第九十八話 キノコな一日
『執事ゲート』をくぐり、河童族の村に行く前に立ち寄った名もなき森の入り口へと戻ってきた。この森はシュリーカー族が引っ越してくる予定の森だ。
空を見上げれば、空には真っ白な雲が浮かんでいる。
気づけばもうお昼を過ぎていた。
森の中へと続く道は、馬車がなんとか一台通れるほどの幅しかなく、木々が陽の光を遮っているため薄暗い。街の薬師らは採取した薬草などを荷馬車に積み、この道を通る。むしろそのための道ともいえる。
今、僕とヨヨさんはその薄暗い道を歩いている。
訂正。
歩いているのは僕だけでヨヨさんはいつものように頭の上だ。
シュリーカー族の村を興すおおよその場所はジュロウさんとすでに話がついており、今はその場所に向かっている。しばらく道なりに進んだあと、草木が生い茂る方へと足を踏み入れる。ここからは道らしい道もなく、草木を避けながら村の予定地まで行くことになる。
僕は草や木の根に足を取られながらも森の奥目指して進んでいった。
「風の通りもいいし、湿気も少ない素晴らしい森ね」
ヨヨさんは実に快適そうだ。
僕の頭の上で、ぐったりとうつ伏せになっているその姿は、たるみにたるみまくっていた。それは今にも僕の頭からこぼれ落ちそうなくらいだ。みたらし団子のトロリとしたタレ、お好み焼きのソースのような状態である。
そうなると僕は白玉団子であり、お好み焼きでもあるわけか。
「妖精ソースって、名前だけ聞くと美味しそうですよね」
「なにそれ怖い」
犬や頬が膨れた顔でもソースになるんだから、妖精がソースになってもおかしくはないはずだ。妖精だれという名前なら和風で、フェアリーソースならドレッシングといったところか。
「なぜかしら、寒気がしてきたわ」
「風邪ですかね?」
もうすぐ暑い季節になるというのにタイヘンダ。
ドウシタノカナー。
和風洋風それぞれのソースに合う料理を考えながら森を歩く。しばらく進むと少し開けた場所に出た。ヨヨさんはその間ずっと僕の髪の毛を体に巻きつけて寒さをしのいでいた。余計なことを言ったと少しだけ後悔する。髪の毛に鼻水がついていないか心配だ。
シュリーカー族の村予定地までは、ここから目と鼻の先の距離だ。とりあえずこの場所に『執事ゲート』の印を設定しておく。
ちなみに、街の薬師や住民たちに対し、新しく魔族認定されたシュリーカー族がこの森に住むことはすでに伝達されている。最初、一部の薬師から森を荒らされやしないかと懸念の声が出た。それらの声に、シュリーカー族の族長が森林管理局局長のアルティコ伯爵と懇意にしていることと、森で違法行為をしていた犯罪者を捕まえた功績があることを説明すると、懸念する声はなくなった。逆に、王都から流れてくるシュリーカー族の良い評判も相まって、森を大切にし、森を知る種族ということで歓迎する声のほうが多くなった。
ジュロウさんに森でいろいろ手伝ってもらった甲斐があったというものだ。
その場にあった岩に腰を下ろしながら、この森の様子を観察する。少し木の数が多いようだが、ちゃんと間伐すれば日当たりも改善されるだろう。どうせ木はシュリーカーたちの家を作るのに伐採する予定なので丁度いい。
また長い年月によって栄養が蓄えられた土も畑に向いているようだ。手で触ってみるとわずかに湿り気を帯びた土はほろほろとほぐれるようにして地面に落ちた。
また、この森から街までは僕が走って十五分。これくらいの距離ならシュリーたちシュリーカー族も気軽に歩いてウスイの街に来ることができる。この森は街に近いこともあって危険な魔物は周辺にはほとんどいない。たまにモフォグ大森林から流れてくる魔物がいるが、周辺を警戒している兵士に退治されていた。
そう考えると、さすがにシュリー一人だと心配だが、ご両親やジュロウさんに連れて来てもらえばいいだろう。
「ようやく寒気が収まったわ」
「ヨカッタデスネー」
「なぜかしら。心配してたようには聞こえないわ」
「気のせいですよ。気のせい」
『執事ゲート』の設定も終わったことだし、シュリーカー族を迎えに行くとするか。ただ彼らの引っ越しは今日ではない。彼らが引っ越してくるのは、村の予定地に家を建ててからとなる。今日、彼らを迎えに行くのは、その家を建てるためジュロウさん率いる建築グループとシイタケ教の信者……じゃない、シイタケ探索チームを連れてくるためだ。
「あ、そうだ。彼らを迎えに行く前にシイタケがあるか探してみますか」
「いいわよー。私ももう少しこの森を探索したいし」
本格的なシイタケ探しは彼らに任せるつもりだが、一応、言い出しっぺとしては下見くらいしておきたい。なにせシュリーカー族の悲願と言われたシイタケだ。できるならその痕跡か可能性くらいは見出してあげてもいいだろう。シイタケの栽培方法は教えてあるので、あとはシイタケ栽培用の種駒にするシイタケを見つけるだけだ。
森の奥はシュリーカー族の村があった王都近くの森と雰囲気が良く似ているが、そこと比べるとこの森はまだ若いようだ。その証拠に長い年月を重ねた古木の数が圧倒的に少ない。
生えている木の種類は様々で、シイタケ栽培に適したクヌギやコナラなどの姿もある。風通しもいいし、シイタケが生えていてもおかしくない環境だ。自然に生えているシイタケは倒木などに生えていることが多いことから、まずは倒木がないか、しばらく森の中を歩きながら見て回る。
どれほど探しただろうか。
あちこち回ってみたものの、結局、それらしい倒木は見つからなかった。
