第九十四話 ゴブリン族の本気
侯爵様が用意してくださった畑の予定地を確認するため、ゴブリンのゴブさんと一緒に街の中を歩いている。ゴブさんが足を進めるたび、彼からは鼻歌なのかただの鼻息なのかわからない音が一定のリズムを刻んでいる。
今までは王都とウスイの街をお嬢様と一緒に馬車に同乗して移動するだけだった。それも街中を走ることはまずなく、執事ゲートを使った旅が中心だ。普段の買い物はお屋敷のメイドさんらに任せっきりだったので、僕が自分の足でこの街を歩くのは今日が初めてとなる。
初めて見る街は活気にあふれていた。王都ほどではないが多くの魔族が行き来している。通りにある様々な店からも客を呼びこむ声が聞こえてくる。彼ら、彼女らの顔は皆、穏やかで充足感にあふれていた。これもこの地を治める侯爵様のおかげだろう。
ウスイの街も王都と同じく食材を扱う店はほとんどない。
こればかりは魔王国どこに行っても同じだろう。
立ち寄った店で扱っている食材を見ても、王都やリバシールと代わり映えしなかった。経営者は違うのに、品揃えだけはまるでチェーン店のようだ。目新しい商品の発見や感動もない。店頭に並ぶ毒キノコたちの鮮やかな色合いが目に痛い。
「ゴブリン族ってあそこにある派手な食材(毒キノコ)食べるの?」
「食べないッスよ。自分は平気ッスが、体の弱いゴブリンだとお腹が痛くなるッス。たまにサヨナラするゴブリンもいるッス」
どうやら売ってるような派手なキノコは食べないが、魔物の一種であるファンガスの幼体は食べるそうだ。もしかしたら食材となるものを何か知っているかもしれない。そう思ってゴブリンの食生活を聞くと、かなり貧相な食事だとわかった。
「普通のゴブリンの食事ッスか?」
返ってきた答えに思わず顔が引きつりそうになった。
まさか雑草や木の根まで食べているとは……。
目から青汁が出てきそうだ。
派手なキノコを食べても平気だとゴブさんが言ったのは、きっと彼が普通のゴブリンよりも毒に強い中位魔族に近い存在だからであろう。侯爵家で兵士長を務めるくらいだから、並のゴブリンよりも優れた存在であっても不思議ではない。
「そうだ! ゴブさん、さっきの話本当ですか?」
「なんッスか?」
「村が完成したって話ですよ」
「あー、もちろんッスよ」
「早すぎませんかね」
「何言ってるッスか。おいらたちの手にかかれば余裕ッスよ」
ゴブさんは愛嬌のある笑顔で親指を突き上げる。
「移住者が決まってから、まだ一週間ほどしか経ってませんけど?」
「それだけあれば十分ッスよ」
確かにゴブリン族は器用で働き者だ。
しかし、一週間でミノタウロス族と河童族の村を明日完成のところまで作り上げるなんてにわかには信じ難かった。
それにミノタウロス族と河童族の村は離れた場所にある。土をならしたり、建材を運んだりするのだって簡単ではない。
ちなみに建材はアルティコ伯爵領から仕入れている。アルティコ伯爵領からは良質な木材が手に入るからだ。伯爵様が植物系魔族であるためか、木を育てるのがうまいようだ。
「例えばッスよ。河童族の村の場合ッス。三十名ほど来る予定と聞いてるッス。一軒の家を立てるのに三十名で作業させたッス。とりあえず三十軒建てたんで合計九百名を投入したッス。更に村全体の設備を整えるのに追加で三百名投入したッス。合計千二百名ッス。当然、この千二百名で土ならしや建材を運んでいるッス。作業は昼夜問わず、三交代制で作業をさせたッス。これにより短期間で完成したッス。あー、そうそう。余った家は今後の見込みを考えて建てた分ッスから、それまでは倉庫として使ってもらうといいッス」
「千二百!? しかも昼夜問わず一日三交代制ってどこの消防署ですか!」
「ショーボーショ? 言ってる意味がわからないッス。ちょうどいいッス。街の外に行く前に改装してる店を見に行くッス」
そう言い放つと急に足を早めたゴブさん。
僕はそんな彼を慌てて追いかける。
着いた先は『妖精の祝祭』の問屋兼店舗だ。
僕はその店の様子を見て、驚きのあまり思わず声を上げてしまった。
「な、なに、これっ!?」
建物がなかった。
いや、そうではない。見えなかったが正しい。
もっと正確に表現するなら、建物の外観が『何か』によって緑色になっていたのだ。
そしてその『何か』は動いていた。
何かとは、ゴブリンである。
