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第八十七話 計画の果てに

 屋敷に響き渡る乱暴に踏まれた床の悲鳴。それはひとつではなく、片手の数を軽く超える。王都にあるビザー伯爵の屋敷にも同じ音が響いている頃だろう。

 ビザー伯爵の別邸に踏み込んだ衛兵たちが姿を現したとき、僕は床に倒れこんでいた。そんな僕に一人の衛兵さんが駆け寄ってくる。

 別に調子が悪いわけではないのだが、やはり被害者としてはぐったりしておくべきだろう。幸いなことに衛兵さんの紫色の瞳は本気で僕を心配してくれている。


「大丈夫かい! キミがアルクくんかな」

「はい、そうです」とわざとらしくないようにっこり笑う。

「うん。大丈夫そうだ。あとで詳しい話を聞かせておくれ。そちらのご老体方は大丈夫ですか」

「「「ご老体じゃねぇよ!」」」


 声を揃え、衛兵に向かって叫ぶグレイたち。

 やはり誰が見てもグレイたちコボルトは年配に見えるのだろう。ユリアナ嬢に取り憑いていたウコバクが彼らを見て、「お兄ちゃん」と声をかけたのは、ビザー伯爵のコボルト襲撃を一部始終見ていたからこそ。見ただけでは性別すらわからないコボルト恐るべしである。


「僕を助けてくれたのは、このコボルトさんたちのおかげなんです」

「おお、それは申し訳ない」


 衛兵さんは即座に謝罪した。ずいぶんと腰の低い衛兵さんのようだ。衛兵さんを見る限りグレイたちよりも年上だろう。人族基準で言えば三十代くらいだろうか。正義感あふれる紫の瞳が印象的だ。よく見れば、ほかの衛兵よりもずいぶんと立派な鎧を身に着けており、首には地肌を隠すように黒い布を巻いている。装備から想像すると恐らく彼は部隊を率いる隊長か何かだろう。


「うーむ、なんだ。騒がしい」


 どうやら伯爵に飲ませた解毒薬が効いてきたようだ。蹴られようが頭突きされようが目を覚まさなかった伯爵だが、解毒薬の効果で深い睡眠から目を覚ました。

 そんな伯爵に先ほどの隊長らしき男性が声をかける。


「私は部隊を任されておりますオイゲンと申す者。グロスフド=ビザー伯爵。貴殿に誘拐の容疑がかけられております。疑いが晴れるまで身柄を拘束させていただきますが、貴族としての気品を失うことなく、おとなしくご同行くださいますようお願いいたします」

「な、なに!? な、な、何の話だ! わしは知らん!」


 オイゲンと名乗った衛兵さんは思った通り部隊の隊長だった。貴族に対する言葉使いもずいぶん慣れているようだ。


「僕をさらったのはこいつです!」と僕は伯爵に指を向ける。

「俺たちもこいつにさらわれてきた」とグレイ。

「……だ、そうですが?」


 相手が貴族だからだろう。隊長さんの言葉使いは丁寧なままだ。だが、その紫の瞳が鋭く光り、伯爵へと突き刺さる。誘拐犯扱いされた伯爵の顔は怒りに染まり、僕たちに向かって怒鳴り声を上げた。


「わ、私は知らぬ。このガキと女のガキをさらってきたのはそこのコボルトたちだ!」


 とぼけようとするビザー伯爵。

 だが、今の言葉は失言だ。

 グレイたちがさらったと断言したことで、誘拐について何かしら知っていると認めたようなもの。この発言は隊長も聞いており、伯爵を見る紫の目が光る。

 今の伯爵は魔力が尽きかけていることで冷静な判断ができなくなっているようにもみえた。


「どうやらビザー伯爵はこの子の誘拐について何かご存知のようですね。ますますご同行願いたいものです。あと参考人としてコボルトの皆さんもね」


 グレイたちの体がこわばる。

 伯爵がグレイたちの関与をほのめかしたことで、コボルトたちにも疑いの目が向けられてしまったようだ。まあ、予想していたことなので特に問題はないだろう。なんといってもグレイたちが誘拐した子供はどこにもいないのだ。


 隊長さんに支えられて立ち上がった僕は、全員に聞こえるよう大きな声を上げながら首をひねる。


「えー? 女の子って何の話だろう?」


 伯爵の発言に対し、初めて聞いたフリをしながらグレイに尋ねる。


「ねえ。僕を助けてくれたコボルトの英雄さん。女の子なんていなかったよね?」

「英雄って、お前……」

「いなかったよね! ねっ?」

「お、おう。女の子なんていなかったな」


 まるで口裏を合わせているかのような芝居がかった会話である。実際、口裏を合わせているのだから当然だ。前もって打ち合わせた結果、僕とグレイたちはユリアナ嬢を見ていないことになっている。