「なかなかないわね」
「時期が悪いのかもしれませんね。今回は諦めて、そろそろシュリーカー族の村に向か……ん?」
そろそろ彼らの村に向かおうと思ったとき、木々の影に倒れているクヌギの木を発見した。近づいて調べてみると、あちこち朽ち始めており、倒れてからそれなりに月日が経っていることがわかる。一部が焦げていることから、たぶん落雷にでもあったのだろう。
「こういうところに生えているものなんですが」
シイタケは電気的な刺激を与えるとよく増えると聞いたことがある。だが倒木のあちこちを探してみてもシイタケらしいものは生えていない。
「アルクーん。これはー?」
少し離れた場所からヨヨさんが僕を呼ぶ。
近づいてみるとそこには少し太めの朽ちた枝があった。その三十センチほどの枝にはキノコが一本だけ生えている。
(こ、これは……いや、焦りは禁物だ)
そのキノコをじっくりと観察し、毒キノコの類やよく姿形が似ているツキヨタケでないか確かめる。うん、間違いない。小ぶりではあるが、これは紛れもなくシュリーカー族の悲願であるシイタケだ。
「おー! これですよ。これ! 間違いなくシイタケです」
「ずいぶんと地味なのねぇ」
見た目は地味だが、シイタケは美味い。
むしろ見た目で判断できないのがキノコである。
ヨヨさんのおかげでこの森にシイタケがあることが証明された。
これでシュリーカー族も喜んでくれるだろう。さらに人工栽培がうまくいけばいうことはない。
あれ? そういえばシュリーカー族がシイタケを探している理由って……。
「確か族長になるための絶対条件でしたよね」
「……私は何も見ていない」
ヨヨさんはそう言い放つとシイタケの生えていた枝をぽいっと投げた。
僕は慌ててそれを受け止める。
「せっかく見つけたのに投げないでください!」
「はい! アルクんが見ぃつけた。私、知ぃらない」
小学生か!
シイタケの発見はシュリーカー族の族長になるための条件であって他種族は関係ないはず。とりあえずシイタケが存在する証拠として確保だけはしておく。ジュロウさんたちに見せるのは……うん、タイミング次第だな。族長にされそうになったらヨヨさんが見つけたと正直に話すつもりだ。この場合の『正直に話す』は、短くすると『チクる』である。
「さぁ、そろそろシュリーカーたちを迎えに行きましょう」
「はーい。でもシイタケなかったワー。残念だワー。戻ってからまた探しましょうネー」
なんという白々しさだろうか。
「村に行けばシュリーカー族の子供たちにモテモテのヨヨさんがまた見られるんですね」
「なんであの子たちって私が来たことがわかるのかしら」
「砂糖の匂いでもするんじゃないですか?」
「私にそんな匂いなんてないわよ!」
「そういえばシュリーにも天使様って言われてましたね」
「純粋な子供たちには私の魅力がわかるのよ」
「はいはい。天使、天使」
「純粋でない子供はこれだから」
「純粋じゃなくて悪かったですね!」
まあ、なんだかんだ言ってもヨヨさんは人気者だ。
今日も彼女は『鬼ごっこ』とか『かくれんぼ』とかの相手をするのだろう。
「僕も彼らの手伝いで忙しくなりそうです。木の伐採、地ならし、家の建築のお手伝い、あとはシイタケとかシイタケとかシイタケとかで」
僕は僕で、鬼と化したシイタケ教の大人たちに捕まるだろうし、隠れんぼしているシイタケを探す手伝いをさせられるかもしれない。
なんとなく行く前から疲れた気がする。
そんな僕がなんとか気力を振り絞り、『執事ゲート』を開こうとした――そのときだ。
ギギギギギッ。
ちょうど僕たちの後ろから聞こえてきたのは、固い何かを擦り合わせるような金切り音。そしてこちらに向かって叫ぶ男の声だった。
「ぬおぉぉ! そこのお方。逃げるでござる!」
「「ござるっ!?」」
慌てて振り向いた僕とヨヨさんが見たものは、前世の時代劇に出てくる植物で編んだ被り笠と言われるものを頭に被り、大出刃包丁よりも刃先の長い包丁を片手に、こちら側に走ってくるひとりの――キノコだった。
だが、そのキノコはただ走っているだけではない。
キノコは逃げているのだ。
彼の後ろから迫る黒い虫から。
その虫は黒光りする硬い外骨格を持ち、体には赤い模様があった。それはキノコムシと呼ばれる甲虫そっくりだ。その名前にもあるようにキノコを主食とする昆虫である。
だが、そのキノコムシは普通の大きさではなかった。
その大きさ、約二メートル。逃げてくるキノコと同じくらいの大きさだ。
巨大キノコムシはその長楕円状の体を揺らし、六本の足を動かしながら、器用に木々を避け、逃げるキノコを追いかけていた。たまたまその進路を邪魔した木の枝がバキバキっと破砕音を立てて、へし折られていく。だが、キノコムシの黒光りする体には傷ひとつ付いていない。ただ、煩わしそうにその長く鋭い顎をギチギチと鳴らすだけだ。顎を動かすたびにその口から茶色のヨダレがドロリと垂れる。
「きもちわるっ!」
率直な感想がヨヨさんから出た。それも大きな声で。
ヨヨさんの素直な感想に巨大キノコムシの動きが止まった。
どうやら僕たちに気がついたようで、複眼をこちらに向けている。
虫に本能以外の意思があるかはわからないが、逃げるキノコ男を追いかけていた巨大キノコムシは、少なくともヨヨさんの声を聞いて標的を僕たちに変えたらしい。
その身体をゆっくりと僕たちの方へ向け始めた。
「あああ、早く逃げるでござる」