ゴブさんよりも明るい緑の肌を持つゴブリンたちだ。
問題はその数だ。
建物を隠すほどのゴブリンである。
いや、印象で言えば、隠すというより集っているが近いか。
例えるなら、飴に群がるアリである。しかも肌の色は緑だ。
彼らは屋根から壁に至るまで、隙間を埋めるように所狭しと並んで作業をしていた。何をしているのか目を凝らしてみると、『妖精の祝祭』の店舗に組まれた足場に登り、木造の建物に刷毛で何かを塗っている。ゴブさんに何を塗っているのか聞くと、あれは植物から採った防腐剤らしい。ちなみに防腐剤の色は無色で、緑色ではない。
確かに作業は早かった。各ゴブリンは移動することなく自分の目の前にある範囲をひたすら塗っていく。見事なのは隣同士で色むらが出ていないことだ。瞬く間に防腐剤が塗られていった。
「どうッスか! ゴブリン族は数が多いッス。Gを一匹見たら百匹はいると思えッス。数は『力』、数は『勝利』ッスよ! あっ、この店、ゴブリンが百匹乗っても大丈夫ッス」
……どうやらここには百匹近くいるらしい。
ふんすとその鼻息を鳴らし、得意気に胸を張るゴブさんだが、その頭文字Gの使い方は間違っている。そのGはゴブリンのGじゃない。
数は力だ、正義だというけれど、この状況はある意味ホラーだ。
そんな中、あるゴブリンがゴブさんに気がついた。
「あっ、大将ッス!」
「ほんとッス!」
「給料少ないッス」
「大将! 頑張ってるッスよー」
「もうすぐ完成ッス」
「給料増やせッス」
「作業終了までもう少しッス」
「給料も少しッス」
「みんな! 完成まで頑張るッスよ!」
「「「「へいっッス」」」
「あと給料に文句、言ったやつ、減給ッス」
「「「――!?」」」
「きゅ、給料に不満ないッス」
「今のままで十分ッス!」
「じゃあ、減給しないッス」
「大将さすがッス!」
「ルネッサンッス!」
「減った分が戻ったってことは給料が増えたッス!」
「おお! やったッス!」
「昇給ッス!」
「大将かっこいいッス!」
一部のゴブリンの声で、作業をしていたゴブリンたちが一斉にこちらを向いて騒ぎ始めた。
ゴブさんは彼らから『大将』と呼ばれているようだ。
彼特有の口癖だと思っていた、「ッス」を語尾につけるのはゴブリン族共通だったらしい。こうなると誰がゴブさんなのかさっぱりわからない。
あえて口にしないけど、給料は増えていないぞ。
昼間でもらんらんと輝くゴブリンたちの目が、僕とゴブさんへと注がれている。その光景は完璧にホラーだ。
鹿で有名な某県の某公園に日が暮れた頃、行ってみるといい。薄暗い中、群れをなす鹿の光る目が一斉にこちらを向く光景が味わえることだろう。鹿だとわかっていてもかなり怖いのだ。そんな状況が今の僕である。
「ゴブさんって偉い人だったの?」
「大したことないッスよ」
ゴブさんはそう言うが『大将』と呼ばれているし、ゴブリンでも上の立場に違いない。毒キノコも平気だと言っていたし、もしかしたらゴブリンキングなのかもしれない。でもゴブリンキングともなるとほかのゴブリンと比べ、体は数倍の大きさになるはずだ。だが、彼の体格は普通のゴブリンとほとんど変わらない。いくら考えてもゴブさんにキング的要素は見当たらなかった。
まあ、皆から慕われているのは間違いないし、これもゴブリン徳なのだろう。
作業をしていたゴブリンはすでに足場を片付け始めていた。
いつの間にか人数も半分ほどに減っている。
「これで作業の早さは信じてもらえたッスか。じゃあ、畑の予定地に行くッス」
仕事が早い理由はわかったが、印象に残っているのは数の暴力という名のホラー的要素だけだ。とりあえずお嬢様には見せないようにしよう。
東地区にある街の南門をくぐって外に出る。
畑の予定地は、この先に用意されているそうだ。
だが、僕の足取りは重い。
河童族の村を作るだけで千二百名ものゴブリンが投入されたのだ。単位で表せば千二百ゴブリンである。自分でも何を言っているのかわからない。
畑の予定地に群がるゴブリン族を想像すると、農作物を荒らすイナゴの群れが頭をよぎる。もしくは農作物の代わりに畑からゴブリンが生えているような光景しか浮かばない。
「ここッスよ!」
