神無月と葉月が向かい、救出した後タイミングを見計らったかのように、突如医療棟へ向かうためのエレベーターの扉が開き、誘導のアナウンスが響いた。罠かもしれないが外に出ることを優先したシュアトルたちは乗り込み、そしてエレベーターの中でカールとイティラがシュアトルたちに助けを求めたのだ。
「無茶して…」
瞳いっぱいに涙を浮かべるミリョウの視線の先には笑うカールとイティラが映った。
和やかな空気が流れる中1人荒れ狂う者がいた。
ーどうなってんの…?!
息を殺しながらジゼルの気持ちが焦る。
手に握っていたカード型リモコンで既に命令は下した。5分もしないうちに大量のエクソリクシ達が来るはずなのにもうすでに10分は超えている。このままでは自分の命すら危うい。
全ての仕事を終えた皇子達が次にやることをジゼルは理解していた。
心臓の鼓動が高鳴る。
ー やばい。やばい。やばい。どうする?どうすればいい??
答えが出ないまま同じ問いかけだけが頭を巡り、息が荒くなっていることにすら気が付かなかった。
葉月が手当てを終えたシュアトルに近づく姿が見えた。
心臓が誰かに掴まれたかのように苦しい。
シュアトルがゆっくりと立ち上がり葉月と共にこちらへ向かう。
シュナの生ぬるい血の感触が嫌に絡みつく。
あとがなかった。
自分のできることは何か?傷つかず生きる道は?考えようとするも頭は空回り続ける。
そうこうしてる間に葉月が襟元を掴み上半身を持ち上げる。
「ジゼル女史。意識が戻っていることはわかっている。」
その言葉の後、ゆっくりと開かれたジゼルの瞳は涙を浮かべ葉月ではなくシュアトルへ向けられた。
「わ…私はただシュナ博士に命令されただけです!!!何も…何も知りません!!!!」
愛らしい鈴のような震える声。
きっと初めてこの声を聞いたら、誰だって信じるのだろう。涙を流す清楚な彼女を見れば。
けれどもそんなものが通じるほどシュアトルは愚かではなかった。
「ジゼル女史。残念だ。」
冷たい視線にジゼルはこれで命が終わることを悟った。けれどもそれに従うほど素直でもなかった。ジゼルが大きな声をあげ暴れ出す、葉月は黙らせようとジゼルをそのまま床へ勢いよく押し込める。その時突如として小さな破壊音と揺れがあった。
「な…に?」
誰もが手を止める中、ネジの外れたジゼルだけは動いていた。
破壊音と揺れは次第に近づいてくる。
嫌な予感を感じ、葉月はシュアトルを思いっきり蹴り飛ばした。突然の出来事に驚くも、すかさずミンキュがシュアトルをキャッチする。
「葉月?!何を…
「神無月!!魔法を!早く!!!!」
「わかっている!!!」
神無月は巨大な防御壁の魔法を唱え、みんなを呼び寄せる。けれども葉月はジゼルを掴んでいるし、距離もかなり離れている。
そして最悪なことに破壊音はそばの壁から聞こえる。葉月が取れる行動は今すぐ壁から離れることくらいだった。
葉月がジゼルの首を離した途端、大きな破壊音と共に壊された壁の瓦礫が飛び散り、砂煙があたりを覆って何も見えなくなった。その瞬間葉月は身の毛がよだつ感覚に襲われる。
逃げなければいけない。
わかっているのに体が動かなかった。
間に合わない
迫り来る巨大な拳に気がついた時にはもうすでに遅かった。
守る体勢になるしかなかった。衝撃に耐えるために全ての筋肉を硬らせた。
けれども拳は葉月には当たらない。
恐る恐る開く瞳に映る飛び散る煌めく赤。
響き渡る叫び声。
揺れる足。包み込まれるように抱え込まれている体。太くたくましい声が響いた。
「ギリセーフだな」