巨大キノコムシを僕たちに寄せ付けないよう誘導気味に離れようとしていた『ござるキノコ』だったが、ヨヨさんのせいで台無しになってしまったようだ。キノコ男は慌てたように、虫の注意を自分に向けるべく大声を出し、持っていた包丁で木を叩き始めた。だがキノコムシの足はすでにこちらへと進んでいる。
「ほらぁ、ヨヨさんが悪口言うから虫も怒ってるじゃないですか」
「虫に言葉が通じるわけがないじゃない! いいから早く逃げるわよ!」
「まあまあ。たまには執事らしいとこを見せましょう」
「はぁ?」
「何をしてるでござる! 今は早く逃げるでござる!」
呆れるような声を上げるヨヨさんと、逃げろと忠告する『こざるキノコ』。
せっかくの忠告だが、ござるキノコは僕が執事であることを知らない。執事たるもの、仕えるご主人様の領地を荒らす者くらい倒せなくてどうしますか、というセイバスさんの教えもある。
それにしてもこの虫はどこから来たのだろうか。
確かにこの魔王国では、魔物と化した巨大な昆虫の存在が確認されている。そしてそれらの多くは侯爵領の西に隣接する『モフォグ大森林』に住んでいると言われている。そうなるとこの巨大キノコムシは、モフォグ大森林から流れてきた可能性が高い。何よりこの名もなき森はモフォグ大森林からそれほど離れていないのだ。
巨大キノコムシの動きが次第に早くなる。
あいにくと僕たちがいるのは開けた場所だ。今から隠れようとしても、すでに見つかっているし、周りに隠れる場所もない。タイミング的にもすでに遅かった。
「二人とも耳を塞いで! 早く!」
来なくてもいいのに、わざわざこちらに近づこうとしているキノコと空中に避難したヨヨさんに耳を塞ぐよう忠告する。そしてそのまま執事魔法を使うべく魔力を練りながら、僕は大きく息を吸い込んだ。
『執事キッチン』を使い、森を燃やすわけにも行かないし、『執事シャワー』を使うには水がない。『執事そよ風』は木々が邪魔して使いづらい。だけど、こういった入り組んだ場所や狭い場所でこそ効果を発揮する執事魔法がある。
二人がちゃんと耳を塞いだのを確認した僕は、木々の隙間を縫って迫る巨大キノコムシに狙いを定める。標的が木々の間から頭を出した瞬間、練り上げた魔力を乗せ、指向性を持たせた声をぶつけた。
「<お座り!>」
辺りの空気を一瞬振動させた僕の声はキノコムシへと間違いなく当たった。当然、その声を目で追うことはできない。だが、僕が声を出してすぐ、「ビギィ」と何かが割れるような音が響き、六本ある足のうち、片側三本の足が丸ごと引き千切れた。
片側にある全ての足を失ったキノコムシはバランスを大きく崩し、近くの木にその身体をぶつけて止まる。残っている足を痙攣させながら、キノコムシはその場で引っくり返り、動かなくなった。
昆虫は足に耳と同じような器官がある。
どうやら『執事ボイス』の衝撃も加わり、気絶でもしたようだ。
念のためソウルイーターを構えながらキノコムシに近づき、外骨格を蹴る。その衝撃に反応してか、キノコムシの頭が少しだけ動いた。なかなかしぶといようでまだ死んではいないようだ。執事に逆らうとは不届きな虫だ。動いた頭を見ると『執事ボイス』の効果か、頭の外骨格に大きなヒビが入っていた。
これぞ魔力が上がり、新しくなった『執事ボイス』の力だ。
今までは絵本を読むときに声を変えるだけの魔法だったが、魔力が上がったことで変な怪音波が出せるようになっていた。実験の最中、意図せず自分自身に当てたときはひどい目にあった。だが自分以外の生き物に使ったのは今回が初めてとなる。
期待通りの効果が出て、僕も大満足だ。この威力なら、「この壁を壊して欲しいのー」とお嬢様にお願いされてもすぐに実現できるだろう。
「虫にお座りさせることができる執事とかすごくありません?」
「わかっていたけど全く執事らしくないわね。それにあれはお座りとは言わないわよ! 引っくり返っているだけじゃない!」
間髪入れずにヨヨさんから全否定の言葉が返ってきた。何言ってるのかしらと頭を左右に振る彼女の言葉に、僕の心はキノコムシの頭のごとくヒビだらけだ。『執事ボイス』を使ったわけでもないのに、心を砕くとは全くもって恐ろしい妖精である。
「あ、そうだ」
お嬢様の笑顔を思い出し、心のヒビを完治させた僕は『執事ボックス』の中から、『殺虫薬』とラベルに書かれたビンを取り出した。これは悪食故に魔族を誘拐し、同族喰いで捕まったビザー伯爵の別邸からもらってきた薬のひとつだ。一緒に持ってきた調合書には、薄めて散布することによって忌避剤としても使えると書いてあった。
せっかくなのでこの虫で試してみよう。
これだけ巨大だと虫かどうかも怪しいが、やってみなくちゃわからない。どれほどの効果があるのか、効果を確かめるための実験は大切だ。
僕はさっそくフタを開け、入っていた液体を虫の頭にかけてやった。直接、使う場合の容量は書いていなかったため、試しに半分ほどかけてみた。
その結果。
頭が溶けた。
溶けちゃった。
頭にかけた殺虫剤は、外骨格に染みこむように広がり、黒い外骨格を灰色へと変えていった。それは水に落とした染料のような広がりを見せ、気絶して引っくり返ったキノコムシの頭を見る見るうちに溶かしていった。薬が多かったのか、溶けた頭から薬が滴り落ち、地面にシミを作っている。
だが、地面にこぼれた殺虫剤はそこに生えている草や土になんら影響を与えていなかった。調合書の説明には、虫だけに効き、周りの環境に配慮した殺虫剤と書かれている。虫の頭を溶かしておいて環境に配慮も何もないと思う。信用のおけない説明文ではあるが、結果だけを見ると特に問題はなさそうだ。
