影は実態に-1
目の前に移ったのは見知らぬ陽の光を反射する白い天井。
朝日と冷たい風が気持ちいいのに、体が鈍く重い。服はヒラヒラのなんとも頼りない病衣に変わっている。
記憶は鮮明だ。
立ち上る砂煙。崩れる瓦礫。
動かない体。
たった数秒。
扉を上ければそこには弟がいるはずだったのに…
霞む視界で最後に見たのは青い空と青い羽。
– なぜ…
– なぜこんなにも…
– あと一歩で全てが指からすり抜ける?
悔やみ、不運。
途方もない思考は一度はまれば抜け出すのは難しい。別のことを考えるため、今の状況を整理することにジョージは努める。
ジョージがドラグーンに到着したのは昼前だった。今はどう考えてもそれよりも早い時間。
到着してから数日経ってるということがわかる。目をふと横に向けるとそこには眠るコブ。つい笑いが溢れてしまった。まさか自分が倒れ込んだとき横にいるのがコブだとは思いもしなかった。
「コブ…おい。」
呼ばれる声にコブは小さく答えるものの、なかなか起きない。
「コブ!」
大きな声で呼びかけると同時に腹に激痛が走る。痛みに耐えている間にコブの瞳が開く。
「うぁ……!あ!!起きやがったな!!」
コブの元気いっぱいの暑苦しい大きな声は嬉しい反面やはり少し迷惑だ。
「ったく…テメェは心配かけやがって〜」
「悪かったな。俺はどれだけ意識飛んでた?」
「1日だな。」
「そうか…ところでビッツは?」
喜びで満ちたコブの顔が一瞬にして消えた。
冗談好きな奴だが、これが冗談でないことくらい自分でもわかる。
「連れ戻すのは無理だったんだな…」
「あぁ…」
溜息が溢れる。
期待はしていなかったが、それでも真実を伝えられると心の重みは増す。
「あれは一体なんなんだ?手も足も出ない…」
「俺がし…」
最後まで言い切る前にふとザルア近くのホテルでのことを思い出した。異形の刺客。ヒトのようでヒトではないもの。
けれどもドラグーンを襲ったものは、アレとは比べ物にはならな位くらいデカかった。
「ん?どうした?」
「いや…。それよりも損失は?」
「あぁ…やばいよ。民間にまで被害が飛んでる。死者数は100を下回ってるのが不幸中の幸いだ…」
「最悪だな。」
「あぁ…いま上層部は対応に追われてる。見たこともない化けもんが襲ってきたんだ…国中が混乱してる。」
- なぜこんな不幸が俺ばかり襲う?
疑問が芽吹く。
- 俺ばかり??
「…なぁ、連れていかれたのはビッツだけなのか?」
「?…!!」
「ビッツだけなんだな…」
「あ…あぁ」
「今回の件で死んだヒトたちの死因は?」
「…破壊された病院の瓦礫によるものだ…」
ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸がほどける。
全ては偶然ではない。必然なのだ。
化け物はたった1人だけを連れて行った。
それは野生の動きではない。
完全に計画された動きだ。
捕食のためならもっと大勢狙うだろう。
「…ビッツが目的か…」
「おい待て!!わかるけど誰が何のためにそんなことすんだよ?!」
「検討はつく。」
耳には通信用のピアスがない。
「俺のピアス知らないか?」
「これか?」
サイドテーブルに置かれた受け皿の中にピアスが1つあることを確認してジョージに見せる。
「悪いつけてもらえるか?」
コブの大きな指先では小さなピアスをつけるのは一苦労であったがなんとかして、ジョージの耳につけることができた。
- 誰か…誰か応えてくれ。
強く願った。
すぐに返事が返ってきた。
- ジョージ?ジョージなの?!
あまりにも普通に会話をしているようだったが、コブには全く聞こえていない。
- コロッツィオか?
- そうだよ!も〜!!やっと繋がった!!
- 悪い…襲撃受けてた…
- え?!
少しの間が空くと今度は違う声が聞こえてくる。
- イケメン君もやられたの?
- 何だその呼び方…。それにもってことは…
聞こえてきたのはミリョウの余裕のない声だった。
- あたしたちもやられたのよ。あの女に。
- やっぱあの女絡みか…
少しの沈黙をコロッツィオの声が破る
− ところでジョージは今どこ?
- ドラグーン…。お前らは?
- まだロバルト。
- 落ち合うにしろ、俺はまだ動けそうにない。
- どういうこと?
