もう一つの戦い-3
この研究棟がここまで秩序のない場所になるとは誰が想像できたであろうか?皆現実から逃げる様に酒を浴びて肉に溺れる。
イティラとミンキュは酒を配り歩く。強力な眠り薬とは知らず、皆酒を絶賛しどんどんとグラスを空にしていった。用意した酒が切れてしまったと言って2人がパーティ会場から姿を消したことをカールとミリョウが確認し計画が始まる。
騒がしい会場を抜ければそこはいつも通りの静かな研究棟。ミンキュとイティラは長い廊下の先にある目的地まで歩く。会場はあえて目的の研究室から離した。何かあっても他の研究員たちに被害はあまりかからないはずだと思ったのだ。
「着いた…」
無駄に広い認証室はもはや部屋ではなく広間だ。講堂だった場所がシャザンヌの一声で研究室へと作り替えられたのだ。
緊張が走る。
何か間違いがあればすぐに捕まってしまう。大丈夫だろうか?不安が2人を覆う。けれどもここでウジウジしていても仕方がなかった。渡されていたジゼルの虹彩情報が印刷された紙をミンキュは恐る恐る認証機へと当てる。
ここで失敗すれば警備兵が飛んでくる。
『読み取れませんでした。もう一度動かず赤い点を見つめてください。』
認証の失敗にミンキュはイティラに疑いの念をぶつける。
「…大丈夫です。落ち着いて完了が出るまで当ててください。」
「わかった。」
ミンキュはもう一度紙を当てた。小刻みに自分の手が震えていることに気がつき、片方の手で震えを抑える。長い認証時間に痺れが切れそうになる。
『暗証番号を入力してください。』
ため息が溢れた。
これで暗証番号さえ入れればあとはこっちのもの。ミンキュは教えられた番号を打つため指を伸ばす。ゆっくりと押される数字たち。
「おや?先客かな?」
静まり返った部屋にこだまする男の声にミンキュもイティラも反射的に後ろを振り返る。そこにはパーティ会場にいるはずのシュナが立っていた。その後ろには傷だらけのカールとミリョウ、2人の背中を銃で抑えるジゼルが立っていた。
何がなんだか理解できないなか、シュナの平然と発せられる暗証番号が響く。
「どうしたんです?さぁボタンを押せばいいじゃないか?」
残された暗証番号を入力すると重たい扉は呆気なく開かれた。待ちに待った研究室が開けたと言うのに誰一人として見てはいなかった。ミンキュもイティラも肩を揺らしながら笑うシュナを見つめていた。
「私が何も知らないとでも思っていたのかいミリョウ君。」
にやにやと粘り気のある視線を向けられたミリョウの顔は怒りで満ちている。
「シュナ…いつから気がついていた?」
「その顔懐かしいな〜。私に媚びへつらう顔もいいが、やはり私を見下すその顔つきは堪らないよ。ほら?今お前の中は私で満たされている。本当に堪らな…
「いつから気がついたと聞いてるのよ!!!」
「そんなに大声出さないでくれよ。初めから気が付いていたに決まっているじゃないか?君のお友達がやけに主張しているんだ。変だと思わない方がどうかしてる。」
左足にしまっていた大きなメスはミリョウの首筋を滑る。冷たく硬い感覚と熱く滑らかな感覚が同時に襲いかかる。
「ちょっとあんた!!ミリョウちゃんになにする気?!!!」
理性を抑えることのできないカールの言葉はシュナの腹とジゼルの顔を歪ませる。
「きも…」
静かに発せられるジゼルの言葉と軽蔑の眼差し。最も恐れていたものはカールから覇気を奪っていく。
「はは…面白いものを見たよ。反逆者に欠陥品か…」
「カールに謝りなさい!!!」
「謝る?私が??それよりも言わなければいけない言葉があるんだよ。…サヨナラだ。」
刃はミリョウの首から少し離れた。
指揮者の様にメスを上から下へ振るうシュナ。それに反応し、イティラとカールの叫び声が響く。
「!」
床に飛び散ったのは真っ赤な血ではなくシュナのメス。痛みに耐えれず右手を抑えて低く唸るシュナ。
視線は一点に集中して注がれる。
天井に伸びた左足を素早く戻し潜り込ませた体を持ち上げ、かけていたメガネを投げ捨てるミンキュ。
「き…貴様…。」
「Dr.シュナ…無茶苦茶やってくれたな…」
「はは…貴様もすぐに仲間に入れてあげるよ。」
まだ痛むのか右手を支えながらジゼルへと視線を移すシュナ。ジゼルは持っていた薄いカード上のリモコンを取り出し何かのスイッチを押した。警報が鳴り響くのかと思ったが静かなままだ。ミリョウとカールはすぐさま立ち上がりあたりを見回すが何も起こらない。
「何をしたの…」
「私の最高傑作を楽しんでもらおうと思ってね。ほら後ろを見てごらんよ。」
4人が後ろを振り向くと、何もいなかったはずの扉に異形のものが静かに立っていた。
どっしりと太く、黒い毛に覆われた二本の脚。
上半身に向かい黒い毛は少なくなり、胸の上へ行くと体つきは細く人の形をとっていた。細かなスパイラルの長い髪を揺らしコード11と似ていた。
誰も気配を感じることができなかった。
腰を抜かし力の入らないイティラには目もくれず、それはゆっくりと部屋の中央へと向かってくる。
背後にはあるはずの背中はなく小ぶりな別の何かが生えていた。項垂れた頭からは緩やかな黒く長い髪。細長い腕をぶらりぶらりと揺らしていた。
顔は見えなかったがミンキュにはそれがなんなのかすぐに理解できた。
「み…なつき…?なが…つき…?」
4人は言葉を失った。
結合双生児のエクセリクシ。誰がこのようなことを思いつくだろうか?いや。思いついても実行するだろうか?理解が追いつかない。
「どうだい?私が作り上げた作品は。」
「あんた…まさか…」
「あぁ。そうだよ。運良く双子が居たからね。驚くのはまだだ。さぁ挨拶をするのだ。」
シュナの大きな声に反応するかの様に低い声が響く。それは皆を驚かせた。エクセリクシは制御しやすい様に前頭葉切除で思考能力を低下させ、知能を奪う。たしかに制御はしやすいが、教え込まれたことしかできないのが難だった。しかし長月であったであろうエクセリクシはどうだ?唾を垂れ流すどころか流暢に会話をしたのだ。