ビザー伯爵はもしかしたら優秀な薬師だったのかもしれない。自らの悪食を治すべく魔王国にはない魔力回復薬を開発しようとしていただけのことはある。進むべき道さえ間違わなければ、いつかは完成していたかもしれない。
ボトッ。
あっ、溶けかけの頭が落ちた。当然、虫はもう動かない。
虫にとっては悪夢とも飛べる薬だ。恨むなら作った魔族を恨むように。
「妖精って虫の仲間ですか?」
「なぜ、今それを聞いたのかな?」
「はっはっは」
「うわぁ~、感じ悪いわー」
頭の落ちた虫に目を向ける。
すでに絶命して動かないキノコムシ。その黒光りする羽をソウルイーターで軽く叩いてみると、キンキンと金属のような音がした。これはまたずいぶんと硬い外骨格だ。加工すればクワやシャベルなどの農器具に使えるだろう。使うはどうかはともかくとして、とりあえずこの虫を『執事ボックス』の中に収納しておく。
「お二方、大丈夫でござったか!」
そこに慌てて駆け寄ってきたのは、この虫から逃げてきたキノコだ。見た目はどうみても顔のついたキノコ。手で押さえている頭の被り笠の隙間から、頭と思われるキノコらしい赤い傘が見えた。身長は百八十センチほどだろうか。
その容姿からわかるように『彼ら』の仲間に間違いはないだろう。
「ええ。執事なので大丈夫です」
「商人なんで大丈夫よ」
「……はあ」
さっぱりわからないと不思議そうな顔で僕とヨヨさんを見る彼だが、僕もヨヨさんの言ってる意味がわからない。商人が戦えるわけがないじゃないですか。
「ところで、あの面妖な虫を倒した技はいったい……」
「あれは執事が為せる技です。止めは薬の力ですけど」
「シツジというのはシメジの親戚かなにかでござるか」
……前にシュリーカー族の村で同じことを聞いたぞ。
シメジ流行ってるの?
まあ、シメジはともかく、一般的に執事とは職業のひとつだ。だが、職業などと報酬目当てだと思われるのは心外である。お嬢様に心から仕えてこそ執事。執事は心。執事は概念である。
「ところであなたは? シュリーカー族の方とお見受けしますが」
「やや! どこでシュリーカー族のことを! 森でひっそりと住んでいる我らをご存知とは、これはまた珍しい御仁でござる」
まあ、見た目がキノコで話すことのできる種族となると、僕はシュリーカー族しか知らない。
「申し遅れたでござる。拙者、シュパと申す。族長となるための試練から愛する妻と娘の待つ村へと帰る途中でござる」
んー。どこかで聞いたことがある話だ。
「僕はアルクと申しまする。試練の旅でござったか。それはもしやシイタケを探す旅ではござらぬか」
「アルクん。話し方がうつってるわよ」
「これは面目ないでござる」
「なんと! 我が種族の悲願であるシイタケ試練のことまで! アルク殿はお若いのに博識でござるな。この話し方でござるが、実は拙者もうつってしまった側でござる。試練の途中、世話になった村の者がかような話し方でござった。されど村に戻ればいつか普通に話せるようになるでござろう」
特に意識してなくても相手の話し方がうつっちゃうことってあるよね。それにしてもなんという恐ろしい感染力。でもこの短時間で僕にうつったってことは、シュパさんが治る前にシュリーカーたちにうつるほうが早いのではないだろうか。
「それでシイタケは見つかりましたか」
「おかげさまで本懐を遂げることができたでござる」
そういって腰巾着から取り出したのは無数の生シイタケ。形といい大きさといいなかなかの食べごろサイズだ。それが三、四十はある。
「おお、立派なシイタケですね。ところでシュパさん」
「なんでござろう」
「娘さんの名前はシュリーちゃんで、奥様の名前はシュナさん、現族長はジュロウさんであってます?」
「……アルク殿はなぜその名を?――まさか……このシイタケを狙って、我が家族を!?」
シュパさんは出刃包丁そっくりな刃物をかまえながら表情を固くする。ジュロウさんほどではないにせよ、武術を極めた者が持つ独特の雰囲気が彼からあふれだす。さすがは次期、族長だけあって大した迫力だ。
それにしても……。
「名前を知っているのは知り合いだからですよ。それにシュリーちゃんは、僕が仕えているティリアお嬢様が妹と呼んで可愛がる大切な方。ジュロウさんと僕は一緒に犯罪者と戦った仲です。そんな方々に何かするはずもありません。あとシイタケは狙ってませんから」
僕はアルティコ伯爵からもらった森林管理局局員の指輪をシュパさんに見せる。別名、強権付き森林立ち入り許可証だ。
それにしても……いくら悲願とはいえ、シイタケのことになると豹変するシュリーカー族にも困ったものだ。この世界には食べ物のこととなると性格が変わる連中が多すぎる。
「そうそう。アルクんはお嬢様に関することだけは誠実よ」
お嬢様に関することに誠実なのは認めますが、その言い方だと僕のほとんどを否定してますね、ヨヨさん。
「むむ。それは森林管理局の局員が持つ指輪にござるな。これはご無礼つかまつった。心より謝罪するでござる」
「わかっていただければ十分ですよ。ところで、そのシイタケってどこに生えてたんですか。僕たちもこの森で一本だけ見つけましたけど、あまり生えていないんですよね。やはり時期が悪いのかな」
「シイタケを見つけるのに時期があるでござるか!」
「ええ。村の皆さんには人工栽培の方法を含め、いろいろ伝授しましたけど――」