案内されたのは、リバシールへと続く街道沿いにある草原だ。膝丈ほどの雑草が生い茂り、中には腰まで伸びたものもある。長細い雑草や顔の大きさほどもある幅広の葉っぱなど形は様々だ。まさに誰の手も入っていない原野だった。
ただ、木が生えていないのは助かった。木が生えていると畑を作るのも一苦労なのだ。なにせ根を掘り起こさないといけなくなる。
土には石が混ざっているものの、土そのものは柔らかく、畑にするのに問題は見当たらない。
レインウォーター川からも近く、水路を引けば水の確保は容易に簡単にできるだろう。広さも十分。将来的には大規模な農場ができるほどの広さがある。採れた食材を保管する倉庫や加工場も十分建てられる広さだ。
「侯爵様からはここを自由に使っていいと聞いているッス。どこから畑を作るッスか?」
「まずは街道と川の間に畑を作ろうか。川に近いほうが水の確保もしやすいしね。加工場や倉庫はその隣でいいかな。工場の近くにも水路を引くつもりだけど、ため池でもいいかも」
「なるほど。畑の広さはどれくらいにするッスか?」
「うーん、そうだなぁ。そういえばミノタウロス族の村って、ここから近いんだっけ?」
「街の南東、ここからだと東側に向かってすぐッスね。村よりその隣にある牧場のほうが近いッスけど」
牧場が近いか。
うまくいけばウシドン以外の家畜も将来的には増やす予定だ。イーラさんの実家ライゴール男爵領からヒツジン、ラミさんの実家ブルガー男爵領からウコッケをわけてもらうつもりなのだ。
だったら畑を牧草地として使える輪栽式農業を試してもいいかも。連作障害も防げるし、これから増えるだろう家畜の餌も確保できる。年ごとに小麦、じゃがいも、豆、牧草を育ててみるか。
小麦は魔王国でも育てているし、じゃがいもはドワーフのギルムさんからもらうことができた。豆はエルフのニーナさんが取り寄せてくれたので、そろそろこちらに届くだろう。チモシーやクローバーなど牧草になる植物はミノスさんに聞くことにする。たぶん種などを持っているはずだ。ないようなら河童族の村で草相撲に使ったオオバコを採ってこればいい。これも牧草として使える。牧草はたくさんあっても困るものじゃない。
「アルクくんは執事なのに、妙に耕作に詳しいッスね」
どうやら考えていたことが口に出ていたようだ。
「そういえば畑や加工場は誰が面倒みるんだろう?」
「あっ、聞いてなかったッスか。それもおいらたちゴブリン族に任せてもらってるッス。侯爵様からの信頼も厚いッス。畑の管理も兼ねてゴブリン族の小さな集落を作ることが許可されてるッス」
「ゴブさんたち、農業もやれるんだ」
「小麦やカブなどを育てているッスからね。ただ見たこともない食材が多いので、誰か指導できる方を紹介して欲しいッス」
「うん、わかった。ちゃんと教えるよ」
「え? アルクくんが教えてくれるッスか?」
もちろん僕も教えるつもりだが、シュリーカー族に手伝ってもらうつもりだ。彼らもまた畑のエキスパートだからだ。
彼らが知らない食材の育て方についても問題ない。
僕には白の賢者様からもらった知識や技術がある。野菜の育て方を始め、耕作関連の知識や技術だ。だが、前世の知識や技術のことを知っているのは、ヨヨさんたち妖精族の一部と大神官様くらい。
当然、そのことを知らないゴブさんは胡散臭いものを見るような目を僕に向けてくる。まあ、それも仕方あるまい。彼が納得できる答えをだそうではないか。
「執事たるもの、お嬢様のために食材くらい育てられなくてどうするのです」
「……アルクくん、だんだん執事長に似てきたッス。言っておくッスが農作業は執事の仕事じゃないッス」
なぜかゴブさんは納得してくれなかった。
だが、執事の僕と兵士隊長のゴブさんは役割が違う。
こればかりは理解できなくても仕方ないことなのだろう。
「理解できなくても仕方ないと顔に書いてあるッスが、耕作は農家の仕事ッスよ」
「フッ」
「な、なんッスか。まだまだッスね、みたいな笑いは?」
ちっちっちっ。ゴブさんや。
農家とは農作物を作ることを生業とした魔族たちのことだ。
そして、その目的は生活のため。
しかーし!
執事とはお嬢様のために農作物を作ること『も』できる者たちのことだ。
そして、その目的はお嬢様の笑顔のため。
そう! 全てはお嬢様のために!
みんなもお嬢様のために!
お嬢様あってこその執事!
お嬢様のいない執事に意味などない。
断じてないのだ!