 首をかしげている僕と、とぼけるコボルトたちを見て伯爵が吠えた。


「なっ、何を……言ってるんだ! 小さな女の子をさらってきただろう!」

「うわー。目に見えない女の子をさらうとか。妄想きもーい」

「さすがにひくわー。何言ってんだろうな、この幼女趣味貴族」



 その後、別邸では衛兵による調査が行われた。地下室では猟奇的な動物の死骸に若い衛兵さんが目を背けていたが、多くの衛兵さんらは、ひん曲げられた牢の鉄格子と魔法で溶かされたと思われる鍵を食い入るように調べていた。


 鍵が溶けている牢を指さし、「ここに女の子がいたんだ!」と伯爵が叫んでいたが、「小さな女の子が、鉄を溶かすような魔法使えるわけないでしょ。魔法を習っていたとしても器用に鍵穴だけ壊すとか、どこの魔法少女なのさ」という僕の指摘に衛兵たちが一斉にうなずいた。また、鉄格子がねじ曲がった牢を見て、「お前はここにいた!」と伯爵が叫び始めたが、鉄格子を手で引っ張りながら、「僕、こんなことできなーい」と全力で否定してやった。もちろん力を抜いているため、鉄格子はピクリとも動かない。

 ところでグレイよ。言いたいことがあるならあとで聞くから黙っていなさい。鉄格子を握る僕をそんな冷めた目で見ないように。


 最終的に僕たちが知らぬ存ぜぬで押し通した結果、これらの牢はそういうものということで落ち着くことになった。「え? それでいいの」と思わず叫びそうになったが、結果オーライである。


 女の子の姿がどこにもないということで、ビザー伯爵の、「グレイたちが女の子をさらった」という言葉は、グレイたちを貶めようとした根も葉もない嘘として捉えられている。結果、ビザー伯爵を見る衛兵らの視線はより一層厳しくなった。


「そんなバカな!」


 伯爵がいくら騒ごうとも、伯爵は女の子の名前も素性も知らないのだから説明しようがない。僕とグレイたちも、「女の子? 知らんがな」と言っているので、あとから来た衛兵さんたちが知る由もない。

 きっと今頃、「伯爵しか知らない目に見えない女の子」は自宅でおみやげの焼きパイナップルでも食べているのだろう。


 衛兵たちが屋敷を調査している間、僕はトイレに行くふりをして、ある部屋を探していた。ビザー伯爵は解毒薬がないと起きることができないほど強力な睡眠薬を持っていた。そしてウコバクは薬品が並ぶ部屋にフラム子爵を待機させていた。

 ということは、だ。


「おっ。あった、あった」


 独特の匂いが漂う薬品室と思われる部屋に入ると、そこには薬を作るための道具のほか、薬となる材料が所狭しと並んでいた。ビザー伯爵がどんな薬を作ろうとしていたのかわからないが、薬の材料となるものは魔力が高いものが多いようだ。きっと値段も高いのだろう。

 僕は薬品棚に近づいて中を確認する。そこには例の睡眠薬のほか、毒薬、鎮痛薬などをはじめ、体力回復薬とか、夜にアレがすごくアレになる薬とか、朝から二十四時間と三十分だけ頑張れる薬とか、植物成長薬、殺虫薬などがあった。なにより目を引いたのは魔力回復薬(試作)と書かれた瓶だ。


 魔王国には病気などの治療薬はあっても魔力を回復させる薬はない。体力回復薬はあるのだが高価すぎてほとんど流通していない。

 解毒薬など多くの薬は、基本的に受注生産か自作である。特に解毒剤は、ほとんどの毒が効かない高位魔族にとって不要なものだ。中位魔族以下の魔族のために多少は作られているが、それも数が限られていた。

 どこかの高位魔族の執事見習いが大量の解毒薬を持ち歩いているのは非常に稀なケースだ。


 そのせいか、薬学という分野では魔王国は遅れていた。よく言えば需要の少ない学問だとも言える。そんな魔王国において、侯爵は自分の悪食を薬で治そうと研究していたのだろう。薬品棚に一緒に置いてあった本を開くと、そこには今まで試作したと思われる魔法薬の調合法や使った材料が書かれており、薬品棚にある薬のほとんどが魔法回復薬の副産物であることがわかった。魔法薬試作の材料もほとんどが毒薬であり、今の段階ではあまり効果がないレベルであることがわかった。


「アルクくーん。そろそろ王都に戻りますよー」

「はーい。わかりました」


 僕を呼ぶ衛兵に返事をしてから薬品棚に目を向ける。


「ま、せっかくだし色々もらっておくか」


 僕は『執事ボックス』のなかに、調合書と使えそうな薬を放り込むと、衛兵のもとへと戻るのだった。


 王都に帰った僕とグレイたちは衛兵詰め所へと連れてこられ、隊長さんからいくつか質問されることになった。

 さらわれた状況を説明したあと、なぜ貧民街を歩いていたのかという問いには、近道したかったと答え、誘拐犯を見たかという問いには、誘拐犯の顔は見ていないと答えている。


 グレイたちは誘拐犯ではない。

 悪魔に取り憑かれていたユリアナ嬢は誘拐されたことを覚えていないし、フラム子爵からも許しを得ている。おかげでヨヨさんとヒミカさんから減刑の申し出を受ける必要はなさそうだ。