「人工栽培!!」
あっ……。
また余計なことを言ったようだ。結局、根掘り葉掘りシイタケの栽培方法を聞かれることになり、彼からシイタケやキノコムシの話が聞けたのは、それからしばらくあとになってからだ。
そのシュパさんの話はこうだ。
彼はシイタケを求め、魔王国だけではなく様々な国に足を運んだ。人族の国には行かなかったそうだが、エルフや龍族の国にも行ったという。だがどこに行ってもシイタケは見つからなかったため、最後の希望として人族との国境にあるモフォグ大森林に足を踏み入れた。ここになければ人族の国も見て回るつもりだったそうだ。
幸いにもモフォグ大森林に入る手前でシイタケを見つけることができた。無数に生えるシイタケに、シュパさんは夢中になってシイタケを集め始めた。そのため森の中から近づいてきた虫の気配に全く気が付かなかったそうだ。
襲ってきたキノコムシの初撃をかわし、なんとか逃げ出すことに成功したものの、虫はシュパさんを追ってくる。やり過ごすため何度も身を隠したが、キノコムシはあっさりとシュパさんを見つけてしまう。諦める様子のないキノコムシ。このままではいつか追いつかれてしまうだろう。そう思った彼は木などの障害物が多いこの森に逃げ込み、なんとか振り切ろうとしていたところで僕たちに会ったという。
「あの虫には、拙者のシュリーカー流剣術も効かなかったでござる」
シュパさんは手に持った包丁を震わせながら、硬すぎて刃が通らなかったと悔しさをにじませていた。ソウルイーターで突いたときも金属のような音がしたから無理もない。
彼の話によって僕の予想が正しかったことが証明された。
やはりあの虫はモフォグ大森林から流れてきたようだ。目的はたぶんシュパさんが収穫したシイタケか、最悪、シュパさん自身だろう。キノコムシが彼をやすやすと見つけたのは恐らく匂いだ。
キノコムシは文字通りキノコを食べる昆虫だ。昆虫の中でも甲虫の一種で、外骨格が硬いのも納得できる。本来であれば、二センチにも満たないはずだが、百倍の大きさともなるとモフォグ大森林で育った個体に違いない。
モフォグ大森林から流れてくるのであれば、シュリーカー族の新しい村には防衛用の設備が必要となるかもしれない。すぐにでもジュロウさんに相談しないとまずいな。
「シュパさん。村に帰るんですよね。ちょうど僕たちも村に行くつもりでしたからご一緒にどうです?」
「執事としての仕事はよいでござるか? ここから村まで一週間以上かかるでござるよ」
「大丈夫ですよ、すぐ着きますから」
「……はい?」
シュパさんの返事を流した僕は『執事ゲート』をシュリーカー族の村にある族長の家へと繋げたのだった。
「皆の者! シイタケ執事が来たぞ!!」
「僕はシイタケじゃありません!」
「キュッキュッキュッキュー!!」
「何を言ってるのか普通に話して!」
予想通りの展開である。
村に着いた途端、僕たちは待ち構えていたシイタケ探検隊とシュリーカー族の子供たちに捕まった。ゲートを繋げただけで、今日来ることは伝えてないのになぜわかったのだろうか?
あと変な称号をつけないでください。
「……とーさん」
ひさしぶりに帰ってきたにも関わらず、村の誰にも気づかれないまま一人取り残されていたシュパさんに声がかかる。
彼を、「とーさん」と呼ぶその声はシュリーだ。
今日のシュリーは、赤い傘が可愛い五十センチほどの可愛らしいキノコ姿。お嬢様に会うときは高位魔族と同じ容姿に変身してるため、この姿を見るのもひさしぶりだ。
「うおおおおおおぉ! はぁん、シュリー可愛いでござるよシュリー。 元気だったでござるかぁ。はぁはぁ、シュリーたん。拙者たまらんでござる」
「「……うっわ」」
僕とヨヨさんの声が揃った。
僕たちのそばで、危ないセリフを吐いた百八十センチほどのでかいキノコが、息を荒げながら手をわきわきさせている。
誰だこいつ。
「……誰?」
ほらみなさい。
「なんじゃ、シュパ。帰ったのか」
この場にいるのはシュリーだけではない。
この声は、族長のジュロウさんだ。ジュロウさんはシュパさんより二十センチも背が高い。倍加の能力を使うと四メートルほどの大きさになれる巨体の持ち主だ。ジュロウさんはシュパさんの父親で、見た目もそっくりだ。というかキノコの姿だと正直、区別がつきにくい。
「あいかわらず娘のことになるとおかしくなるのぅ。なんじゃ、その話し方は」
訝しがるジュロウさんだが、娘への態度はいつものことらしい。孫のシュリーのことになるとシュパさん同様おかしくなるジュロウさんもどうかと思うが、話し方よりまずは娘への態度を最初に指摘すべきだと僕は思う。
「親父殿、ひどいでござる。この口癖は世話になった村でうつっただけでござる。そうだ! ちゃんとシイタケを見つけてきたでござるよ」
「おー、そうか。そのシイタケを探しに今からアルク殿と――今、なんて言った?」
「族長になるための試練としてシイタケを見つけてきたでござる」
「「「シイタケキタァー!」」」
「いいか! 皆の者! 皆が愛するシイタケは逃げない! 見つけたシイタケはアルク殿直伝の人工栽培のため、決して食さぬように。愛でるだけじゃ! イエス、シイタケ。ノー、タッチ!」
「「イエス、シイタケ。ノー、タッチ!!!」」
シイタケ探索のために選ばれたリーダーが気勢をあげた。
奇声と言ってもいい。
リーダーの下に集まったシュリーカーたちもやる気は充分のようだ。
一応言っておくけど触らないととれないからね?
