始まりの合図-1
その日は突然訪れた。
マクリア・メソン出発まで残り1週間となり皆の訓練も板についてきた頃。いつも通り準備をするためグビドが訓練室に向かう途中だった。
突然響くメグの声にイザナの元へ急ぐ。
自分の出せる全力で迷路のような通路を駆け抜ける途中何人かとぶつかってしまったが謝る暇もなかった。扉を勢いよく開けるとイザナとフウゼツが凍りついた表情をしている。
「クロノアが…やられた…」
「そのようね…」
「レルエナとやり合えば勝ってたはずだぞ…」
沈黙が流れる。
それもそうだ、想定よりも早かったのだから。
レルエナがクロノアを捻るようにして潰せた理由はただ一つ。≪エクセリクシル≫が使われたのは明白。今回の件で≪エクセリクシル≫の有効性は証明されただろう。それは量産の承認を得たと同等の意味。そこで気になるのは止めに入っているミンキュとミリョウ。
「あの子達は大丈夫なのか?」
「えぇ。通信はまだ途絶えていません。今回の件を知らせてくれたのも彼女達です。」
「幸か不幸か…あの女が研究所に入り浸ってるお陰でまだ本格的に動いていなくて救わ…」
チェズの唇が無意識に動きを止める。
同時に襲いかかる殺気と強い魔力にその場にいた全員が悪寒に襲われた。それも今まで感じたことがないほど大きく、チェズですらあり得ないと漏らしたほどだ。
イコワの指が止まる。
「イサ…ラ?」
キシュ達にかけられた魔法は突然解かれ、何が起こったのかキシュもコロッツィオも理解できなかった。トレーニングルームの扉を突然開けて走り出すイコワ。その後を追おうとして走り出す2人に異常な殺気が襲いかかる。
コロッツィオは知っていた。
この殺気を持つ正体を。
だから守らなければいけない気持ちが強かったのか、自分の出せる全力を出して走る。
初めて感じる感覚に恐るキシュは出遅れただ追いかけるしかなかった。
入り組んだ迷路のような通路をかけ、イコワの通った後を追いかけるがすぐに見失ってしまった。だから外へ通じる魔法陣を使うのもイコワより遅れて、2人が外に出た時にはすでに戦いは始まっていた。
今までに観たこともない姿をした巨大な鳥空を舞い、その下にイコワが見えた。
けれども様子がおかしい。
駆け寄るとその理由がわかった。
「イコワ!!止めないで!!」
イコワが必死に繰り出される魔法を防御しながら自分自身に叫んでいた。
大量の氷の刃がイコワ目掛け降り注がれ、それを打ち消すために魔法が繰り出される。
空で弾ける魔法
魔力を使えるようになった今だからこそ、目の前で繰り広げられる光景が尋常でないことがわかる。
近づけば何もできず巻き込まれ死ぬ未来しか見えない。
ほんの一瞬。
イコワの魔力が突如弱り、強力な魔力を感じた。
それはイコワの息の根を止めるためのもの。
巨大な魔力はコロッツィオとキシュの脚を止める。こんなものを止めることなどできない。
本能が脚を止めさせる。
動くなと囁く。
『限界…ですか〜。貴方の言うそれは可能性を殺す呪いのようですね。』
訓練中不意に言われたイコワの言葉がハッキリ聞こえた。脚はまだ震えてる。けれども動かないわけではない。
– 動かさないのは弱い自分。臆病な自分。傷つきたくない自分。変わるんだ!!
「止まれぇぇぇ!!!!!!」
響く声に反響し、繰り出された氷の刃はピタリと止まる。
同時に吹き出す汗。
吸い取られる魔力量は今までに経験がない。
特訓をして魔力量を増やしても、1分も保てないのはコロッツィオ自身よくわかっていた。
早く。
早くこの状況を誰か打破してと願うばかり。
限界が近づく。
−イコワは逃げ切れた?
手が震える。
−イザナやフウゼツはまだ?
まぶたが重くなって霞む視界に炎の柱が映る。
星明かりしかない空をオレンジに染め上げ渦を巻き天高く伸び上がる炎は辺りの氷の刃を一瞬にして消し去った。
何が起きたのか誰も理解できなかった。
誰がこの魔法を?
