対峙-4
細く張り詰めた糸を突然ぷつりと切られた感覚だった。体が言うことを聞かない。
ー何これ?サマーティー?コロツィオ?マリー??
叫んでいるのに届かない。
勝手に動く体。知らない言葉を口から吐き出し複雑な印を軽々と組む指。
自分に何が起きているのかはすぐに理解できた。しかしトゥルナが突然自分の体を使おうとしたのかは全く理解できなかった。
神の依代となるヒトには神由来の血が流れていないと力がうまく出せないと説明したのはトゥルナだった。
チェズはルラ。トゥルナはソーサー。エンテはマキナ。アベドはパソナ。
シャザンヌもキシュも同じパソナの血を持つもの。アベドの依代としては役に立つだろうが相反するトゥルナには全く役に立たない。むしろ逆に力を引き出すことができないと思っていた。
湧き上がる冷たい魔力に溺れそうになる。
キシュが本来持つ魔力とトゥルナの持つ魔力が混ざり合うと突然冷気が襲いかかり凍え死んでしまいそうになる。そう思った途端に熱風が襲いかかりそれが何度も何度も繰り返される。魔力の相性が悪いのはキシュもトゥルナもすぐに理解できた。キシュの体を使うトゥルナも込み上げる吐き気を抑え、自身の限界を練り込んだ魔法を発動させる。荒れ狂う波から勢いよく放たれる水の弾丸はシャザンヌを守る炎に穴を開ける。
穴を補修させる時間も与えない。波と波との衝突音で鼓膜が響く中、襲いくる波にシャザンヌの体は飲まれた。シャザンヌを完全に捕らえた水は凍てつく氷へと姿を変えてゆき、静寂があたりを包んだ。
「す…ごい。」
その場にいた全員が唖然とした。
これが本来のトゥルナの力だった。
マリーがトゥルナの力を代行したものとは比べ物にならないほど強かった。
「コロツィオがやりたかったことって…これなのぉ?」
「うん…。キシュの力は未知数。シャザンヌとキシュは血を分けた姉妹。それならシャザンヌができることキシュだってできるはず。そう思ったの…けど…ここまですごいとは思ってなかった…。」
荒い息と一緒に鼻から血が垂れる。
口を押さえて塞ぎ込むキシュをサマーティーが支える。
「大丈夫か?!」
「私をコロツィオに向けて投げて」
そう言って差し出されたネックレスをコロツィオめがけ投げた途端、キシュは大きく深い呼吸を一つつき、繋がった体の感覚を確認する。
「何があったんだ?今のは?」
「トゥルナに体を貸してた…」
「貸しただけでこんな疲弊しねだろ?どうしたんだよ?!」
「んなこと言われたって…私だってわかんないわよ…」
サマーティーの焦る問いかけは自分の問いでもある。本当にただ体を貸しただけ。フウゼツやコロツィオはなぜ平然とできて自分にはできないのか全くわからなかった。
もう一度やれと言われても二度とごめんだ。あの気持ち悪さは、言いようのないものだ…。
しかし苦しんだ甲斐はあった。
シャザンヌの動きを完全に止めることができた。
「倒せたのか?」
わずかに感じるアベドの力。
油断をすることはできない。
コロッツィオの声が響く。
「いいえ…まだよ。あの女はこんなものでは死なない。トドメを刺さなくてはいけない。」
トドメを刺すにはアベドの本体である宝珠を砕かなければいけない。その為にはこの氷の結界を解くひつようがある。アベドの体力はかなり削いだはず。アベドがどう出るかわからない。ここはチェズを待つのが得策だと思えた。
「トドメを刺すのには私がキシュの体を使ってチェズに援護してもらうのが1番の理想。」
「またキシュの体使うのか?!」
「それしか方法は無いわ。」
わかっているが連続であの状況はどう考えても無理に思えた。まだ無理だ。けれどもあの苦しみを体験したからなのか何か不思議な感じがするのだ。体全体に血が巡り熱い。今までにない感覚だった。