だが、そのやる気も一人を除いての話……。
「いやでござる! 拙者は村に帰るでござる! まだ愛する嫁に会っていないでござる! シュリー成分も不足してるでござる!」
「ええい。ござるござるとうっとうしい。シイタケのためじゃ! 観念して案内せぃ! よいではないか、よいではないか」
「あーれぇーでござるぅぅぅ」
(元気だなー)
あれからすぐにシュリーカー族のシイタケ探索グループと村の建築グループを連れ、名もなき森に戻ってきた。戻ってこさせられた。
聞いての通り、シュパさんはシイタケを見つけた場所までの案内を強制的にやらされることになり、今、十名ほどのグループとともに悲鳴だけ残して森の奥へと消えていった。
もちろん彼らには巨大キノコムシのことを話してある。だがシイタケのことでシュリーカー族が妥協するはずもない。刃物が通じないなら鈍器でイケる! と言わんばかりにハンマーやらツルハシを手に殺る気満々だった。ツルハシはいつから鈍器になったのだろうか。
シイタケに目が眩んだシュリーカー族の狂信者集団相手に、でかいだけの昆虫が勝てるだろうか。答えは否! 万が一のことを考え、『殺虫薬』を渡しておいたので大丈夫だろう。
ジュロウさんはシュパさんが引きずられていった方を見つめながら、軽くため息をついた。
「では、アルク殿。我々は村を作る予定地に向かうとしますかな」
キノコ型から高位魔族に変身したジュロウさんは、相変わらずの拳士スタイルだ。自称作業着という名の道着を着て拳を鳴らしている。
「シュパさんはいいんですか? 悲鳴あげてましたけど」
「大丈夫じゃろう。あと数日の我慢じゃよ。さぁ、早く村を作るとしようかの。いいか、みんな! さっさと作り上げて我々もシイタケ探索に向かうぞ!」
「「「おおぉ!」」」
森の奥を見つめ、ため息をついたのは、実はシイタケ狩りがうらやましかったとかじゃないでしょうね、ジュロウさん?
さて、こちらはジュロウさん率いる村作りグループ。
こちらのグループもあとからシイタケを探しに行く気満々だった。数は男女合わせて三十名ほどの集団だ。
ちなみにヨヨさんは、シュリーカー族の村に置いてきた。
当然、彼女の役目はシュリーカーの子供たちの遊び相手だ。
村の建設予定地に着いたジュロウさんは、伐採の起点となる木を近くにいた斧を持ったガタイのいいシュリーカーに教えている。比較的、なだらかな場所に生えているこの木を中心に、村となる土地を広げるつもりらしい。その木は大人が抱きついても手が届かないほどの太さがある。
この木を斧で切ろうとするとかなりの時間がかかるだろう。
さっそく木を切ろうとするシュリーカーに、僕にやらせてもらえないか相談する。
実は村や加工場の建築現場で材料となる木を切っているゴブリンたちを見て、思いついたことがあった。その作業を執事魔法でできないか試してみたいのだ。
斧を持ったシュリーカーは困ったようにジュロウさんと顔を見合わせる。
「ふーむ。まあ、かまわんじゃろう」
ジュロウさんらに許可を得た僕は、さっそく『執事ミキサー』を展開する。これにいつもより多めの魔力を込め、直径一メートルほどの丸ノコ型に変化させた。金属製と違い、魔力で作り上げた丸ノコに強度は関係ないため、厚さは極力薄くしておいた。見やすくするため、とりあえず黒くしておいた。
(うん。魔力を込めることで魔法の形状変化も『執事石窯』のような感覚でできるな)
作り上げた丸ノコを空中で水平に固定したまま、最初はゆっくりと、そして徐々に速く回転させる。
その回転に合わせ、空気を切り裂く音が辺りに鳴り響いた。キュイーンというシュリーカー語のような甲高い音は、その回転が増すたびにどんどん強くなっていく。その音に周りで作業をしていたシュリーカーらが何事かと僕に注目し始めている。
高速回転している丸ノコを目の前にある木の根本にゆっくりと進めていった。だが、その丸ノコは幽霊族のレイゴストさんが壁を通り抜けるがごとく、何もなかったかのように目の前の木をするりと通り抜けてしまった。わずかにキュッンという接触音だけが耳に残っている。
だが木が倒れてくる気配がない。何事もなかったかのように、直立したままその場で鎮座している。よく見れば切り口らしい傷もついていないように見える。
(あれ? 切れたと思ったけどなぁ。失敗したかな?)
