第八十五話 計画は利用するもの
「これはこれはお姉さま。おひさしゅうございます」
僕たちの前にいる女の子は、ヒミカさんと目を合わせながらそう言った。その目は親しい者を見る優しい目であり、力強い目でもあった。にっこりと無邪気に微笑むその顔には、あどけなさが残っている。
眠っていたときにはわからなかったが、若草色の瞳が鮮やかに輝いていた。姿勢正しく立っている姿は、日に焼けた肌と相まって活発そうな雰囲気がある。
「お知り合いですか? ヒミカさん」
僕の隣に立つヒミカさんは彼女に笑みを返している。しかし、その目には優しさのほか、わずかばかりの警戒心が混じっているように感じられた。
「ええ。彼女はユリアナ=フラム。フラム子爵のご令嬢ですわ」
「あぁ、あの」
確かユリアナ嬢はヒミカさんの四つ年下の六歳。六歳といえば淑女教育が始まる年齢だ。先ほどの堂に入った貴族らしい挨拶もうなずける。そんな彼女の父親であるフラム子爵と言えば、アルティコ伯爵の後継者に自分の娘のユリアナ嬢を据えようとしている人物だ。
そしてヒミカさんに対する暗殺の件で疑われている貴族でもあった。
実際に子爵が暗殺に関わっているという証拠は今のところない。だが、アルティコ伯爵の後継者に立候補できるユリアナ嬢が生まれてからというもの、ヒミカさんに対する態度が豹変したこともあり、最も怪しまれていた。ヒミカさんさえいなければ、残っている候補者はユリアナ嬢ただ一人となるからだ。
少なくてもヒミカさんと大神官様、そしてヒミカさんの両親であるアルティコ伯爵夫妻はそう考えているはずだ。
そんな子爵の娘であり、後継者候補の一人でもあるユリアナ嬢を見たヒミカさんが、警戒するような目を向けたのもわかる気がする。
「ちょっと! そこのあなた! あなた、平民でしょ。平民の分際で伯爵令嬢たるお姉さまに馴れ馴れしく話しかけるとはなんたる無礼。お姉さまが汚れます」
「ユリアナちゃん! アルクさんは私の大切な友人です。謝りなさい!」
「お姉さま、相手は平民ではありませんか。それを友人だなんて」
「……ユリアナちゃん。前は、貴族であることを鼻にかけない子だったのに」
「私は立場というものを学んだのです、お姉さま」
「お姉ちゃんとも呼んでくれなくなったのね」と寂しそうな顔のヒミカさん。
ヒミカさんの話しぶりからすると、昔は今よりも親しい間柄だったのだろう。歳とともに疎遠になるのはどこの世界でもある話だが、彼女たちの場合は後継者争いという複雑も事情もあるに違いない。
淋しげなヒミカさんには申し訳ないのだが、今は平民であることを最大限利用させてもらおう。
「お待ち下さい、ヒミカ様」
ヒミカさんに顔を向け、片目をつぶってから頭を下げた。
僕の頭の上にいたはずのヨヨさんは、ユリアナ嬢を避けるようにグレイの頭の上へと移っていた。一言も声を出さないのは、気配を消しているのだろう。
そのグレイたちも空気を読んだかのように黙ったままだ。
「ユリアナ様のおっしゃるとおりでございます」
僕は頭を下げたまま、ユリアナ嬢の発言を肯定する。
身分の差をひけらかすことをアルティコ伯爵夫妻は嫌っている。当然、その愛娘であるヒミカさんも例外ではない。
僕の言葉に、少しだけ悲しげな顔を浮かべたヒミカさんだったが、すぐにやれやれといった様子で肩の力を抜く。芝居であることを察してくれたようだ。彼女は黙ったまま、「何を考えているのです」という目で僕を見た。
僕はそれに答えるようにユリアナ嬢とヒミカさんに話しかける。
「お嬢様方、大変ご無礼を申し上げました。ユリアナさまの愛らしいお姿に見惚れてしまい、立場を忘れ、短慮な言葉を発しましたことお許しください。ヒミカ様、これからは熟慮した上で行動、発言していきます」
「ふん。平民のくせに私の魅力に気がつくとはなかなかなものね」
平民を見下すことを忘れないユリアナ嬢だが、悪い気はしないらしい。その一方、僕の言葉を聞いたヒミカさんは、呆れたような顔のまま大きなため息をついていた。
やはり彼女は聡明だ。
僕が言った、「これからは熟慮した上で行動、発言していきます」には、「今から色々やりますが、ちゃんと考えがありますよ」的な意味が含まれている。
謝罪するなら単純に、「これから気をつけます」で済む話だ。だが、ヒミカさんの名前を呼び、まわりくどい言い方をしたのは、ヒミカさんにわかってもらうためだった。ある程度、僕の性格をわかってくれている彼女なら察してくれる、という思いもあった。彼女はそのことに気がついたからこそ、呆れたような顔をしたのだろう。
だが、少しばかり不思議なことが起きている。
今のヒミカさんは先ほどの呆れた顔と打って変わって、満面の笑顔を浮かべているのだ。
それも僕の足を思いっきり踏みながら、である。そして彼女の黒い瞳が、これ以上ないほど不機嫌であると訴えてくる。彼女の背後に黒いオーラが揺らめき始めるのも時間の問題だろう。さらにヒミカさんの頭の上では、ヨヨさんが憐れむような目で僕を見ながら肩をすくめ、首を左右に振っていた。
(どゆこと?)