これが執事というものだ。
農家とは違うのだよ、農家とは。
「ドヤ顔はいいッスけど、畑はどれくらいの大きさで作るッスか」
流しやがった。
この情熱についてこられないとは、しょせんはゴブさんか。彼は執事を理解していないのだ。ゴブさんの執事道は、まだまだ基本がなっていない。執事修行が足りていないのだ。執事道は修羅の道ぞ! そんなことでは立派な執事になれませんよ!
「アルクくんは、お嬢様に関してはイーラさんやラミさんと同じ道を歩いてるッスね。自分は兵士隊長の道を進むッス。それで畑はどうするッスか」
また声に出ていたらしい。
そしてまた流された。
彼が言うことももっともだ。
今は執事道より畑の大きさを決めるべきだろう。
ただ、今は食材が少ないこともあって植える食材があまりない。
食材が増え次第、畑も広げていくつもりだが、今回は収穫の早い食材を中心に増やすことにしよう。
お嬢様の離乳食期の期間は残り半年。
あまり悠長に食材を育てている時間はないのだ。今から種を蒔いても収穫できるのは数カ月後、もしくは離乳食期が終わったあとの収穫になる。収穫までの期間を縮める方法もいくつか考えているがまだ確実とはいえない。
一応、離乳食に使う分の食材はエルフの国やドワーフの国から買うことが多くなるだろう。そのための商隊はすでに作ってある。
今は魔王国中に毒のない食材を広めるための準備期間と割り切るしかない。まずはここ侯爵領から広めるのだ。
そう考えると、とりあえずは――そうだな。
「十メートル四方を一枚の畑として、それを八枚用意しよう。今回は四枚ずつ縦に二列置き、縦の列の間に用水路を作る。そうすれば水撒きもしやすくなるしね」
十メートル四方で1a。およそ三十坪。
ちょっと広めの家庭菜園くらいだ。
今は前世でいう5月から6月頃の気温。
少し汗ばむ日もあるので、初夏に近いだろう。
畑が出来次第すぐに植えるつもりなので今のうちに植える食材を決めておくことにする。
今回、植えるのは収穫が早いイモ類や野菜類だ。
もともと魔王国で流通している食材はまたの機会にしよう。
まずはエルフの国から取り寄せている、大豆(枝豆)。
インゲン、アズキもちょうどいい時期だ。
次に、ジャガイモ。これは少し時期が外れているが試してみよう。
ついでにショウガも植えておく。
収穫まで時間がかかるが、サツマイモ、サトイモ、それにラッカセイも植えることにした。
キュウリ、スイカ、カボチャ、ズッキーニはソーサさんたち河童族に任せればいい。これらの野菜を育てることに関しては彼らの右に出るものはいない。
よし、畑に植える予定の野菜は決まった。
あとは畑とは別に果樹園も用意しておきたい。
これはシュリーカー族にお願いしようと思う。彼らはキノコだけでなく果物も育てていたので適任だ。インプの接ぎ木技術も役立つことだろう。
果物の木はシュリーカー族が育てているものがあるし、足りなければ森からいくつか持ってこよう。勝手に持って行くと捕まるかもしれないので、森林管理局局長のアルティコ伯爵にも許可を得ておくか。
シュリーカー族はウスイの北にある森に引っ越してくる予定だ。今は王都近くの森でシイタケ探索部隊が訓練しているころだろう。なるべく早く迎えに行こう。ないがしろにしているとシイタケ教の信者である彼らに何をされるかわからない。
あっ、そうそう。
大切なことを忘れていた。
大神官様が知り合いの水の精霊に種籾を手配してくれている。いつでも植えられるように水田だけは用意しておこう。サイズは畑と同じ十メートル四方。数は四枚もあれば十分なはずだ。もし陸稲品種だったら新たに畑を作ることにする。
前世で米が主食だった自分としては、収穫が待ち遠しい食材のひとつだ。炊きたてを塩むすびにして食べるのが待ちきれない。中に入れる具? そんなものはなくていい。炊きたての米は、それだけでもうまいからだ!
