流れる風に乗って-2
「キシュー!!!!」
部屋いっぱいに広がるコロッツィオの歓喜。急ぎ足で駆け寄りハグ。何度も何度も溢れる安堵の言葉。力一杯抱きしめてくれるコロッツィオにキシュも感謝の言葉とハグを返す。
あれから一夜開け、コロッツィオとジョージがやってきたのだ。
「本当に良かった。」
遅れてジョージの声が聞こえ、視線を向けるといつもの硬い表情は崩れ、優しく微笑んでくれていた。
嬉しくて涙が出る。
「ありがとう……。」
みんな当たり前じゃ無いかと言わんばかりの笑顔。逆にキシュの涙に驚いている。
「怖かったの…。…みんなあたしのこと…見てくれないと思った…だって、今までのあたしは物語の登場人物を演じてただけで…本当のあたしじゃないって思ってた…」
2人とも突然のキシュの言葉に驚き一瞬固まるもすぐに笑い飛ばした。
「あたしには演じてるようには見えなかったよ。」
「え?」
「そうだな。俺もそうは見えなかった。」
「え?!」
顔を真っ赤にするキシュを見て2人はさらに笑う。今も前も何も変わりない。
「それに演じていたとしても、それは悪いことじゃない。誰にだって理想像があって、それに近づこうとする。そういうもんだろ?」
「そうだよ!あたしだって小説の登場人物に影響されて今があるようなもんだし。」
サマーティーが扉を開けた時には、部屋は笑いで満たされていた。
「おーーい。俺もいるんだけど忘れてない?」
「あ。忘れてたわ。」
意地悪そうに笑うコロッツィオにすかさず突っ込むサマーティー。また笑いが噴き出す。
「あれ…?他のみんなは?」
サマーティーの言葉でキシュもマリーやミンキュがいないことに気がつく。
「フウゼツはイザナさんのところ。姉さんとミンキュは…話せば長いんだけど…」
コロッツィオの説明では、マリーはなんと王女様で、母国の反乱を止めるため、ザルアへ向かったとのこと。
ミンキュに関してはもっと複雑なようで、レルエナ帝国が作り出した極悪人体改造兵器 エクセリクシの生産ラインを止めるため、レルエナへミリョウという元医師と潜入したという。
「ところでエンテに関してはどうなった?」
「エンテ?」
はじめての言葉連発で混乱するキシュにさらに襲いかかる新しい単語。みんなキシュが知らないことをすっかり忘れてしまっていたので、サマーティーがフウゼツの言葉とキシュの精神世界で出会ったジョシュアの話を説明してくれた。
「えっと…姉さんを乗っ取っているのはアベドって神様で…アベドを倒せる可能性があるのがあたし???」
「そう。」
「それで、アベドは海底にある施設に向かおうとしていて…それを全力で阻止しなきゃならない。そのためにアベドはエンテの力が必要で…アベドの前にあたし達がエンテを手に入れる必要があるってこと?」
「そう。んで…そのエンテの奪還はどうだった?」
「失敗した。」
「そっか。」
何事もなかったかのようなジョージの言葉に一同流れるように受け止める。少しの沈黙の後サマーティーとキシュの驚いた声が響いたのは言うまでもなかった。
「しかも、そのエンテの依代としてビッツが拉致された可能性が高い。」
「どう言うこと?!!」
次から次に投入される情報にキシュは勿論、サマーティーも頭を抱える。
問題だらけすぎる。
「もう…頭が…パンクだわ…。」
「仕方ない。俺たちも同じだ。」
「これから…どうすればいいの…?」
「これからのことについて、今フウゼツとイザナさんが話してるから…それ待ちかな…」
「ところで、そのフウゼツって誰なの?」
2度も登場する名前に重要な人物であることはわかるが、知らないうちに急展開しすぎて、ため息が溢れる。
「フウゼツはラファノ大陸から来た子で、チェズ神の依代なの。」