 僕はワザと捕まっているため誘拐されたわけではない。広義の意味で言うならば僕自身が犯人である。


 またグレイたちだけでなく、王都で待っているほかのコボルトたちにも口裏を合わせるよう伝えておいた。伝えてくれたのは、先に王都に戻ったヒミカさんとヨヨさん、それにフラム子爵だ。グレイたちが伯爵に脅されて誘拐行為に及んだことやユリアナ嬢のことは、「一切話すな」と伝えてもらっている。

 フラム子爵にお願いしたのは、グレイたちを許す、と直接彼らの仲間に伝えてもらうことだった。こうしておけばほかのコボルトたちも安心して協力してくれるだろう。実際、うまいこと証言してくれたようで、グレイたちが疑われることはなかった。


 何度も言うが嘘は言っていない。ほんの少しだけ起きた内容を話さなかっただけだ。もちろん悪魔のことに関しては触れてもいない。


 問題となったのはグレイたちによる、「墓場で死体を食べていた伯爵」という証言だ。この爆弾とも呼べるグレイたちの一言によって誘拐事件の存在は薄まり、今回の事件は、「悪食による同族喰い事件」となった。


 その日のうちに王都にあるビザー伯爵の屋敷が調べられることになった。結果、敷地内から魔族の白骨死体がいくつか見つかった。調査の結果、これらの白骨死体はビザー伯爵家に仕えていた使用人たちであることがわかった。王都にあるビザー伯爵の屋敷を調べさせたインプから使用人が一人もいないと報告を受けていたが、嫌な予感が当たってしまったようだ。犠牲となった使用人たちの数が比較的少なかったのは、没落していったことで使用人が雇えなかった、もしくは辞めていったからだろう。結果的に没落してもビザー伯爵を見捨てなかった使用人たちが犠牲となった、とも言える。


 事情聴取から解放されて詰め所から出ると、ヨヨさんとヒミカさんが待っていた。話を聞くとフラム子爵家に集まるのは中止になったそうだ。ウコバクから解放された子爵夫人と使用人たちがこぞって倒れており、集まるどころではないとのこと。ヨヨさんとヒミカさんは今まで夫人たちの看病をしていたそうだ。


 (そういえばフラム子爵に伝えてなかった。……うん、黙っておこう)

 (……アルク様)

 (いいんだよ。そうだ。インプの配下は撤収させておいて)

 (承知しました)


 結局、改めて明日、集まることになった。

 グレイたちは明日の集まりに来る必要はない。後日、会いに行くことを約束してその場で別れる。ヒミカさんとヨヨさんも今日はこのまま帰るそうだ。

 空はすでに日が沈みかけている。セイバスさんに言われたようにお嬢様の夕食には間に合いそうだ。


 (戻ってからは、侯爵様とセイバスさんに報告かな。あとは捕まえたウコバクか。くっくっく)

 (アルク様。楽しそうですね。悪魔の私から見ても悪い顔をされてます)

 (そんなことないさ)


「アルクさんのあの顔は、また悪いことを考えてる顔ですわ」

「アルクんのあの顔は、また悪いことを考えている顔ね」

「……」


 三方向からの同時攻撃に、ぐうの音もでない。

 僕の味方はいないのだろうか。



 そして一夜明けた今日。

 執事服に身を固めた僕はフラム子爵の屋敷にいた。


「以上が、ビザー伯爵家で起きた事件のあらましです」


 今日ここに来たのは、昨日、中止になったユリアナ嬢誘拐事件と取り憑いていた悪魔について話をするためだ。それ以外にも個人的に頼まれたことがあるのだが、こちらの話はフラム子爵の処遇が決まってからとなるだろう。


 今、この部屋にいるのは、僕とインプ、ヒミカさんとそのご両親であるアルティコ伯爵夫婦、「面白そう」と言って僕についてきたヨヨさん、それにフラム子爵とその夫人だ。初対面のフラム子爵夫人はプリアと名乗った。プリア=フラム夫人は薄赤の瞳を持つ細身な方で、色白の肌に溶け込むような白緑色の髪を後ろでまとめていた。控えめな印象だが、薄赤の瞳は子爵のような力強さを宿している。


 そして最後にもう御一方。

 用意されたふわふわのプレーンオムレツをせわしなく口に運びながらフラム子爵を睨んでいる三歳くらいにしか見えない幼じ……大神官様の姿がある。せっかく半熟で焼いたオムレツも大神官様からもれる熱気のせいで固焼きオムレツになってしまいそうだ。影響はオムレツだけでなく、睨まれてるフラム子爵夫妻の顔色にも出ていた。食べながら睨むという大人げない行動だが、見た目は大人ではないので判断が難しい。


 フラム子爵夫妻はアルティコ伯爵同様、大神官様と面識がある。ヒミカさんが死にかけた子爵主催のお披露目パーティの席で、倒れたヒミカさんを最初に見つけたのがフラム子爵、解毒魔法をかけて命を救ったのが大神官様だ。