- 肋骨に右足がやられて動けない。治療は終わってるがな…
- 今状況は最悪なことになっている。
今すぐソーサー達の元へ向かわなければならない…
いつもおっとりしているかオドオドしているかのフウゼツの声が焦って聞こえた。それだけで事態が最悪なことになっていることはわかる。
- 焦る気持ちはわかるけど…どうすることもできない…。
- 私が君を迎に行く。そこで待っていなさい。
一方的に切られる通信。
- あいつらがドラグーンに?
ロバルトからドラグーンは大陸の端と端。
飛空艇がたしか出ていたはずだが最低でも2日はかかるはず。
- 2日もあればちょうどいいかもな…。
- ジョージ!!
突然のコロッツィオの声に驚いて、つい声を出してしまう。
「どうした?」
- 魔力回復薬用意しておいて!!
そうして乱暴に通信は切られてしまった。
いきなりの出来事にコブは驚き焦るばかり。端的に説明できる気がしなかった。それよりもジョージの頭はとにかく状況の整理で必死だ。
- 魔力回復薬???
コロッツィオ達が魔法でどうこうしようとしているのかと頭をよぎるも、そんなメチャクチャまかり通るとは思えなかった。空間移動の魔法は時空魔法を操れるものしか使えない。コロッツィオはまだ使えないはずだった。
それでも言われたのだからとジョージは混乱するコブに魔力回復薬を買ってきてくれと頼んだ。
もちろんコブも、訳がわからないのですぐに了承はしてくれない。
「悪い…。俺もよくわからないんだ…」
コブは困った様子だったがすぐに笑って引き受けてくれた。
「お前のそんな顔見たら断るわけいかねーよ。」
「…悪いな…」
「入隊して以来だなー。お前のそんな顔見るの?あれは確か〜…」
「言うな…思い出したくもない…」
笑いながら部屋を出て行くコブを見送り、ようやく落ち着くことができた。慎重に上半身を起こす。処置は済んでいるが肋骨は2、3本折れた感じ…足の方に目をやると骨を固定するためのギブスがまかれていた。
「これじゃ、あいつらが来てもすぐには動けないな…」
つい溢れる弱音。
- あぁ…何やってんだよ俺…。
脳裏に浮かぶ自分の姿はあまりにも弱く情けなかった。悔しさをぶつける先も見当たらない。唇を強く噛みしめ、シーツを握りしめる。
息を吸い込むと痛みはジョージが悔やむのも許さない。とにかく今できることをやろうと瞳を瞑るとすぐに睡魔が訪れた。
夢もないただの暗闇。
「よーーーし!!着いたぁぁ!!!」
勢いよく開かれる扉と大きな声で眠りは終わった。ジョージにとっては一瞬の出来事であったが、周りを見ると部屋は仄暗い。一体どれほどの時間が経ったのかわからなかった。
目の前には見知った仲間達。
「え…?」
呆気にとられてる暇もなく、ミリョウがツカツカとこちらに向かう。
ミンキュにおぶられるフウゼツと魔力回復剤の空き瓶を持つコロッツィオ。
全てがジョージの理解の範疇を超えていた。
「な…なんでお前らここに??」
コロッツィオは急いで病室の明かりをつけ、冷蔵室に置かれた回復剤を取り出し、ミンキュは急いでフウゼツを椅子に座らせる。
驚くジョージを無視してミリョウは勢いよく布団をめくる。
コロッツィオもミンキュもフウゼツを世話するのに必死で全くジョージを見ていなかった。
「何してっっ!」
「声出すのしんどいのね。ちょっと見せて。」
そう言うなり慣れた手つきで病衣を脱がす。
手早く当てられる指先。
「固定が甘い…鎮痛剤も弱めのもの使ってるわね…。まぁ仕方ないか…」
ぶつぶつと包帯を触っていたかと思うと鞄から薬と包帯、そして胸に巻かれた包帯に勢いよくハサミの刃が入れられる。
声を出す暇などなくあっという間に。
「何やってんだ?!って何勝手に!!」
焦るコブの声。
それもそうだろう。先ほどまでジョージしかいなかったのに、ちょっと部屋を出ていたら見知らぬヒトで病室はごった返し。当のジョージに関しては上半身裸でセクシー美女に跨がられている。
混沌の極みとはまさにこれか!と頭が埋め尽くされる。
「すみません!!今緊急なんです!!」
状況把握ができないコブの目に見覚えのある顔。
「君は…たしか…」
「コロッツィオです!!ビッツの処置をした!」
「あの時の!ってえ?君たち?!」
「すみません!!とにかくあたしたちジョージを連れて行かないとダメなんです!」