回転する丸ノコを解除し、確認のため木に近づこうとすると、ジュロウさんから近づかないよう忠告された。
そのジュロウさんはキノコ型に戻り、倍加によって身体を大きく変化させたあと、僕の代わりに木へと近づく。そして木の幹に両手をかけると、そのまま押し出すように力を込めた。最初はびくともしなかった木は、ジュロウさんの力によって次第に傾き始め、周りの木や枝を巻き込みながらゆっくりと地面に向かっていき、そして大きな音とともに倒れ、地面を揺らした。
残された切り株の表面には、まるで磨いたように綺麗な年輪が描かれていた。
あまりの切れ味にこの光景を見た全員が唖然としている。
(うん。成功だ。ただ次は傾斜をつけて切らないとダメだな)
「アルク殿の魔法は前よりひどくなっておるな」
そうジュロウさんが漏らすと、周りのシュリーカーからも、「シイタケ執事だし」とか、「シイタケの力に違いない」という声が聞こえてきた。
「何を言ってるんですか。この執事魔法は、お嬢様がネコニャンやウサギンなどの動物を拾われて、この子たちのお家を作って欲しいのーと言われた際に便利な魔法なんですよ? そうだ! 『執事のこぎり』という名前にしましょう」
「極めて可能性の低い状況を妄想してるのぅ。しかも、この子たちということは複数飼うことが決定しておるのか」
ジュロウさんがまるでヨヨさんのようなことを言う。
そこは用意周到と言っていただきたい。
そんなわけでこの『執事のこぎり』を始め、僕の執事魔法は大活躍だった。
『執事のこぎり』で木々を伐採し、建材に加工していった。伐採した木は水を操る『執事シャワー』で中に含まれる水分をある程度抜いておいた。ウルナさんのように水分を蒸発させる魔法ではないため、完璧ではないが建材に使うくらいなら十分だろう。
こうしてまずは寝泊まりできる宿泊所が完成した。寝泊まりする場所を先に作ったのは、泊まり込みで村を作っていくためだそうだ。
建材にするための木は、開墾だけでなく間伐によってより多く集めることができた。この名もなき森は、森を維持するための手が入っていなかったせいか、切るべき不要な木が非常に多かった。むしろ今日だけは間伐しきれていないほどだ。
間伐のおかげで薄暗かったこの辺り一帯は、ほどよく陽が射すようになった。今後は、より多くの薬草や植物が育つようになるだろう。
ジュロウさんたち村作りグループも、家だけなら数日もあれば完成しそうだと喜んでいる。執事魔法のおかげで、木の伐採や建材への加工が思っていた以上に早く終わったそうだ。村を住みやすくしていくのは家を建ててからの話となるが、それは引っ越してからでもできると彼らは言う。なんともたくましい言葉だ。
その後、『執事ゲート』を使って王都の森にあるシュリーカー族の村に戻り、必要になる水や食料、各種道具が宿泊所に運び込まれた。僕からも侯爵様が用意された器具や道具をジュロウさんに渡しておく。
またシュリーカーたちの協力のもと、王都の森にある果物の木を持ってきて新天地に植えることができた。シュリーカーたちが育てているものを含め、ちょっとした果樹園ができそうだ。
「今日は助かったぞ、アルク殿」
「こちらこそいい経験をさせてもらいました。ところでジュロウさん、こちらの村が完成した暁には、農業指導をお願いしますね」
「うむ。わかっておる。まかせておくがいい」
「「「キュッキュキュキュウキュー!」」」
「ほーら。一列に並びなさーい!」
「子供たちも元気ですねぇ」
「ここが良い森である証拠だのぅ」
名もなき森にヨヨさんとシュリーカーの子供たちの声がこだまする。
実はシュリーカーの村に戻ったとき、シュリーをはじめ、ヨヨさんと遊んでいた子供たちから、「新しい村に行ってみたい」と集団で駄々をこねられた。キュッキュキュッキュと集団で言われ、断りきれなかったジュロウさんや彼らの親御さんらは早々に音を上げた。ちなみにキュッキュキュッキュの意味はわからない。
新しい村の宿泊所前で遊んでいた子供たちを集めているのはヨヨさんだ。そのヨヨさんは子供たちにコンペイトウを配っている。たとえ見た目がキノコであっても子供たちの笑顔はよくわかる。その笑顔の子供たちから金貨大好き腹黒商人の妖精は大人気だった。
「ジュロウさん。もしコンペイトウが必要なときは私に言ってくれれば用意するわよ。格安で」
「う、うむ」
コンペイトウを配り終えて戻ってきたヨヨさんの第一声がこれだ。
ただでは起きないヨヨさんは健在だった。
子供たちにコンペイトウの味を教えるため、あえて無料で配るとはなんて腹黒いのだろうか。幼い子供に味を覚えさせ、親に買わせようとする、試食という名の闇が目の前に広がっている。
「まあ、今はお金を稼ぐ手段がないがの」
「キノコや食材が安定して収穫できるまでは確かにそうですね。必要とあれば侯爵様に預かったお金から融通しますけど?」
「それはありがたい話だが、借りてばかりでは意味がない。それにキノコだけでは限りがある。街も近いことじゃ。もう少し先立つものを稼ぐ手段はないものかのぅ」
「何かないかしらねぇ」
ジュロウさんとヨヨさんと僕の三人が金策で悩んでいるところにシュリーがやってきた。シュリーはヨヨさんのもとに近づくと、手に持っていた鉢を差し出す。鉢には白い小さな花を咲かせた植物が植わっていた。
「……天使様にあげるの」
シュリーの中では、今もヨヨさんは天使のようだ。
わざわざ僕を見て、「ドヤッ」顔する妖精がウザい。
(あれ? あの植物って)
「シュリー、この花どこで見つけたの?」
「……この森の少し開けた場所で生えていたの。白くて小さなお花がヨヨさんみたいで綺麗だから持ってきたの」
「まあ、ありがとう、シュリー。大切にするわね。で、アルクんや、この植物がどうかしたのかな? ん? ん?」
隣にいる妖精が、ドヤッドヤッ顔しているが無視をする。
いつかシュリーにはこの妖精の真実を教えたほうがいいかもしれない。無料コンペイトウの恐ろしさを語る日も近いだろう。
「いえ。実はこれ、前に言ってたステビアなんですよ。なんでこんなあっさりと」
正式名称は、ステビア・レバウディアナ・ベルトニー。
砂糖より二、三百倍も甘いと言われる強烈な甘みを持つ、キク科の多年草だ。ハーブの一種で、挿し木で容易に増やせる。砂糖と違いカロリーが低く、虫歯になりにくい甘味料と言われている。
ヨヨさんがこの森に来て、「いい感じ」と言っていたのはもしかしてこれのことか。甘いものを本能で感知できるとか彼女はカブトムシだろうか?