 オムレツを食べていなかったら大神官様は間違いなくフラム子爵たちを断罪していただろう。話し合いが始まる前に大神官様お気に入りの卵料理をいくつか用意しておいて正解だった。助言してくれたのはもちろんヒミカさんだ。さすが大神官様の扱いに手慣れている。


 部屋に集まった皆は用意されたソファーに座っており、ソファーテーブルには僕が用意したお茶が置かれている。フラム子爵の使用人たちはこの場から外されていたため、僕が給仕を代行しているのだ。僕も座るようアルティコ伯爵から言われたのだが、立場上遠慮させていただいた。ヨヨさんはいつのものように僕の頭の上で座っている。


 僕の説明を黙ったまま聞いていたアルティコ伯爵が背を預けていたソファーから身を起こし、「わかった」とうなずいた。


 今回、僕が話した内容は衛兵らに話したものとは違い、『本当のこと』を話している。グレイたちによるユリアナ嬢誘拐事件については、フラム子爵から許しをもらっているので話しても問題ないし、僕がワザと誘拐されたことも問題ないと判断したからだ。


 ヒミカさんたちと合流する前に起きた出来事をかいつまんで話したのだが、アルティコ伯爵家御一行の僕を見る目が少し痛い。


 ワザと誘拐された話になると、アルティコ伯爵からは、「キミは何をしてるのかね!?」という目を向けられ、奥様からは、「正義感が強いのね!」とキラキラした目を向けられ、ヒミカさんからは、「ヨヨさんから聞いてますが、直接本人から話を聞くとやっぱり腹立たしいですわね」と言わんばかりの冷たくじっとりとした目を向けられた。


 僕の話が終わると、アルティコ伯爵夫妻やヒミカさんは軽く目配せをしていた。その様子からすると、どうやら家族の間で話がまとまっているようだ。


 あとから聞いたことだが、屋敷の中が落ち着いたあと、フラム子爵夫妻はアルティコ伯爵家を訪れたそうだ。娘のユリアナが悪魔に取り憑かれていたこと、そして自分たちが操られていたことを報告し、結果としてヒミカさん暗殺に関わっていたと謝罪した。もちろん法の裁きを受けるとも伝えている。

 その話をフラム子爵から聞いたアルティコ伯爵は即答を避けたそうだ。謝罪を受けるかどうかを含めて『家族』と相談してから明日、すなわち今日、フラム子爵邸にて返事をすると答えたという。


 もちろん今回の件は大神官様にも伝えられている。

 昨夜、神殿に戻ったヒミカさんから話を聞いた大神官様が、「やはり子爵か!」とものすごい剣幕で怒ったそうだ。そのままの勢いでフラム子爵と取り憑いていたウコバクを殴りに行こうとしたところを取り押さえたのはヒミカさん本人であり、神官長であり、「パンを焼きましょう」の一言だった。

 ここでいう大神官様の、「殴りに行こう」は、「この世から消滅させよう」と同義語である。止めてくれなかったらウコバクを捕まえている僕も巻き添えをくらっていただろう。ヒミカさんと神官長とパンには感謝しきれない。


 そんな大神官様は、「明日、うちもフラム子爵の屋敷についていくし」と宣言し、怒り収まらぬままパンを焼き始めたそうだ。その日、幾度と無く大神官様の火力に耐えていたパン焼き用の石窯にヒビが入ったそうだ。


 二人並んでソファーに座るフラム子爵夫妻は、緊張した様子でアルティコ伯爵らの言葉を待っている。


「ヒミカは本当にいいのか」


 アルティコ伯爵がヒミカさんにかける声はとても優しく、心から彼女を心配しているとわかる。


「もちろんです。フラム家には何ら責任はありません」

「姫っ!」


 先日と変わらぬヒミカさんの言葉に、フラム子爵夫婦が目を見開いた。

 責任がないとわざわざ家名で呼んだのは、フラム子爵直属の親族に対する配慮だろう。貴族に対する暗殺行為は、一族郎党に責任が及ぶ場合が多い。なにせアルティコ伯爵は以前、魔王様とともに忠告を守らなかった自分の親族を身分剥奪の上、追放しているのだ。


「我が一族に対し、寛大な処置ありがたく存じます。ですが! 姫っ! このままでは示しがつきませぬ。妻とユリアナはお赦しいただきとうございますが、先日も申し上げましたとおり、どうか子爵家当主である私めには厳罰をお与えくだされ」

「姫様。夫はこう申しておりますが、夫の罪は妻の罪にございます。夫だけでなく私にも罰をお与えください。これまで恩なる伯爵家の姫様にしたことを思えば、一族として許されざることなのです」


