もう一つ戦い-4
カールもイティラも理解ができなかった。共に難題に対する解決策を探るために互いの知識をかき集め研究をしていたのだから。しかし2人ともその答えを見つけることはできないでいた。思考能力を奪わず従わせることなど無理なのだ。それは開発当初に分かっていたことだった。どれだけのヒトが己の現実を受け入れれず自ら命を経ったか…。
横に広がる大きな長月の瞳はふつうなら捉えることのできない場所にいたミンキュを捕らえる。
「懐かしいな卯月。」
「長月…喋れるの?」
「何変なことを言ってんだ?喋ってんじゃねーか。」
いつもと変わらない口調。姿は変わってもここにいるのは長月に違いなかった。
「なんでそんな普通にしてんのあんた…!分かってんのこの状況!!」
「分かってるに決まってんだろ。俺とルルは生まれ変わったんだよ本来の姿にな!!!」
言葉と共に振り下される両腕から無数のかまいたちが吹き荒れ血が舞う。
ミリョウとカールの盾となったミンキュはすでにボロボロだ。ミリョウはカールにイティラと共に端に逃げる様囁くとカールは力の入らない脚を引きずりながらイティラの元へ向かった。この異様な状態に誰もカールを止めるものはいなかった。
ミリョウは着ていたスクラブのボタンを全て外しその中に仕込ませていた大きなメスを取り出す。
「ドクターもカール達と逃げて!!」
「何言ってんの!私も戦うわ!それよりもあんたはこれよ。」
腰ベルトにつけていた小さな鞄から錠剤と注射を取り出し速やかに処置をするミリョウ。
受け取った錠剤を飲むと出血は抑えられ痛みが引いた。肩に刺さる注射針の感覚に思わず声が漏れるも、力がみなぎってくるのが分かる。
「これ…」
「新薬よ。私だって呑気に待ってたわけじゃないわ。前と要領は同じよ、いい?」
「わかった。」
勢いよく投げつけたメスは剥ぎ取られた床に弾かれ虚しく音を立てる。
「そうかそうか!!コード3の魔道を壊したのは君だったか!!!やはりそうこなくちゃ!!!!」
虫唾の走る嫌な声が響くなか焦るミンキュ。
「大丈夫なの?!」
「心配しないで。魔道に対する警戒は強くなったけど弱点なことに変わりないわ。」
「そうだけど…」
「接近するか…注意をそらすか…」
「ならあたしが囮になる。ドクターはその隙に長月に近づいて!」
「わかったわ。」
駆け出すミンキュを追いかけるカマイタチ。
放たれたカマイタチは一直線。
避ければ当たらない。しかし避けても避けても襲いかかる風に着地してはまた飛び跳ねて別の場所へ着地。これではイタチごっこだ。
どれだけ魔力があるのか不思議に思える。普通なら途切れるか力が弱まるかするはずなのに。
「…ごめん…」
自分の限界を出し駆け出す。
前へ前へと移動すればするほど襲いかかる風のスピードは上がる。だんだんと傷が深くなり、飛び散る血。
止まることのない攻撃。
それでも立ち止まることはない。
そしてとうとう長月を捉える。
左頬に入った拳。
それと同時に投げつけられるミリョウのメス。
落ち着く暇もない。
ミンキュは体を宙で回転させ空高く伸びる右足でナイフを突き刺す。
響く唸り声に手応えを感じた。
「いてぇ…いてぇ…」
ミンキュの瞳に飛び込むのは天と地が反転した長月の顔。左の足を掴まれ、逆さ吊りになっていることに全く気がつくことができなかった。
「お前俺らのことなんもわかってねーな。」
「こうなることくらいわかってる。」
「いや。なんもわかってねな。ほら。」
右手の人差し指を横に素早く振りかざしたと思ったら風がミンキュの頬を裂いた。
「やっぱり…」
弥生と姿の違う長月に同じ魔道が当てはまるとは限らない。それはミリョウも承知していたが、今この状況ではあってほしくなかった。
賭けに負けたのだ。
ミリョウに後悔の波が押し寄せる。
「よくやった!!!これで卯月も確保だ!!!!」
「黙れ…クソ野郎。」
ミリョウの呟きと共に放たれる銃弾は長月の左腕を捉える。ミンキュに気を取られていた長月はそれを弾くことができなかった。いや。弾いたところで無意味であると思っていたのだ。
しかし食い込むそれはただの銃弾ではなかった。手がゆっくりと痺れ、感覚が鈍り力が抜ける。あっという間にミンキュがすり抜けていく。
「カールの言った通り、化け物になったとしても毒の耐性は変わりないようね。」