なぜ二人が不機嫌なのかはわからない。だが、目の前に現れたユリアナ嬢のせいで考えていた計画が狂いっぱなしだった。特に、誘拐された女の子がヒミカさんの知り合いで、しかも貴族であることが問題になっている。
もともと最初の計画では、女の子とグレイたちを会わせるつもりはなかった。女の子の出方次第では、誘拐の実行犯であるグレイたちを救えないからだ。
だが、グレイたちが意地でも僕についてくると言ったため、計画を変えた。
最初に考えたのは、「グレイたち猛省計画」だった。
まずは女の子にある程度正直に話す。
悪い貴族に脅されて、泣く泣く君を誘拐せざるを得なかったグレイたちは、途中でそのことを悔やんだ。そして反省した彼らは、敵うはずのない伯爵から君を助け出した。下位魔族が上位魔族から君を救う。ある意味、英雄と呼べるだろう。だから罪を軽くしてやってほしい、と。
情にすがる作戦で、相手が幼い子供だからこそできる方法だ。うまく誤魔化すとも言える。
しかし、地下室に戻ってきたあとで思わぬ事実が判明した。
なんと、女の子のほうが先にグレイたちに話しかけていたのだ。
これなら女の子はグレイたちが伯爵と共犯であることに気がついていない可能性が高い。女の子が睡眠薬を飲まされたことに気がついているかどうか、確かめる必要はあるが、急遽、「伯爵が全部悪い計画」に変更した。
グレイたちに睡眠薬で眠らされたことに気がついていない(と確認した)女の子にこう話すのだ。
道案内の途中、君がいつのまにか寝てしまったところに悪い伯爵が現れ、グレイたちを含む全員をさらってしまった。しかし、グレイたちは苦難の末に伯爵の魔の手から君を助け出した。まさに英雄である。悪いのは、「全部、ビザー伯爵だからね」と洗の……説明するのだ。
誘拐の真実を知るものが伯爵とグレイたちと僕しかいないので黙っていればわからない。伯爵がいくら共犯だと叫んでも、僕とグレイたちは、「知らんなぁ」で押し通せばいい。覚えたことを忘れるなんてよくある話だから仕方ない。
これらの計画は、女の子が目を覚ましてから行動するつもりだった。
ぐるぐる巻きにされて身動きがとれない伯爵を前に、『犯人は伯爵』、『誘拐されたけど助かった』、『グレイたちが助けたんだ』と伝えるのだ。彼女が起きる前に屋敷から助け出してしまうより、犯人を見せ、一緒に屋敷を出たほうが、より『助けた感』が増す。寝たままの女の子を牢の中に残しておいたのもこのためである。
仮にこれらの計画がうまくいかなくても、ヨヨさんとヒミカさんが減刑を願い出てくれたおかげで、グレイたちが助かる可能性は残っていた。
ところが、だ。ここで問題が起きた。
薬で寝ていたはずの女の子が起きていたのだ。しかも彼女はヒミカさんの知り合いで、アルティコ伯爵の後継を競い合っている貴族の子。おまけに平民にいい感情を持っていないタイプだった。
貴族である彼女の家がグレイたちに対し、「絶対に許さない」と言えば、ヨヨさんや同じ貴族のヒミカさんの減刑願いも霞んでしまう。それどころかヒミカさんに対し、「犯罪者をかばう後継者候補」というレッテル貼りに利用されてしまう可能性もあった。
ユリアナ嬢がまだ寝ていれば、なんとか誤魔化せただろう。
だが起きていたことで、グレイたちの誘拐を誤魔化すことができなくなった。
しかもそれだけではない。
自ら牢を出ている時点で、『グレイたちが助けた』という免罪符も使えなくなっている。計画が崩れた今、グレイたちの命運は風前の灯火だ。しかも吹いてる風は強風である。暴風雨と言ってもいい。
おかげで最初から計画を練り直すしかない。
ところがだ。さっきから考えているにも関わらず、なかなかいいアイディアが浮かんでこない。彼女の性格などを把握するためにも、まずは彼女のご機嫌をとっておき、計画を練り直す時間を稼ぐ必要がある。
僕がそんなことを考えている間も、ヒミカさんは不機嫌そうな目で頬を膨らませたままだった。そんな彼女さんから目をそらすことができない。もちろん目をそらすと喰われそうだからということではない。断じてない。
(あっ)
ヒミカさんが不機嫌な理由がわかった。
きっとこれらの計画を事前に説明しなかったから不機嫌なのだろう。だが、計画を説明する時間もなかったし、なにより本人を目の前にして今から説明するわけにもいかない。
(ハァー……アルク様)
この日、何度聞いたかわからないインプのため息が脳内に響く。いまさらながら念話でため息とか、どういう理屈で聞こえるのだろうか。
(どうした?)