「え?今すぐ?」
「はい!」
恐れを抱かぬコロッツィオの眼差しから必死さがひしひしと伝わる。あたりをよく見れば、息を切らし魔力回復剤を勢いよく空ビンにする青年。
破廉恥行為と思っていたらセクシー美女はジョージの治療をし直している。
誰もかれも自分たちが常識から外れた行いをしているというのに迷いがない。
コブの瞳から揺らぎが徐々に消えてゆく。
「…どこへ行くんだ?」
「え?」
「だからどこへ行くんだ?この疲れ切った子の魔法を使ってまた移動すんだろ?」
「…だったら…なんなんですか?」
息を切らしてフウゼツが答える。
「お前なー、回復剤で回復って言っても疲労はそんなすぐにはとれねーぞ!また同じくらい動いたらどれだけ負担かかるか分かってるのか?」
「そのくらい…わかってますよ。」
「わかってやるってのか?」
「えぇ…」
大きなため息が溢れた。
「で。どこへ行くんだ?」
沈黙を許さないその視線に、コロッツィオがオドオドと答える。
「…ベルゾナック…」
「んならいけるな。飛龍使え。」
「何勝手なこと言ってる!」
凄みのあったコブの顔はほころび、いつもの優しい笑顔が帰ってきた。その代わりにジョージの眉間には深い皺が浮き立つ。
「私情で竜たちを使うのは禁じられている!わかっているのか?!」
「はいはい。」
胸を押さえつつも大きな声を出すジョージを見て、薬が効いていることを確証するミリョウ。
怒声を聞き流しながらコブは胸ポケットに手を伸ばし伝令用の紙とペンを取り出しサラサラと執筆をする。何度か筆を止め、筆を動かしを繰り返すコブ。
「おい!コブ!!聞いてるのか?!お
「少しは甘えろ!」
太い大きな呆れ気味の声はジョージの声を遮る。
「お前はいつも一人で頑張りすぎなんだよ…さっきみたいにもっと甘えていいんだよ。俺ら仲間をもっと頼れっての…」
そう言いながらベッドに近づき、伝達紙をジョージに渡す。受け取った伝達紙を見て戸惑う。
そこには仲間たちの協力をする旨がびっしり。しかも1人じゃない。書ききれないほどの書き込みが次から次へと浮き出ていた。
「みんなお前を助けたいんだ。長官には俺から説明入れるからお前は行け。」
「コブ…」
「感謝するが…竜であれば私の方が…」
「おいおいにぃちゃん。舐めてもらっちゃ困るぜ。お前たちを連れてくのはそんじゃそこらの飛竜じゃねぇ。グリゴスだ。」
その言葉を聞いてジョージ1人が驚いた。無理もなかった。竜のほとんどがこのドラグーンに生息しているので、他の皆には知識が乏しい。
「グリゴス使えばベルゾナックまで30分もかからない。」
「それなら…いい…」
「待て!!グリゴス隊は王直属部隊だぞ!俺らがどうこうできないだろ?!」
「ジョージ君。僕の人脈舐めないでくれる?」
コブの憎たらしい口調と飛び出すウィンク。
呆れてものも言えない。
「どうなっても知らないぞ…」
「お前が思ってるほど、皆真面目じゃねーよ。」
笑って答えるコブ。
そこからの行動は驚くほどにスムーズに進んだ。コブにおぶられ向かったグリゴス隊の棟。既に隊員と竜が待ってくれていた。
本来グリゴスは1人乗りの飛竜。今回はそこを無理やり2人乗りにするようで、待っていた隊員達はだれもかれも名の通った凄腕ベテラン達だった。
皆笑って迎えてくれた。
命綱をくくりつけ隊員から離れないようにする。
飛竜の背に乗り、笛の合図で竜達は空高く浮き上がり、星々が散りばめられた夜空を自由に泳ぐ。体を固定しなければすぐに吹き飛んでしまうだろうスピード。隊員達は風を読み、楽しそうに手綱を巧みに操る。竜と隊員は一体となり、無邪気に飛ぶことを楽しんでいるように見えた。
とはいうものの、コロッツィオ、ミンキュ、ミリョウはそんな余裕もなく、はじめての経験にただひたすら瞳をつむり、隊員にしがみつくしかできなかった。フウゼツはと言うと隊員達と一緒に楽しんでいるようだ。
あっという間にベルゾナックに到着した。隊員達はみんなを降ろすなりすぐにドラグーンへ戻って行った。
(ミリョウを乗せた隊員がどうも連絡交換してるように見えるが…)
何も言わずとも向かうのは一つ。
サマーティーの家
そこはいつもと変わらず穏やかな時間が流れている。一体何が日常なのかわからなくなるくらいだ。