 このフラム子爵は相変わらず固いというか真面目な人物のようだ。嫌いではないがいささか面倒くさいと思うところもある。その奥様もまた似た方のようだ。


「いいえ。お二人どちらが欠けてもユリアナちゃんが悲しみます。お二人はそんなユリアナちゃんを見たいのですか」

「滅相もありませぬ。ですがっ――」

「ならば、うちが二人まとめて消――もがっ」


 子爵の言葉をお怒り気味の大神官様が遮り、続く大神官様の言葉を僕が口を押さえて止める。「二人まとめて」の続きは間違いなく物騒な言葉が続くだろう。

 話の終わりが見えてきたというのに、ここで大神官様に暴れられても困るのだ。


 育ての親でもあり、神殿で接する機会が多い大神官様は彼女を溺愛している。その溺愛するヒミカさんが、悪魔に取り憑かれていたユリアナ嬢やフラム子爵の手によって暗殺されようとしていたのだ。本人が許しても大神官様としては納得いかないのだろう。だが、今回は押さえていただきたい。実際に押さえているのは大神官様の口であり、僕なのだが。


「ゆで卵あげますから黙っててください」

「むむ? ゆで卵ってなんだし?」


 僕は『執事ボックス』から殻のついたゆで卵を取り出し、大神官様の手にのせた。大神官様は、「普通の卵だし」といいながら不思議そうに撫で回している。

 すでに大神官様の興味はフラム子爵からゆで卵に移ったようだ。その様子を見ていたヒミカさんがほっとした表情で胸をなでおろしていた。

 ヒミカさんは笑顔を浮かべながら目の前にいるフラム子爵夫妻に向き直る。


「もし、お二人がどうしても罰を受けないと気がすまないとおっしゃるのであれば、ひとつ提案がございます」


 まず彼女はフラム子爵に対し、自分はあらゆる毒に弱いと告白した。これにはフラム子爵夫妻も非常に驚いていた。弱点となる毒は、お披露目パーティで口にしたときの毒だけだと思っていたからだ。ウコバクが暗殺に使っていた毒がいつも同じだったのは、精神支配したフラム子爵の記憶から読み取ったのだろう。それがあらゆる毒に弱いと本人から聞けば驚くのも無理はない。同時に、自分の弱点を本人からフラム子爵夫妻に伝えることで、「お二人を信用しています」という意味にもなる。

 ヒミカさんの告白にフラム子爵夫妻が慌てるように僕に目を向けてきたので、軽く笑ってからうなずく。ヒミカさんと友人だと話してあるが、子爵夫妻としては、「ちょっ、おま。聞かなかったことにしろよ」という心境だろう。なにせ魔族は弱みを握られないよう自らの種族名すら隠すのだ。だが意思表示として、「僕も知っていますから」とうなずいたことで余計に混乱しているようだ。「なぜ知っているのだ?」と不思議そうな顔をしていたが無理もない。


「その上で、フラム子爵に提案なのですが」


 その内容は驚くべきものだった。

 それはヒミカさんも所属する隊商『妖精の祝祭』への投資願いだ。

 まずヒミカさんは隊商の役割について話し始めた。それは毒のない食材の発見及び栽培、そして販売である。僕が毒に弱いことやお嬢様の味覚については一切触れないまま、ヒミカさん本人が安心して食事ができるよう、『妖精の祝祭』に出資、及び販売経路の確立、拡大するための協力をお願いしたのだ。


「姫。私どもとしても姫のためとあらば、その『妖精の祝祭』に出資、協力するのは喜ばしいこと。ですがそれだけでよろしいのですか」

「ええ。私もそこにいるアルクさんも『妖精の祝祭』の仲間です。毒に弱い私を助けると思ってぜひご協力ください」


 フラム子爵は少し考えたあと、ヒミカさんの目を見ながら言った。


「はっ。二度に渡る失態の償いをするためにも全力で協力させていただきます」


 そんなわけで、我々『妖精の祝祭』に新たな協力者が加わった。何をするにもお金はかかるため、ありがたい申し出だ。


 それにより子爵家から隊商に使えそうな魔道具がいくつか提供されることになった。そのうちの一つが『執事ボックス』や『妖精族のポーチ』と同じ効果を持つ『アイテムボックス』だ。空間魔法の『アイテムボックス』と同名のこの魔道具は、大量の品を収納できるという商人垂涎の魔道具である。「いつかはアイテムボックス」というキャッチフレーズのもと、この魔道具を求める商人は多い。


 形状は袋や箱など色々あるのだが、今回提供されたのは三点。八十センチほどの箱型が一つと背負うことのできる袋型が二つだ。箱型のほうが袋型よりも多く入るらしい。形状や入る容量によって価値は変わるそうだが、これだけでも金貨数千枚を超える金額になる。『執事ボックス』を持っている僕としては、特に必要ではないが、隊商には必須といっていいアイテムだろう。

 フラム子爵によると、子爵家の先祖は古代の遺跡を発掘することを生業なりわいとしていたため、多くの魔道具を所有しているそうだ。ほかにも役に立ちそうな魔道具があれば販売はもちろんのこと、いろいろと相談に乗ってくれるという。


 こちらからも収穫した食材を贈ることを約束した。これは出資者に対する配当のようなものだ。この提案にはフラム子爵夫妻はとても喜んでくれた。あまりにも喜んでくれたため、その理由を尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。