(ヒミカ様が不機嫌な理由について、まさか、『事前に計画を話してなかったから』とか思っているのではないでしょうね)
(そ、そ、そんなことないさ)
(左様でございますか)
(……何さ)
(いえ……何も)
むう。
気になることがあるのなら最後まできちんと言って欲しい。
例えるなら、「そういえばあなたの彼。前に街で会ったわよ。ほかの女性と……あっ、ごめんなさい。気のせいかも」というくらい、もやもやするのだ。
(ところで、なぜここにユリアナ嬢がいると思う?)
(私としてはヒミカ様のほうが愛らしいかと……)
(……なんの話?)
(なんでもありません。それはともかくフラム家の令嬢がいつ屋敷を出たのかはわかりません。昨日、見張らせていた配下からも外出したという報告はありませんでした。また、見失った子爵も不明のままです)
(そっちは僕が後でいいと言ったからね)
数日前からインプには、フラム子爵の周辺を見張るよう言っておいた。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉もある。出入りする人物や行動など、怪しいところがないか調べさせたのだ。もちろん数日見張ったところで何かわかるとは思っていない。ヒミカさんが狙われるようになってから六年もの年月が経っているのだ。しかし念には念を入れておいても損はない。
僕の使い魔となったインプは、普通のインプの三倍(本人談)ほど強いらしく、上級悪魔が下級悪魔を従えるように、同族であるインプを配下に置き、使役することができた。ただ、個体差こそあるものの普通の量産型インプはあまり複雑な命令は理解できないそうだ。そう考えると契約する前の頃から、僕のインプは優秀な部類だったと言えるだろう。
恐らく今も僕のインプの指示によって、配下となった複数のインプが、「ゲッゲッゲッ」言いながらフラム子爵の屋敷を見張っているはずだ。
そんな中、彼女はどうやってインプたちの目をかいくぐったのだろう。そして、なぜ貴族の令嬢が一人で貧民街に入っていったのだろうか。
(お役に立てず、申し訳ございません)
(いいや、かまわないよ)
「ちょっと! あなた! いつまでお姉さまをじろじろと見ているのですか。気持ち悪い。お姉さまが汚れると言ってるでしょう」
どうやらユリアナ嬢は、しばらく放置されていたことにお怒りのようだ。小さい子は相手をしてあげないとすぐ不機嫌になっちゃうよね、と言えるわけもなく即座に非礼をわびる。
「申し訳ございません。少し考えごとをしておりました」
「そういえばお姉さま。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「……ユリアナちゃんこそ、どうしてここに?」
僕の謝罪を無視したユリアナ嬢がヒミカさんに問いかける。
そんな態度を見たあとのヒミカさんの声は少し怒気を含んでいたが、ユリアナ嬢は気がついていないようだ。僕の存在を頭と視界から完全に消去した様子のユリアナ嬢に、僕は一礼した体勢のまま後ろに下がる。二人が話している間に、グレイたちを助ける方法を考えるとしよう。
ヒミカさんの質問に対し、ユリアナ嬢は僕の後ろにいるコボルトたちを一瞥して言った。
「そこにいる下賤なコボルトどもに睡眠薬を飲まされた挙げ句、ビザー伯爵に誘拐されたのですわ」
グレイたちに緊張が走る。まあ、これは事実だから仕方ない。
だが……。
「私がここにいるのは、誘拐された子の力になれると思ったからです」
「あら。さすがは巫女なだけあってお優しいこと」
ヒミカさんに対する彼女の言い方に、若干の棘を感じるものの多少は仕方ない。淑女としてはどうかと思うが、貴族らしいと言えば貴族らしいのだ。
ただ少し気になったのは、「睡眠薬を飲まされて」という発言だ。
「ユリアナ様。お話しを遮って申し訳ありませんが、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
僕が二人の会話に口を挟むと、ユリアナ嬢はため息をつきながら露骨に面倒くさそうな顔をする。
「あなた、さっきからなぁに? 口の聞き方はわきまえているようだけど、これだから庶民はダメなのよ」
そう話す彼女だが、「これだから」の、「これ」が、「どれ」なのかさっぱりわからない。ただ、「庶民はダメ」と言いたかったのだろう。それだけは理解できた。淑女としての教育はこれからだと思うものの、この方がアルティコ伯爵の後継者としてふさわしいとは思えない。今の時点で、上に立つ者としての資質がヒミカさんとずいぶんかけ離れているのが丸わかりである。絶対零度の溶けない頑固、歩く頑固者、頑固の化身と称されるヒミカさんの聡明さと謙虚さを見習って欲しい。
頑固と思うたびにヒミカさんに睨まれた気がしたが気のせいだろう。
「まぁ、いいわ。あなたを虜にした『愛らしい』私が聞いてあげましょう」
ヒミカさんはユリアナ嬢の言葉と態度に眉をひそめていた。その様子を見ていた僕の視線に気がついたヒミカさんは、にこりとした笑みを向けたあと、「べー」っと小さく舌を出してから、そっぽを向いてしまった。
(え? な、なぜに?)
