〓もう一つの戦い-2〓
子供の笑う声が聞こえた。
あんなに重たかった体がいつのまにか軽やかになり、足は声のする方へと導かれるまま進んだ。周りの暗闇はだんだんと明るくなり光の世界へとたどり着いた。太陽が西へと傾き空は桃色やらオレンジやら薄い水色に染まっている。浮かぶ雲は黄金の光を反射して眩しい。
そよぐ緑の草原。
小さな白い花と黄色い花が風に揺られる。
高い壁に誰もいない空間。
先ほどまで聞こえていたと思っていた笑い声はいつのまにか途絶え、風に揺れる草の音だけが響いていた。
いつも見ている景色。
懐かしい景色。
小さな頃よくティアトル、ダイアナと遊んだ場所だった。あの頃のシュアトルはティアトルにもダイアナにも敵わないただの弱虫だった。
いつも泣いてばかり。
それでも優しく笑って慰めてくれる2人がいたからここまで来れたことをシュアトルは分かっていた。そんな懐かしさを思い出させてくれる場所に2人はいない。自分だけが虚な空間に立っていた。シュアトルはなぜ2人がいないのか理解していた。
死んでいないからだ。
自分だけしかいないこの世界は死の世界なのだろう。
肩の力は抜けゆっくりと腰を下ろし、眼下に映る地面に咲く小さく揺れる黄色い花。握れば簡単に潰れるその花を見て乾いた笑いが溢れる。
「傑作だな。結局俺はこんなものだったのか。」
「誰一人として救えなかった。」
「そんなことはありませんよ。」
突然の返答に驚きうなだれていた顔をあげた。
「イサラ?」
なびく濁った青の長い髪。太陽の光が当たっていてもわかる白い肌。記憶にはない透き通った青い瞳が優しく微笑みかける。
「…迎えにきてくれたのか?」
「いいえ。貴方を追い返しにきました。」
「…そうか。」
イサラの瞳には今まで見ることのできなかったシュアトルの姿が見えていた。その姿は生きていた時に感じていたイメージのまま勇しいものだ。強い眼差し。決して折れることのない心。
「皆を救えなかった。」
「はい。」
「俺に何ができるだろうか?」
「皆誰一人望んであの姿になっていません。けれども戻ることはできないのです…。心は瀕死状態。ただ壊れるまであの姿です。」
「解放だけが救いというのか?」
イサラの小さな手がシュアトルの手を暖かく包む。
「辛く酷いことばかり貴方にのしかかってしまいます…けれども…
「問題ない。」
「皆の願いならば私は喜んでその役目を果たすまでだ。」
「それしか…俺にはもうできないのだからな。」
「シュアトル…。私に出来ることはほんの少しだけ。どうか生きてください。」
強く抱きしめられた体は光と共に消えてしまった。
「シュアトル様!!!!!」
力なくゆっくりと開く瞳には岩に押しつぶされ砕けたエクセリクシ。そして大粒の涙を流す葉月と安堵した神無月だった。
けれどもいつもと世界が違って見えた。手をゆっくりと左目へ当てるとその違和感がなんなのかすぐにわかった。
「そうか…。潰れたか。」
悔しがって謝る神無月を観てシュアトルは冷静に答えた。
「組織自体が破壊されれば魔法が効かないことはわかっている。なぜ謝る?」
「…私達が…私達がもう少し早く到着していれば…!!」
震える神無月の言葉。首を縦に振る涙する葉月。
「何を言っている。悪いのは持ち堪えれなかった俺だ。お前たちがきてくれなければ死んでいた。感謝しても仕切れん。」
シュアトルの言葉に顔を向けることができない二人の涙は地面へとポタポタ落ちる。
「俺は今から国に背き、兵器の犠牲となった同胞たちを解放する。ついてきてくれるか?」
「それは…勿論ですが…我々だけであれを倒せるとは…」
神無月の不安を葉月の言葉が一層した。
「私たちだけではないわ。」
「?」
「既に卯月が潜入し行動を起こしています。」
「卯月が?!どういう事だ?」
突然の名前にシュアトルは驚いた。まさかここに戻っているなんて思ってもいなかった。
「あの忌々しい女が出立したのを機にエクセリクシ破壊作戦が動くはず。あの女が先程客人と出て行ったのを確認しました。」
「卯月は…他国と組んでいるのか?」
「オーランソのどの国とも組んでいません。」
葉月の言い分に引っかかる。この世界には二つの大陸がある。この言い方ではもう一つの大陸が関係しているように聞こえて仕方がなかったのだ。
「まさかラファノと…?」
静かに首を縦に振る葉月の瞳は何かを決意したようだった。
「シュアトル様。この戦いは最早国同士の争いというレベルではありません。我々ヒトの存続を賭けた戦いです。ラファノ…そしてソーサーが動きます。」
シュアトルも神無月も言葉をのんだ。
ソーサーが動く意味を2人は知っていたのだ。それは最後の戦いの始まりを意味することを。
けれどもシュアトルは納得ができなかった。
最後の戦い。
それは神々がこの世界に戻り信仰をパソナ以外の種を排除することだ。神に捨てられたソーサーは神々に排除されるのを拒むため戦う。
「なぜソーサーが動くのです?あの方々は神々が戻ったときしか動かないはずです。」
神無月の慌てた瞳は葉月に訴えた。
けれども良く考えればたどり着くことはできるのだ。その考えを切り捨てればすぐにたどり着けるのだ。
「シャザンヌなんだな…」
シュアトルの言葉は葉月の首をまた縦に動かせた。
上がる息。
「ここまで来れば大丈夫かしら…」
両手を膝につき肩を揺らすイティラは目を見開き先ほど怒ったことを思い出した。
「あんな化け物…ミンキュがいると言っても倒すのは容易なことじゃないぞ…」
「えぇ…どうにかしなきゃいけない。だから行くわよ…」
「行くって…どこに?」
「決まってるじゃない。」
カールの口角ニヤリと上がった。