やはり殺虫薬が効きそうな気がしてきた。
「あ! 例の甘い食材のひとつね!」
「今はまだちょっと時期が早いですけど」
僕はシュリーとヨヨさんに許可をもらい、植物から葉っぱを一枚ちぎり、口にする。少し噛んだだけで広がる甘みと若干の苦味。花が散ったあとが一番甘いと言われているので、これからまだ甘くなるだろう。
「シュリーもヨヨさんもどうぞ。ジュロウさんも」
三人は葉っぱを口に入れると驚いていた。
「これは素晴らしい甘みだわ。少し違和感があるけど甘みだけ抽出すればいいわね」
「……甘すぎなの。お姉ちゃんと一緒に食べたお菓子のほうが好きなの」
「わしにも少しきついのぅ」
「この葉を涼しくなったころに収穫して、煮出してやるともっと甘くなりますよ」
同じ甘みでも感じ方はそれぞれ違うようだ。
味の感想が聞けるのは、お嬢様とシュリーカー族、そしてヒミカさんだけ。ヨヨさんは甘み以外の味覚もわかるが、甘み以外は基本的にまずいという答えしか返ってこないので味見には使えない。
(砂糖よりも甘いステビアか。これはもしかすると……)
「シュリー、ステビアってまだ生えていた?」
「……まだたくさんあったの」
「ヨヨさん。ステビアをシュリーカーのみんなに育ててもらうというのはどうでしょうか」
「あー、なるほど。んー……いいわよ、それで」
お! さすがはヨヨさん。
ただの腹黒かと思いきや商売をわかってるね。
「ジュロウさん、もしよかったらこのステビアを育ててみませんか? 育てたステビアは『妖精の祝祭』が買い取ります」
「それはありがたい話だが、ヨヨ殿はいいのかね。もともとこの森に生えていたもののようじゃし、砂糖の市場を壊さないかね」
「いいのよ。見つけたのはシュリーだもの。それにね、市場に流す量が全然違うもの。大丈夫、大丈夫」
「あとジュロウさん。この森では薬となる薬草がたくさん採れます。そういった薬草を育てて薬師に売るのも手ですよ。薬師も自分たちで採取する手間が省けます」
「おおぉ。それは良いことを聞いた。薬師の領分を侵さぬよう一度交渉しに行ってみよう。感謝するぞ、アルク殿、ヨヨ殿。ステビアを見つけたシュリーもな」
「ジュロウさん。シュリー用のお菓子はいつでも用意するからね」
「ヨヨ殿は本当に商売がうまいのぅ」
その後、シュリーにステビアの生えている場所を案内してもらい、葉っぱを少しだけ分けてもらった。正直、砂糖がある以上、ステビアを売る機会は少ない。まあ、ダイエットに使えるくらいだろうか。ダイエットしている魔族は見たことないがいつかそんな機会もあるだろう。
今回、このステビアを見つけてある考えが浮かんだ。
砂糖より甘いステビアだ。
もしかすると、もしかするかもしれないのだ。
ステビアを収穫し終わり、ふと顔を上げると木々の合間から太陽が沈み始めているのが見えた。辺りも薄暗くなってきている。
そろそろシュリーカーの子供たちを送っていく時間だろう。
村の建設予定地に戻った僕たちは、家の建造が続くジュロウさんたち村作りのグループに別れを告げた。シュリーカー族の子供たちは責任を持って村へと送り届けることを約束する。
別れ際、何かあったときにはウスイにある侯爵様のお屋敷に連絡するようジュロウさんに伝えておいた。ここから街までは近いのでいつでも連絡がとれるだろう。
村民の引っ越しだが、なんと三日後に決定した。
すでに数名のシュリーカーらが家の土台をあちこちに作り始めており、この調子なら数日もあれば十分だという。彼らの家には壁がないため、基礎さえ完成すればあっという間らしい。シイタケの人工栽培が進めば、いつの日か壁ができる日もあるだろう。彼らの家に壁がないのはシイタケの胞子を呼び込むためだったし、そのやり方にあまり意味はないのだ。
念のため、建築と農業指導を兼ねて、ゴブリンたちを派遣すると伝えておく。井戸も必要だろうし、作業する手はいくらあってもいい。ゴブさんにお願いすれば、すぐに手配してくれるだろう。
子供たちを村に送り届けたあと、シュリーにハーブ園へ行く日を伝えておいた。シュリーはひさしぶりにお嬢様に会えることを今からとても楽しみにしているようだ。少し待って欲しいと言われたあと、シュリーからお嬢様宛の手紙を手渡された。
「必ずお嬢様にお渡しするからね」
「……おねえちゃんによろしくなの」
シュリーと別れたあと、ウスイにある侯爵様のお屋敷へと戻る。
すでに日は完全に落ちていた。
「今日も忙しかったわね」
「明日はニーナさんたちを迎えに行かないと」
「お店の内装を決めるんだっけ?」
「ええ。ヨヨさんにもご意見を聞きたいですね」
「任せて! 新しいお菓子で手を打つわ!」
「ちゃっかりしてますね」
「甘いモノは妖精の命なの!」
「はいはい」
新しいお菓子ねぇ。
そういえば砂糖だけを使ったお菓子がまだあったな。
「わかりました。今日の夕食を楽しみにしててくださいね」
「うん。ふふふ、楽しみだわ」
僕はヨヨさんを連れ、屋敷へと入る。
そしてお嬢様に手紙を渡すため、お嬢様の部屋へと向かうのだった。