コロッツィオの言葉にその場にいた全員が驚く。コロッツィオ以外はフウゼツの中にチェズがいることを聞かされていなかった。
「それって…そのフウゼツって人も姉さんみたいに…」
「ううん!フウゼツはフウゼツとしてちゃんといる!」
不思議だった。
神に体を与えているのに自我を持っている。
そんなことがあり得るのなら、なぜシャザンヌはそうでないのか納得できない。
「…神によるってのは…そういうことか…」
ジョージの脳裏にはフウゼツの言葉が浮かんだ
『共存することもできれば、完全に洗脳し服従させることもできる…エンテがどうでるのか私にはわからない…』
「けど…シャザンヌの場合はアベドに完全に乗っ取られてる。」
期待を隠せないでいるキシュに水をさすサマーティーの声は重い。
一瞬の期待はすぐに消え去ってゆく。
フウゼツ、シャザンヌ…神に体を与える者達の極端な姿。
部屋にノックの音が響き、返事をするとグビド、イザナ、フウゼツが入ってきて、空いているベッドの右側で立ち止まった。
まずはイザナがキシュの様子を確認する。思っていたよりも回復が早いことに安心してくれている。
「はじめましてかな?フウゼツ・ミュタだ。」
丁寧にお辞儀をする姿。優しい笑顔が長い前髪から覗く。
「は…はじめまして。キシュです。あの…」
「なんだい?」
「あなたはチェズ?それともフウゼツ??どっち?」
その質問にみんなが驚いた。
聞いてもいいのかわからなかったのだ。雰囲気で接していた。
初めはフウゼツも驚いていたがニッコリと笑ってくれた。
「私はチェズだ。よろしく。」
「よろしくチェズ。キシュよ。フウゼツにも挨拶したいんだけどいい?」
「あぁ。ちょっと待ってくれ。」
嬉しそうに笑って瞳を瞑ると、鮮やかな緑の瞳は深い緑色に変わっていた。
「は…はじめまして。フウゼツです。」
先程とは違って気の弱そうな声。
「よろしくねフウゼツ。キシュって呼んで。」
「あ!はい…あ…一旦チェズ様に変わりますね。大事なお話があるので。」
キシュは快く首を縦に振る。
フウゼツは少し照れて瞳を瞑り目を開けると少し嬉しそうに目を開けた。
「ゆっくり談話させれず悪いね。」
「いいの。気を遣ってくれてありがとう。話聞かせてもらえる?」
「それじゃ、今後について話させてもらうよ。」
「まず…ジョージ。君の弟はやはりエンテの依代になっているそうだ。君が教えてくれた特徴に合致する青年がレルエナにやってきて、潜水艇の着工を開始したそうだ。」
「そうか…」
あまり気を落としているようにも見えなかった。もう大体わかっていたことだったからだろう。
「船の完成は3ヶ月ほどかかるそうだ。」
「3ヶ月?!」
みんなが驚く。
それもそうだ。造船なんてものは、年単位で作り上げるもの。それをたったの3ヶ月で成し遂げるのだ。
「それがエンテの凄さ。エンテならば、もっと早くに仕上げてくることもあり得る。こちらとしては少し余裕ができただけありがたい。我々はそれよりも先にマクリア・メソンに到着する必要がある。…が問題がある。」
「問題?」
「あぁ。キシュ。君の魔力を回復させなければいけない。」
「私の??…魔力??」
問題がキシュ自身の存在しないものだったことにみんなが目を見張る。
「私…魔力なんてないんだけど…」
当の本人も目をパチクリ。
自分に魔力があるなんて微塵も考えたことがなかった。すかさずイザナが説明してくれた。
「正確に言えば、自分で利用できる魔力がなかったのです。貴方は私のかけた忘却魔法の上に無意識に魔法をかけていたの。」
それからイザナの説明は続く。
キシュの魔力は実はソーサーを上回るほどのとんでもない量で、そのほとんどを無意識に使い続けており常に空っぽ状態であったこと。