「アルクくん。起点となる畑の場所を教えて欲しいッス。そこを起点に広げて行くッス」
「だったら見本用にひとつ畑を作っておくよ」
「えっ? 今から耕すんッスか? さすがに時間がないッスよ」
「すぐに終わるから。よいしょっと」
僕は魔力を込め、執事魔法『執事食器棚』を使って十メートル四方、深さ六十センチの土を一気に掘り起こす。ボコっという鈍い音と共に、僕たちの目の前に大量の土が浮かび上がった。
「ハアアアアァァ!?」
甲高い声がゴブさんの口から発せられた。
あまりの声のでかさに、持ち上げた土が揺れる。
ぎょろりと見開かれた目が今にも顔から零れ落ちそうだ。
口は大きく開かれ、今にもあごが外れそうになっている。
「ゴブさん?」
声をかけたが返事がない。
言葉が通じないただのゴブリンのようだ。
今は執事魔法に集中しているため、ゴブさんのことは後回しにして作業に戻る。
魔力が上がったおかげでこの規模の土を操作するのもずいぶんと楽になった。土に含まれている石は、『執事食器棚』を操作して全て取り除く。石は水路を固めるのに使ってもらうため、隅に寄せてまとめておく。
生えてる雑草の根を『執事キッチン』の火で焼きつつ、灰にする。雑草そのものは緑肥としてそのまま埋める。肥料として多少は役立つことだろう。それに加え、アルティコ伯爵家の池から持ってきた泥を混ぜておいた。これはマンドラゴラのドラゴも認める最高級品の肥料だ。
「ん?」
『執事食器棚』で土をほぐしていると、土の中から四十センチほどの細長い木の根のようなものがバラバラとまとまって出てきた。しかし、木の根にしては妙に真っ直ぐで細い気がする。
「こ、これは……」
ほぐし終わった土を畑に戻し、掘り出した木の根を手に取った。片方の端は細くなっており、直径は太いところで二十ミリほどだ。まとわりついていた根を払い落とし、『執事井戸』で作った水で綺麗に洗う。
洗い終わったそれは柔らかく白っぽい色をしていた。
うん、間違いない。
「これ、ゴボウだよな。しかも新ごぼうだ」
独特の風味を持ち、天ぷら、煮物、きんぴらなどに使われる毒のない食材のひとつ。その見た目は木の根にしか見えないが、繊維質が豊富で、薬用効果もある。バードッグという名でハーブとしても使われている。
今回見つけた新ごぼうとは、秋に種を蒔いて初夏に収穫される、柔らかくて癖の少ない若いゴボウのことだ。
見た目はただの木の根っこ。
僕以外の魔族が見つけたとしても、これを食材だとは誰も思わないだろう。僕自身、こんなところにこれだけの数が埋まっているとは思いもしなかった。
ゴボウは全部で三十本以上収穫することできた。
しかも1aの範囲だけでだ。
思わぬ発見があったが、一先ず起点となる畑は完成だ。
ついでに畑の隣に水路となる溝も掘っておく。幅は一メートルもあれば十分だろう。仕上げや補強などの細かい部分はゴブさんたちに丸投げしよう。
あとは水田だ。
大きさは畑と同じ十メートル四方。これを四枚。
あぜや給排水用の水口を設置していく。
しばらくすると実に素晴らしい水田ができた。あとは水路が完成次第、水を張るだけだ。せっかく作ったのに植える苗がないのが実に残念だ。
「これでよし、と。あとはよろしく、ゴブさん! ……ゴブさん? ……ゴブさ……ん? ……ゴブさぁぁん!」
ゴブさんは微動だにしていなかった。
出来上がった畑に顔を向けたまま、口も開きっぱなしだ。
手をゴブさんの顔の前で上下させても全く反応がない。
「くっ。僕がついていながら――ここに散った勇敢なる隊長に敬礼!」
敬礼のポーズで彼を見送る。
面白――惜しい方を亡くしてしまった。
さらば、ゴブさん。僕はキミのことを忘れない。
「生きてるッスよ! 勝手に殉職させないで欲しいッス!」
動き出した!?