どういうことなのか問いかけるようにヨヨさんたちの方へ顔を向ける。するとヨヨさんは残念な子を見るような視線を僕に注ぎ、グレイたち三人は、「ふっ、まだまだガキだな」と言っているようないやらしい顔を浮かべていた。なぜそんな目で見られるのか全く意味がわからない。とりあえずコボルトたちの顔にはイラッとしたので、あとでしっかりとお礼をしておこうと心に刻んでおいた。
ヒミカさんとヨヨさんたちの態度に首を傾げつつもユリアナ嬢に続きを話す。
「ではお言葉に甘えまして。ユリアナ様は睡眠薬を飲まされたとおっしゃいましたが、それは確かでしょうか」
「私が間違っているとでも?」
「とんでもございません。ただ、『私』が、『捕らえました伯爵』に『脅されていたコボルトたち』によると、かなり強力な薬を渡されたと聞いております。お身体に異常はございませんか」
僕の言葉が気に触ったのか、彼女の眉がピクリと動く。だが、すぐに元の顔に戻り、口元に笑みを浮かべる。
「心配してくれたのかしら。大丈夫よ。飲んだふりしていただけだから」
「な、なに!?」
グレイたちコボルトが声を上げた。
まぁ、無理もない。自分たちが飲ませたはずの睡眠薬入りの水を、実は飲んでいないと聞かされたのだ。ということは誘拐されたとき、彼女は寝たふりをしていたということだ。
「誘拐されたのはワザだったと?」
「そうよ」
「なぜそんなことを」
「それは……ま、まあ、わ、悪いやつを野放しにはできないでしょ。うん、そう! そうなのよ」
「やはり貴族たる御方は違いますね。さすがはユリアナ様!」
「で、でしょ! あなた、わかってるわね」
僕の言葉に気を良くした様子の彼女は、僕から目をそらしながら、「当たり前でしょ」と言わんばかりの顔をしている。まあ、あからさまに取ってつけたような言い訳にしか聞こえないのだが、今は気づかないふりをしよう。
そこに、「二人ともワザとかよ」とつぶやく声が聞こえてきた。
ふと横目で後ろを見ると、グレイたちが暗い顔をして肩を落としていた。ユリアナ嬢の言葉がよほどショックだったのだろうか。犯罪とはいえ、気の弱いコボルトが勇気を振り絞って行動したのだ。確かにワザと捕まったユリアナ嬢を責める気持ちもわかる。だがユリアナ嬢を許してやってほしい。彼女はワザとでは……いや、ワザとか。
ところで二人って言ってるけど、さらった子供がまだいたのだろうか。
「危険ではありませんか」
「しょせんは下位魔族相手。余裕ですわ」
「さすがは、崇高なる貴族のご令嬢でございます!」
落ち込むグレイたちにトドメと言わんばかりの一言が注がれた。ここまで彼女を持ち上げ続けている僕にも、ヒミカさんとヨヨさんから呆れたような冷たい視線が注がれている。
「ですが、そうは言いましても相手は大人でございます」
「いいえ。相手が誰であろうと私は負けません」
「さすがはユリアナ様。貴族にふさわしい高潔な精神。私、感動しております!」
「フフ。当然でしょう」
ユリアナ嬢は僕の言葉に、平民を蔑んでいたときと違った反応を見せている。貴族とはいえ相手は世の中を知らない六歳の子供だ。白の賢者様からいただいた、「太鼓持ち」と、「保育士」の技能を持つ僕に死角はなかった。
「ところでユリアナ様。ここで話すのもなんですから上に参りませんか」
「ええ。いいわよ。お姉さまもちょうどいいところに来てくれたわ」
(ちょうどいい、ねぇ)
僕と話しながらも、ちらちらとヒミカさんに目を向けるユリアナ嬢。何がとは言い切れないが、彼女と話すたびに違和感を覚える。ヒミカさんと話そうとすると邪魔をしてくるし、なにより彼女の話は信憑性に欠ける。六歳の女の子が正義感だけでワザと誘拐されようなんて思うだろうか。グレイたちが僕を見て渋面を浮かべているが、彼らもおかしいと感じているのだろう。
(アルク様はご自分のことをお忘れのようで)
(ん? なんか言った?)
