始まりの合図-2
霞が晴れうごめく影の実態が見えた。
鳥だと思っていたが、本当に鳥なのだろうか?これはヒトが作り上げたものだろうか?もしヒトが作ったものならば作った者の趣味を疑う。
青い羽に覆われた巨大な体と翼。美しく長い尾。けれどもどうだ?2つの瞳を覆い隠す翼の付け根から生えている巨大なヒトの手。隠された瞳のあいだにある大きな1つの瞳がギョロギョロと奇妙に素早く動き回っている。
開けっぱなしのクチバシから覗くぶら下がったヒトの腹。
恐ろしい。
得体の知れない化け物相手にどこまでできるか不安で仕方がない。
けれども動かなければいけない。
先陣を切ったのはキシュ。そして遅れてジョージ、サマーティー、フウゼツも駆け出した。
同時に繰り出されるコロッツィオの魔法障壁。
降り注がれる氷を避けながら駆ける。
「フウゼツ!」
「わかりました!!」
ジョージの掛け声と同時にフウゼツから放たれる突風に身を委ね、いつも以上に空高く舞い上がるジョージは心臓めがけ槍を振り下ろす。
すかさず翼で胸を保護するが、斬撃は翼に傷を与えることができた。そしてその隙にサマーティーの振るう刃は足の指を削ぎ落とした。
キシュは背中に回り込み2本のダガーで切りつける。
大きな呻き声を上げる鳥はさらに大きくクチバシを天に向け開く。その姿からは想像もできないほど美しい歌声が響き、全身に積み重ねられてゆく防御障壁。
魔法攻撃を減らし物理攻撃にシフトしたのに、これでは意味がない。攻撃を当てるためにはこの障壁を壊すしかない。しかし、どれくらいの時間を必要とする?
キシュは考えた。物理的攻撃の障壁ならば魔法による攻撃が効くのかも知れない。
降り注がれる氷を避けながら演唱を開始し、相手の魔法発動が終了したところで放つ炎。
けれども通常の攻撃に比べて与えられているダメージはやはり少ない。キシュの魔法攻撃に驚くマリーも少し遅れて魔法を演唱し始めようとした時だ。
「攻撃を止めて!!」
コロッツィオの大きな声が響く。
「なんで〜?!止めてどうするの〜??!」
「時間を戻すの!」
その言葉に皆呆れた。
「戻すって…なにを言ってるんだ?!そんなこと不可能…」
「いいから黙って皆は私の防御に回って!!!」
いつのまにかいつものコロッツィオ。瞳の色も緑色に変わっている。
皆その勢いに圧倒され言われた通り降り注がれる氷の刃からコロッツィオを守る。
けれどどれだけ守っても魔法は発動されない。初めにかけられた魔法障壁もだんだんと薄くなり始めていまにも消え去りそうだ。
コロッツィオの言葉に誰もが不満を募らせてゆく。
「コロッツィオまだか?!!」
サマーティーの苛立った声。けれども返答はない。どうすることもできない状況を打破できずもどかしい気持ちに支配されたのはサマーティーだけではない。その場にいた全員がそうだった。休む暇もなく降り注がれる氷に神経尖らせてコロッツィオを守るだけでは何も変わらない。自分たちの精神・体力が削がれるだけだ。
「戻れ!!!!」
危機迫ったコロッツィオの声が響くのと同時に鳥の防御障壁が動画の巻き戻しを実施したかのように消えていった。(同時にキシュが与えた魔法の傷も消えてしまっているが。)
初めて見る逆行魔法に皆唖然とする。マリーはコロッツィオが時空魔法を開花させたことに喜んでいる。これでまた攻撃を始めれる。皆勢いよく飛び出す。
「今度はあたしもだよ〜!!」
マリーが加速魔法を唱える。以前は一回の魔法で1人にしか効果を与えられなかったのに、その場にいた全員に効果を与えている。
息を切らすコロッツィオは回復に魔法障壁の魔法をかけサポートに徹する。
何度も振り下ろされる刃はとうとう翼を使い物にならないまで傷を与えることができた。だらりとぶら下がる片翼。もう一方の翼でバランスを取ろうとするもうまくいかない。
鈍る動き。けれどもそれはこちらも同じ。
どれだけ回復をしてもらおうとも、疲労がすぐに追いかけてくる。
もう終わりにしたい
その気持ちが先行したのがいけなかった。皆が止めを刺そうと鳥に走り込んだその瞬間に目を覆っていた両腕が離れた。白く濁った2つの瞳が姿を現したと同時に感じとれた禍々しい魔力。
それは一瞬だった。
走る足を止める間も
防御の魔法を唱えることすらも与えてはくれなかった。
吹き荒れる氷の刃。
その数は先ほどと比較できない。広範囲に降り注ぎ続き無差別に傷をつける。かろうじて自分たちの身を守ってくれているのは消えてなくなりそうなほど薄くなった魔法障壁。
障壁に衝突する刃は散り散りにし吹き荒れ、風の結界が氷のチリを滞留させ続ける。これでは目を開くことができない。
しかしながら、時間は待ってはくれない。敵の近くにいたサマーティー、ジョージ、キシュ、フウゼツの障壁は粉々に砕かれ風に巻き上げられる。
直撃する氷の刃。
肌を貫く無数の刃。冷たいはずなのに焼けるように熱くそして何も感じなくなるのに、永遠に止まることのない痛み。
なす術がなく、ただこの状況が終わることを祈るしかできなかった。
「風ならば……私の方が上のようだね。」
息を切らすフウゼツ。崩れる膝。
両手をついて何とか体は支えている。
フウゼツを中心に噴き上がった強い風は全ての氷を弾き、吹雪の結界は崩れ去りようやく視界が開けた。
折れた翼はだらりと垂れ下がり、その代わりに広がる陶器のように白く細長い腕。まるで指揮棒を振っているかのようにゆらゆらと動き同時に流れる美しく儚い旋律。ここに来てまさかの結界破壊に方向を変える化け物。それもそうだ。先ほどの攻撃でキシュ達は立つのがやっとの状態だった。
化け物は判断したのだ。これ以上戦う事の意味のなさに。
マリーはわかっていた。どれだけ実力を上げたとしても今の自分ではあの化け物を倒すことができないのを。
足りないのだ。圧倒的に魔力が足りない。
「それでも…あたしは…」
「ねぇさん?」
隣にいたコロッツィオはマリーの強い眼差しに決心を理解した。
「?」
コロッツィオがマリーの手を強く握る。
「ねぇさんあたし達でやろう!!」
「え?」
握られた手から溢れんばかりに流れる魔力。目眩に襲われるなか頭に響く知らない声。
「いいですか?私の力を渡すのです。あの子を止めますよ。」
その声の主がだれなのかマリーは辺りを見回すも、そこにはニコリと笑う青い瞳の知らないコロッツィオがいるだけ。
やってみろと言わんばかりの視線が向けられる。けども嫌味は感じない。貴方ならできる。そういう期待を感じたから。
自分のできる最大を超えて…
唱える呪文。
吸い上げる魔力。
思い出される記憶。
− 貴方の魂…無駄にはしない。
「灼熱炎宮!!!!」
大地から噴き出る蒼い炎は空へと飛ばされたかと思うと、勢いよく降り注がれる。
突然のゲリラ豪雨のように大きな音をたてて、化け物に炎の雨は降り注がれる。
止まることなく。
力の続く限り。
その場にいた全員がその威力に息を呑んだ。
立ち込める煙のなか、細い白い腕がドロドロと溶けるのが見えた。