怒り狂い吠える長月の左腕は完全に麻痺しダラリと垂れ下がる。
神経系の毒が効くと言っても全身に広がる量ではないことは見て取れるが、もっと打ち込めばいいだけの話。しかし、神経系の毒はたしかに相手の力を奪うことはできるが、魔法の発動を止めることとは違う。どれだけ打ち込んでもあの厄介なカマイタチは止まらない。結局は魔道局を探し潰さなくてはいけない。
ミンキュの連続攻撃が繰り出されるも、どれもこれも軽々と右手で受け流す長月。それもそうだ今まで1番一緒に仕事をしてきた相手なのだから。いつもと違うパターンの攻撃を繰り出さなければいけないことはすぐにミンキュは理解できた。
カマイタチ吹き荒れる中ミンキュは動き続ける。両手を床につけ右足で蹴り付け、その反動で持ち上がる体。右の拳を腹に打ち込むと巨木のような右腕が顔を狙うもミリョウの銃弾が長月の注意を引きつけてくれるおかげで衝撃の力が緩む。けれども体は床に叩きつけられ口の中は血で溢れるものだから、勢いよく吐き出す。
ミリョウが駆け寄りすぐに回復薬を打ち込んでくれる。
上がる息を整え、深く息を吸い込む。
− 大丈夫。まだ戦える。
すぐに立ち上がろうとするミンキュをミリョウが止め、囁いた。
「水無月を狙うことはできる?」
忘れていた言葉に頭が真っ白になった。
長月ばかりに気を取られていたが水無月もいることを。
水無月と長月…
ルルとディガムは無月のメンバーの中でも古い。体が弱く華奢で自己主張もあまりしないルルを守るようにいつもディガムがいた。
ルルとディガムは双子。
ディガムはルルをつれていくことを条件に無月のメンバーとなったとルルから聞いていた。
だからなのか、ルルはいつも申し訳なさそうに無月で過ごしていたし、シュアトルもルルを滅多なことがない限り任務には出さなかった。
幻術を扱うのが得意と言っても無月の中には魔法を扱う如月や神無月に霜月がいて彼らに匹敵することはなかった。
たまたまみんなの任務が重なっていた時や、誰にでもできそうな任務をたまにこなすだけであったのだ。
そんなルルを疎ましく思うものもいたが大半は妹のように接していた。かくいうミンキュ自身も妹のように守るべき対象として接していた。
言い返せばルルは決して自分を追い詰めるほどの力を持っていないと認知しているに等しい。
だから気がつかなかった。
ディガムにばかり気が取られルルの存在を忘れていた。存在を忘れるのも仕方がないのかもしれない。喋るディガムと違いルルは沈黙し続けていたのだから。
ディガムの背後にいるであろうルルに近づこうと立ち上がり、カマイタチが巻き荒れる中を走り進むもディガムの背中に潜り込むことが難しい。
それもそうだ。
ディガムは何がなんでもルルを守っていたのだから。
これ以上ミンキュにルルを攻撃させるのは意味がない。自分が攻撃しよう。そうミリョウが思うのは仕方のないことだった。
薬を何度打ったとしても、もう限界に近いミンキュをこれ以上傷つけるわけにはいかなかった。ミリョウは背中が見えるのを耐え忍んだ。
そしてすぐにその機会は訪れる。
毒の入った弾丸が勢いよく放たれか細い腕に命中。血が勢いよく噴き出すと同時に耳を塞ぎたくなるほどの高い金切声が響き、その場の何もかもが動きを止めた。
この後何が起こるか2人とも予想することができなかった。ミンキュは急ぎミリョウの元へ向かい、ミリョウは傷だらけのミンキュの治療を行おうとした時、高音に響く叫び声は次第に鎮まり、少しの沈黙の後虚げなメロディに変わっていった。
同時に強烈な殺意が襲いかかる。
首を絞められたように息ができない。
脈は次第に早まり恐怖が近づく。
唾液と血をぼたぼたと落としながら唸り声をあげ、少ない白目が真っ赤に血走り睨みつけるディガムからは先ほどの理性が消え失せていることがすぐに理解できた。
ほんの一瞬。
ディガムの口が開かれたのが見えた。
ミンキュは咄嗟に動いた。
何故自分が動けたのかはわからなかった。けれども守らなければという強い思いがあった。
風はそんな思いも断ち切るように2人を切り刻む。カマイタチの嵐が過ぎ去る頃には虚なメロディは消え失せ、ディガムとルルはピクリとも動かず立ったまま固まり、ミンキュとミリョウは血溜まりの中で倒れていた。痛みすらも感じないなか懐かしい声が響いた気がした。