(いえ、何も。ヨヨ様が何かお伝えしたいようですよ)
インプが言ったとおり、何やら言いたそうなヨヨさんが近づいてくる。彼女は、「いつまでやってんのよ!」と不機嫌そうな顔で耳打ちしてくる。そんな彼女に、「もうしばらく相手の出方をみます」と忠告しておく。彼女はグレイの頭の上に戻ると、ふてくされたように座り直した。もしかしたらただ単に暇なのかもしれない。
僕は動物の死骸が転がる地下牢を見回したあと、ユリアナ嬢たちのあとをついていった。
場所は変わって、ビザー伯爵の屋敷の中。
地下室とは違い、屋敷の中は太陽の光によって照らされ、空気の流れもあって非常に快適だ。屋敷内や外の気配を探ってみたが、ビザー伯爵の気配しか感じられなかった。こちらに向かっているはずの衛兵らはまだ到着していない。時間的にはそろそろ到着するはずなのだが、屋敷の周りにもその気配はない。
先頭に立って歩くユリアナ嬢についていくと、ロープでぐるぐる巻きにされたビザー伯爵が転がっている部屋に到着した。今も睡眠薬が効いているようで彼は気持ちよさそうな寝息を立てている。
「ところで貴方。名前は?」
転がる伯爵のそばに立つユリアナ嬢から突然、話しかけられた。地下室でヒミカさんが僕の名前を呼んでいたことも覚えてないようだ。特に問題ないのでちゃんと答えておく。
「私はアルクと申します」
「ではアルク。誘拐犯である伯爵を捕まえた功績を私に譲りなさい」
おや? これまた妙な話になってきたな。
僕たちが戻ってきたとき、ユリアナ嬢は地下室にいなかった。先頭に立ち、真っ直ぐここに来たことを考えると、彼女は一度屋敷に上がり、コレの状態を見たのだろう。
それにしてもなぜ伯爵を捕まえたという功績が必要なのだろうか。正義感でわざと誘拐されただけではないらしい。
「お譲りしてもかまいませんよ。ですが無理矢理脅されていたコボルトたちには寛大なご処置をいただけますか」
「んー。いいわよ。もともと伯爵を捕まえるのが目的だったし、今日はお姉さまにも会えたもの。私を誘拐したことは許しましょう」
その言葉に、グレイたちがホッとした様子で息を吐く。
とりあえず言質はもらった。
これで悪食伯爵など用済みである。
問題はこのユリアナ嬢だ。
「ありがとうございます。ところでなぜ功績を必要とするのでしょう。愚かな私に教えてくださいませんか」
「仕方ないわね。教えてあげましょう」
フフンと鼻を鳴らしたユリアナ嬢は、ヒミカさんに顔を向けた。だが、そのときの目は親しい者を見る目ではなかった。
「私はお姉さまに勝たなくてはなりません」
姿勢を正し、力強く宣言したユリアナ嬢。それに対し、ヒミカさんは軽いため息をついただけだ。
「アルティコ伯爵家の後継者ですか。そのための実績作りということですね」
「なんで知ってるのよ? ……あなた、本当に平民なの?」
「もちろんですとも。平民も平民、ど平民ですよ」
「まあ、いいわ。その通り。……私は、私はお姉さまに勝つために死ぬ思いで努力しなくてはならないのよ! 絶対に負けられない! 絶対によ!」
徐々に大きくなっていくユリアナ嬢の叫びにも似た声は、妬みなどの感情が渦巻いていた。若草色の彼女の瞳は濁り、ヒミカさんを睨みつけるその顔は六歳の女の子が出せるものとは思えない。地下室で、「お姉さま」と親しげに呼んでいた彼女の姿はもはやかけらも残っていなかった。
そしてそのどす黒く交じり合った負の感情は、さらに毒を含んだ言葉となって彼女の口から飛び出し、ヒミカさんにぶつけられた。
「孤児のくせに、何の努力もしないで巫女の座に居座り、挙げ句の果てに貴族の座まで狙うお姉さまには、貴族として負けられないわ!」
一気に感情を吐き出したせいか、ユリアナ嬢の荒い息づかいだけが聞こえている。積年の憎悪すら感じる顔をヒミカさんに向けたまま睨んでいる彼女だが、言ってることは勘違いも甚だしい。巫女は白の賢者様が決めるものであって、資質が問われるものだ。貴族の座に至っては、アルティコ伯爵が正式に養女として迎えたもので、ヒミカさんが狙ったわけではない。
あまりにも勝手な言い草にさすがの僕も憤りを覚える。
そんなユリアナ嬢から理不尽な憎悪を向けられたヒミカさんは、普段と変わらず毅然とした態度でユリアナ嬢を見つめ返していた。ただそれは、どことなく憐れみの表情でもあり、悲しげでもあった。
ヒミカさんはユリアナ嬢のそばに近づくとユリアナ嬢の両肩にそっと手を添えた。肩に手が置かれたとき、ビクリと身体を揺らしたユリアナ嬢は、間近にせまったヒミカさんの顔を憎しみの目で見上げていた
「ユリアナちゃん。私にも譲れないものがあります。それは父さまと母さまの娘であること。これだけは絶対に譲れません」
「何を言うか! 下賤な捨て子の分際で!」
部屋の入り口から聞こえてきたその罵声にヒミカさんだけでなく僕たちも振り向く。
「貴方は……」
部屋の入り口に立っていたのは、浅黒い肌の中肉中背の男。歳は若返ったアルティコ伯爵より上だろうか。身長は百七十センチほどで、身なりのいい服を着こなし、深緑の髪をオールバック気味に後ろへと流していた。
身体からにじみ出る殺気を隠そうともせず、ずかずかと音を鳴らしながら近づいてくる。男は僕を一瞥したあと、深緑色の瞳に憎しみを乗せてヒミカさんを睨みつけた。
だがヒミカさんも負けてはいない。はるかに年上であろう男の焼け付くような視線から目をそらすことなく、真正面から受け止めている。
弱い魔族であったら気絶してしまっただろう。それほどの視線を十歳の女の子が受け止めているのだ。改めてヒミカさんの強さを認識した瞬間だ。
……そこでだ、コボルトたちよ。
大の大人があっさりさっくり気絶してんじゃない。
もう少し根性みせんか!
