対峙-5
「殺す…殺す殺す殺す殺す殺す」
恨みと憎悪がこもった視線を注がれるキシュの体は硬直する。視線に囚われ何もすることができなかった。負の感情と魔力は場を包む。
「落ち着けって。」
「黙れ!!!!」
殺気だつシャザンヌと朗らかに笑うエンテ。
異様な光景に誰も口を挟むことはできなかった。視線が離れたからなのかキシュの硬直が解かれる。
「ここは俺がやっとくから。お前は早く連絡取れよ。目的を忘れるな。」
エンテの言葉は一瞬にして殺気を消し去りシャザンヌの顔に恍惚の笑みを浮かばせる。
「…そうね。そうするわ。あとは任せたわよ。」
180度回転し背中を見せ、遠ざかってゆくシャザンヌの背中を引き止めようと、トゥルナが声を出そうとするも余裕の微笑みを見せるエンテが立ち塞がる。
シャザンヌと遮るための透明な鉱石の壁。シャザンヌは部屋の扉を開け静かに入っていった。
「エンテ!!!!あなたわかっているのでしょ?!なぜこんなことをするの?!」
トゥルナの問いかけに、瞳を瞑り考え込むエンテは笑って応える。
「うーーん。暇つぶし?かな?」
そのふざけた回答にトゥルナは肩を震わせ呆れて笑った。
「そうよね…あなたってそういうやつだったわよね…」
「そういうこと。んじゃちょっとの間よろしくな!」
言葉を言い切ると同時に放たれる石の弾丸。
コロツィオの防御魔法はすぐさま発動され、みんなを守った。
みんな、心が焦っていた。自分たちのやってきたことが目の前で全て壊された事に諦めなどすぐ着くはずがなかった。サマーティーの剣がエンテを狙うも心にブレーキがかかる。そしてその一瞬の隙をかいくぐるジョージの槍はサマーティーの剣を弾き体ごと地面へと投げつける。
できるはずなどなかった。
中身が違えど目の前にいるのは紛れもなくジョージなのだから。
今まで一緒に戦ってきた仲間なのだから。
ジョージとのやりとりが頭を駆け巡る。
傷つけるなんてできるはずない。
「くそっ!!!!!!!!」
サマーティーの拳が地面を何度も打ち付ける。
「ジョージ!!!やめて!!!聞こえてるんでしょ?」
キシュが叫んだ。トゥルナに体を貸していたとき、体は動かせなかったが、周りのことは全部見えていたし聞こえていた。だからジョージも同じだと思って叫んだ。コロツィオとマリーもキシュと一緒に叫んだ。
「うるさい。」
呆れた表情のエンテが右手をキシュ達の方へと向けるのをみてサマーティーの体はすぐさま動いた。石の弾丸は容赦なくキシュ達を襲う。
「サマーティー!!」
攻撃を全身に受けるサマーティー。体にめり込む石の弾丸。口から血が弾け飛ぶ。全身を襲う痛みに思わず声が漏れる。
すぐにコロツィオの回復魔法が施されるも完治には程遠い。
「…戦わなきゃ…」
マリーが小さく言った。
「そんな!」
キシュが拒否しようとマリーに視線を移すと涙を静かに流すマリーがいた。
「止めないと…。ここで止めないと…沢山の人が死んじゃう…だから…トゥルナさんあたしに力貸して。」
コロツィオの手を強く握るマリー。
泣きながら頷くコロツィオ。
複雑な印を組み。唱える。
その間も石飛礫は容赦なく襲いかかる。
守ることしかできない。
− まただ…
− あたしは何もできてない
必死で心を殺し戦う仲間がいる中、キシュ1人が戦えずに揺らいでいる。
− みんなが大切。誰1人死んでほしくない。
『強くなればいい。そしたら殺さなくて済む方法があるはずだ。』
サマーティーの言葉が浮かぶ。
− できるだろうか?いや。やるしかない。
− さっき言い張ったじゃない…
一呼吸つき。頭の中の考えを一度全て消した。
強く見つめる先に立つエンテに向かい歌うように紡がれる知らない言葉達。勝手に動く指先。
「マグヌメルム」
放たれる魔法は大地を揺るがしエンテの動きを止める。威力は暗黒竜の時とは比べ物にはならない。エンテの周りどころかキシュが立つ手前まで地面が揺れ動いている。急いでサマーティーがキシュの方へ戻った。これから起こることに巻き込まれてはいけないことくらいわかっていた。
一階、ニ階のひび割れた床が勢いよく天井に穴を開けると同時にジョージの体を切り裂いてゆく。予想以上の威力にエンテは急いで自身を守る魔法を発動させた。透明な鉱石を身にまとい、そこの抜けた床の代わりを大地から生み出す。一息つくまも与えない。無慈悲に宙に上がった床の破片がエンテを襲い、エンテによって作り出された魔法全てを粉々にし、崩れ去る鉱石の破片がキラキラと煌めく。
破片の雨は崩れ去った床へ戻ってゆき、何もかもが元の状態へと戻ってゆく。