「ゴブさんよ! 死んでしまうとは情けない。どうか成仏してください」
「だから生きてるッス! それよりもさっき何をしたッスか!」
つばを飛ばしながら、やや興奮気味に詰め寄るゴブさんの目は真っ赤だった。ずっと開きっぱなしにしていたからだろうか。ドライアイも勘弁してくださいと泣き出しそうなくらいの充血具合だ。
「何って……土を持ち上げてぇ――」
「はい! ちょっと待つッス! そこからもうおかしいッス」
「なんで?」
「なんで? じゃないッス。前からアルクくんや執事長の魔法はおかしいと思っていたッスが、更におかしさが増してるッス! これも前世の記憶のせいッスか!」
「続いて、持ち上げた土をほぐしながら肥料を混ぜる。小石は取り除いてポイ。土を戻して完成。耕し終わった畑の隣に水路を掘って終了」
「いやいやいやいや。僕を無視して話を進めないで欲しいッス」
「じゃあ、なんなのさー」
「どうやって土を持ち上げたッスか」
「どうやってって、執事魔法に決まってるじゃないですか、やだー」
「やっぱり執事長みたいになっちゃったッス。前世の記憶とかの問題じゃないッス! アルクくんには執事長が取り憑いてるッス」
「生きてるよ!」
「生霊ッスか!?」
精神状態はともかく見た目だけは復活したゴブさんに、ゴボウを見つけたら集めておいて欲しいとお願いしておく。見本を見せたら、「何ッスか? これ」と疑いの目を向けていたので、皮を剥き、水洗いしたゴボウにマヨネーズをつけ、口の中に放り込んでやった。
「木の根よりもすごく柔らかいッス!」
どうやらお気に召したようだ。
だが、ゴボウに謝れ。ゴボウは木の根では決してない。
いくらゴブリンが木の根をかじるからと言ってもそれは別物だ。
あと、食べさせた僕が言うのもなんだけど生で食べて大丈夫だろうか。まあ、ゴブさんなら大丈夫か。お嬢様に出すときは、ちゃんと下ごしらえしよう。
「それにしてもアルクくんの魔法は、ゴブリン族が誇る数の力を遥かに上回る魔力の暴力ッス」
ゴボウをかじりながらゴブさんが嘆くように首を振る。
嘆きたいのは木の根と一緒にされたゴボウだと思う。
「アルクくんは王都に行ってからおかしくなってしまったッス」
「なってないよ!」
「おかしくなった魔族はみんなそう言うッス」
説得しづらい返しで返された。
よし、話をすり替えよう。
「それよりゴブリン族の仕事の早さや器用さはすごいと思うよ」
「……本当ッスか?」
「もちろんだよ! ゴブさんたちがいたから移住者たちの家ができたんじゃないか。僕一人じゃとても無理な話さ。ありがとうゴブさん!」
「や、やだなぁ。アルクくん。そんなに褒められても何も出ないッスよ」
「何言ってるのさ。一週間で二つも村を作っちゃうんだから、偉業を誇っていいと思うよ」
「そんなに言われると照れるッス」
ゴブさんの暗緑色の頬がほのかに赤く染まる。
「よっ! 大将! ゴブリンの中のゴブリン! さすがはゴブさんだよ」
「じゃ、じゃあ、畑も頑張っちゃうッス。すぐに取りかかるッス」
ゴブさん、ちょろいッス。
頭が良いという言葉を保留してよかったッス。
おっと、口癖が移ってしまったようッス。
「じゃあ、今から呼ぶッス」
「え? 誰を呼ぶ――」
止めるのが遅かった。
妙に張り切ってしまったゴブさんは僕が答えを聞く前に、大きく息を吸い込み、空に向かって、「グワァァァ」と吠えた。声の質も今までとは全く違う迫力ある咆哮だ。その声は大気を震わせるほどで、レインウォーター川の川岸で羽を休めていた水鳥たちがその声に驚き、一斉に飛び立っていく。
「今の何?」
その答えはすぐにわかった。
ゴブさんの咆哮のあと、遠くから返事のような咆哮と地響きが聞こえてきたのだ。その声と地響きはミノタウロス族の村がある東の方から聞こえてきた。それもひとつだけではない。五つの砂煙が遠目に見える。それは徐々に僕たちの方へと向かってきていた。
砂煙と共に現れたのは五体の巨大なゴブリンだった。
彼らはゴブさんの前にくると、さっそうと跪く。
皆、僕たちよりも倍以上の大きさがある。体は傷だらけで、歴戦を生き延びてきた戦士のような風貌だ。こう言ってはなんだが、ゴブさんとは比べものにならないほどの迫力があった。
「お待たせしましたゴブ」
そう声を上げたのは五体の中でも一回り体が大きい個体だった。首に巻かれた赤いスカーフが風に揺れている。よく見ればほかの個体も色違いのスカーフを巻いていた。
そして彼の語尾は、「ッス」ではなく、「ゴブ」だった。
同じゴブリンなのに統一性がなくて少しうざい。
「よく来てくれたッス。今から畑を作るッス」
そう宣言したゴブさんは、僕が伝えたことを一言一句間違えることなく彼らに伝えていく。覚えているだけでも大したものだ。やはり頭が良いと断定しておくべきだろうか。
全ての作業内容を聞いた彼らは大きくうなずくと、「我らにおまかせを」と右手を胸に置き、跪いたままゴブさんに向かって恭しく頭を下げるのだった。
彼らの態度はまるでゴブさんに仕える騎士のようだ。
ゴブさんは彼らの態度に満足そうな笑顔を見せた。だが彼らが従うような雰囲気をゴブさんが持ってるとは思えない。
「あ、あのゴブさん?」
隣にいるゴブさんに話しかけると、赤スカーフのゴブリンが立ち上がる。
「またれよ! そこな子供よゴブ。ゴブリアーノ様に向かってなんたる無礼ゴブ」
「ゴブリアーノ『様』!?」
ゴブさんに対し、まさかのフルネーム、まさかの様付けである。
赤スカーフのゴブリンは、顔に青筋を浮かべ、体中の筋肉を緊張させながら僕を睨みつけてくる。その態度は今にも跳びかかってきそうなほど威圧的だ。ほかのゴブリンたちもいつの間にか立ち上がり、彼同様、鋭い視線を僕に向けている。何か気に障ることでもしたのだろうか。
とりあえずゴブリンたちを殴っておこうか悩んでいると、ゴブさんが僕をかばうように前に出る。
「待て。無礼なのはお前らだ。アルクくんは私の友人だぞ?」
ゴ、ゴ、ゴブさんの様子がおかしいっ!