「トゥルナさんはコロツィオの中にいて」
「あなたが辛いのはわかってるけれどもあなたから放つ魔法以上にアベドを追い詰めることはできないのよ!わかるでしょ?!」
トゥルナの怒りを込めた言葉にキシュは静かに応えた。
「あのくらいのならあたし1人でもできると思う…」
唖然とするトゥルナ。しかしマリーもサマーティーも思い出した。以前放ったキシュの魔法を。
「ドラグーンのときのやつ…だよねぇ??」
「そう。」
「確かにあん時の魔法は凄かった…けどトゥルナの放つ魔法とは比べもんにはならなくないか?」
サマーティーのいうことももっともだ。
トゥルナの放つ魔法と比べればあの時の魔法など足元にも及ばない。
「あの時は魔力がほぼない状態だったけど今は違う。それにトゥルナさんが入ったおかげか、何かいつもと違うの。なんって言ったらいいのかな…うまく説明できないんだけどあれ以上のことができそうなの。」
キシュの不安定な言葉とは裏腹にその眼差しは強かった。けれどもトゥルナがそんな事で納得するはずはなかった。
「確実性に欠けるわ…。」
「それはわかってる。一度試させて。それでも無理な時はまた私の体使っていいから。」
キシュの言葉にトゥルナは考えた。トゥルナもまたキシュの体を使わなくていいのなら使いたくなかったのだ。それにこちらは有利な状況にある。アベドは動けると言っても先ほどよりも弱っている。それにキシュの体を使うことも事前に認識を合わせていれば簡単にできるはずだと。
「わかったわ…」
「ありがとうございます」
「けどチェズを待つわよ。最後のトドメを刺すには力が多い方がいいに決まっているのだから。」
「それはもちろ…
「誰を待つって?」
聞き慣れた声が響いた。
振り向いた先にいたのは笑うジョージ。
「ジョージ!!無事だったのね!」
キシュが駆け出そうとした時サマーティーが腕を掴んだ。
「何?どうしたのよ?」
「…違う。」
「え?」
近づくジョージにサマーティーが問いかけた。
「チェズとフウゼツはどうしたんだ?!」
「ん?あいつらは後でゆっくり来るってよ。」
「それじゃビッツは…」
問いかけに対する答えの代わりに大きな笑い声が響いた。トゥルナの静かな声がそれを止める。
「いい加減にしなさいエンテ。」
絶望がキシュ達を襲う。
最悪の現実を押し付けられ、どうすることもできない。キシュもサマーティーもマリーも声が出なかった。けれどもトゥルナは違う。動揺するコロツィオを抑え静かに語りかけた。
「チェズ達はどうしたの?」
「ん?お前がトゥルナか?」
「えぇ。そうよ。それよりチェズ達はどうしたの?!」
「そんなイラつくなよ。ちょっとふざけただけだろ?チェズは動けなくしただけだって。」
「それって生きてるってことよね?!!」
2人の会話にキシュが割って入ると驚いたエンテは笑ってさぁねと答えた。更なる絶望が襲う。エンテはそんなのお構いなしに飄々とトゥルナに語りかける。
「それより派手にやってんなー。俺もできんのかなこれ?」
魔法印を組み始めるエンテにトゥルナが聞いた。
「あなたはやはり私達の敵ってこと?」
なかなか応えないエンテに苛立ちを隠せないトゥルナ。
「いい加減にしてよ!!あなたは敵なの?!味方なの?!!!」
印を組み終わり、にこりと笑うエンテ。
「ま。敵ってことになるんじゃねーの?」
放たれた魔法は静かな氷の大地を一掃する。床から無数の鋭い鉱石が突き出し粉々に氷を砕く。無論アベドを捕らえていた氷の結界も一瞬にして砕け、中から咳き込みながらシャザンヌがでてきた。




