始まりの合図-5
マクリア・メソンへ向かう道の入り口はソーサーの地から少し離れた小島にある。
キシュ達が特訓をしてる間ソーサーの親衛隊達が作業に取り掛かっていた。多くの日数を要してもなお完成には至っていなかったが今はそんなことを言っている暇はなかった。最悪チェズやトゥルナの力を借りて完成させればいい。けれども願うしかない、完成していることを。彼らの力は温存しておきたい。
船で半日かかる場所が目的地。
移動の間は今後の立ち振る舞いを話し合う。ようやくゆっくりとした時間が訪れたのは船に乗って3時間過ぎた頃だった。貸し出されたマントを羽織り
どこまでも続く星空に吐き出された白い吐息を眺めながらゆっくりとキシュは廊下を歩いていた。残りわずかな時間とにかく眠り体力を回復する必要があるのはわかっていたが眠れなかった。
すると後ろから小さな足音が聞こえる。
振り向くや否やマリーが軽く跳ねて自分の名前を呼びながら抱きついてきた。
「キシュ〜元に戻ったんだね!!よかった〜!!ほんっっと心配したんだから〜!」
力強く抱きしめるマリーにびっくりするも嬉しくて顔が綻ぶ。小さな声のありがとうにマリーはにこにこでうんうん。と答えてくれた。
「マリーはザルアへ行ったのよね?」
「そうだよ〜」
「王女様って聞いて驚いたわ。」
「それはあたしもだよ〜!想像もしてなかったもん!」
「家族には…会えたの?」
「ううん。会えなかった。死んじゃってた。」
表情を変えずに答えてくれたけれどマリーの眼差しは少し寂しそうだった。
「けどね〜、おばぁ様とおじぃ様には会えたんだ〜。いっぱいお父さんとお母さんの話も聞けたし!それだけでもうお腹いっぱい!」
「…マリーってやっぱり凄いな…」
真実を知ってもなお強いマリーが輝いて見えるキシュは自分の弱さを悲観した。
「そんなことないよ〜。泣いて泣いてぇ…もう涙が枯れちゃった感じだよ〜。それに今はキシュ達もいるしクュオもいてくれてる…1人じゃないからね!」
その優しく愛らしい笑顔にどれだけ場は和まされただろう。それに加えてブレない志にどれだけ励まされただろう。
マリーの言葉はいつも胸に刺さる。
−1人じゃない。
−今はもう大丈夫。
心に何度も言い聞かせる。
部屋へ戻るマリーを見送り、また静かな廊下をゆっくりと歩く。その先には甲板に続く階段。響く鉄の音。全てを登り終えると迎えてくれるのは何にも遮られることなく流れる冷たい風と満天の星空。
そして床板に寝そべるサマーティー。
足音で気がついたのかゆっくりとこちらを振り向き、優しい微笑みを返してくれる。けれどその微笑みは悲しさを含んでいるようにキシュは思えた。サマーティーもまた自分と同じ心境だからそう思ったのだろう。
愛しい人との対峙
なぜこうも世界は無慈悲なのだろうか?
「どうした?そんな顔して?」
「え?」
「今にも泣き出しそうだ。」
手招きされ、ゆっくりとサマーティーの横に腰を下ろした。差し伸ばされた先を見るとキシュの瞳には満点の星空と妖しげにきらめく光の帯が見え、思わず声が漏れた。
「綺麗だな…」
「うん。」
「こんなにも綺麗なのに、なんで苦しいんだろうな。」
「うん…」
規則正しい波の音。
頬を撫でる冷たい風。
少しの沈黙が続いた。
「姉さんを助けれると思う?」
口には出してはいけないと思っていたのにとめることができなかった。弱気になっては行けないと言い聞かせたのに。
星空から目を逸らしサマーティーを見下ろす。ゆっくりと上半身を起こすサマーティーはまっすぐ前を見つめ曖昧な返事をした。精一杯の答えだろうことはキシュもわかっていた。けれども不安と恐れは刻一刻と忍び寄る。逃げ出したい気持ちが募る。
「…やだな…」
波の音にかき消されそうなほど小さな声を、サマーティーは聞き逃さなかった。振り向いて見えるキシュは顔を埋めいつもより小さく見える。
「あぁ。」
「きっとこのままじゃ姉さんを助けられっこない…。もし奇跡的に助けれても死ぬんだ…。」
「せっかく…せっかく生きるのが…楽しいと思えたのに…」
サマーティーの腕が自然とキシュの体を抱き寄せていた。肩を撫でてくれる手が優しくてキシュの気持ちはどんどんと漏れ出す。
どうすることもできない、考えても仕方のないことが言葉となり涙となり体から溢れることをもう止めることができないでいた。
思い出されるのは優しい姉の姿。
たわいもない会話を楽しむ仲間たちの姿。
その中で共に笑う自分自身の姿。
その全てが失われることがこれほどにも恐ろしいことだと知らなかったのに、この旅で知ってしまったのだ。
生きる喜びを。
自分が生きたい気持ち。
姉を助けたい気持ち。
強くなったのに全然足りない気持ち。
未来への絶望。
自分の運命。
矛盾・焦燥感・嫌悪・恨み
汚物を吐き出せる限り吐き出した後待っていたのは何も変わらない星空。
わかっていたことだ。
静かに流れる涙。
どれだけ立ち止まりたくても時計の針は無理矢理に背中を押して運命のコマを進める。
「ごめん…。こんなの意味ないのに…」
「忘れて
言葉を全て言い切る前に体が引き寄せられた。
力強くけれども優しく。サマーティーが体を包み込む。キシュも返してあげたかった。けれども腕は力が入らずぶら下がる。
「意味が無いとか言うなよ…」
「弱気になったっていい…。」
「…俺だって同じだ。生きてんだから当たり前だろ。完璧なんてないんだ…」
「俺が居るから。お前の横には絶対俺が居るから。」
少し体を離してキシュを見ると不思議そうにサマーティーを見つめる真っ赤に腫れたキシュの瞳が目に入った。慌てて腕をキシュの体から離して冗談まじりの苦い笑顔を返すサマーティー。
「キシュが嫌じゃ無かった
「嫌じゃない。」
サマーティーの膝に置かれたキシュの小さな手のひら。ぎゅっと握りしめられるズボンの布。
ゆっくりと俯きながら同じ言葉を繰り返すキシュの前髪を優しくサマーティーの指が撫で唇が触れる。
「ありがとう。」




