流れる風に乗って-1
長い夢を見ていた気がする。
キシュは重たいまぶたをゆっくり開け、働かない頭で思った。ゆっくりと意識を取り戻してゆき、重たい体を持ち上げようとするも、目眩に襲われ小さな声が漏れる。揺れる世界に耐えられずすぐに布団の中に戻る。
「大丈夫か?」
聴き慣れた優しい声。被っていた布団をゆっくりと下ろすと、グビドの姿が見えた。優しく笑う懐かしいその表情に思わず目が熱くなる。
いつものようにグビドを呼ぼうとしたけれど
呼べなかった。
呼んでいいのかわからなかった。
言葉が喉でつっかえる。
視線は泳ぐ。
グビドの目はいつもより大きく開かれたと思えば、すぐにいつも通り。けれどもその表情は寂しげだ。
「今まで通りじゃ…やっぱ…嫌か?」
「違う!!そんなじゃ!!」
勢いよく体を上げたせいで目眩に襲われ口を塞ぐ。すぐにそんなキシュをグビドが支えてくれた。その言葉が嬉しくて嬉しくて、涙を堪える為に口を噛み締めるけれども、そんなのお構いなしに涙は流れていく。
「…いい…の?」
「ん?」
「父さんって…呼んでも…いいの?」
にっこり笑って当たり前だと返してくれたグビド。
怖かった。
本当の子供でも何でもない自分を育て、さぞ迷惑だったに違いないと思った。記憶が戻れば仮初の親子関係など破綻するんだと思った。
けれどもそんなことはなく、暖かく迎えてくれたグビド。感謝しかなかった。グビドと共に過ごした日々が思い出される。目的もなくただ言われたことをやっていた自分。けれどもグビドはいつも自分を鍛えてくれた。厳しく育ててくれていた。その厳しさにたくさん涙していた。そんな嫌な記憶ばかりが頭にこびりついていたけど、ちゃんと今のような笑顔をたくさんもらっていた。たくさん抱きしめてもらっていた。
グビドの愛情を受け止めれていなかったのは自分だったのだ。自分のことばかりで気がつかなかったのだ。
未熟な自分に悔しさがこみ上げる。涙は拭っても拭っても止まることはなかった。グビドはただただ優しく背中を叩いてくれた。
「俺も…悪かった。育てるのに必死になりすぎて、手を抜けていなかった…子供だったのにな。」
少し笑ってグビドはキシュにごめんなと謝った。キシュは首をめいっぱい振ってしまい、また目眩に襲われる。投げられる言葉は相変わらずキツイけれどもこれが、この人グビドなのだ。いつも通り。それが本当に嬉しかった。
「サマーティーにお前が起きたら呼んでほしいって言われてるんだが、どうする?」
勿論了承した。
本当の所はまだ自分の心の中は整理できていないけれどもすぐにお礼をしたいと思った。
グビドはサマーティーを呼びに立ち上がり、薬を渡してくれた。目眩が少しマシになるらしいのですぐに口へ放り込んだ。
ぽつんと1人。
何かを考えるには量が多すぎて追いつかない状態だから、キシュは何も考えないようと決める。
程よい広さの白い部屋。
1つしかない窓は大きくて、たくさんの光を取り込んでいる。照らす光は柔らかで、流れる風は程よい暖かさ。
春の朝そのものだった。
なびくカーテンの光の反射をただただ眺めていた。
サマーティーが部屋に訪れるのに時間はかからなかった。ノックが部屋に響き、開かれた扉からサマーティーの顔がのぞく。
目と目が合うと、泣きそうになるサマーティーに身構える。凄い勢いで名前を呼びながら抱きついてくると思っていたから。
けれどもそれに反してサマーティーはゆっくりとこちらへ歩いてきた。
いつもと違うテンポに構えを緩めるとサマーティーが苦い笑いを返してくれた。
「しないよ。」
「…ならよかった。」
気まずい。
いつもと調子が違うサマーティーと何を話せばいいのかわからない。
最後に覚えているのは、サマーティーがシャザンヌへの攻撃をしないでくれと懇願した場面。昔の記憶がある今、その理由は理解できているつもりだ。サマーティーが姉に今でも好意を寄せていることを。
けれども、サマーティーはこうも言っていた。シャザンヌは理想であると。
もう何が何だかわからなかったけれども1つ言わなければいけない言葉を思い出す。
「ありがとう。連れ戻してくれて。」
かろうじて聞き取れる大きさの声だった。
恥ずかしさのあまりキシュはサマーティーの目を見ることはできなかった。
軽い返事が返ってくるも、また気まずい沈黙が流れる。
何か話さなくてはいけない。その気持ちが先回りしてしまう。
「!私がいないと姉さん止めれないもんね!一緒に頑張って、姉さんを取り戻しましょ」
乾いた笑いが部屋に虚しく響く中、サマーティーが何かを言おうとしている。聞くのが怖かった。何を言われるのか予想もつかない。
紛らわす為にどうでもいい話題を振ろうと必死に口を動かす。
「ごめん…。」
その言葉を聞いて胸が疼く。
聞きたくない言葉だった。
「今まで、キシュが嫌がってるのにちょっかいばっかりかけてごめん。」
「別にいいし…。」
「キシュにシャザンヌを重ねてたんだ…」
おおよそ想定はついていたけれども、言葉として聞くと嫌な気持ちになる。
「だからキシュが嫌がろうがどうでもよかった…。求めるものが違ったから…。だからもうやめる。」
「うん。姉さんは居るもんね。取り戻せたらいつでも姉さんに会える。」
「…いや…そういうんじゃなくて。」
「なに…?違うの??それじゃどういうことよ?」
「キシュの嫌がることはしたくないんだ。好きだから。」
好き
その言葉がいつも以上に重いことはすぐにわかる。真っ直ぐな視線から逃げれない。
胸の疼きは消え、逆に鼓動が高なる。
嬉しい気持ちに満たされると同時に不安も溢れる。
果たして本当だろうか?
シャザンヌが戻れば変わるかもしれない。
怖かった。裏切られるかもしれない。
「キシュのことを好きでいていいか?」
キシュの気持ちをわかっていると言わんばかりの優しい笑顔。
キシュは小さく勝手にすればと答えるとありがとう。そう言ってサマーティーは部屋を後にした。恥ずかしさのあまり、顔を手で覆う。顔が真っ赤になっていないだろうか?