「実は、昨日いただいた魔力が豊富な花蜜と焼きパイナップルとやらをユリアナが大層気に入ったようなのです」


 そういう事情であればこちらとしても贈りがいがあるというもの。それにフトック氏の店が、「いつのまにか」なくなったことでちょうどいい機会らしい。そういえばフラム子爵もフトックの店と取引があったことを思い出す。


 ただ残念ながらフラム子爵夫妻もユリアナ嬢も完璧な味オンチで、毒を無効化する普通の高位魔族だった。一応、食材や料理の味について説明したのだが理解はされなかった。まだまだ味に理解を示してくれる魔族の数は少ない。魔王国に料理文化が広まる日は果てしなく遠いようだ。

 それはともかく、せっかくなのでパイナップルをはじめ、シュリーカー族が育てた香りの良いフルーツを盛り合わせて贈っておいた。もちろん花蜜もだ。


 今回、子爵が出資してくれた『妖精の祝祭』には、グレイたち八人のコボルトの参加が決まっている。彼らの嗅覚は食材を探すのに有効な手段になるだろう。彼らも姐御(ヨヨさん)の手伝いができると張り切っていた。


 余談ではあるが今回の事件において、人質救出、犯人捕縛という多大な貢献をしたグレイたちには非公式ながら報奨金が与えられた。そんなグレイたちは名を伏せたまま、その報奨金を使ってユリアナ嬢にある贈り物をしている。それは王都でも人気の高い銀細工職人が作った美しいくしだった。彼らなりのお詫びのつもりなのだろう。だが、ユリアナ嬢本人は誘拐されたことを覚えていない。それでも何か思うことがあるのか、ユリアナ嬢はそのくしを大切に使っているという。


 気になったことがあったのでグレイたちに櫛を贈った理由を聞いてみた。前世では櫛を贈ることにこじつけを含め、いろいろと意味があるとされていたからだ。

 そんな僕の質問に対し、グレイからは、「ブラッシングは必要だろ?」という答えが返ってきた。特に深い意味はないらしい。

 それよりもブラッシングって……彼女はコボルトじゃないぞ。


 それと、もうひとつ。


 貧民街に住む下位魔族のコボルトが自らの危険をかえりみず、高位魔族の貴族から子供を助けたという話が広まったことで、コボルト族全体が賞賛されることになった。今ではちょっとした英雄扱いだ。グレイたちだけに賞賛の目が向けられなかったのは、本人たちと誘拐された子供(僕)が名前等の公表を望まなかったことと、性別を含め、グレイたちの見分けがつかなかったからだ。みんな褒めときゃいいだろう的なノリとも言えるが、悪いことではない。そのおかげでコボルト族への仕事依頼が増え、コボルト族への蔑みが激減したという。


 のちにコボルト族の地位を高めたのが、僕が立てた計画のおかげだとコボルト族の間に広まった。広めたのはグレイたちだ。そのおかげで食材探しが著しく進むことになるのだが、それはもう少し先の話だ。



 フラム子爵は、けじめとしてアルティコ伯爵家の後継者候補からユリアナ嬢を辞退させると正式に表明した。子爵を操っていたウコバクが勝手に名乗りを上げていたため、正式に辞退することになったのだ。

 これによりアルティコ伯爵家の後継者候補はヒミカさんだけとなる。もはや彼女を超える後継者候補は出てこないだろう。


 ただ今回の悪魔に関して魔王様はご存知だという。

 黙ったままなのはまずいと判断したアルティコ伯爵が今日の朝一番で報告したらしい。その上で、魔王様はアルティコ伯爵に一任するとお認めになられたそうだ。その結果、ユリアナ嬢やフラム子爵に悪魔が取り憑かれていたことは罪にならず、公にしない方向で調整されるという。


 誘拐事件から端を発した悪食伯爵による使用人殺害及び、同族喰い事件。それも死体すら食べるというおぞましい事件は瞬く間に王都内に広がり、魔族たちにとって大きな衝撃を与えることになった。

 のちにグロスフド=ビザー伯爵本人の『自白』により、氏の爵位剥奪及び家のお取り潰しが決定。誘拐は死刑であり、同族殺害もまた死刑なのが通例だ。いつ執行されるかはともかく、ビザー伯爵は正式に牢に入ることになった。


 魔族を震撼させた事件だが、何も悪いことばかりではない。

 今回の事件を機に、食に関して全く興味のなかった味オンチの魔族が街中で食べ物や料理について議論を交わす光景が見られたのである。魔力を得るために同族すら食べるという悪食への恐怖感と激しい嫌悪感が広がる一方、食の大切さについて考えさせられる事件になったのだ。


 残念なのは、料理の味や毒の有無について追求した魔族がほとんどいなかったことだろう。多くの魔族は、離乳食期の大切さと魔力の豊富な食材の必要性だけで満足してしまったからだ。