慌てて彼の顔を覗きこむと、いつも浮かべていた笑顔が消えている。話し方も威厳を感じるよう変わっており、語尾の『ッス』も消えていた。ゴブさんの目は赤スカーフたちに注がれているのだが、その目は彼らの存在などまるで見ていないようだ。そこにあることすら煩わしいゴミ、虫、雑草。そんなものを見るような一切の感情もない冷めた目だった。
ゴブさんが彼らに目を向けている。
ただそれだけだった。
だが、たったそれだけのことでスカーフを巻いたゴブリンたちは体中から汗を垂れ流し、ガタガタと震え始めた。
「ア、アルク様、失礼致しましたゴブ。ゴブリアーノ様のご友人に対する非礼をお許しくださいゴブ」
そして五人全員から土下座された。
挙句の果てに僕まで様付けである。
どうやら五人ともゴブさんを恐れているようだ。
なにこれ怖い。
「ゴブさん。もしかしてすっごく偉いゴブリン?」
「んー、そこそこ? ッス」
そう答えるゴブさんはいつもと同じしゃべり方と顔に戻っていた。
「彼らが怯えてるじゃない! そもそも彼らは何なの?」
「アルク様。それは我らから名乗りましょうぞゴブ」
そう言って立ち上がったゴブリンたちは、手を腰に当てながら横一列に並び始めた。
「我々はゴブリアーノ様直属の配下。ゴブリンキングの中でゴブリアーノ様をお近くでお守りすることを許された選ばれしゴブリンキングにございます」
なんと全員がゴブリンキングだという。しかもゴブリンキングの中から選ばれた精鋭のようだ。……ゴブリンキング、どれだけいるんだろう。
「リーダーである我から名乗りましょう。我が名はゴブレ!」
「ゴブブ!」
「ゴブグ!」
「ゴブイエ!」
「ゴブホ!」
「五体揃って――」
「ゴブレンジャーって言ったら、全員、畑の肥料ね」
「「「「「ゴブレ――!?」」」」」
当たりかい。
彼らは五体揃ってゴブレンジャーだそうだ。
はいはい、ゴブレンジャー、ゴブレンジャー。
全員が口をパクパクさせながら、「御無体なー」って顔でこちらを見ているが、そんな目をされても対処に困る。
名乗った順番に赤、青、緑、黄、白のスカーフを巻いたゴブリンキング。キングなのにレンジャーに自ら格下げしていくスタイルなのだろうか。ピンク的なゴブリンキングがいないのは、キングじゃなくなるからなのだろう。そういえばゴブリンクイーンとか聞いたことがない。
「まさか名乗りすらできんとはゴブ」
「ゴブリアーノ様のご友人はただ者じゃないゴブ」
「お腹減ったゴブ」
「しかも我々が言う前に言い当てたゴブ」
「アルク様、恐ろしい子ゴブ」
よし。イエローだけは覚えた。
顔が似ているためスカーフでしか区別できないが、お腹減ったと訴えたのは間違いなくゴブイエだ。今度、お腹いっぱいご飯をご馳走してあげよう。今はまだ材料がないので作れないが、絶対にカレーが好きなはずだ。ゴブイエよ、待ってておくれ。
ますますゴブさんのことが気になる。
ゴブリンキングたちを従え、彼らに恐れられているゴブさんはキング以上の存在ということになるのだが……。
「結局、ゴブさんて何ゴブさんなの? 秘密ならいいけど」
「隠すほどのことでもないッス。おいらはゴブリンカイザーッス」
「カイザー!」
ゴブさんのくせにカッコ良い……だと。
ゴブリンカイザーはゴブリンたちの最上位種だという。
それもカイザーの血を引く一族にしか生まれないらしく、ゴブリン全体で数匹しか存在しないらしい。そして代々ゴブリンをまとめる王の中の王なのだそうだ。
驚くべきことに上位魔族に分類されるらしい。
ゴブさんなのに。
「ゴブリンカイザーの一族は世襲ッス。最近、ようやくオヤジに認められて跡を継いだッス。修行の日々は辛かったッス」
「へ、へぇ。ゴ、ゴブさんも大変なんだね」
職人の息子のように軽く答えたせいで、一気に下町情緒があふれはじめたゴブリンカイザー。オヤジさんには、「見て覚えろ!」とか言われてたに違いない。
「ちなみにおいらの戦闘力は、十万六千ッス」
どこかで聞いたような言葉だが、覚えのある数値の五分の一しかない。数は力だと言っていたし、十万六千というのは配下にいるゴブリンの数のことだろう。
……めちゃくちゃ多いな、ゴブリン族。
普段、どこに住んでいるんだ?