そして今、魔法をかける必要がなくなり空っぽだった魔力が回復している。しかし急激な魔力回復は体に負荷をかけ、その影響はすでに現れている。
「この頃は魔法が解けかけた影響で、魔力量が増えかけていたようです。目眩や頭痛に襲われませんでしたか?」
思い当たる節はたくさんあった。
悪夢にうなされた後は必ず頭痛に襲われていたし、目眩や頭痛に悩まされていたのはよく考えれば兄弟について考えていた時だった。
「貴方の魔道は偏った使われ方をしていたので他の部分がとても細くなっています。急激な魔力回復をすると流れていなかった道に勢いよく魔力が流れるので体が持ちません。なので魔道に送られる魔力を調整して回復しているんですよ。この調子でいけば後2、3日で安定するはずです。」
キシュが実は巨大な魔力を持っていることをサマーティー、コロッツィオ、ジョージは納得していた。ドラグーン近くでキシュから発動された魔法。あれはそういうことだったのだ。
「この猶予を使い貴方には魔力回復と魔法をみっちり叩き込みます。」
「!!けど!今すぐに姉さんを止めないといけないんじゃ…?!」
「そうなんだが、魔力がないと話にはならないんだよ。」
チェズの言葉に納得せざるを得なかった。
シャザンヌを封印できたのは魔力が充分あったからだ。今のままでは確かに何もできない。
「わかりました…」
納得した声を聞いてチェズは柔らかく微笑む。
「よかった。それでは今後の話をするよ。」
それは当然とも言える内容だった。
マクリア・メソンに向かいイザナ率いるソーサー達は結界を張り地上への影響を食い止める。その間キシュはシャザンヌを止めるという寸法だった。キシュと共に戦うのは、フウゼツとイコワという少女。
「ちょっと待って!!」
コロッツィオの声が響き、みんなが振り向く。
「私も行く!!」
「遊びじゃないんだ。」
呆れたチェズの声。
恥ずかしい気持ちがコロッツィオの心をいっぱいにしてゆく。けれどもどうしても譲れない気持ちの方が強かった。
「コロッツィオ…」
キシュの困惑した声。
止めるべきだ。
キシュが口を開く前にチェズの口が開く。
「これから行くところはいつ死ぬかもわからない危険なところなんだ…そんなところに…
「なんでそんな危険なところにキシュだけ行くのよ?!!なんで?!キシュが特別とかそんなのどうでもいいよ!!」
手と足が震える。
自分でもどう言えばいいのかわからないまま感情だけが先に出てしまっていた。それでもコロッツィオに後悔はなかった。
「俺も行く。」
少しの間を破ったのはジョージだ。
真っ直ぐな瞳。
「俺もコロッツィオと一緒の気持ちだ。確かにソーサー達と比べれば役には立たないかもしれないが、今まで旅をしてきたんだ。ほんのすこしでもキシュの気持ちは楽にできると思っている。」
恥ずかしげもなく真っ直ぐ伝えられる言葉にコロッツィオは頷く。2人の気持ちが嬉しすぎてまたしても涙がこぼれそうになる。サマーティーのニンマリした笑顔がチェズに向けられる。
「もちろん俺も行く。止めても無駄っ。俺らはいつだって一緒だからな!」
「わかった。」
「グビド!!」
「こいつらはもう子供じゃない。好きにさせればいいじゃないか。邪魔にはならんように強くさせりゃ文句ないだろ?ミュタ?」
チェズは溜息を溢し了承した。
もちろん納得はしていないようだった。
決して受け入れられるとは思っていなかったキシュをみんなは受け止めてくれている。それが嬉しくてたまらなかった。
「…死ぬかもしれないんだよ…みんな…」
「死なないよ!」
コロツィオの真っ直ぐな声。みんなの笑顔。
こんなにも大事な存在となっている皆がいればきっと大丈夫。