コロッツィオの目に涙が溜まる。
「かんいっぱ〜〜つっ!!!!」
空から華麗に着地するその姿。
着ている服こそ見たことがなかったけど、誰かはすぐにわかる。
こちらを振り向いてにっこり笑うマリーがそこにいた。
「おまたせ〜。」
「ねぇさん」
コロッツィオの目の前にいるのはいつも通りのマリー。その横には見たことのない長身の男性。
「遅くなってごめんね〜!!」
「危ない!」
チェズの声と同時に吹き荒れる突風と炎の柱。
あたりに突き刺さり溶けて消える氷。
チェズ、イザナ、グビドがその場に来てくれた。それと少し遅れてサマーティー、ジョージ。
「なんとかなったんだな…」
嬉しそうな表情のジョージににっこり頷くマリー。イコワの方を見るとすでに姿は無かった。あたりを見回すとグビドが息を切らし助け出したようだ。
安堵がコロッツィオの体を覆う。
けれども再会を喜んでる暇もなく、巨鳥は悲しそうに囀る泣き声と同時に無数の何かを真っ白な大地に投下させたのだ。
自分たちよりも一回り大きなそれはヒトの原型をかろうじて残しているが、その筋肉量や身振りからしてどちらかというと獣に近く、違いは僅かながらあっても総じて同じように見えた。
≪エクセリクシル≫だ。
けれども彼らがなぜここにいるのか理解はできなかった。悲しそうなさえずりが耳を塞ぎたくなるほどの高音に変わった時、その疑問は解消されたることとなる。
ベールが解けるように空間に穴が開き、ソーサーの国が姿を見せたのだ、予想外の出来事に誰も即座に身動きが取れないでいた。その間にエクセリクシルは空間の穴目掛け全速力で走る。
「いけない!!!」
イザナはエクセリクシルを追いかけ、それを追うようにグビドも走り出した。
「キシュ!!そっちは悪いがお前たちに任せるぞ!!」
「わかった!!」
数匹中に入ってしまったが、補強の結界がイトワ達の手により張られ、なんとか最悪の事態は免れる。
けれどもいつ破られるかわからない。
補強として貼られた結界はその場しのぎ、前のように、国の姿を隠すことまではできていない。いつ破られてもおかしくないほど強度は弱い。この巨大な鳥を倒さなければまた結界は破られ、エクセリクシルが押し寄せてしまう。
悩んでいてもどうしようもなかった。
早速巨鳥は自分たちを無視して再び寂しげな囀りを響かせ始めた。
間髪入れず動いたのはマリー。炎の魔法を巨大な鳥目掛け放ち囀りの邪魔を試みるも、強大な氷のベールによって傷すら与えられなかった。
「マリーさん!!もう一度魔法を唱えてもらえますか?!」
フウゼツの声に合わせマリーはもう一度魔法を唱える。それに合わせて放たれる暴風に巻き上げられた炎は威力を上げ、あちこちに穴を開ける。溶け落ちてゆく氷のベールは囀りを消した。
その間にもたくさんの化け物達は国へ入ろうと呻き声を上げ、魔法障壁へ何度も何度も突進をする。先ほどのように魔法障壁を壊されては堪ったものではない。それを阻止するにはこの巨鳥をどうにかするしかない。けれどもコロッツィオにはどうすることもできなかった。先程の魔法で力がもうほとんどなく、回復の指輪ですら追いつかないでいたのだ。そんな時ズボンが引っ張られる感覚を覚え振り向くとイコワが立っていた。
鳥が上空に飛んでしまっては手も足も出ない。
どうにかして地表近くに止まらせなくてはいけなかった。静かな緊張が走るなか静かにコロッツィオの声が響いた。
「チェズ。上空に風の結界魔法を張ってください。」
的確で冷静な言葉にフウゼツの中のチェズはすぐに答えた。魔力の大半を練り込んだ突風による結界魔法は上空の気流が乱れ、逃げることは許さない。
上空へ飛び立とうとした鳥は風に阻まれバランスを崩し大地へと勢いよく落下し、当たりを白い雪の霞が覆う。
「…トゥルナ…なのか?」
信じられないと言わんばかりの表情を見せるチェズに、儚く微笑む氷のように透き通った青い瞳をしたコロッツィオは頷く。