 それでも食事をとる行為や料理に対し、全く関心を持たなかった魔族にとっては大きな一歩になったのは間違いない。


 いずれにせよ、これで悪食伯爵の件とヒミカさん暗殺に関わるフラム子爵家の問題についてはカタがついたと言えるだろう。


 一段落したところで、僕は用意しておいたお茶と軽食として作った卵サンドをテーブルの上に並べていく。その隣では、殻を剥いたゆで卵を掲げながら、「これ、すごいし! 容器付きの携帯食だし!」と大神官様がはしゃいでいた。

 そんな大神官様のはしゃぎっぷりを見ながら、僕は昨日の夜のことを思い出していた。



――昨夜、自室にて



「なあ、ウコバク。そろそろあの方のとやらを教えなよ」

「それは言えん」


 侯爵様とセイバスさんに報告したあと、自室で外に声が漏れないよう展開した『執事箱』の中、ウコバクと、「お話し合い」をしている。


 何度となく繰り返された問いと答え。

 自ら行った暗殺行為については正直に話すウコバクだが、「あの方」については一切喋ろうとしない。

 ヒミカさん暗殺計画は気の長い計画だ。少なくても六年も前からヒミカさんを狙っている。この計画を立てたのはやはり、「あの方」なのだろうか。


「アルク様。我々、悪魔からすればよほどのことがない限り契約者をあの方などと呼ぶことはありません。あの方と呼ぶのは、間違いなくウコバクより上位の存在。恐らく中級以上の悪魔でしょう」


 僕はインプの言葉に軽くうなずいた。

 恐らくインプの予想は正しいだろう。


「ですが、アルク様。中級以上の悪魔になりますと、さすがのアルク様でも手こずることと思います。我々、下級と中級の間には何十倍もの力の差がございますから」

「へぇ。そういうものなの」

「はい。中級以上の悪魔は、我々下級悪魔と違い、身体的能力も高く、強力な魔法を行使します。さらにその強大な魔力によって下級悪魔を使役することも可能です」

「なるほどね」

「まあ、こちらの世界では魔力の固まりであることは変わりませんが、性格的に困った方が多いですね」

「インプの分際でペラペラと! この裏切り者め!」

「おやおや。そのインプに負けたのは、どこのウコバクでしたかな」

「ぐぬぬぬ」

「まあ、あの方について言いたくないならいいや。時間はたっぷりあるし」


 僕は『執事ボックス』の中から侯爵様からいただいた短剣ソウルイーターを取り出すと、ウコバクに見えるようゆっくりと漆黒のさやを抜いた。部屋の明かりが両刃の黒い刀身に反射してウコバクの顔を照らす。この短剣は斬りつけた相手から魔力を吸い取り、自分のものとする魔剣である。周囲にある『執事箱』の魔力を吸い取っているのだろうか。霞のようなものが黒い刀身に巻き付くようにして吸い込まれていく。それはまるでもっと魔力を吸わせろとせがんでいるようにも見えた。


 ウコバクの顔に緊張が走る。この短剣がどういうものか察したのだろう。魔力の固まりである悪魔にとって、この短剣ソウルイーターは己の存在を消滅させる力があるのだ。


「ウコバクはぁ、怪我には強いタイプかい?」

「ひぃ」


 刃先を見ながら声をかけるとウコバクの短い悲鳴が上がった。なにをそんなに怯えているのだろうか。それではまるで僕が脅しているみたいじゃないか。


「さあ、話をしよう。そうだな。まずはあの方の趣味について語ろうか」


 趣味の話というのは楽しいものだ。

 それはもう嗜虐しぎゃく的で歪んだ笑みが自然と出てしまうほどに。僕は右手に持った短剣を軽く振り上げたまま、もう一度ウコバクに話しかけた。


「日が明けるまで時間はたっぷりあるけれど、キミの時間はどれだけ残っているのかな」



――時は、現在に戻る



 ヒミカさんを長年に渡って苦しめていた暗殺という名の恐怖は、実行犯だったウコバクが捕まったことでひとまず収束したと言える。だが、ウコバクと契約し、暗殺を指示した主犯格のことはわからないままだ。


 (これでよし、と)


 入れなおした人数分のお茶と卵サンドを用意し終わったあとで一息つく。ゆで卵を平らげた大神官様が、輝く太陽のような笑顔で卵サンドを頬張っている。どれだけ卵好きなのだろうか。

 そんな中、アルティコ家とフラム家の談笑が始まっていた。


「それにしても伯爵様と奥方のお姿には驚くばかりですぞ」

「若返ったのも伯爵家の小さな友であるヨヨ殿とアルクくんのおかげじゃよ」

「お二人は伯爵ご夫妻の病気を治されたとか。妖精殿と侯爵家の執事殿は優秀でございますな」

「アルクさんは危ないことに首を突っ込んでは周りに心配ばかりかけている困った方です! 確かに優秀な方ですけど」

「アルクんだし、しょうがないわよ。ヒミカちゃん」


 なぜかヒミカさんから怒られ、ヨヨさんに呆れられた。

 実に理不尽な扱いである。


「あら。ヒミカ姫はずいぶんとアルクさんのことを心配されているのですね」とフラム子爵夫人が、にこりとした笑顔を彼女に向けた。


「え? い、いえ。別に、その、あの」


 戸惑い気味のヒミカさんに対し、微笑ましいものを見るような温かい目を向ける周りの大人たち。そんな目に囲まれたヒミカさんの顔はリンゴのように真っ赤になっていく。そんな中、「許さんぞ、許さんぞ」とつぶやきながら、ヒミカさん以上に顔を真っ赤にさせて僕を睨みつけてくるA伯爵がいた。なぜそんな目で見られるのかまったく身に覚えがない。名を伏せているのはあくまで配慮である。