僕は、男の殺気に当てられ、部屋のすみで速攻気絶したコボルトたちを見ながら心のなかでつぶやいた。
ちなみに、ヨヨさんも男の殺気に平然としていたのだが、気絶して倒れこんだコボルトたちに挟まれ、その長い毛にからまっていた。どうやら複雑にからんでしまったようで抜けだすことができずにいるようだ。グレイたちを起こそうと彼らの顔をペチペチと叩いているが、グレイたちが目を覚ます様子はない。
僕は、ヒミカさんに近づいてきた男を警戒しつつ、グレイたちの毛の中でもがいているヨヨさんを助けだす。ヨヨさんは、「とんでもない目にあったわ」と小さな声で愚痴りながら、僕の頭の上に座り込んだ。
そこにインプから念話が入る。
(アルク様。この者、フラム子爵です)
(こいつが? そうか。これがユリアナ嬢の父親か)
ヒミカさんとユリアナ嬢のそばで立っているフラム子爵だが、今日の朝、インプが見失った男でもあった。
ヒミカさんからいろいろ話は聞いているが、ここまで露骨に悪意が顔に出る貴族というのも珍しい。僕たちがいるにも関わらず、感情を隠そうとしないことからも明白だ。感情を顔に出さず、腹芸に長けてこそ一人前の貴族ともいえるのに、ヒミカさんを見るその目と顔は雄弁に憎しみの感情を語っていた。まさに、「目は口ほどにものを言う」である。
姿を隠しているインプからの念話で、誰かがこの部屋に誰かが近づいていると知らされていた。それがフラム子爵だとはさすがに想像もしていなかった。フラム子爵本人を見るのは初めてだが、ヒミカさんを憎々しげに睨む目元は、親子らしくユリアナ嬢そっくりだ。
(このおっさん、どこにいたんだ)
(突然、屋敷に現れたような感じでした)
(ほかの部屋に隠れていたのか?)
(玄関や転移魔法で屋敷内に入ってきた気配はありませんでしたから、恐らくは)
確かにこの屋敷には僕たちとビザー伯爵以外の気配はなかった。子爵が玄関から堂々とこの屋敷に入ってきたり、転移してきたりした様子もない。インプの言うとおり、突然、屋敷の中に現れた感じだった。
僕とインプが念話で話している間も、ユリアナ嬢とヒミカさんの会話は続いている。感情的に話すユリアナ嬢。そんな彼女に対し、ヒミカさんは諭すように淡々と語っている。フラム子爵はその様子を見ているだけで、一言も話そうとしない。ヒミカさんを睨みつけながら人形のようにその場でじっとしている。
「なぜお姉さまは私の邪魔をするの!」
「ユリアナちゃんのやり方が間違っているからです」
僕もそう思う。確かに自ら進んで誘拐されるとか普通じゃない。
正義感が強く、伯爵を捕まえることが目的だったとはいえ、六歳の女の子が考えたにしては、いささか大胆すぎる話だ。
(うん? 伯爵を捕まえるのが目的?)
そういえば確かにユリアナ嬢は言っていた。
自ら貧民街に入ったのも、自らグレイたちに近づいたのも、睡眠薬を飲んだふりをしたのも、最初から伯爵を捕まえるためだった、ということだ。
そうだとしたら彼女は、伯爵とグレイたちの繋がりを知っていたことにほかならない。知っていたからこそ、グレイたちに近づき、わざとさらわれた。これはビザー伯爵がグレイたちを使って誘拐を計画していたことを知っていなければできない行動だ。では、彼女はどこで伯爵とグレイたちの繋がりを知ったのだろう?
もしかしたら彼女には何か別の目的があるのかもしれない。
僕がそのことを考えながらユリアナ嬢に目をやると、彼女は涙を流して泣いていた。若草色の瞳を涙でうるませながら、勢いよくヒミカさんに抱きつくと泣き声で訴える。
「昔からそうだった。たまたま巫女になっただけなのにお姉さまばかりが注目される」
ヒミカさんに身体を預け、顔をうずめて泣き崩れるユリアナ嬢。
ずいぶんと勝手な言い草にも関わらず、そんな彼女の頭を優しく撫でながら、優しい声で彼女をあやすヒミカさん。頭を撫でる反対側の手を背中に回し、優しく彼女を抱き返す。
「ユリアナちゃん。私ができることならなんでもしてあげるわ。だけど無理なこともあるの。私はずっと父さま母さまの娘でいたいから」
ヒミカさんが頭を撫でている間、ユリアナ嬢はその細い両腕でヒミカさんに抱きついていた。なぐさめの言葉を聞いて多少は落ち着いたのだろう。彼女はヒミカさんの胸に顔を埋めたまま涙声でポツリとつぶやいた。
「なんでも?」
「ええ。私ができることなら」
「――そう。だったラ……魂ちょーだぁいィィ」
「何、あれ!?」ヨヨさんが驚きの声を上げる。
ユリアナ嬢がヒミカさんを見上げるように勢いよく顔を上げたとき、その瞳は若葉を思わせる若草色から、光すら吸い込むような闇にも似た黒へと変貌していた。その侵食は止まらず、眼球のあった場所は、ぽっかりと穴が空いたような闇色に染まっていく。だがそれだけは止まらない。目を黒く染めた闇は、こぼれ落ちるかのようにドロリと垂れ、黒い涙となって頬を伝わる。黒い涙は日に焼けた彼女の顔に不気味な線を描いていった。
「巫女さまぁ。やぁっト捕まえタ」
先ほどまでの子供らしい声は消え去り、聞こえてきたのはしわがれた老女のような声。ニタリと笑う口元は大きく開かれ、ヒッヒッヒと腹の底から響くような下品な笑い声を発している。
(アルク様!)