傷だらけのエンテは荒い息を吐き、腹の切り傷を押さえ込むがその瞳は大きく見開かれ、まるでこの世に存在しない何かを見るかのようにキシュを見つめていた。
エンテだけではない。
その場にいた全員が固唾を飲んだ。
前に発動された魔法とは桁が違った。
コロツィオの中にいるトゥルナも声を失っていた。
ーで…できた。
驚きと喜びが同時に押し寄せる。上がる息で声が出せない。両膝に手をついていないと立っていられなかった。自分の一部を切り取られたような感覚だった。けれども次第に力が沸き上がり失った部分に注がれるのがわかった。
それと同時に動く肩も次第に収まってくれた。
『逃げて!!』
「え?」
突然響いた懐かしい声に驚いたその時、絶望と悲しみに覆われた叫び声は全ての動きを止めた。止まることのない叫び声に鳥肌が立ち、何が起きたのか分からず頭が考えるのを停止させる。トゥルナとエンテ以外は…
「どういうことなの?!これってアレと同じじゃないの?!」
「俺が知るかよ!!!」
予想だにしない状況にトゥルナとエンテの焦る声が響く。気がついた時には2人とも駆け出し、エンテは急ぎ魔法を解いてシャザンヌのいる部屋の扉を開けた。それに続いてキシュ達も部屋へ向かった。仄暗い部屋にぼんやりと映るホログラム。真ん中に映っている人物の額には大きな瞳があった。何かを話しているようだが、全く聞き覚えのない言語で理解することはできない。
いや。
話など入ってはこないし聞こえもしなかった。
それ以上に目の前にいるシャザンヌの叫び声が大きかった。力なく座り込み髪をかきむしり力一杯引っ張ったのか抜け落ちる美しい金の髪。
叫びと共に流れる大粒の涙。
こんなに心を取り乱したヒトは見たことがなかった。
必死に落ち着かせようとするエンテ。聞く耳を持たないシャザンヌ。もう何をしてもだめだと諦めたエンテが立ち上がろうとした時だ。
焼け焦げる音と匂いがした。
「!」
床に空く小さな穴。
シャザンヌの瞳から流れ落ちた涙が硬い床に穴を開けていた。そしてシャザンヌの体がドロドロとしたゼリー状の何かに包まれ始め、どす黒い炎を噴き上げながらあたりへと流れ始めた。吐き出される炎は一瞬にして部屋全体へ燃え移り、流れる溶岩は建物を溶かし始める。
「どういうこと?!何でこんな速いの?!!」
「くそっ!!もう止めれねーぞこれ!!おい!トゥルナひとまずここから逃げるぞ!!」
「わ…わかったわ!!みんな急いで!!」
さっきまでと打って変わって、協力的なエンテの態度に戸惑いながらもトゥルナは急ぎトトラへ外へつながる通路の扉を上るように命じ通路への扉を開けさせた。
それと同時に勢いよく何かが放たれた。
それはシャザンヌの体から出ていたドロドロの液体のようなもの。その液体は部屋の壁を貫きガラスにへばりつく。部屋を守っていた壁は溶けて消え、異様な状態の全貌が見えた。
まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされたドロドロの糸。その中央にはどす黒く大きな塊。もうシャザンヌの姿はどこにも見えなかった。
「ねぇさん…」
−生きている。
ゆっくりとキシュの足が、体がみんなとは逆方向に動きだす。
一歩、二歩。
その時右腕に強い刺激が走る。
「何してんだ!!!!死ぬぞ!!!!」
血相を変えたサマーティーは嫌がるキシュを左腕で抱え込む。
「離して…姉さんを助けないと…離して!!ねぇ!!離してってば!!!」
どれだけキシュが叩いても叫んでも、サマーティーは腕を離さなかった。あっという間に通路へと押し込まれる。
「なんで!!離してって言ったじゃない!!!」
立ち上がろうとするキシュを今度は先に入っていたマリーとコロッツィオが止める。
「ダメ!!あそこに居たら死んじゃう!!!…お願い!!行かないで!!!!」
マリーの涙を見て体から力が抜けてヘナヘナと腰が落ちる。
「姉さんが…生き…てた…」
「何言ってんだ
「あの時姉さんの声が聞こえたの…逃げてって!!」
「もしそれが本当でも俺は自分の行動が間違っていたとは思わない。俺は何がなんでもお前を守る!!それはみんなも一緒だ!!!」
マリーが首を縦に振り、つかんでいたキシュの手をより強く握った。
トゥルナの声が響いた。
「エンテ!!!!これ以上は待てない!!!早く!!!!!」
その瞬間何かが投げ込まれ、キシュ達の体にぶつかり押し倒された。上を見あげ驚く。そこにはぐったりとしたフウゼツとビッツがいたのだから。