「僕が言うのもなんだけど、カイザーなのに侯爵様に仕えてていいの?」
「何言ってるッスか。実力主義の魔王国において、ゴブリンが上位魔族に勝てるわけないッス。そもそもうちらの先祖が侯爵様に仕えるようになったのは高位魔族の執事一人に負けたからッス。長い物には巻かれよッス」
巻かれていいのか!
胸を張って堂々と言い切ったゴブさん。
本人たちがいいと言ってるならいいんだけど。
(ん? 高位魔族の執事?)
「その執事って、もしかして、もしかしちゃう?」
「そのもしかッス。アルクくんはその『もしか長』と同じ道を確実に進んでいるッス。ちなみに今のおいらがアルクくんと戦って勝てる見込みは、五分五分ッス。今日、アルクくんの魔法を見て確信したッス。アルクくんと友人になっておいて良かったッス。おいらたちズッ友ッス」
ズッ友とか、いつどこで誰に聞いた!?
あと彼らを屈服させたというのがセイバス執事長だったことについては、「あり得るわー」という感想しか持たなかった。
「僕もゴブさんと友達なのは嬉しいよ。畑は任せてもいいかな」
「了解ッス。友達の頼みは断れないッス」
「これは友達の頼みじゃなくて、仕事だってば」
「そうだったッス。公私の分別をつけるところも執事長によく似てるッス。いつの日か執事長みたいに狩ってきた魔物の首を飾る趣味を持つようになるッス」
(知らなかった)
執事長の趣味は魔物の首狩りなのか。
しかもご丁寧に飾っているらしい。
ただセイバスさんの場合、鹿のような狩りのトロフィーという意味よりも勝利の武功的な意味が強そうだ。本当に魔物だけですよね、執事長?
「ミノタウロスの村と河童族の村の完成は明日ッスが、引っ越しはいつでも可能ッス。仲間が細かい仕上げをしているッスから、何かあったら直接言って欲しいッス。あと加工場はどうするッスか」
「そうだな……こんな感じで」
簡単に図面を書いてゴブさんに渡しておく。
加工場と言っても、毒のない食材がほとんどない今はただの倉庫だ。食材が増えてきたら、ニーナさんもやる気になっていたマヨネーズなどの調味料を作るつもりだ。
「畑と水路を作るのに一週間はかかるッス。水路の強度を確認しないとダメッスからね。加工場はすぐに取り掛かれるッス」
「うん、それでお願い。じゃあ、僕はミノタウロス族の村を見てくるよ」
「気をつけて行ってくるッス! あっ、そうッス。この指輪を渡しておくッス」
そう言って差し出されたのは、紋章の入った立派な指輪だった。ゴブリンの横顔と交差した斧のレリーフが掘られている。
「これは?」
「おいらとの友情の証ッス。ほかのゴブリンたちがいうことを聞かなかったらこの指輪を見せるッス。言うことを聞かなかったらやってやるッス」
「やってやるッス?」
「殺ってやるッス」
「お、おう」
この指輪はゴブさんの知り合いであることを証明するものらしい。
アルティコ伯爵が長を務める森林管理局の指輪と似たようなものだろう。
指輪を差し出すゴブさんは笑顔だった。
笑顔で、「殺ってやるッス」と言い切った。
暴君かな?
だが、ゴブさんが許可したところで本当に殺ってしまうと罪になるのはこの僕だ。下位魔族だからとはいえ、同じ魔族同士。正当防衛ならともかくそんな無法は通らない。
とりあえず友情の証とやらの指輪を受け取った僕は、畑の予定地に『執事ゲート』用のマークを設定しておく。こうしておけば、いつでもここに来ることができる。
手を振るゴブさんとゴブレンジャーたちにお礼と別れを告げ、僕は全速力でミノタウロス族の村へと向かった。