(うん、わかってる)
「まさか、計画の途中で巫女様にお会いできるトは! 幾度となく邪魔をサれ、長きに渡る苦労ノ末、やっと訪れたコノ機会。絶対に逃さなイ。絶対に離さなぁイ。ヒッヒッヒ」
ヒミカさんはユリアナ嬢の変わりように、慌てて離れようと後ろに下がる。だが、両腕で抱きつかれているため、それは叶わない。すぐに身体をひねって拘束から逃れようとしたものの、ヒミカさんよりも小さいユリアナ嬢の身体はピクリとも動かなかった。六歳の女の子が持つ力とは思えないほどの力だ。
さすがのヒミカさんもその異常さに驚いたのだろう。大きく目を見開きながら、ユリアナ嬢の腕を身体から引き剥がそうと彼女の腕を掴む。しかしその腕も引き剥がすことができなかった。
逆にユリアナ嬢は抱きつく力を更に強め、ヒミカさんの細い身体を締め上げていく。ユリアナ嬢は黒い涙をボトリボトリと流しながら、逃れることのできないヒミカさんを見上げたまま下品な声で笑い続けていた。
「ぐっ」
ヒミカさんが苦しげな表情を浮かべている。
そんな身動きのとれない彼女に近寄る影があった。フラム子爵だ。虚ろな目をした彼は、何かに操られるかのようにヒミカさんに近づいていく。その子爵の手には、いつのまに取り出したのか、濁った液体の入った透明な小瓶が握られていた。
子爵は小瓶のフタを床に投げ捨てると、ユリアナ嬢に抱きつかれ、身動きのとれないヒミカさんの後ろ髪を乱暴に掴み、顔を強引に上へと向かせた。苦しげな表情を浮かべるヒミカさんだが、子爵の持つ茶色の液体が入った小瓶に気づき、慌てて顔をそむける。
「さぁ、これを飲め。これで何年も縛られた契約から解放される」
もはや女の子とは思えない声で叫ぶユリアナ嬢。
子爵は嫌がるヒミカさんに構うことなく、機械的な動作で中の液体を飲ませようと容器を口元に近づけていく。
「はい、そこまで」
子爵の持つ容器の口を『執事箱』で塞いでから、気絶して倒れているグレイの足を掴み、子爵に向かって放り投げる。
グレイは自らの役目を果たすかのように頭から真っ直ぐ子爵へと飛んでいき、見事、子爵の腹へと命中した。自分を犠牲にしてまでヒミカさんを守ろうとするその心意気。僕はきっと忘れない。さっきのいやらしい笑いもこれでチャラだ。
「なっ」
突然、飛んできたコボルトに吹き飛ばされた子爵を見て、ユリアナ嬢が驚きの声を上げる。
その瞬間、ヒミカさんの身体から真っ白な光があふれだし、部屋の中を激しく照らした。だが、その光は決して目に刺激を与えるわけでもなく、どことなく暖かい柔らかな光だった。
「ギぃやあァァ」
その光を浴びて苦しげな悲鳴を上げたのはユリアナ嬢だ。
光はすぐに収まったものの、その光を正面から浴びたユリアナ嬢はヒミカさんから離れ、距離を取っている。顔に手を当て、膝をついたままの姿勢でこちらを睨みながら、大量の脂汗を垂らしていた。なんとか立ち上がろうとしていたが、足に力が入らないようだ。
「おとなしくしててくださいな」
その隙をつき、僕はユリアナ嬢と子爵をそれぞれ牢屋代わりの『執事かご』に閉じ込める。『執事かご』は指が通る程度の格子状のため、抜けることはできない。それに身動きがとれないよう身体の大きさに合わせてギリギリのサイズに設定しておいた。多少、手足の先が動かせるくらいで、立ち上がることはおろか、身体を動かすことすらできないだろう。
「な、なんだ、これは!?」
突然、自分の周りに現れた魔力の格子に閉じ込められたユリアナ嬢は、狼狽したようにしわがれた声で叫ぶ。話し方も少女らしくない下品なものだ。だが、先ほどヒミカさんから放たれた光のせいなのだろうか。その声は弱々しく、苦しそうに身体を震わせていた。
「ヒミカさん! 大丈夫ですか」
ユリアナ嬢が動けないことを確認した僕は、急いで床に座り込んでいるヒミカさんに駆け寄った。振り向いた彼女は、少し目尻に涙をためながらもコクリとうなずく。その様子を見てホッとした僕がふと床に目をやると、そこには子爵が持っていた小瓶が割れずに転がっていた。
僕は容器を手に取り、口を塞いでいる『執事箱』を解除して、そうっと鼻を近づける。あいてる手で風を送るようにして鼻に臭いを送ると、それは土臭さのほかに目にしみるような刺激臭が混ざっていることがわかった。