 それはさておき、まだ問題は解決していない。

 ヒミカさんのためにも暗殺を計画した主犯格をはっきりさせる必要がある。


「ヒミカさんにご心配いただけるとは光栄の極みですね。……ところで子爵、よろしければ例の件を片付けましょうか」


 僕を睨む目から逃げるためにもさっさと用事を済ませるとしよう。例の件、それこそ僕が呼ばれたもう一つの理由であり、主犯格を探る手がかりでもある。

 だが、当の子爵は誰かに気を使うような顔をしていた。


「まー、うん。あー、アルク殿。それはそうなんだが、なんというか。姫に対し、もう少し、こう、その、なんだ」

「はい?」僕は首をかしげた。

「いや……なんでもない。早速案内しよう」



 子爵の案内で向かう先はこの屋敷にある地下室だった。同行するのはヒミカさん、ヨヨさんである。ヒミカさんが一緒なのは巫女の力が必要となる可能性が高いからとお願いしたからだが、ヨヨさんがついてきたのは、ただの好奇心だろう。

 アルティコ伯爵夫妻とフラム子爵夫人、それに大神官様は話があるということで部屋に残ったままだ。


 明かりを持つ子爵に続いて、地下室への階段を降りる。

 階段を降りると直線上に伸びた通路が続いており、通路の左右に二つずつ、それと通路の突き当たりに一つ、重厚そうな木製の扉ついた部屋がある。左右の部屋は不要になった家具や装飾品などを置くための倉庫になっているそうだ。それらの扉を無視し、僕たちが案内されたのは突き当たりにある一番奥の部屋だった。


 扉を開け、部屋に入ると少し鼻がむずがゆくなった。最奥の部屋のためか空気が少しよどんでいるようだ。部屋の広さは目算で六メートル四方といったところだろう。もともとはここも倉庫だったそうだが、今は家具一つない。そのせいか実際よりも広く感じる。

 だが、この部屋には少々似つかわしくないものが存在していた。


「これ、ですね」


 それは部屋の中央にある――魔法陣。

 白の塗料で描かれたそれは、直径二メートルほどの円形の中に複雑な紋様がいくつもあり、円の外周には等間隔で火の消えたろうそくが立っている。

 僕が呼ばれたもうひとつの理由とは、この魔方陣だ。専門家でもない僕が呼ばれたのは、ほかの連中に子爵が悪魔に取り憑かれていたことを広めたくないためと、僕が使役するインプに意見を聞きたかったらしい。そして、この魔方陣こそがヒミカさん暗殺を企てた主犯格への手がかりになると僕は考えている。

 餅は餅屋。では悪魔については誰に聞いたらいいのか。そう、それは悪魔や――いや、なんでもない。


 魔法陣を見ている間、子爵たちには部屋の隅で待機してもらい、何かあった場合には、すぐに対処できるようお願いしておいた。ヨヨさんはヒミカさんの頭の上に引っ越し済みだ。


「どう、インプ?」

「……アルク様。非常にまずいことになりました」


 魔法陣を調べていたインプが落ち着いた声で、落ち着けないことを口にする。その直後、魔法陣の周りにあったろうそくに火が灯る。そして魔法陣全体が淡い光を放ち始めた。


「アルク殿! いかがなされた!」

「アルクさん!」

「ヒミカさんたちはその場で待機していてください! インプ、どういうことだ!」

「この魔方陣は悪魔、恐らくウコバクが描いたものでしょう。そして儀式なく悪魔界と繋がるようになっています。簡単に言えば鍵のかかっていない扉でしょうか。発光しているのは魔法陣が起動している証拠かと」

「ということは?」

「誰か来ます」


 白く発光をした魔法陣がより激しく光を放つ。地下室にも関わらず、魔法陣の周りにあるろうそくの火が揺らめいているのは、魔法陣の中央に渦巻く魔力の奔流のせいだろうか。徐々に激しさを増していく魔力の渦は、様々な色に光り、徐々にその形を変えていった。

 インプはその様子を呆けるように見ている。


「インプ、何かわかるか」

「……」

「インプ!」


 僕の声にハッと顔を上げたインプは、ゆっくりと僕へと顔を向け、苦しげな顔を浮かべながら震える声で言った。


「……ア、アルク様。お逃げください。あれは――『あの方』はまずい」


『もう遅い』


 地の底から響くような声とともに、部屋の扉が勢いよく閉まり、僕たちはこの部屋に閉じ込められてしまった。



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