この臭いはなんらかの毒に違いない。そう結論づけた僕は床に捨ててあったフタを容器にはめてから『執事ボックス』へと放り込んでおいた。
ヒミカさんの介抱をヨヨさんに任せたあと、倒れている子爵たちの様子見る。
フラム子爵はグレイの決死の体当たりにより、今は棺桶のような形をした『執事かご』の中で、糸が切れた人形のようにじっとしたまま動く気配はない。呼吸をしていることから生きているのは間違いないはずだ。意識があるときはどことなく動きがおかしかったが、ひっくり返っている今は普通の中年魔族に見える。
その隣では睡眠薬の効いたビザー伯爵がロープに縛られたまま、気持ちよさそうにいびきをかいている。これだけ騒がしいにも関わらず起きる気配が全くない。なんとも恐ろしい睡眠薬だ。寝るというレベルじゃない。
グレイは……その伯爵を枕にして気絶したままだ。もとから気絶していたので問題はないだろう。もちろん彼も生きている。
「さてと。ユリアナ嬢のほうか」
「はい。間違いありません」とインプ。
「うん……。ところでさ……何してんの」
姿を隠したまま、僕の背中にぴったりと張り付いて返事をするインプに問いかける。先ほど念話で呼びかけてきたと思ったら、さっきからずっとこの調子。まるで、おんぶをしているかのようだ。
「おっと。これは失礼しました」
インプは姿を現してから頭を下げた。まあ、それはいい。ただひとつ気になることがあった。インプがヒミカさんから隠れるようなよそよそしい態度をとっているのだ。僕を盾にしながら、反対側にいるヒミカさんを恐る恐る覗いているのも気になる。
「……何してるの?」
「気のせいでございます。アルク様」
いや、そんなに怪しい行動をしておいて、気のせいもない。今も僕の腕にしがみつきながら、ヒミカさんの様子をチラチラとうかがっている。いつもなら堂々と僕の目線くらいに浮いているのに、まるで怯えているかのようだ。
そう思ってインプを観察していると、その視線はヒミカさんたちの頭の上に漂っている小さな光の玉に向けられていた。その光の玉はヒミカさんを守るように彼女の頭上をくるくると漂っている。いつからそこにいたのかわからないが、ヒミカさんとヨヨさんは気がついていないようだ。
(インプ。あの光の玉って何なの?)
(以前、アルク様よりお聞きしましたが、あれこそ大神官様の使い魔かと)
(あー、ヒミカさんにつけてるっていう。で、何をそんなに怯えているのさ)
(先ほど巫女様から出た光は、悪魔が苦手とする光でございます。一応、私も悪魔ですので)
(……なるほど、それで)
どうやらあの浮いている光の玉は、大神官様がヒミカさんにつけていた使い魔のようだ。しかもインプが怯えるほどの力を持つ強力な使い魔らしい。
その光の玉はこちらをじっと見るかのように静止したあと、煽るかのように八の字を何度か描く。そしてしばらくすると溶けるように消えてしまった。
それを見たインプが安心したような顔をする。だが見えなくなっただけで、ヒミカさんから離れることはないはずだ。僕が、「多分まだ近くにいるぞ?」と忠告すると、インプはさっきまで光の玉が浮いていた場所を見て、今まで以上に顔を固くした。僕たちにインプにも気配や魔力を感じさせないところをみると、よほど優れた使い魔なのだろう。
「アルクさん。さっきの光はいったい……」
落ち着いた様子のヒミカさんが頭にヨヨさんを乗せながら、心配そうな顔でユリアナ嬢を見ている。そのヒミカさんに視線を向けられている当の本人は、怯えるような表情を浮かべ、網目状の『執事カゴ』から逃れようしていた。網を激しく揺らすのだが、その網は破れることもなく彼女を逃がすこともなかった。
「光は神様の加護……ではないでしょうか」
「白の賢者様の?」
使い魔のことは黙っておいた。大神官様が本人に伝えていないのなら僕が言うことでもないだろう。それに白の賢者様に仕える大神官様の使い魔なのだから、広い意味では間違っていない。
「それでユリアナちゃんは? いったい何が起きているんですか」
僕は一呼吸置いてから、ヒミカさんに伝える。
「今の彼女には……悪魔が取り憑いています」
「ユ、ユリアナちゃんに!?」
「ええ。まさかと思いましたが間違いありません。ここは僕にまかせてください」




